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最弱転移者、魔法使いの要望により世界の果てを目指す。  作者: 満天丸
第1章「ファスト村」
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償いの同棲

「………どういう事だ?」


 少しデジャビュ臭のするセリフを吐きながら、ハルオは左手に掴んでいる小さい手が少しずつ冷たくなっていくのを感じていた。

 見なくてもアロナの顔が、真っ青になってプルプル震えていくのがわかる。

 これは余りにもタイミングが悪すぎる。いや、旅の準備を終えた後でこんな事を聞かされるよりも、幾分かましだったのかもしれない。

 しかし、ようやく正気を取り戻したアロナがまた壊れてしまうのは、どうにかして避けなければいけない。


「………どうしたの、二人とも?」


 クレイは軽く眉をひそめ、硬直している二人に話しかける。それは一体、手をつないでいることへの疑問なのか、それとも魔王が倒されたのに喜ばないことへの反応なのか、はたまた両方か。

 どちらなのかは分からない。しかし今度はクレイが慌て始める。何かと思ったが、もしかして自分が何かしてしまったのかと思い始めた様だ。


「ああいや、お前は悪くない。それよりも魔王が倒されたって、どうやってだよ?魔王は幹部を城に匿ってるせいで倒せないって聞いたぞ」


 ハルオがそう言うと、クレイはハッとした顔で、解説を始めた。


「確かに魔王は城に幹部を匿っていた……でも、勇者が能力を使って、城の外から衝撃波で魔王を倒した」


 勇者の力、強すぎませんかね。

 というかそう言う少し卑怯な手を5年間使ってこなかったのか、勇者は。それで今まで勇者をやって来られたあたり、きっと王道主人公なキャラなのだろう。

 いや、そんな考察はどうでもいい。今は横にいるこいつの事だ。


「ア、アロナ」


 ハルオがアロナの方を向き話しかけると、アロナは目尻に水を貯めこちらを見てくる。


「ハルオぉ……」


 やばい、泣きかけてる。いや、これはもう泣いているのかもしれない。流石に泣いている女性をどうこうとした体験はハルオにはなく、こちらが慌ててしまう。

 どうしたらいいものか、と思考を穴が掘れそうなほど高速回転させていると、正面から殺気が送られて来る。

 ハルオは新しいタイプの人種でもないので殺気やらを感知することはできないはずだが、それでも確かに背筋が凍りつく様な感覚があり、目の前をみるとそこには髪を逆立たせているクレイがいた。

 お前は野菜に似た名前の宇宙人か何かなのか、と突っ込みたくなったが、そんな空気には思えないし、そもそも伝わらないだろうからやめておく。と言うか、殺気の正体はクレイだったのか。なぜクレイがそこまで自分に殺意を覚えているのか。


「ハルオ……いくら色んなことがあったにしても、アロナを泣かせるのは許さない」

「俺じゃねえよ!誤解だ!俺は泣かせようとなんてしてないからな!てか、お前慰めてくれよ!俺も流石に辛くなって来たぞ!」


 クレイの姿が少しずつ暗くなる様な錯覚し、身の危険を感じてハルオがキレ気味で必死に弁明すると、クレイは何かを察した様で、逆立っていた髪を下ろすと、ふうと息を吐いた。 

 とりあえず少なくとも、誤解は解けた様だ。安心し、額に溜まっていた脂汗を拭う。


「ごめん。アロナのことになると、どうしても我を忘れてしまって」


 我を忘れてなんてレベルじゃないだろ、と合いの手を入れたいところだが、我慢する。


「詳しい話は、昼ご飯を食べてからする……アロナ、手伝って」




 窓の外を眺めたり、そばに置いてある花瓶を見つめて見たり、昼飯に期待と恐怖を感じながらかれこれ20分ほど待っている。

 思ったことは、意外とこの世界は元の世界と変わりない事だ。机だとか、椅子だとかの日用品はほぼ全て元の世界準拠……いや、準拠というのもおかしいのだろうが、元の世界と同じ様なものだ。

 窓はガラスではなく、開閉式のものの様だ。なんとなく障子を思い出させる様な形に安心してしまう。ガラスでないことに対した意味はないかもしれないが、そう行った文化レベルも低いのかもしれない。

 そうなると重要なのはカルチャーショックで死んでしまわないかと言うことだ。あまりにも生活レベルが低すぎると、虫も触ることができない雑魚キャラの様な自分では生活に追いついていけないだろう。

 そう、例えば、今二人が作っている昼飯が虫やネズミといった生物を元にしているとも限らないのだ。

 そんなことを考えていると、不意に二人が入って行った部屋―キッチン―のドアが開く。


「できましたよ、ご飯。今から運びますね」


 先程よりもまだ顔色の良いアロナが、エプロン姿で出て来る。


「おー。運ぶの手伝おうか?」


 そう言うと、アロナは突然顔を曇らせ小さく大丈夫ですと呟く。どうやら地雷だった様だ。

 こいつ本当に面倒なやつだな、と顔には出さず心の中で考える。しかし、こう言う奴をどこかで見た様な気が………

 ハルオが記憶の沼を浚っていると、正面から漂って来る香ばしい匂いに嗅覚が反応する。チラリと目の前をみると、いつの間にかテーブルにはいくつかの大きな料理皿と、お椀が乗せられている。

 このお椀にはスープを入れるのだろうか、と考えていたら、クレイが中くらいの釜を持って来る。

 まさか!とハルオは戦慄する。これはまさか、白米だろうか。

 そこまで考えて、ナイナイ、と首を横に降る。ここは異世界だし、米なんてものがあるわけがない。大体、今まで期待を裏切られてばかり来たのだ。それならば、これもきっと、スープの入れ物か何かなのだろう。

 それでも期待を捨て切れずに、膝に肘をつき、頭の前で重ねた様手の甲にひたいを乗せ、両腕の隙間からチラチラと見る。

 目の前の器が細い手に拾われると、体感10秒ほどで戻って来た。

 果たしてそこには、白米が乗っていた。


「イエスッ!」


 ハルオが無意識にガッツポーズを取ると、次は別のお椀に白米を持っていたクレイが驚く。

 ああいや、なんでもないと手の平を前に突き出すと、クレイは少し疑問を感じながらもコクリと頷き準備を再開する。

 なぜ元の世界のものとほぼ同一にも見える白米がこの世界にもあるのだろうか。やはり、人間がいるところから考えても、元の世界と同じ様に生まれ、形成されたと考えるのが良いのかもしれない。

 そう思って他の料理を見てみると、元の世界のものと似ても似つかない、と言うことはなさそうだ。名称の分からないものばかりではあるが匂いからして美味そうである。

 アロナが最後の料理を運び、三人が椅子に座ったところでようやく昼飯が始まった。三人で手を合わせて「いただきます」と合唱する。神に祈ったりはしないようだ。

 ふと考えてみたが、元の世界は夕方だったため自分にとってこれは晩飯かもしれない。まあ1日くらい四食でも良いだろう、と軽い気持ちで食べ始める。

 いざ食が始まると、全員箸が止まらないといった様に食って行き、いつの間にか皿から料理は完全に消え、釜の中身も空になっていた。

 そしてハルオは、食後のお茶を飲みながら、クレイに先ほどの話の続きを要求した。

「それで、ええと、その、なんの話だっけ?」

 別にハルオは話の内容を忘れたわけではない。しかし単純に詳しい話とだけ言われたせいで、その詳しい話とやらがなんなのかがさっぱり分からないだけなのだ。

 クレイはコクリと頷く。


「アロナの話。そんなに長いわけではないけど、聞いて」




 要約すると、こう言う話だった。

 アロナは5年前、この村に訪れたらしい。しかし、どこからきたのか、自分が何者なのかはさっぱり分からない。つまり記憶喪失になっていたのだ。

 唯一知っていたのは自分の名前だけで、その為一般的な事以外は全てを失念したらしい。

 行き先不明で困っていた所を助けたのが、クレイという訳である。元々別の町に住んでいたクレイは、それより10年前に復活した魔王の軍勢の進行によってこの町に住んでいたらしい。そこで、クレイはアロナを引き取ったという訳だ。

 そうした経緯があったからか、アロナは以前からこうして他人に迷惑をかけるということが大の苦手らしい。

 以上の事を、ハルオは数時間かけて聞かされていた。それも全体的にアロナへの妙な賛辞が多かったからなのではあるが、まあ別に良いとしよう。

 つまりこいつは迷惑をかけるのが嫌なのに、自分のせいでものすごく迷惑を被った俺が登場したせいで潰れてしまったという訳だ。

 これで自分も「迷惑なんてかかってない」なんて言えるほど大人ならば、簡単に事は済んだのだろう。だが、個人的にそれはしたくないのだ。頑固だとか思いやりがないと言われてしまいそうな気もするが、それで調子に乗らせるということがあってはいけないと考えたのだ。

 ハルオが悩んでいると、クレイは口を開く。


「ごめん。それだから気を使って欲しいということではない。ただ、これからのことを考えたら、関わり合いが多くなりそうだから、知っていて欲しくて」

「関わり合いが多くなる……というと?」

「え……迷惑をかけた代償に俺のいうことを絶対に守れとか、自分の身を売って金を稼げとか言い出すのかと」


 こいつ、クールキャラの様な口ぶりをしておきながら意外ととんでもないやつである。

 ハルオがそんな事を考えていると、クレイの横でずっとうつむいたまま黙っていたアロナが「あの」と口を開く。


「私なんでもします。身売りでも、身投げでも、それでハルオの気持ちが紛れるのなら」

「お前はお前で中々とんでもないよな」


 ハルオが内心に留めておこうとした率直なツッコミを口にすると、クレイは目を左側にそらし、アロナはそのままさらに俯く。

 しかし、この状況でアロナに何かをしてもらうのは良いかもしれない。いま現在、ハルオはこの世界の事を殆ど知らない。その上、異世界で生きて行くような術も持ち合わせていないのだ。

 それに、アロナ自身も何か償いになることが出来れば、少しは救われるかもしれない。

 それらの事柄を考慮した上で、ハルオが考えうる最善策とは――


「そうだな……よし決めた。俺をこの家で生活させてくれ」


 この家に住む事だった。クレイの言う通り、関わり合いが多くなる選択が最善だったのだ。


「それでいいんですか?」


 ポカンと口を開けていた二人のうち、最初にそう聞いたのはアロナだった。驚愕した様な顔でこちらを見てくる。


「ああ、それでいいぞ。もちろん俺もヒモになるつもりはないし働くからな?」


 クレイはクレイで、先ほどのセリフからも察するにもっと酷い仕打ちを受けるものだと思っていたのだろう。


「別にアロナのことだけを考えたわけじゃないぞ。俺だってそれが一番だからな。ま、男一人女二人になるけど、お前らくらいなら範囲外だしな」


 と言うか、単に度胸がないだけなのかもしれないが。

 とはいえ、もしそう言うことをするつもりがあるのなら、最初からそれを指名していただろうし、二人もそれは察しているだろう。

 いや、もしこの二人が性に無頓着だとしたら、今の台詞は寧ろ警戒させてしまうだけかもしれない。

 思考の雲行きが少しずつ怪しくなっていき、心の中で眉間にしわを寄せていると、クレイがホッとしたように息を吐く。


「よかった。もしも酷いことを言ったら、私が身代わりになるか、それとも殺して二人で何処かへ逃げようか、迷っていたから」


 怖すぎるよ。

 なんの濁りもないマジトーンで言われ、ピキッとハルオが固まる。その様子を見ていたアロナが、先程よりももう少し顔色を良くして微笑みながら、クレイに語りかける。


「クレイ、そう言うことは冗談でも言っちゃダメですよ。ほら、ハルオが怖がってるじゃないですか」


 どうもこの魔法使いはとても鈍いらしく、クレイが真面目にハルオを殺そうとしていたことが分かっていないようである。いや、もしかしたらクレイがすごく演技派なのかもしれないが。

 だらだらと冷や汗をかきながら、ハルオは椅子に座ったまま背伸びをする。

 そして大きなため息を吐き、二人に微笑みながら、先程アロナと話していたことの続きを実行しようと話しかける。


「なあ、アロナ、クレイ。この村に何があるのか教えてくれないか?どんな店があるのかとか、どんな施設があるのかとかさ」


 そう言うと、クレイがあっと声を上げ、ハルオとアロナが揃ってクレイに顔を向ける。


「どうかしたんですか?」


 アロナが首を傾けると、クレイは微笑みながら――


「魔王が倒されたから、この後夕方からお祭りがある。外に出るのはその時にしよう」


 と、異世界生活のイベント第一弾に、基本的に物語の中盤にくることが多いものを持ってきた。


次回から物語が少しずつ動き出すような気がしないでもないです!

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