Enter Second Time
飛び上がった俺の周囲を、突如漆黒のとばりが覆った。
墨を流し込んだような、魔力による闇だ。
俺は反射的に魔力を集めようとするが、巨大な得体のしれない力にかき消された。
頭の中に直接声が聞こえる。
「……ちょっと、……聞こえるかしら?」
少し低い、女性の声だ。苛立っているような、呆れているような
「なんだ、お前は。一体俺をどうする気だ?」
「……あんた、バカでしょ。道路に脳みそぶちまけた時にでも、拾い忘れてきたのかしら?」
「お前は誰だ、それに脳みそがどうとか、なんの話……」
「このままキャスリーちゃんたちを置いてって、彼女らはどうなるのよ。少しは考えて行動しなさい」
声だけではなんとも言えない。聞き覚えがあるような、ないような。少なくともキャスリーを知っているようだ。
しかし、俺に対してこんな言葉遣いをするやつは、そういないと思うのだが。
「まさかこんなところで使うとは思わなかったわ。制限があるんだから、大切に使いなさい」
待て、と言ったつもりだった。
声は出なかった。
急にひどい目まいがして、平衡感覚が失われた。――いや、違う。逆だ。感覚が戻ってきたのだ。
飛行中のはずの俺は、いつのまにか二本の足で立っていた。
かがり火の明かり。喧騒。戦場の臭い。
数秒の後に、俺は把握した。時が戻っていることを。
「くっ、この炎熱のサルーをあっさり追い詰めるとは、貴様何者だ?」
「む、貴様サルーか? なぜここに」
炎熱のサルーが呪印を組む。その二つ名にふさわしい、高熱の魔法陣が宙に現れる。
魔法陣は燃え上がりながら、中心に向けて火炎を集中させる。
サルーがにやりと勝利の笑みを浮かべた。
すでに阻害は間に合わない。俺はメタ梨花が付いている左手を素早く持ち上げる。
俺の魔力で速度と強度を増したメタ梨花の白刃が、サルーの胸を貫いた。
「ごほっ、き、きさま、……よくも……」
それだけ言うと、サルーはばたりと倒れた。
死んだのだ。
「おい、前を開けろ! 早くどくんだっ!」
安心するヒマもなく、現れたのはタントゥーロ。
そして傍にいるのは、ホルスだった。
タントゥーロは言った。
「状況を説明しろ、一体何があった!」
しまった。
同じ展開をなぞることだけは、避けなければ。時間跳躍がムダになってしまう。
時間がない。選択肢も。なにかさっきの未来を外せるような、致命的な手はないのか?
手段を選んではいられなかった。俺は魔術師殺しを抜き、ホルスに向かって走る。
まさかホルスも、言葉を交わす前に切りかかってくるとは思わなかったようだ。
まともに戦えばホルスもそこそこ強いはずだが、それでも俺の敵ではない。
俺はホルスを切りながら言った。
「危ない、皆、この男から離れろ!」
「な、なにを、……イングウェイ、貴様……」
「正体を見せるんだな」
そう言って、俺は剣から魔力をこっそりと流し込む。口封じのためだ。
このまま何もしゃべらせるわけにはいかない。
と、ホルスがいきなりすごい力で俺をはねのけた。
おまけに黒い魔力まで感じる。
筋骨隆々の体がさらに盛り上がる。
響くような低い声で、ホルスが言った。
「ぐぬぬ、貴様、なぜ俺が魔族だと分かった!」
驚いたが、これは好都合だ。
俺は、ホルスに止めを刺すことに決めた。こんな唐突な展開に合わせて芝居をするよりは、さっさと殺したほうがぼろが出ないだろう。
「なんとなく行動があやしいから、警戒しておいたのさ。くらえー」
「くっ、こんなところで死んでたまるかーっ!」
どん、ずばっ。
ホルスはすでに肩に深い傷を負って、動きが鈍っている。倒すのは簡単だった。
こちらも腕に攻撃を食らいながら、カウンターの形で奴の心臓を突く。
「はあ、はあ、苦しい戦いだった。タントゥーロ様、後はよろしくお願いします。傷が痛むので、俺はここで失礼します」
それだけ言うと、俺は一目散に逃げだした。




