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許されざる行い


 ようやく帰ってこれたな、アサルセニアに。

 女魔術師が作り出した靄を通り抜けてたどりついたのは、王都アサルセニアの飲み屋街だった。人目につかないように、わざわざ人通りの少ない裏路地に送ってくれたあたり、彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。


「疲れたー、やっと帰ってこれましたね」

「ああ。飲み屋街とはちょうどいい、少し飲んで帰るか」

「うひひー、待ってました。いきましょーイングウェイさん、私、たまにはサケが飲みたいですー」


 ふむ、心配して待っているだろう仲間たちに報告も入れずに、酒を優先するとは。さすがレイチェル。

 俺に反対する理由は何もない。


「ちょ、ちょっと、だめですよ二人とも! みんなホームで待ってるんですから、まずは一旦帰りましょうよ」

「そうは言っても、サクラ、お前も腹は減っているだろう?」

「え? そりゃあもちろん、はらぺこですが」


 意識してしまったのだろう。ぐううー、とサクラの腹から切ない鳴き声が漏れた。


 俺は聞いた。

「サクラ、サケを飲んだことはあるか?」


「へ? お酒? ありますよ、もちろん」


 きょとんとするサクラに、にやにやと薄ら笑いを浮かべる俺とレイチェル。


「な、なんですかその笑いは……? ってゆーか、お酒くらいよく一緒にのんでるじゃないですか。レイチェルだって」


「イングウェイさぁん、これはいけませんねぇ」

「ああ、これは教えてやらねばな。そんな恰好でサケを知らんとは、まったくな酒ない」


 じゃあいっきましょー! レイチェルは景気よく声を上げると、絡みつくようにしてサクラと腕を組む。そのまま俺たちは、一軒の屋台へと向かう。


「おお、いい匂い。これって何ですか、えらく茶色に特化したスープですけど?」

 我々の目の前には、おでんが並んでいた。定番の大根、タマゴ、白滝に、練り物各種。

「サクラさん、やっぱり知らないんですね。これは、おでんというものです」

「でん?」

「おでんだ。おまえ、もしかしてわざと知らないふりをしていないか? 和服を着ているのに日本酒もおでんも知らないとか、無理があるぞ」

「そんなこと言われても、本当に知らないんですよー」


「まあまあ二人とも、とりあえず飲みましょ。サクラさん、まずはこれをぐいっと。ほら、ほら!」


「あ、このグラス、小さくてかわいいですね。これ、お水ですか?」


「まあ飲んでみろ。話はそれからだ」


「え、え? それじゃ少しだけ。ぐいっと」



 サケを最初に口にした感想は、驚きだった。

 かっこよく言うとしたら、洗練された水……、かなあ。

 私が今まで飲んできたお酒の中で、一番近いのは白ワインだと思う。違いを説明するなら、白ワインは「私がお酒です!」って言ってる感じがするんだけど、サケは「おいしいに決まってるでしょ」って澄ましてる感じだ。私、お酒なんですけど?っていう自己紹介すらしていない。


 余計なものをまとわないのに、味はちゃんとある。これって、なんだか懐かしい。そうだ、お米だ。白いご飯と同じなんだ。

 それがわかったとき、イングウェイさんがなぜ私にサケを飲ませたのかが、わかった気がした。


 レイチェルがおでんをすすめてくれた。白滝というオシャレな名前の麺類だ。レイチェルはこれが一番好きらしい。

 あれ、麺にしては妙にプルプルしてる。初めて食べるけど、これってなんだろう? 噛むと束ねられた麵の中から、味わい深いスープが流れ込んでくる。

 うまい!


 おいしいです、これ!

 私が言うと、両隣の二人は満足そうに笑った。これこれ。幸せってこういうのですよ!

 サクラさんが求めていた冒険者同士のふれあいが、今ここに!


 と思っていたら、さらなる幸せが喉を通り抜けた。

 サケだ。イングウェイさんがいつの間にか注いでくれていたのだ。

 おでんの味を軽やかにどこかへ持ち去って、熱いお鍋の前にいるのに、涼しさすら感じる。そして次のおでんを、さらにおいしくしてくれるのだ。


 私がこの小さなグラスの意味を理解したのは、その時だった。

 これは、おでんをおいしく飲むために、このグラスなんだ。


「違うわよ」

 レイチェルが言った。

「サケをおいしく飲むために、おでんがあるのよ。片方だけではだめ」


 なるほど、確かにどっちもすばらしい。うまー。


 これ、のみやすくっていいですねえ、ねえ、いんぐうぇーさーん。


 小さなグラスだ。少ししかのんでいないので、、酔いが、回るのも、遅い。私はあんまり酔っていないからだ。


 てことは、たくさんのめるーよねー。

 あはは、たのしーです、しあわせー。




「……おい、サクラ、大丈夫か?」

「えへへ、だいじょうぶですよ、いんぎーさん。ひっく。あんまりのんでらいし、ひっく。まだ酔ってませんからー。ぜんぜん、ひっく。よっれまへーん」


「サクラさんって弱いわりには、吐いたりからんだりしないんですよねー。すごいです」

「あはは、たのしー。おでーん、もっとくだしゃーい。 あれ、いんぎーさんはなに飲んでるんえすかあ?」

「俺は、おでんは焼酎派だ」


 楽しい夜は更けていく。

 帰ろうなんて誰一人言い出さない。これも遠征のストレスゆえだろう。


サケ……日本酒は、海外では『Sake』と呼ばれているそうです(ただし発音は「さーきー」らしいのですが)。焼酎とは区別されるのが普通ですが、どちらも美味しいところは同じです。

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