イングウェイは戦場に行った
それは突然現れた。
鳥にしては大きいなとは思っていたのだ。とはいえ、遠めだとよくわからんし、このあたりのタカが特別大きいという可能性もあった。
ワイバーンならまだよかった。やつらはブレスを吐かないからな。とはいえドラゴン種は亜種が多いので、なかなか判別は難しいのだが。
「ドラゴンだ!」
後ろで叫び声がした。
振り向くと、赤い巨体がこちらへ向かっていた。
寄ってきてほしくないのなら、叫ぶもんじゃない。そんなこと、冒険者ならわかっているはずだ。
経験が少ないから? いや、違うね。すでに気づかれているとわかっていたんだろう。
あたりには俺たちしかいない。ドラゴンがこっちへ向かっていることくらいすぐにわかる。身を隠してやり過ごすには、遅すぎた。
遠くに雪のかかった山脈が見える。名前はたしか、カルポス山脈とか言っただろうか。ドラゴンの住処として有名な場所である。
「ドラゴンですって? まったくもう、こっちは急いでいるんですのよ!」
キャスリーは露骨に嫌そうな顔をする。顔色もよろしくない。父が心配なところで、ドラゴンごときに足止めを食いたくないだろうからな。当然の反応か。
「確かに、相手にするのは面倒だな」
俺もため息を吐く。
「イングウェイさん、勝てますか?」
レイチェルが少し不安そうに聞いてきた。
「ああ、問題はない。しかし、もったいないな」
「はえ? もったいないって、なにがですか」
ドラゴンの一匹や二匹、なんてことはない。ただ、タイミングが悪い。
今は往路なのだから。
「余裕そうだな、インギーの旦那は。どうせ素材をどうしたものか、考えていたんだろう?」
「ホルスか、察しが良いな」
ドラゴンと言えばレア素材の固まりであり、その死体は宝石の山のようなもの。低ランクパーティー同士なら、小さな牙ですら取り合いになる。
ただ、今は遠征に向かう途中なのだ。倒した後の素材を持ち歩くには、タイミングが悪すぎる。
「適当にあしらって、なんとか追い払えないか?」
ホルスに聞かれ、俺は悩みながら答えた。
「俺は構わんが、他のパーティーメンバーから文句が出ないか? 宝の山をみすみす見逃すんだからな」
「は? なにを言っているんだ、お前さんは」
「イングウェイさん、そんなこと考えてらっしゃったんですか?」
「ん? 俺は何か変なことを言ったか?」
ぽかんとした表情で互いを見つめる俺たち。おかしいぞ、何か話が食い違っている。
ホルスがあきれた様子で説明してくれた。
「いいか、イングウェイ。普通はドラゴンってのは、Bランク以上の冒険者が集団で狩るレベルのモンスターだ。そしてここにいるのは、CDランクの冒険者。BランクとCランク、どちらが強いかは、知っているな?」
「ホルス、お前は俺をバカにしているのか」
「お前に常識を教えてやってるだけだ」
要するに、だ。ここにいるメンバーからすると、ドラゴンとは、倒すどころか命も危ないような強敵だ。ということで、俺が追い払ったところで何も問題はない。
状況を確認したところで、方針は決まった。
俺が一人でドラゴンの相手をする。他の皆は逃げる。他のギルドたちへの指示や説明は、ホルスが引き受けてくれる。
さて、ドラゴン退治とは久しぶりだな。
俺は背伸びをして体をほぐすと、最後尾で仁王立ちになり、迫ってくるドラゴンを見据えた。
ぐるるるうう。 羽音に混じり、低い唸り声が聞こえてきた。
背後では他のメンバーたちがばたばたとあわただしく動いている。
やれやれ、そんなに慌てなくとも、たった一匹だろう? 後ろに逃すなんてヘマはせんさ。
俺は後ろにいるレイチェルたちに手を振って合図をすると、魔力をゆっくりと高めた。広げた両手の間で、ばちばちと青白い閃光が走る。
「さて、≪電撃≫でいくか。見たところレッドドラゴンの成体だ、数発食らわせても死にはしないだろう。少しだけ手荒にいかせてもらうぞ」




