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第三話 対峙

 <<残された島>>に警察機構は無かった。十年前のあの日にそのようなものは無くなった。警察に所属していた内、勇敢なものは大体が鮫に挑み、そのまた大体が食われて戻って来なかった。鮫に挑んだが、何とか食われる前に逃げた者も居た。そうした者に臆病だ等と声をかけるものは誰も居なかった。そのくらい、戻る者は限られていたのだ。そして最終的に鮫が去った後、戻って来た者たちと、一部の有志により、自警団が結成された。警察もいなくなってしまっては島の治安が維持出来ないし、何よりかつての鮫が再び現れた時に備える必要があると考えたからだ。

 若い漁師の叫び声は、そんな自警団にも届いていた。岸辺の反対側が丁度『噛み砕きの崖』だったので、そこに逃げるよう島民に指示が出された。夜だったので寝間着の者もいたが、命には代えがたい。とにかく人々はパニックになりながらも必死で逃げた。逃げ場所など無いのだと薄々気付きつつも。

 島民が港と呼ぶ岸辺には、自警団が集合し、この日のために用意した各種防御用品を並べていた。といっても、数点のバズーカやマシンガンなどの銃火器がある程度である。殆どの物品は十年前に壊れたか食われたかで無くなっていたし、そもそもこの地域は何もない平和な地域で、バズーカも逃げてきた軍隊員が置いて逝ったものである。何かしらの準備ができただけでもよく出来たものだと自警団団長は自嘲した。

「団長・・・」

 自分で志願したとは言え、おそらく死ぬであろうこの任務。不安に駆られたのか、か細い声で団員が見てきたので、団長は叫んだ。

「皆、集まってありがとう。見ての通り、例の巨大鮫が来た。そして、すまん。正直に言おう。俺たちはここで死ぬだろう。」

 集まった数人の団員は団長を見つめた。

「すまん・・・。だが!!」

 団長は前を見た。巨大な背ビレがまっすぐこちらに向かってくるのが見える。

「あいつにただ食われるつもりもない!!そうだろう、みんな!!」

 団員はそれぞれ肯いた。力強く肯く者、弱弱しく肯く者、様々な者がいたが、横に振る者だけは居なかった。

「いいか!!俺たちはただ食われる餌じゃない!!そう、俺たちは人間なんだ!!命なんだ!!」団長は続ける。「あいつに思い知らせてやろう!!鮫共にせめて一太刀浴びせよう!!せめて!!・・・せめて、この島に住む命だけでも、守ってみせよう。配置につけぇ!!」

 団長は最後だけ絞り出すように言うと前を向き、号令をかけた。団員が迎撃という名の死ぬ準備に移った。


 一方、海上ではスージーが全速力で、迫る巨大背ビレの後ろに回り込もうと駆けていた。ノアは剣を落とさないよう、そして振り落とされないよう、左腕で背ヒレを、右腕で剣を必死に握りしめていた。

 彼は巨大鮫の後ろから奇襲しようとしていた。だがそのためにはある程度海中の戦闘も覚悟しなければならない。スージーがこちらを案じるように吠えた。「大丈夫。」自分にかスージーにか、もしくはその両方にか、言い聞かせるかのように、彼は呟いた。

 巨大鮫の背ビレを見た。もう岸辺に付くまで、あと2分も持たないだろうと思われる距離だった。


「撃て―っ!!」

 自警団団長の掛け声で、バズーカが発射される。所詮は数発、練度も低いが、何とか1発は背ビレに命中した。しかしその動きが止まることは無かった。悪態を付く団長。そして遂に巨大鮫が海中から姿を現した。

「デカイ・・・。」

 分かってはいたが、やはり巨大だった。十年前にニュースでやっていたところによると、研究者の推定ではおよそ50メートルはあると言われていたが、確かにそのくらいはあるだろうと思えた。もう港まで1kmもない。到達は時間の問題だった。

「まだ弾はあるか!?」

「あ、あります!!」

「よし撃て、とにかく撃ちまくれ!!」

 団長の号令に従い、団員達は弾を込め何度も発射する。だが命中しないか、命中しても怯む気配はない。

「ダメか・・・。」

 その場を絶望が支配していた。


 だがノアとスージーは諦めていなかった。

 ノアは剣のトリガーを引き、(引き抜く時は外れていたので付け直した)安全装置を改めて外し、剣を動かし始めた。スージーに合図をし、潜水を開始した。不思議なことに剣は機械にも関わらず海中だろうと海面だろうと、バッテリーが切れる様子もなく動き続けた。やはりただのチェーンソーではないらしい。それだけは理解できた。ともかく彼は剣を動かし続けたまま、もう一度スージーに合図をした。彼女は巨大鮫の背中に触れるギリギリのところを、海面に飛び出さんとする勢いで泳ぎ続けた。そして彼はその巨大鮫の背中に対し剣を突き立て、そのままガガガガガガガと音を立てながら背中を切りつけた。

「グギャァァァァァァァァァァァ!!!!」

 その瞬間、団長の耳に巨大な悲鳴が聞こえた。誰が叫んだかは明白だった。あの巨大鮫だった。何があったのか。団長が目を凝らすと、鮫の後ろの方に別の小さな鮫と人が見える。よく見ると誰かも判別できた。「ノア!?」団長は驚いた。だが驚くのはまだ早かった。


 スージーはその泳ぎの勢いで海面から空中へと飛び出した。ノアはここぞとばかりにスージーから飛び降り、巨大鮫に剣を突き立てた。再び巨大鮫は悲鳴を上げた。

 効いている。

 ノアにも、港の団長にも確信が持てた。

 そのままノアは、突き刺した始点が鮫の上半分で、彼の脚力で登れる角度の位置だったことから、あまり得意ではない山登りを、鮫の体で開始した。剣を突き立て、「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」と叫びながら鮫の頭に向けて走り出した。その走る速度に合わせて鮫の顔には傷が出来、そこからは赤い血が溢れ出していた。巨大鮫は彼を振り解こうと体を震わせたが、その度に剣が体に刺さり、逆に自身の傷を重くする結果となった。ノアは振り落とされないよう、またその刃で自分を傷つけないように注意しながら、剣を支えに敵の頭上まで走り抜けた。そして、巨大鮫の額に思い切り剣を刺し、そのまま「でりゃあああああああ!!!!!!!!!」と叫び、巨大鮫の左側面に剣を刺しながらまた走り出した。そして、その回転で振り落とされないよう気を付けながら、海面へと飛び降りた。その落下に合わせて剣は鮫の左首を切り裂き、巨大な傷を作った。

 飛び降りた先にはスージーが待っていた。剣を刺したまま、ノアはスージーにまたがると、再び海中に潜り、巨大鮫の首周りに傷を付け続けた。

 そのまま同じように、海面から鮫の頭上へ戻ると、今度は右側面を切り裂いた。これで剣で与えた傷が一周した。もはや巨大鮫は出血多量のせいかロクに動きを見せることはなかった。だが動かないわけではない。止めを刺す必要があった。ノアは剣に何かそんな力がないかと探し回ると、剣の側面にボタンがあった。迷っている暇はない。彼はボタンを押した。すると剣が光輝き出した。何事かと剣を目の前に掲げると、剣の刃から光が溢れ、巨大鮫と同程度の光の剣と化した。これで止めを指せということか、ノアは一人得心すると、「食らえええええええ!!!!!」と叫び、付けた傷跡にその光の刃を振りかざした。光の刃は巨大鮫の首を切断した。

「やった・・・。」その場にいた全員がそう確信した。そしてそれが覆ることは無かった。

 次の瞬間、巨大鮫の体はサラサラと溶け始めた。何事かと慌ててその場から離れるノアとスージー。引け、引けと号令を出す団長。

 スージーが岸辺に付きノアを降ろす頃には、巨大鮫の体は既にほぼ消えていた。そして最後、尻尾の一片が溶けると、突然地響きが発生した。

「な、なんだ?」驚くノアと、不安そうな声を上げるスージー。


 やがて地響きと共に、岸辺だった部分が光り輝き、隆起し始めた。それは『噛み砕きの崖』を始めとした、島の至る所――鮫が食らった大地で起きていた。消えた大地が、青く染まったはずの大地が、光と共に再び現れ始めたのだ。呆然とする一同と、陸に上げられてしまったので自警団に急いで岸辺近くにあった池に運ばれるスージー。何故鮫が淡水で生きているのか不思議がる暇もなく、光と地響きは続き、やがて収まった。するとそこには、元の岸辺には、自警団団長が十年前に見たことのある風景が広がっていた。


 もし空を飛ぶ術が彼らにあったならその時点で分かっただろうが、<<残された島>>は島で無くなっていた。喰らわれた大地が、再び戻ってきていたのだ。それをノア達が知ったのは、数時間後の事だった。

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