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悲しみの残りかす


 まさかのレッドドラゴンの襲来から二日。俺たちは予定通りアサルセニア軍の野営地へとたどりついた。

 ばたばたと行き交う兵士たちの様子に、俺たちの身も自然と引き締まる。


「ふぁああ、やれやれ。やっと着きましたか」

 あくびをしながら荷馬車から降りてきたのは、俺たちの担当役人のカインだ。今までにやった仕事といえば出発の時の点呼くらいだが、大目に見てやろう。到着してしまえば、さすがに奴も忙しくなるはずだ。

 書類仕事の面倒さを知っている俺は、若干の同情とともに奴の後姿を眺めていた。


「なんですって、書類が回ってきてない?」

「いや、しかしだな、」

「しかしも何も、ちゃんと手続きはしてるはずですよ。だいたいこっちはせいぜい20人程度なんだから、受け入れる余裕くらいあるでしょう」


 ほら見たことか、もう揉めている。

 だいたいこんなもんなんだ、役所というやつは。やれ労災だのなんだと言われて視察に来るのはいいが、指摘していく場所は全然違う箇所なのだ。


 そういえば、会社の皆は大丈夫だろうか。あの時は皆に別れを言う暇もなかったので、落ち着いたら一度戻って、別れと謝罪をしなければ。

 俺がこうして転生しているということは、死亡事故が発生したということだ。俺はこっちでうまいことやっている、そっちも気にせず適当に処理して欲しいのだが、死亡事故となるとそうもいかない。

 俺をつぶした金型も気になる。傷でも付けたらえらいことだ。生産スケジュールがタイトだったので、修理に出す暇もないはずだ。非常ボタンを押す暇もなかったからな。

 実は俺が挟まれた金型は割と最近買った新型だ。離型しやすいように表面が加工されているそうで、今までの感覚でペーパーで研磨してしまうとよくないらしい。血でもこびりついてしまったら申し訳ないな。担当に……。


 あれ、なんだっけ、あの担当の係長の、辻、……いや、あれ右だったか? 田中、いや山田?何か違うな。


 そう昔の話ではないはずなのに、なぜか思い出せない。短いようでいろいろあったからだろうか?



 腕を組み、首をかしげ、昔の記憶をたどっていく。

 ぼんやりとは覚えているのだが、はっきりと思い出そうとすると、途端に靄がかかったかのように思考が溶けていく。まるで脳みそがスポンジになったみたいだ。

 うーむ、ここまでは出てきているのだが。

 思い出せない気持ち悪さに、俺はぽりぽりと後頭部をかく。そして、その手は勝手に首筋を撫でまわした。

 まるで癖になっているような動きだった。


 なんだ、俺は今、何をした?

 何かを確かめるような動きだった。そうだ、まるで首筋に付いているものを探すような。


 ――――どうだ、(ジャック)は付いているか?


 唐突に、脳内で声がした。俺の声だった、気がする。


 俺は反射的に戦闘態勢を取っていた。魔力を高め、剣に手をかける。実際に抜かずに踏みとどまれたのは幸いだった。



「ちょっとイングウェイさん、どうしたんですか、いきなり!?」

 隣にいたレイチェルが、驚いて俺に声をかける。

 俺ははっと我に返ると、慌てて剣から手を離す。

「……なんでもない」

「なんでもないことはないでしょう、顔が真っ青ですよ。一体どうしたんです?」

「本当に何でもないんだ、ほっといてくれ」

 レイチェルの優しさが、今はただ、うっとうしかった。


「ちょっとあなたたち。陣中で何を騒いでいるんですの? こういうところは皆が武器を持っているんですから、節度ある行動をとるものですわ」

 タイミングよく、キャスリーが戻ってくる。

 隣にはいつかの壮健な戦士。キャスリーの父親、レノンフィールド侯エドワードだ。


「ひさしぶりですな、イングウェイ殿。先日はお世話になりました。今回は一緒に戦っていただけるとのことで、頼もしい限りですぞ」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

「イングウェイ殿、よかったら今夜は儂のところの天幕へ来ませぬか? 積もる話もありますゆえ」

「わかった、あとでお邪魔しよう」


 レイチェルが不安そうな目でこちらを見ていた。俺はそれに気づかないふりをして、その場を後にした。


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