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第二話 襲来

「これは・・・間違いない・・・いや・・・マジか本当か現実か・・・?」

 夕刻。ノアはあの後再び海底洞窟を抜け、昼間拾った三種の道具を家に持ち帰り、考古学者である父イーザックに見てもらうことにした。

 ノアから話を聞き、物を受け取るや否や彼は、机から虫眼鏡を取り出したり、軽い図書館のようにしまわれた本棚から良く分からない分厚い本を持ち出すなどして、その物品を調べ始めた。もうノアは眼中にないようという様子で、こちらを見向きもしなかった。彼はその父の様子に呆れていたが、とりあえず様子を見ることにした。

 イーザックは元来、その筋では有名な考古学者だったと言われている。言われているというよりは自称に近い。母ミーナはその才能を認めていたようだが、学会での評判はボチボチといったところだった。また、その専門分野は考古学の中でも、<<残された島>>になる前、その地方に伝わる神話の実在性に関してであったため、所詮一地方の神話だと適当に扱われていたのが実態だったようだ。それでも彼はその神話が事実であると信じ、各所を回るなどして研究を進めていたらしい。ノアは神話にも研究課程にも興味が無く、以前からその手の話になると適当に聞き流していたが、その姿に惚れたという母の話だけはうっすらと覚えがあり、そして今、その姿を目の当たりにして、なるほどコレかと納得した。


 小一時間が経過した。この道具の正体に興味はあるが、いかんせん長すぎる。ノアは父の様子は無視し、かといって自室に戻るのも躊躇われたため、とりあえず部屋にあった適当な本を読んでいた。するとバタンという分厚いを閉じる音がした。彼は少し驚くと父の方を向いて「何かわかった?」と尋ねた。

 父は歓喜に打ち震えるようにして叫んだ。

「ノア、お手柄だ、大発見だ、大スクープだ、奇跡だ!!これは・・・この地方の神話にある三種の神器だよ、間違いない!!」うるさかった。

「三種の神器?」とノアは尋ねた。

「なんだ知らないのか?俺の息子のくせに。」

 意外そうな顔で彼は息子の顔を見た。

「知らない。」

「少しは興味持ってくれよ・・・。まぁいい、なら説明してやる。」

 彼はどこかから白板とチョークを持ってくると、その神話について、歴史の授業の如く板書しながら説明し始めた。


 その説明は長く、話が紆余曲折の上あちらこちらへ飛び火したため、酷く冗長なものだった。

 掻い摘んで言うとこうである。


『神は世界を生み出した。原初の世界は青く海に満ちていた。人も獣も、かつては海に生きていた。しかし海には鮫も居た。鮫は同じ魚類以外の全てを食らい尽くした。生命を幾ら作ってもこれでは限が無い。神は嘆いた。そして次に海の底を鏡で照らした。照らされた海の底は高く隆起し、大地となった。神はそこに人や獣を移したもうた。だが鮫は大地をも食い始めた。神はこれ以上の命の損失を防ぐため、勾玉を人に渡した。勾玉の守護により人と獣は守られた。陸は少しずつ食い散らかされていった。人の中にはそれに抗おうとした勇気ある者が居た。神はその勇者に剣を与えた。その剣は如何な鮫であっても切り刻み、そして海から鮫はいなくなった。神はその3つの道具を人にお預けになると、残る世界を人に任せ、お眠りになった。』


 話を聞き終えると、彼は父に尋ねた。

「・・・で、これがその三種の神器だって?」

「そうだ。いや間違いない。鏡に、勾玉、それに・・・あー、なんだ、剣があるじゃないか。」

「剣ってもっとこう・・・細身なんじゃないの?」

 確かに彼の言う通りだった。通常、剣は持ち手にトリガーもエンジンもついていないし、何より刃が回転することもない。むしろこれはチェーンソーだ、彼は父に言った。しかし父は否定した。

「いや、神話はあくまでで神話、細かい点は異なっていて当然なんだ。それに、この剣、お前が水に浸して持ち帰ってきたのに普通に動くだろう?更にだ、もしこれが本当に神器なら、この島が残ったことにも説明が付くだろう?」

 最初の話はともかくその後の話、特にこの島が残った理由について説明が付く、という点は父の言う通りだとノアは思った。守護の勾玉、と呼ぶことにするが、これがあったことでこの島が守られたと考えると確かに説明はつく。それに、家に戻ってから地図を見てみると『噛み砕きの崖』の洞窟の位置は、おおよそでしか判断できなかったが、島の中心部と思われた。勾玉が守れる範囲が今の島の範囲だけだったということだろうか。ノアがそんな事を考えている中、イーザックは上機嫌で神話の本を取り出し読み進めては、「ホラ見ろ、この文章がこれに当たってだな!!」などとノアを読んではしゃべり続けた。ノアはあきれながらも、こんな父の姿を見るのは久しぶりだったことを思い出し、温かい目で見守ることにした。とは言ったものの、父の話は余りにも長く面倒に感じていたので、父の部屋の中の本を読みながら適当に合槌を打っていた。

 ポチッ。

 その時突然スイッチを押した時のような音が聞こえた。

「え?」

 ノアが振り返ると、イーザックは勾玉のボタン部分に手をやっていた。勾玉は先ほどまで緑色に輝いていたのだが、今ではその輝きは失われていた。

「・・・押したの?」

「まぁ、うん、気になって。」

 イーザックは子供のようなことを言った。

「おおおおおお押したって、これ、神話が正しいなら僕達を守護してくれてる勾玉でしょ!?光消えてるってことは守護がなくなったってことにならない!?」

「そ、そうかもね・・・いや大丈夫だよ!!所詮は神話だよ!!」

「父さんその神話を信じて研究してたんだろ!?」

「いやまぁ・・・そうだけど・・・ほら、スイッチがあったら押したくなるのはもう当然というかなんというか、仕方ないじゃない?」

 呑気な父にノアは喚いた。

「仕方なくないよ!!これで鮫が来たらどうするのさ!!」


 さて、時は少し遡る。暗い夜道を一人の若い男性が、港と呼ばれている岸辺の方に向かっていた。ちなみに、スージーがいる岸には近いが、別の場所である。

<<残された島>>の主要な産業は農業と漁業である。老人は農業、若者は漁業というのが極めて単純化した場合の分担となっており、今暗い夜道を歩いている若者もご多分に漏れず漁業に勤めていた。

 彼は昼の漁を終えた後、忘れ物をして船に取りに行っていた。船に近づいてふと沖合の方を見ると、妙な波が見えた。妙というのはつまり、海の1面を左右に割るようにしているという点だ。しかもその波はだんだんこちらに近づいている。夜の暗がりでよく見えないが、どうにもおかしいと思った彼はよく目を凝らした。すると気付いた。それは波ではない。背ビレにより海が割られていたのだ。しかもその背ビレは非常に大きい。沖合というか数キロメートルあるいはそれより遠い先にあるにも関わらず、今この場から見えているという点から考えると、それが如何に巨大なものであるかを示していた。

 彼はその背ビレが何のものなのかにようやく気づき、そして叫んだ。


「鮫だぁぁぁぁぁ!!!!!!巨大な鮫が来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 その声は少し離れたノアの家にも聞こえていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ワーオ」

 イーザックは呆けたような声を出した。ノアは叫んだ。

「おおおおおおおお押せ!!ボタンもう一度押せ!!!!!」

「わわわわわわわわ分かった!!押す!!押す!!押してる!!おして・・・」

 イーザックがボタンを押しても反応はなかった。よく見ると勾玉には数字のカウンターが1つ付いていた。そこには「次チャージまで」というラベルが貼ってあった。カウンターは1秒毎に減っていったが、その数値は約3600を指していた。・・・およそ10分後。ノアとイーザックは顔を見合わせて、それからノアは父の首を絞めた。「ど、ど、ど、どうしてくれるんだテメー!!」「ち、父親にテメーとか言うんじゃないよ!!」


 数分間ドタバタを繰り返した後、ノアは落ち着きを取り戻した。

「とにかくどうしたものか・・・せめて10分待ってくれれば・・・」

 顔に痣を付けたイーザックは頭を横に振った。

「無理だな・・・この島から見えているなら、もう10分も立たずに到達するだろう。多分今頃、自警団が何かしら準備を始めているとは思うけど、軍隊すら敵わなかった相手だ、10分どころか10秒持つとも思えない・・・。」

 どう考えても絶望的な状況だと二人は思った。この島も食われるのかと半ば諦めかけた。だがノアの目にあるものが映った。

「ねぇ、神話が本当なら、その剣、使えるんじゃない?」

 ノアが指したのは、祭壇にあった道具の一つ、神話で言うところの剣・・・と思われるチェーンソーだった。

「た、確かに!!しかし・・・誰が使うんだ?」

 一瞬の沈黙の後、ノアは言った。

「・・・僕がやる。」

「む、無茶だ、危険すぎる!!」

「いや、元はといえば、父さんが神話級のバカで実践主義なのを忘れて、僕が勾玉を持ってきたのも良くなかったんだ。」イーザックは不満気な顔を見せたがとりあえず聞き流した。「それに、僕ならスージーと一緒に海で戦える。スージーが手伝ってくれるなら、だけどね。」

「・・・死ぬかもしれないんだぞ、それでもいいのか?」

 イーザックは真面目な顔を、父親の顔をして聞いた。覚悟を尋ねる顔だった。ノアはその顔を真っ直ぐと見据えて、肯いた。

「・・・わかった。だが倒せとは言わない。10分立ったらもう一度スイッチを押してみる。せめてそこまで生きていてくれ。・・・それだけは約束してくれ。」

「わかったよ、父さん。」

 ノアは力強く答えると、剣を持って外へ駆け出して行った。


 スージーと会う岸辺に付くと、何かを察したのか、既にスージーは海面から顔を出していた。

「スージー。」

 ノアが呼ぶとスージーは鳴いた。

「今、デカい鮫が来ている。お前とは違う、物凄いデカい鮫だ。放っておいたらこの島は滅んでしまう。僕達みんな食べられちゃうと思う。」

 スージーは何となく不安そうな顔をした。

「だから、僕はあいつをやっつけたい。でもあいつは海にいる。海の上だと普通じゃ戦えない。だからスージー、お前にあいつのところまで乗せていってほしい。・・・一緒に戦ってほしいんだ。」

 ノアはスージーの顔を真っ直ぐ見据えて言った。スージーもノアの顔をジッと見つめた。

「同じ鮫、同類同士で戦うことになる。君には辛い思いをさせるかもしれない。・・・それでも手伝ってほしい。お願いだ、スージー。一緒にあいつを、あのデカい鮫をやっつけよう!!」

 ノアの声に呼応するように、スージーは吠えた。そして背中を見せた。いつもの背中に乗れの合図だ。

「・・・ありがとう。」

 ノアは一言礼を言うと、チェーンソーを片手にスージーに飛び乗った。そして、人と鮫のコンビが、夜の海を駆けていった。巨大鮫に挑むために。

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