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記憶の残りかす


「で、あんたたちは、どうやってここに来たの?」

「紫色の靄に入ったら、ここにたどりついた」

「あー、なるほど」


 女魔術師はなにか感づいたようだったが、それについて説明する気もないようだ。


 レイチェルが言った。

「よくそんな渋いワインが飲めますね」


「余計なお世話よ」

「失礼だぞ、レイチェル。お前だって安いからって、ビールばっかりのんでいただろう」


 魔術師はむっとした様子で、こちらをにらんできた。

「失礼ね、これでもそこそこ高いのよ。あんたたちにはわからないでしょうけど、こっちでは酒はめっちゃくちゃ貴重品なの!」

「へ? ビールですらもないんですか?」

 レイチェルが聞くと、魔術師は頷いた。

「むしろビールは高いわよ。まがいものの発泡酒なら、少しは安いけど」


「地獄ですか、ここは」


「ちょっとレイチェルさん、失礼ですよ。お酒がないくらいで」

 あまりに失礼な物言いに、サクラが横から口を出す。

 が、当の女魔術師は、たいして気にもしていないようだ。


「いいのよ。本当に地獄だもの、この世界は。そのために、イングウェイ、あなたを利用してるんだから」


「「はあ?」」


 レイチェルとサクラは、そろって素っ頓狂な声を上げた。


 だが、俺には何とも言えない奇妙な感覚があった。この女に昔あったことがあるような。


「あなた、奇妙な夢を見たことはない? 首にこんな”穴”がある人を見たことは?」

 そう言って女魔術師は、美しいうなじをあらわにした。そこにあったのは、金属製の――


(ジャック)か!?」

「覚えているようね」


「イングウェイさん、私知ってますよ、ジャックっていう謎の男を! もしかしてツマミの豆と関係があるのでは?」

 うるさい、レイチェル、少し黙ってろ。


 頭痛がひどくなる。思い出そうとすると、いつもこうだ。

 ジャック――。 首にある、金属製の穴。そこから電子情報が流れこみ、俺の意識は落ちていく。

 それが、ダイヴだ。


 立っていられず、俺は膝をついた。慌ててサクラとレイチェルがかけよる。

 脳髄に熱湯を流し込まれる感覚。グレムリンのように頭の中を駆け回る情報。首の後ろが、熱い。

 思わずうなじに手をやるが、柔らかい皮膚と肉の感触しかない。


「あなた、イングウェイさんに何をしたんですかっ!?」


 愛刀モモフクに手をかけるサクラを、俺は止める。

 やめろ、そいつは別に敵じゃない。


 ――記憶の残りかすを絞り出す。


「ここは、もしかして、地球か?」


「思い出したのね。記憶には封印措置がかけられているのに、驚いたわ」


 セリフとは裏腹に、彼女に驚いた様子はなかった。先ほどと変わらず、ワインをちびちびと飲んでいる。


「ちきゅう? どこでしょうか、それ」

「私も、聞いたことないですね」


 そりゃそうだ、俺が転生する前に住んでいた世界のことだからな。おそらく、別の次元に位置するのだろう。

 だがそれよりも、ここが地球かどうかよりも、もっと重要なことがある。


 俺は逡巡した後、口を開く。


「ここは、()()なのか? 教えてくれ、俺の体は今、どこにある? 薄汚れたベッドの上か、それとも草まみれで川岸に寝っ転がってんのか。どっちだ?」



「現実よ。ここも、アサルセニアも、どちらも現実。あなたの体はここにあるし、隣にいる女の子たちもちゃんと存在しているわ」


 自分で聞いておいて、信じられなかった。


「じゃあ、なぜここに来れた。 次元を超えたのか? パープルヘイズを通り抜けられるのは、精神体だけじゃないのか」

「ただの地球人なら、そうかもしれない。けれど、あなたたちは魔法使いでしょう。魔力とは精神の力。地球人よりも、肉体と精神を結ぶ(リンク)はずっと強いはず。それが影響しているんじゃないかしら?」

「それだけか?」


 女魔術師は、慎重に言葉を選んでいるようだった。

「あとは、お酒のせい。お酒は精神に作用して、次元の境をあいまいにするわ。私に今言えるのは、ここまでね」


 俺はレイチェルと顔を見合わせた。レイチェルにしては珍しく、今は酒を飲んでいないのだが。もちろんサクラも。


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