第五話 真実
ノアの旅立ちから数か月が経ち、世界はほぼ元の姿を取り戻していた。
巨大鮫はノアを敵視しているのか、積極的に狙ってきた。だが巨大すぎる図体が仇となり、奇襲には失敗し、逆にそれを利用したノアが鮫を返り討ちにした。これで北アメリカ大陸が元に戻った。
ノアは自分を狙ってくる習性を利用しようと考えた。ノアは普段勾玉を起動せずにおいた。すると巨大鮫が寄ってくるので、ここぞというタイミングで勾玉を起動、巨大鮫を弾き返し、剣で切り裂いてこれを倒した。これで南アメリカ大陸が元に戻った。
時には二体同時に襲ってくる等危険なこともあったが、そうした時もスージーとの連携や勾玉の活用で返り討ちにしていった。
そうしたことを続けていった結果、八体の鮫の内七体はノアにより打倒され、そして最後の一体が今まさに倒されようとしていた。
「食らえええ!!」
叫びながらノアは剣で鮫の首を刎ねた。鮫の身体は輝きながら溶けだし、イギリスを除くヨーロッパ大陸となった。
「はぁ、はぁ・・・。これで八体目、かな・・・?」
ノアは肩で息をしながら、スージーに尋ねた。彼女は肯定した。
「これで全部終わり、か・・・。」
彼は達成感と共にそう呟くと、軽くガッツポーズをした。
「やった・・・やったねスージー!!」
スージーも喜ぶように吠えた。世界は彼らにより元の世界へと戻ったのだ。それを知る者は少ないだろうと彼はわかっていた。だが、旅する中で様々な出会いがあった。ここでは割愛するが、復活した陸地で食料を求めたりといった中で本当に様々な事があった。彼には昨日の出来事のようにすら思えた。だが今は思い出に馳せる時ではない。すべて終わったのだ。それを伝えなければならない人がいる。
「スージー、家に帰ろう。」
スージーは肯くと、イギリス方面へと向かっていった。
彼はとりあえず旅立った海辺に戻って、そこから村に戻ろうと思っていた。海辺に着くと出かける前には無かったはずの小屋があった。スージーに待つよう言って、訝しみながら小屋に近づくと、突然小屋のドアが開いた。
「ノア!!お帰り!!見てたぞお前の活躍!!」
「と、父さん!?」
小屋から出てきたのはイーザックだった。何でも、帰ってくるとしたらこの浜辺だろうから、来たらすぐわかるようにと掘立小屋を作ってたまに様子を見に来ていたとのことだった。それだけ心配してくれたのかと彼は嬉しく思った。しかし先ほどの言葉に引っかかった。
「見ていたってのは?」
「ああ、お前のお陰でやっぱり陸地は元通りに戻ってだな、その事についてテレビで放送するようになってたんだよ。あー、久々にテレビを見たこともだが、それをウチの息子がやったと考えるともう嬉しくてたまらん!!」イーザックは自分の事のように誇らしげに話していた。その姿に苦笑するも、自分の成した事にようやく実感が沸いてきて、ノア自身も喜びを感じていた。
その時、天から声が聞こえてきた。
『ノアよ。表に出よ。話がある。』
大地を震わせる、威厳に満ちた声だった。誰だ?と彼は父の方を見ると、父はかぶりを振ろうとした。が、こんな威厳のある声では無いよなと気付いたノアはすぐに表に出て行った。彼は息子のその姿を見て何だか物悲しい気持ちになった。
表に出ると、天に巨大な人の姿が浮かんでいた。威厳に満ちた声、天に浮かぶ姿、ノアは特に神を信じていたわけではないが、最初その姿を見るまでは神が自分に語り掛けてきたのではないかと思っていた。しかしその姿はとても神話に聞くような神の姿とは異なっていた。ローブ姿、杖を持っているところまではまだ神様と言って差し支えないと思うが、問題はその顔である。口に牙、頭にヒレといった、人というより鮫やを思わせるその姿は、もし神だったとしても邪神か何かの類ではないかと類推出来るほどに醜悪であった。そしてその推察は的中していた。天に浮かぶ男はノアの心を読んだかの如く言った。
『我は貴様が考えるような邪神ではない。まあ人間共からすれば邪神に近しいかもしれぬが。』
「では貴方は何者なのですが?」ノアは尋ねた。
『我は創造と破壊の神オロチ。全てを産み、全てを消す者である。我が遣わした鮫をよくぞ全て屠ってくれたものだ、その点については称賛に価する。一応、我が試練を乗り越えたというわけだ。』
「試練?」
『我が人に課した試練である。曲りなりにも試練を乗り越えたのだ、褒美に全て話してやろう。』
神は不満気な顔をしながらも語り始めた。その声はノアだけでなく世界中の人に聞こえているようで、ノアが周りを見渡すと、何事かと空を見上げる人が何人か見受けられた。
『人は傲慢にも世界を自分達だけのものと思い、この星を我が物のように跳梁跋扈した。故に試練としてあの巨大鮫共を遣わせたのだ。もし人がこの星を我が物とするならこの巨大鮫を打倒してみせよ、とな。巨大鮫共はそれぞれが大地と人を食らい、そして全ての大地と全ての人が鮫に食われたところで、喰らった大地と人を作り替え、人以外の生物が住む大地へと作り直すという予定だった。それを邪魔することが出来れば人を生かしておいてやろうと考えたわけだ。』
ノアは核攻撃があっても戻った大地が放射能で汚染されていなかった理由が何となく分かった。神が消していたのだろう。
『貴様の想像通りだ。あんなもので作り直す材料を汚されては困るからな。』
神はノアの思考を読んで答えた。そして続けた。
『無論、勾玉の存在も認識していた。だが一匹も巨大鮫を倒す事が出来ず、最終的に全ての巨大鮫が集い≪完全体≫になれば、勾玉の効果も無にして全て終わらせることが出来たのだ。だが。』
神はそこで一旦言葉を区切った。その態度には怒りが感じられた。
『本来巨大鮫は全部で九体居なければならなかった。九体が集い≪完全体≫になることで全て終わるはずだった。だが裏切者が居たお陰で、我が遣わした鮫達は≪完全体≫になることは出来ず、結果すべての大地を食らうには至らなかった。そこな裏切者のせいでな!!』
神はスージーに向かって杖を振るった。「スージーが、裏切者?」ノアはあまりにも予想外だったため、面食らった様子で呟いた。
『おまけに全ての人間を消してから世界を再構築するようプログラミングしていたせいで、鮫共が喰らっても人間や大地は消滅せず、逆に屠れば大地が戻るというバグまで起こしてしもうた。挙句、人間に機会を与えんと三種の神器の場所を教え、そのバグを利用し我が邪魔までしおった。この筆舌に尽くしがたい裏切者めが。』
『それは貴方の行いがあまりに理不尽だったからです。創造と・・・いえ、今はこう呼びましょう、破壊神オロチよ。』
スージーが突然流暢な言葉で喋りだした。ノアは驚愕した。「しゃべれたの!?」
『自らに課した枷として喋らなかっただけです。ですが、今は私も語らねばなりません。』
『裏切者が何を語るというのだ。』神は問うた。
『貴方が作り出した巨大鮫、私もですが、彼らは絶対に人の手に負えぬ者です。貴方が残した三種の神器が無ければ倒せないという時点で、貴方は最初から人を滅ぼすつもりだったとしか思えません。』
彼女は続けて言った。
『それに、人は決して傲慢ではありません。確かに、中にはそのような者も居るのは確かです。しかし、人という種族は、決して自分だけがこの星の支配者だ等と思ってはおりません。自然と調和し、自然と共に生きる者もおります。一辺を見やり一辺に目を伏せるのは正しいと私には思えません。それ故に十年前、私は卵から出ず、ただ普通の鮫として生まれることを選んだのです。人に機会を与えるために。』
神は黙って彼女の話を聞いた。
『そして彼と出会いました。彼は私が、人を食らった鮫と同族であることを知りながら、家族のように接してくれました。これのどこが傲慢でしょうか。そして彼は私と共に貴方の試練に立ち向かいました。確かに私は手助けをしました。しかし彼があの剣を使えたのも、彼が自分より遥かに巨大な物に挑むことが出来たのも、全て私の手助けではなく、彼自身に知恵と、そして何より勇気があったからこそです。』
『・・・勇気・・・』
『はい。そして鮫である私を慮る優しさ、それらがあの鮫達を打倒した力なのです。貴方が思う程に人間は愚かではありません。知恵と優しさ、そして勇気を持った者も居るのです。どうかもうしばらく、見届けて下さりはしませんでしょうか。』
スージーが語り終わるか否かという瞬間にオロチは笑い出した。
『フハハハハハ!!!駄目だ駄目だ。話にならぬ。たかだか一匹がまともだろうと、失敗作としか言えぬ者もいる以上、この結論は十年前より揺るがぬ。そうよ、最初に貴様の言う通りよ。我は元より人を滅ぼすつもりだった。試験という形を取ったのもあくまで人が足掻く様を見て楽しむためにしただけのこと。』
神は、いや、破壊神は笑いながら続けた。
『貴様がどのような考えで我に反旗を翻したのか知る意味で生かしておいたが、もはやその必要もないな。余興もそろそろ酣と言ったところか。もう良いだろう。』
オロチはそういうと、手に持った杖を天に翳した。
『我が眷属よ、再びここに!!』
そう叫ぶと杖から八本の雷が海に落ち、そこからかつてノアが屠ったはずの巨大鮫達が復活した。
「そんなバカな!?」ノアは叫んだ。
『フハハハハハ!!貴様が屠った者共など、所詮我の手に掛かればこの通り、幾らでも再生出来るのだ。そして裏切者よ、貴様の代わりは我が務めてやろう。有難く思うが良い!!』
巨大鮫はオロチの真下に集うと、オロチは杖を振り下ろした。すると杖から直視出来ないほどの凄まじい雷光が生じた。
「なななな、なんだ!?」
『何てこと・・・あの方は自分自身で全てを滅ぼすつもりです!!』
スージーの言葉の後、光が止み、雷光の衝撃で煙が朦々と立ち込めている中、破壊神の声が轟いた。
『その通り、面倒な試練など与えた我が誤っておった。最初こそ楽しめたが裏切者のせいで興醒めだわ。人間なぞとっとと滅ぼし、この星を人の居ない世界に作り替えてやれば良かったのだ!!』
声と共に、煙の中から鮫の顔が出てきた。その顔はノアが屠った八体の鮫と同じ顔をしていた。
『愚かな人類等もはや不要!!我が欠けたパーツとなりて目覚めしこの≪完全体≫で、貴様ら共々この星を食らいつくしてくれるわ!!』
破壊神は形振り構わず叫び散らした。そこには倒したはずの、その八本の首と八本の尾ビレ、そして二本の胸ビレと一本の背ビレを持った異形の存在、巨大鮫達の≪完全体≫、いわば『オロチシャーク』が存在していた。




