お前よりはマシだ
俺たちは、しこたま飲んで帰宅した。朝帰りだ。
飲みながらドラゴンの話になったので、さらに飲むことになったのだ。話が弾んだからではない、ツケても払うあてが見つかったからだ。
俺は酔っ払いではあるが、ギャンブラーではない。ツケはきちんと払うのだ。
ということで、朝っぱら家の扉を叩く。
どんどん、どんどん。
「帰ったぞ。誰かいるか」
誰も出ないので、さらに叩く。
どんどん、どんどん。
「おーい、おれだー、あけろー」
ちなみにレイチェルとサクラは、横の壁にもたれかかってスヤスヤと寝息を立てている。ここまで歩いてきただけでも、たいしたものだ。
俺は彼女らをほめている。今まさに。
開かないドアをさらに叩く。
どんどん、どんどん。
ドアは開かなかった。そのかわりに、野太い怒鳴り声とげんこつが飛んできた。
「やかましいわ!」
俺はその腕を反射的に跳ね上げると、そのまま流れるように背負い投げのモーションに入る。が、まるでこいつの体は木の根っこ。重たい。
投げるのが無理と判断し、即座にひじ打ちをみぞおちに叩き込む。が、相手の足払いのほうが一瞬早かった。
バランスを崩し、よろける俺。追い打ちに入る見知らぬ敵。飛んでくる膝をかろうじて腕でガードするが、ダメージは殺し切れなかった。
くっ、この世界でこんな普通の格闘が強い奴は初めてだ。
「げほっ、誰だ貴様。転ばせるだけならともかく膝まで入れようとするとは、加減を知らない非常識な奴だな」
俺の前に現れた男は、一言で言うなら筋肉達磨。二言で言うなら、死ね、筋肉達磨。
こいつが使った技は、普通は見知らぬ相手に繰り出すものではない。死ぬからだ。ここを戦場かダンジョンと勘違いしているんじゃないか?
……む、こいつなんか見たことがあるな。
「お前は誰だ、死ね」
俺は相手の正体を聞いた。
「オレは、ジャミル・ソールという戦士だ。この廃病院を根城にしている冒険者がいると聞いて、調査に来た」
「取り消せ、廃病院ではなく、古病院だ。だいたい俺のギルドがどこをホームにしようが、勝手だろう」
「普通のギルドならな。だが、ここは悪いうわさが絶えん。骸骨や腐った死体がいるだの、しょっちゅう騒ぎ声や爆発音が聞こえるだの。挙句に今度は、変な機械を売りつけているとかいう詐欺容疑だ。
お前さん、どうやらここの関係者らしいな。ちょっと話を聞かせてもらおうか」
なんだと、こいつ、濡れ衣を。
一部当たっているだけに、言い訳しづらいのがこちらの弱み。
「そういえばお前、奥の庭から出てきたな。何をしていた。不法侵入は立派な犯罪だぞ」
俺は剣を構える。こういうときは相手の弱みを突き返してやるのだ。
「ふん、この家を調べに来たんだが、妙な獣人に邪魔されてな。少ししつけってやつを教えてやったのさ」
なに? 獣人、もしかしなくてもフィッツのことだろう。
貴様、許さん!
と言いたいところだが、フィッツに勝つとは、ただの戦士ではない。二日酔いの頭でぐらぐらしながら考える。
勝てるのか、こいつに。勝てる。楽勝だ。
ただし、魔力抜きの格闘でとなると……。
俺は魔術師だ。近接戦闘も、まあ、得意な方に入る。
が、それは魔力で筋力や反応などを強化しているからだ。魔術を織り交ぜながら戦うからだ。
幻術で身を躱し、風術で攻撃を加速させ、密着して≪電撃≫を食らわせる。
それが俺の本来の戦い方だ。
このレベルの相手に対し、それらを封じて勝てる自信はなかった。
「今日のところは帰ったらどうだ? あれがこの家の主人だ、俺ではない」
指さしたのは、すやすやと眠るレイチェル。
「仕方ねえな。ま、俺は確認を頼まれただけだ。今度は、役人がちゃんとした調査に来るだろうぜ」
屈辱だったが、仕方ない。俺の酔いはすっかりさめてしまった。




