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第六話 神話

『フハハハハハ!!もはや全て不要!!全ての大地は我が作り直してくれる!!安心して我が糧になるが良い!!』

 オロチ、否、もはやオロチシャークと化した彼は大声で怒鳴りたてながら、人も大地も無差別に食い散らかしていった。八つの首で行われるそれは、かつての巨大鮫の時とは違い、純粋な「捕食」というべき行為だった。人を食らえば血が噴き出し、大地を食らえば地が裂け土砂崩れが起きる、十年前の惨劇以上の大惨事と化していた。

 その大惨事を起こしながら、一本の首をノア達に向けてそれは言った。

『ここまでやり遂げた貴様らには褒美として、最後まで生きる権利をやろう。貴様らがいる島を食らうのは最後にしてやる。それまでは大人しく我が偉大なる行為を目に収めておくが良い!!フハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 彼は高笑いをしながら、壮絶な速さで遠ざかっていった。巨大さ、速さ、そしてその行為全て、かつてのそれとは規模が異なっていた。ノアは半ば呆然とその光景を見守るしか無かった。


 一時の沈黙が場を制した後、スージー、彼女が口を開けた。

『あれはもはや再構築システムではなくなっています。ただの殺戮機械です。』

「再構築システム・・・。」ノアはじっとオロチシャークの去っていった方向を眺めながら呟いた。

『彼が言う通り、私達巨大鮫は、世界を再構築するための存在でした。そのため、一旦食らった大地や人を腹の中の異次元で保存し、最終的に≪完全体≫になってから消化、新たな大地と生命を吐き出すという予定でした。しかし今の彼は、ただ目の前の物を食らうだけになっています。恐らく、自らの権能で後で作り出せば良いと割り切ってしまったのでしょう。』

「・・・まどろっこしいこと考えてたんだね、あの人」

『一応試練という体でしたから・・・』

 現実逃避するかのように、彼らはぼんやりとした会話を続けた。

「スージーは巨大化できないの?」

『私は巨大化するエネルギーを知性と「十年前に生まれない事」、即ち≪完全体≫に含まれないようにすることに割いてしまったので、残念ながら・・・。』

 まさに打つ手無しといったところだろう。ノアにはそう思えた。ただ、何もせずじっと待っているという事は出来なかった。今も奴は誰かを食らっているのだろう。誰かが泣いているのだろう。そんな時に黙って見ていること等、ノアには出来なかった。

「・・・行こう。」

『行くとは、つまり・・・』

「何も出来ないかもしれない。この剣も効かないかもしれない。」

 彼は手にもった剣をちらと見た。

「でも、あんなのただ黙って見てるなんて出来ない。何かしないと、少しでも立ち向かわないと。僕が納得出来ないんだ。・・・付き合ってくれるかい?」

 彼はその目をスージーの方に向けた。

『・・・勿論。』

 スージーは背中を見せた。


「おい、待て待て待て待て待て待て!!!!二人で勝手に盛り上がって死にに行くとかやめてくれ!!」

 イーザックが割り込んできた。

「あれ、居たの。」

「居たのじゃないよ!!居たよ!!無視しないでくれよ!!」

 彼は叫んだ。

「あれ見たろ!?あのやりたい放題っぷり!!お前らがいったところで言っちゃ悪いが無駄死にだよ!!そうならないよう何か考えないと!!」

「何かって、何を。」

 ノアが尋ねると父は黙った。

「・・・それをこれからゆっくりとだな・・・。」

「ゆっくり考えてる暇なんてないよ!!今まさに人類全員食われようとしてるんだよ!?ほっといていいの!?」

「放っておけとは言わないよ!!でもただ行っても死ぬだけだって!!ほら、例えば、神話をもう少し漁ってみるとか!!」

 イーザックは彼を止めたかった、どう考えても勝ち目が無い。せめて最後まで無茶をさせるようなことはしたく無かった。何とかして止めたかった。彼が言うこともわかる。このままただ死ぬだけというのは自分も納得がいかなかった。だがどうにもならない、悪く言ってしまえば今何をしてもただの悪あがきに過ぎないであろう事は目に見えていた。だからせめて、最期くらいは親子で過ごすとかでもいいんじゃないかと内心思っていたからこそ、彼は必死だった。

 ノアも無論その気持ちが全く分からないわけでは無かった。言いたいことは分かる。だがそれでも放っておくのは、今までの苦労を奴に嘲笑われているとしか思えない・・・というより正に嘲笑われているわけで、黙っているわけにもいかなかった。

『そうは仰いますが、私が知る限り、もはやあの姿になってしまったらどうにもならないと思います。だからこそ私はそれを止めようとしたのですから。』

「む、ぐ、ぐ。」

 彼もそのことは理解していた。理解出来ていたが故に何とも言えなくなってしまい、また沈黙が場を制した。しかしふと彼の頭にあることが浮かんだ。

「・・・鏡。」

『え?』

 何の事か分からず、スージーが思わず聞き返した。


 そんな親子の会話から遠く数十キロ離れた先で、オロチシャークは食事を続けていた。

 もはや彼の頭には神としての義務だの、人間がどうのといったことは無かった。もはや些細な事である。気にするまでも無い。そう割り切ったことで彼は清々しさすら感じていた。人間は自分の作り出した自然を雑に使う。他の生物を雑に屠る。自分が作った物を軽く扱われることが彼には我慢ならなかった。他にも神は相談しても、大概、というかほぼ全員が「気にするな」の一言で終わらせて来る。他の神は一つの星の事等に興味は無いのだ。だが彼は違った。彼は一応全ての産みの親のようなものである。自分が産んだ物が、他の物を害することに目を伏せることが出来なかった。故に彼は強硬手段に出た。その結果がこれである。最初からこうすべきだった、彼は大地と人を食らいながらそう思っていた。他の神に止められ試練等といって間を置いた自分が愚かだったのだ、と。

 だがその捕食行為により、人間以外の生物も無残に屠られていること、自分が憎んで止まない人間と同じ事をしているという事には気付いてはいなかった。


 オロチシャークの食事はヨーロッパを超えて中東から中国付近へ差し掛かった。その侵攻速度は凄まじく、数日どころか一日あれば全ての大陸を食らいつくすのではないかと思える程だった。各国は勿論抵抗したが、十年前と変わらず全く効果が無かった。当然のようにあらゆる兵器、核も効かず、速度は落ちることが無かった。これを上回る速度の生物等いないだろうと確信できるレベルだった。

 だが彼はふと後方から何かが急速に近づいていることに気づいた。何かは分からない。だが何かが近づいている。彼は、その図体には似合わないかもしれないが、若干気味が悪く感じた。他の神が干渉してきたのか?そうは思えない。にも拘わらず何かが少しずつだが近付いてくる。彼は一本の首を後ろに回し、何事か探ろうとした。

 そこには巨大なノアとスージーが居た。彼らは猛烈な・・・極めて猛烈な勢いで彼、オロチシャークに迫っていた。

『何!?』

 彼は驚かざるを得なかった。何故巨大なのか?彼は一瞬考え、自分の行動が如何に浅墓だったかを悟った。

『しまった!!鏡か!!』


 時は小一時間前、イーザックが呟いたところに戻る。彼はふと思い出したのだ。三種の神機の内、最後の一つ、鏡の存在を。

『しかしあれは大地生成に使用したものです。あれを使ったところでオロチシャークをどうこう出来るとは思えません。』

 スージーは冷静に言った。

「いや、待て、あの後色々調べたんだが、ただ大地の隆起を起こすようなものじゃないみたいなんだ。」

 イーザックが答えると一人と一匹はどういうことだと尋ねた。試してみる方が早いだろうとイーザックは鏡を持ってきた。

「確かにこれは大地を隆起させる。」

 彼は鏡を自分の立つ地面に向け、鏡の後ろにあるスイッチを入れた。すると鏡から光が飛び出し、その光を浴びた地面が盛り上がりだした。彼がスイッチを切ると、その隆起は停止した。

「だがほら、この切り替えスイッチを見てくれ。」

 切り替えスイッチ?とノアは訝し気に彼の指す先を見た。鏡の裏には確かに幾つかのスイッチがあった。スイッチの上には文字のように見えなくもない記号が書かれていた。

「これを調べてみたんだが、どうも古代の言葉で、解読すると、『大地』『生命』『拡大』『縮小』に近い意味だったんだ。でだ、試してみるとだな。」

 そう言いながら彼はスイッチを『生命』『拡大』に切り替え、自分の足に光を当てた。するとその足がみるみる内に巨大化し始めた。靴下と靴は壊れた。

「わわわわわ、え?」

 ノアが驚いている間に、彼は『縮小』に切り替えて自分の足を元に戻した。

「な、これは要するに、神話では大地の隆起に使ったが、使おうとすれば生物の巨大化にも使えるんだ。」

「はぁ・・・それでどうしろと・・・あ。」

 ノアは父と同じ考えに至った。


「見ろ!!お前と同じ大きさになったぞ!!」

『おのれ小僧!!あの鏡に気付くとは・・・。だが無駄だ!!我にその剣はきか・・・』

 言い終わるかどうかというところで巨大化したノアとスージーはオロチシャークの一本の首に剣を振り下ろした。首はいとも容易く切れた。グガァァァァァァァ!!!という叫び声を上げたオロチシャークは明らかに動揺した様子で彼に吠えた。

『な、何故だ!!もはやこの姿になった我に我が作り出した物が通用するはずがない!!』

『私の力を込めたのです。我が元主よ。』

 スージーが言った。

『裏切者め!!貴様どこまで・・・』

『貴方が考えを正すまでです!!私は元々その姿の一部でした。私を含めずその姿になったとしても、それは変りません。私のエネルギーを注ぎ込めば、私と同じものを受け入れようとして、そして斬られる。貴方の敗因は私達を舐め切った事です、我が元主よ。』

『貴様ぁぁぁぁ!!我は神だぞ!!神相手にその態度は無礼で・・・」

 ノアは黙って剣を振り、その言葉を発していた首を切り落とした。

『グ・・・ガ・・・』

「無礼がなんだ!!神がなんだ!!確かに僕達はお前に産み出されたのかもしれない。その点は感謝している。でも、だからといってただ死ねと言われて死ぬわけにもいかないんだよ!!」

 ノアは叫びながら首を二本同時に刎ねた。斬られた首からは血の代わりに光が噴き出した。光は喰らわれた大地と海に降り注ぎ、再び元の姿を戻し始めた。

『や、やめろ・・・。このまま私を殺しても、人は過ちを繰り返し、何れ滅び去るのだ・・・。お前のしている事はただの無駄だ・・・。』

 ガガガガガガガガガという音を立てながらチェーンソー・・・剣はオロチシャークの首を次々刎ねていく。その度に言葉を発する首が変わっていく。それももはや残り一本となった。首から噴き出した光はもはや世界全体を包み込んでいた。ノアはその光の中で叫んだ。

「僕はそうは思わない!!人間は確かに愚かな人もいる!!でもスージーの言う通り、愚かじゃない人だっている!!過ちは繰り返さない、いや、繰り返させない!!僕が!!僕達が!!」

『愚かな・・・愚かな人間めが・・・。いや、愚かなのは・・・。』

 その言葉が終わらないうちに、最後の一本が伐採された。止めとばかりにノアはスージーにオロチシャークの横を全速力で泳ぐよう頼んだ。スージーが答え、泳ぎだすと、ノアは剣をオロチシャークに突き立て、そのまま全力で薙いだ。オロチシャークは二枚に下ろされ、大地に伏し、もう声を発することもなく、光に包まれ消えていった。


 元の岸辺に戻った巨大ノアとスージーはイーザックの手で元に戻された。

 ようやく終わった。彼らは何か話すことも出来無いほど疲れていたが、達成感と共に喜びの顔を浮かべていた。すると突然、スージーが輝きだした。何事かと慌てるノアとイーザック、それに対してスージーは冷静だった。

『どうやら、お別れのようです。』

 スージーは言った。自分もオロチシャークの一部だった。そのエネルギーを使い果たしたが故に、大地と生命として生まれ変わることになるのだと。

 ノアは何といえば良いか分からなかったが、一言だけ彼女に伝えた。

「・・・今までありがとう。」

 その言葉には様々な思い出が込められていた。

『・・・礼を言うのは私の方です。貴方が居たから、私は希望を持てた。ありがとう、ノア。私の主よ。』

 スージーはそう言い残すと、光と共に消えていった。


 まるで一夜の夢のように出鱈目で・・・面白かった。ノアはそう思った。

「夢だったのかなぁ」彼は呟いた。

「夢だったらそれは持ってないだろ?」父が答えた。

 ノアの手には三種の神器が残されていた。それは間違いなく一連の出来事が現実であることを意味していた。

「じゃあ何なんだろう。」

「そうだなぁ・・・。強いて言うなら・・・。」

 光に包まれた大地はオロチの暴走の前の状態に戻った。人々も生き返り、やがて元の生活に戻っていくだろう。そして何れ、ノアが言ったように、夢だと思って忘れて生きていくのだろう。

 何れ忘れられ行く物語、父には思い当たる単語があった。


「神話、じゃないかな。」

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