Wheel of despair
気付いたら、私は薄暗い部屋の中にいた。
冷えた空気に少し身震いする。やけに固いベッドの上、ゆっくりと体を起こす。
あとから気付いたが、それは石の台座に毛布を敷いただけの簡素なものだった。
ずきんと、刺すような頭痛がした。頭を振る。思わず小さな声が漏れる。
何が起こったのか、さっぱりわからなかった。
「あら、ようやくお目覚め?」
急に声をかけられ、私は飛び上がりかけた。
「あっ、あ、あのっ!」
「落ち着きなさい。何か飲む? お酒しかないけど」
声をかけたのは、いかにも魔女といったいでたちの女性だった。
幅広のとんがり帽子に、絹のような光沢のローブ。共に、美しい漆黒。
腰まで届く髪に、切れ長の瞳。そして艶っぽくてとても大きな胸。女の私ですら誘惑されてしまいそうな、とてもきれいなお姉さんだ。
少し迷ったけど、お酒は遠慮しておいた。私はお酒に弱い。すごく弱い。ここで戦いになることはないと思うけど、話している途中に頭がふらふらしてしまうのは困るし、失礼だと思う。
「あのう、ここって、どこなんですか? 山脈横の森の中なんですよね。あなたが運んでくれたんですか?」
「運ぶ? ……ああ、そういう認識になるのかしら。そうね私があなたをここに連れてきたの。ちょっとあなたと話をしてみたくてね」
話って?
私は 少しだけ警戒する。
村で出会った? ううん、こんな目立つ人がいたら、絶対に気付いてる。この人とは間違いなく初対面のはずだ。
いったい私に何の話があるってんだろう。
「イングウェイって魔術師を知ってるわよね? あなたにとって、彼ってどういう存在なの?」
「え、イングウェイさんですか?」
よくわからないけれど、少しだけ納得はできた。
そりゃそうだ、いくらサムライとかカタナが珍しいとはいえ、私個人で見ると、たいしたことない駆け出しの冒険者だ。
この人は、私とイングウェイさんとのつながりを知っていて話しかけてきたんだ。しかも、彼が魔術師だと知っている。
彼女は私の心を見透かすように――いや、本当に私は、彼女の掌の上にいたのだろう――、グラスを傾けつつ、淡々と話を進めてきた。
「警戒しなくていいわよ。魔術師としての彼がどうこうじゃなくて、あなたから見た印象が聞いてみたいの。半分は興味本位だしね」
「……はあ。」
その言葉で私の肩からは力が抜け、間抜けな声で返事をする。
かっこよくて、強くて、ちょっと浮気性だけど、でも頼りになる――。頭の中で色々考えるが、言葉にする勇気はなかなか出てこない。それでもなんとか少しずつ、ぶつ切りの単語で説明する。
魔女さんは目を閉じたままで、ゆっくりと聞いていた。
しばらくして、魔女さんは言った。
「なるほどね。ありがとう、よくわかったわ」
私は緊張から解放され、大きくため息を吐く。
その瞬間、大切なことを忘れていたことに気付く。
「あっ、そうだ、サリアちゃんを! あの、女の子を見ませんでしたか? 一緒にいたはずなんですが」
なぜ忘れていたんだろう、こんな大事なことを。
魔女さんは、優しく微笑んで答えた。
「ああ、その子なら大丈夫。村へ送り返したわ」
「ほっ、よかった。ありがとうございます。でも、送り返すって?」
ああ、それよ。
そう言って魔女さんが指さした先の壁には、紫色の霧のようなものがふよふよと浮かんでいた。
「これって、たしかあの時の?」
「覚えてるのね。二人とも、ちゃんとここから出ていったわ。さっきの女の子と、あのドラゴンと」
魔女が、嬉しそうな笑みを浮かべる。
青ざめる私。
「たいへん、追いかけなきゃ!」
「あら、追いかけて勝てるの? あのドラゴン、けっこう強そうだったわよ」
少し足がすくむ。でも、私は勇気を振り絞って言う。
「勝てるから行くんじゃありません、助けたいから行くんです」
それを聞いた魔女は、にっこりとわらって私に言った
「力が欲しいなら、助けてあげましょうか」
ぞくりと背筋に冷たいものが走った。けど、選択肢はなかった。
「ください、力が、欲しいんです」




