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天網恢恢ブレインウォッシュ


「くっ、この炎熱のサルーをあっさり追い詰めるとは、貴様何者だ?」

 炎熱のサルーとやらは、魔族にふさわしい肉体を持っていた。炎熱というだけあって、熱がりなのだろう。羽織っているマントの下は、まるで水着のような紐のような。


 サルーはこちらを睨みつける。じりじりと右手を動かし、呪印を組もうというのだろうか。

 だが、魔力の組み方がまだまだ荒いな。巨大な魔力量にばかり頼っているから、質的コントロールがおろそかになるのだ。

 俺は魔術師殺し(メイジキラー)を軽く振り、魔力の流れを遮断する。魔力は霧散し、反撃は不発に終わる。


「貴様ぁ、何をしたっ!」

 炎熱のサルーが叫ぶ。さっと右方向に駆けだしつつ、今度は片手、無詠唱で≪火炎の矢(フレア・アロー)≫を連射する。


 素早さは認めるが、甘いな。

「≪鏡面(リフレクション)反射(・マジック)≫」

 数で攻めてくるやつには、これが効く。俺が手を振ると同時に、複数の魔法盾(マジックシールド)が出現する。


 乱反射した≪火炎の矢(フレア・アロー)≫が巻き起こる煙を突っ切って、俺はサルーに切りかかる。

 サルーはすんでのところで身をかわすと、俺と再び向き合った。


「なかなかやるな、貴様」


 その時、取り巻きの兵士の一人が叫んだ。


「この男、今、魔術を使ったぞ。もしかして、この冒険者も魔族か? 気を付けろっ!!」



 その瞬間、サルーが何か閃いたように、笑みを浮かべて兵士を見た。ルビーのように赤い瞳がぎらりと光る。


 サルーは俺を指さすと、いきなり大声で叫んだ。


「バカかきさま、作戦が台無しではないかー!」


 ひどい棒読みだ。まるでロバのゲップだな。何を言っているんだ、こいつは?


 次の瞬間、サルーは残った力を振り絞り、宙に飛び上がった。


「ふはははは、先に陣に戻っているぞ、お前も早く帰ってくるんだなぁぁぁぁぁーー!!」


 それだけ言うと、サルーは一目散に逃げだした。

 あたりにこだまするサルーの声。


「……ん?」


 俺は、回りの兵士たちの異様な雰囲気に気付いた。

 兵士たちは俺を取り囲み、震えながらも剣や槍を向け、決死の形相で睨みつける。


 これは、もしかして、俺が疑われているのか? バカめ、あんな魔族の捨て台詞など、軍が簡単に信じるわけないではないか。


 俺は敵意がないことを示すため、とりあえず剣をしまい、兵士たちに声をかける。

「危なかったな、お前たち。もう大丈夫だ、魔族は逃げた」


「お前、まだバレていないつもりか、死ねえっ!」

 勇敢な兵士の一人が、剣を振りかぶって切りかかる。危ない。

 困るほどの腕前ではないが、一応手に持っているのは武器である。とりあえずかわしざまに足を引っかけ、転ばせる。


「おい、落ち着け。何を勘違いしている。俺は人間だぞ?」

「バカを言うな、魔法を使う男などいるわけがないだろう!」


 俺は少し考える。そして思い出した。そうだ、この世界で魔法を使える男は、魔族だけだった。

 しまった、完全にサルーの罠にはまってしまったようだ。

 この事態を切り抜けなければ。なるべく、人的被害を出さずに。


 しばし考え、言い訳を口にする。

「俺は女だ」


 ――しばしの沈黙と困惑がが、その場を支配した。




「おい、剣を引け。奴に話がある!」

 口を開いたのはタントゥーロ。さすが一軍の将、話が通じるかはわからないが、なんとか説得してみるしかない。


「タントゥーロ。俺は依頼で王都から来た、ギルド・ミスフィッツのリーダーだ。名はイングウェイ・リヒテンシュタイン。俺が魔族だと勘違いされているが、それは誤解だ。信じてくれ」


 タントゥーロは言った。

「確かに最初は、お前は剣で戦っていた。空を飛んだりもしていたが、その程度なら高レベルの魔法道具(マジックアイテム)ならできなくもないだろう。だが、最後の鏡状の魔法盾は……。おい、お前が本当に魔族ではないと証明できる奴はいないのか?」

 助かる。タントゥーロは顔の怖さに似合わず、話の通じる奴のようだ。

「俺のギルドメンバーを、いや、レノンフィールド侯を呼んでくれ!」



「――それには及ばない!」

 突如響いたのは、聞き覚えのある太い声だった。人垣を割って出てきたのは、剣士ホルス。


 タントゥーロは警戒を続けたまま、ホルスに聞く。

「君は、ギルド・フロイドのリーダーだったな」

「ああ、そうだ。王都からここまでの道中は、リヒテンシュタインと一緒だった」

「それでは……」


 ホルスは意味ありげに頷くと、俺を睨みながら言った。

「その道中、俺たちはドラゴンに襲われた。そして、それを()()()使()()()撃退したのが、彼だ。こちらについてからは、レノンフィールド侯と親密にしており、彼の娘は既に奴の虜だ!」


 タントゥーロは顎髭を触りつつ、言い放つ。 

「そうか、なるほど。読めたぞ。貴様、レノンフィールド侯に取り入り、人間の軍に入り込むつもりだったのか」


「いや、違う、そうじゃない」

 既に俺が何を言っても無駄だった。

 じりじりと向かい合う、兵士たちと俺。


 緊張がその場を支配した。


「タントゥーロ様、勇者パーティーがすぐにこちらに来ます、あと少し持ちこたえてください!」

 兵士の一人が言った。勇者パーティーなど敵ではないと思うが、ここで戦いを始めても本物の反逆者になるだけだ。


 悔しいが、ここは引くしかない。そう判断した俺は、≪飛行(フライ)≫の呪文を唱える。

 すっと宙に浮かぶ。

「やっぱり術を! 魔族だったんだ!」

「裏切り者め、降りてこーい!」

「戦えー! 正々堂々戦って死ねー!」


「ちょっとイングウェイさん、めっちゃ魔族扱いされてますよ! いいんですか?」

 空気を読んで黙っていたメタ梨花まで、小声でツッコミを入れてくる。

「仕方ないだろう。そんなこと言ったって、完全に囲まれているんだし、どこから逃げろと言うんだ」

 長居は無用だ。俺は森の深い北方へとさっさと飛んでいく。



「イングウェイさーん、逃げるのはいいとして、ここからどこへ行くんです?」

「しまったな、この展開は考えてなかったからな。いっそ魔族軍にでもかくまってもらうか?」

「ははは、相変わらずジョークがへたくそですねー」


 俺のあてのない逃避行は始まったばかりだ。


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