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最弱転移者、魔法使いの要望により世界の果てを目指す。  作者: 満天丸
第1章「ファスト村」
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帰還不能

「………どういう事だ?」


 困惑する思考を押さえつけて、状況を確認する。今アロナはなんと言った?


「あの、その、今、魔道書を探して、それで」

「落ち着いてアロナ、冷静に状況を説明して」


 カタカタと震え慌てふためくアロナの肩をクレイが手で優しく包む。それで多少落ち着いたようで、はぁはぁと荒い息を落ち着かせながら、額の脂汗を拭う。


「魔道書に、返還魔法的なものがあるか探したん、ですが……」


 語尾を溶かして、魔道書をギュッと握る。うつむくように顔をそらして、一言だけ見つからなくてと囁いた。

 しばらくの沈黙が訪れる。アロナの荒い呼吸が部屋に響いている中、最初に動いたのはクレイだった。


「貸してアロナ。今度は私が探す」


 そういうと魔道書を抱きしめたアロナから魔道書を奪い取り、パラパラとめくり始める。最初のページから細かく目をやっているようで、1ページ進むのにも時間がかかっている。

 しかし望みは薄いだろう。最初探してなかったものが、二度目の探索で見つかる事はほとんどない。

 帰れない?元の世界に?

 そう考えると、身体中に妙な重圧がかかる。額に手のひらを当て、肘をテーブルに当てる。

 もし帰れないのなら、この世界で一生を過ごすことになるのか。しかしどうしたものか、農業でも始めようか?ライトノベルによくあるような無双ものはできないだろうが、魔王でもいてくれれば、それを倒すために旅をする、というような事もできるかもしれない。

 いや、諦めるのは早いだろう。まだないと決まったわけじゃ無い。それにこの魔道書になくても、他の人間が知っているかもしれないじゃ無いか。

 カラカラの口を潤すためにお茶をすすり、アロナに話しかける。


「アロナ、ここで一番魔法に詳しい人間は誰だ?」


 ハルオの言葉にアロナはビクッと肩を跳ねさせ、そろそろとハルオの様子を伺う。


「た……多分、学校の、リィナ先生……です」

「クレイ、どうだ?」


 クレイは魔道書をパタンと閉じると、やはり見つからない。とつぶやく。

 ハルオは一言そうか、と呟き椅子にガタンと音を立てさせ立ち上がる。


「行くぞ学校。リィナ先生とやらに会いにな」




「ふむ……」


 博士キャラのような感動詞を口にして腕を組んでアロナの話を聞きながら、眉を潜めてこちらを威圧するように見てくるのは、先程アロナから聞いた恐らくこの村で最も魔法に詳しい人間のリィナ先生だ。

 リィナ先生は金髪の長髪で、どちらかというと容姿端麗といった四字熟語が似合うタイプの女性だった。

 しかしその容姿に見合わぬほどの威圧感は、もはやオーラを纏っている様にも見える。

 手持ち無沙汰になり手遊びをしているクレイにヒソヒソと話す。


「なあ、あのリィナって人、凄い威圧感があるんだけど……なんであんなにこっち睨んでくるんだ?」

「元々厳しい人だけど、アロナに関してはずっと成績が悪いからそれが関係している………のだろうけど」

「けど……なんだよ」


 そう聞くと、クレイはチラッとリィナとアロナの方を見る。


「ここまで不機嫌な事はそうそう無い………どうしてなのかは、分からないけど」


 という事は、自分が不機嫌にさせているのだろうか……?

 そう考えながらリィナの顔を見ると、先程よりも圧が増えた様な気がして、顔が引きつる。

 居心地が凄く悪くなり、顔をそらし襟元をばたつかせて気を紛らわせていると、ようやくアロナの説明が終わった様で、リィナが「なるほどな……」と言いながら立ち上がる。


「出来の悪い生徒には本当に手を焼かされるよ。ロート、本当に魔道書には返還魔法がなかったんだな?」


 リィナの問いかけにクレイは首を縦に振る。眉間の皺がさらに深くなるが、もはや怒りを通り越して呆れている様にも見える。


「ウエス」


 リィナが少し振り向き、アロナを呼ぶ。アロナもリィナの機嫌の悪さを感じ取った様で、怯えながら返事をする。

 瞬間、リィナがドリルの様な勢いで振り返り、その勢いを100%利用してアロナの側頭部に思い切りげんこつをお見舞いする。部屋に響く衝撃音を聞いて、なんとなく年末年始の様な気分になった。


「くぉっ…………!!」


 アロナはそのまま横に倒れ、殴られた箇所を抑えながら声にもならない声を出して陸に上げられた魚の様にビクンビクンと痙攣している。

 下手したら死ぬんじゃなかろうか。というかここが元の世界だったら大問題に発展していただろうな、とアロナの悶絶具合を見て顔を半笑いで引きつらせていると、今度はリィナがこちらに向かって歩いてくる。

 あ、やばい。


「おい、クレイ、やばいぞ。魔法を使ってテレポートでもして逃げよう」

「無理。テレポートの魔法陣を描く時間が残されていないし、そもそも魔力が足りな……あっ」


 クレイとの問答をしているうちに、リィナは既に目の前まで来ていた。圧倒的な威圧感に数歩後ずさってしまうが、すぐそこには壁がある様で、背中にダメージを受けたまま動けなくなる。

 これは死んだな。そう確信した瞬間――


「本当にすみません!!」

「ひっ」


 長髪が完全に崩れるほどの速度でお辞儀をかましてくる。


「本当に、本当に……うちの出来損ないの生徒がご迷惑をおかけしてしまいまして……」


 顔を上げたと思ったら今度は、途轍もない勢いでヘッドバンドの様な連続お辞儀をしてくる。


「い、いえ、顔を上げてください。確かに迷惑はかかりましたけどあなたには関係ありませんので」

「いいえ、そんなことはありません!これはひとえに我々の指導不足によるもの。一体どの様にしてお詫びしたら良いものか……」

「いえ、ですから、私は元の世界に帰ることができればそれで良いので……」


 尚も粘るリィナにハルオは困惑しながらも宥める。しかし、ハルオの言葉の

 どこかがリィナの琴線に触れた様で――


「それでも本当に申し訳ありません!もはや我々にはこれ以上の謝罪の仕方がありませんが……」


 そう言うと、リィナは床に膝をつこうとする。


「DOGEZA!!DOGEZAはやめて下さい!いたたまれなくなりますから!!」


 突然の行動にハルオは内心ビビりながらも、自分も膝をついてリィナの方を掴み押し返そうとする。

 しかし、リィナの力はハルオの貧弱な腕力を軽々と凌駕してしまう。


「ちょ、やめ、やっ……!って言うかお前も手伝え!」


 クレイの方を向き、応援を要請するが、断られてしまう。


「ごめんなさい、怖いから無理」


 こいつ!

 リィナへの焦りも、全てクレイへの怒りへと変換されてしまいそうだが、その間もグイグイと身体を地面に下げて行くせいで。


「いいえ最早この行為はどの様にしても許し難いもの、せめてもの最大限の謝罪を」

「やめろって言ってんだろうがああ!!」


 必死の抑制すらも強引に無視しようとするリィナに痺れを切らしたハルオは、リィナの腕を掴み、無理やり引っ張り上げる。

 流石のリィナもこれには驚いた様で、先ほどまでの抵抗は何処へやら、簡単に引き上げられる。


「だから、DOGEZAはやめろと、言ってるでしょうが……」


 息も絶え絶えになりながらリィナをまっすぐ見据えると、乱れた髪やら荒い息がすごく扇情的に感じる。


「あの」

「は、はい」

 突然話しかけられてびくりとする。よく見ると目は潤んでいる様に見えるし、頰も上気している様に見えなくも無い。これはもしや、ライトノベルによくあるチョロイン展開――


「痛いので離してもらえます?」


 精神図太すぎるだろ、こいつ。




「…………」


 目の前で、アロナがソファに座っている。

 そしてハルオもその前のソファに座っている。

 つまり向き合う形で座っているのだ。

 アロナの顔色はとても悪く、カタカタと震えており、先ほどからずっとうつむいている。

 一方ハルオは顔色を変えずに、ジッとアロナを見つめ続けている。

 この状態がすでに5分ほど続いている。ハルオはまだ余裕がありそうだが、アロナに関してはあと数分で衰弱死しそうである。

 リィナから話を聞いて帰って来た三人はとりあえず休憩することにした。

 そこで、クレイが昼飯の材料を買いに行き、必然的に二人きりになったのである。


「いや――」


 ハルオが話をしようとして軽く口を開くと、アロナがびくんと跳ね上がる。こちらとしては、ただ話がしたいだけなのだが。

 どうもこのアロナ、自分が起こした事の重大さを理解しているらしい。心中を覗くことはできないのであくまでも推測にはなるが、恐らく罪悪感で潰れそうになっているのだろう。

 自分の罪を反省してくれるのは嬉しいのだが、ここまで過剰に罪悪感に苛まれていると、こちらが悪い事をしている様な気分になってきてしまう。

 いや、実際そんなことは全く無いのだが。本当のことを言えば、オンリーこいつが悪いだけなのだ。

 結論を言うと、リィナ曰く自分を元の世界に戻す方法は現状はない、との事だ。魔法だとか、何かしらの扉があったりするんじゃ無いかと思っていたのだが、その望みも薄そうだ。

 唯一の方法として、送還魔法を開発することが出来れば、もしかしたら元の世界に戻れるかもしれないと言うものはあったが。


「もしそれを選択するなら私の所に来てくれ。少なくとも王都へ向かうほか無いだろう。竜車やコネの手配なら、助力できるだろう」


 との事だ。竜車と聞いて一瞬ピンとこなかったが、恐らく馬車的なものの竜版なのだろう。

 自分が向こうの世界に子供でも持っていたのなら、すぐに王都へ向かった事だろう。しかし、王都までは相当な距離があるらしい。途中居住地を転々とするにしても、そこまでの勇気は自分には無いし、向こうにいる自分を心配する人は、俺が無事であることが何よりなはずだ。

 それならば、必然的に自分の選択肢は一つになるだろう。

 その事について話すにしても、まずは、この目の前で子犬の様に震えているものをなんとかしなければならない。

 一体どうしたものか。子供や動物には好かれやすいタチだが、流石にそれらと同じ様に扱うわけには行かないだろう。

 心理学を習った記憶は少なくとも無いし、こうなったら適当に反応してどうにかするしか無いだろう。

「なあ」

 背もたれにもたれていた背を起こし、テーブルの向こう側のアロナに話しかける。

 当然先ほどの様にびくりと跳ね上がるが、それは一旦無視して話を続ける。


「この世界の事、教えてくれよ。それとお前の……クレイと同棲してるんだっけ?だったら、お前らの事も」

「へっ……?」


 予想していた言葉と違った様で、こちらを窺う様に見てくる。


「そういや、よく考えたらお前らの自己紹介も受けてないからな。この際だしさ、知ってる事全部教えてくれ」


 ハルオの言葉に、アロナは目をパチクリさせている。少しわかりにくいかもしれないが、意思は伝わったのではなかろうか。

 半分口から出任せを言ったつもりだったが、実際に口から出してみると、気になる事はいくつもある。この世界の1日の長さだとか数字の単位だとか、そう言った基本的なもの以外にもこの世界の常識、非常識だったり。

 ハルオはその時気付いていなかったが、これはハルオにとって救済になり得るものだった。生きる意味を失っていたハルオが、この世界に来て、様々なものに興味を持つ様になったのだ。環境の変化によって、ハルオの意識は変わっていっていた。


「この世界の事………例えば、魔王がいるとかですか」

「えっ!?」


 魔王?魔王と言ったのか?この世界には魔王なるものが存在しているのか。

 と言う事は、勇者もいるはずだし、そこで賢者や魔法使いや戦士と言ったパーティを組んでいるはずだ。

 いや、魔王がいるから勇者がいる、と言うのは少々早計かもしれない。


「魔王、って事は勇者とかいるのか?」


 ハルオの問いかけに、少しずつ平常を取り戻して来た様子のアロナはこくりと頷く。


「魔王が復活したら、女神が異世界から勇者を召喚して、力を与えて戦わせるんです」


 まさにライトノベル的展開。これは自分が勇者御一行様と合流する流れだろう。

 先程までは村を出るつもりはなかったが、そう言う事情があるのなら旅をするのもアリかもしれない。


「勇者は5年前に召喚されたそうです。ですが、今までずっと倒せてないんです」


 アロナの言葉に一抹の違和感を覚えながらも、ハルオは一番の疑問を問う。


「倒せてない?チート……特殊な能力が与えられるんだろ?」

「はい。確か勇者の能力は、『絶対攻撃(リムーヴ)』というもので、衝撃を貯めて放出する能力と、あらゆる防御や障壁を無視してダメージを与えると言う能力を組み合わせたものだったはずです」


 どうしようもないチートだな、おい。

 もう少し面白みのある能力を与えることも出来たんじゃないか、とも思うが、女神としても手っ取り早く倒して欲しいのだろう。


「魔王は魔王城に結界を張った様で、その結界を破壊するには10人の幹部を倒すしかないんです」

「……幹部を全員倒せばいいんじゃないのか?」


 そう言うとアロナはそうなんですが……と一言いうと、横に置いてあったクッションを持ち上げ、体の前でぎゅっと抱く。

 そのまま、そのクッションに首から上を預ける様にもたれかかり、話の続きをする。


「幹部を倒してもすぐに新しい幹部を作って、しかも魔王城に引きこもらせたりすることで勇者から逃げているそうです」


 姑息すぎるだろ、魔王。

 ハルオが苦笑いをしていると、ようやくアロナの緊張も解けた様で、あはは、と軽く笑う。

 この隙に、もう少しほぐしてやるべきだろう。そう思って、ハルオは話を続ける。


「そうだな、魔王を倒すのに手を貸すのもいいかもしれん。それなら、俺がこの世界に来た意味もあるわけだ」

「魔王城は遠いですよ?ここから王都への距離より、3倍か4倍はあるはずです」

「遠いな……もしかしたら、それまでに魔王が倒されるかもしれないな」

「あはは、そしたら旅をする意味なくなっちゃいますね。私が召喚した、意味も……」


 こいつ、自分で言って自分で落ち込んでやがる。面倒臭いやつだ。


「そんな気にやむなって。もしもの話だろ?これで俺が来た意味もあった。お前が召喚する意味もあった。それでいいだろ」

「うぅ……」


 ハルオの言葉に、アロナはクッションに顔を埋めて返す。

 確かに気に病むのもわかるのだが、それにしたって過剰すぎる様な気もしてくる。とてつもなくピュアなのだろうか。

 こう言う、思考が一つに囚われている時は、環境を変える方がいいかも知れない。


「じゃあさ、この村の、旅に便利なものを売ってる所とかを教えてくれよ」


 ハルオの言葉に、アロナはクッションから少しだけ目を出して、もごもごと話し始める。


「旅に……ですか。武防具屋とか、ポーション屋とか、魔導具屋とか……ですか」

「そうそう、そう言う所だよ!武器とか防具とか、元の世界じゃなかったしさ。これから旅をするなら、そう言う所、案内してくれ」


 ハルオがそう言うと、アロナは「は、はい」と言ってクッションを横に置く。

 立ち上がり、アロナが座っているソファの横に立つと、ニッと笑いながら手を差し伸べて言う。


「今から行こうぜ。善は急げってやつだ」


 アロナはぽかんと口を開け、すぐに笑顔になると、はいと元気な返事をしてハルオの手を握った。

 ようやく、ここから異世界で冒険をする生活が始まる。そう確信した瞬間。

 ドアが勢いよく開いて、クレイが帰って来た。キラキラとした目で、焦っていたのを一度落ち着かせる様に息を吸って吐き、それでもなお興奮しながら。


「魔王が、ついに倒された!」


 異世界冒険生活の終了を告知した。

ようやく異世界ものらしくなって来たと思ったらこれだよ!


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