こちら牢屋内
目が覚め一番に目に入ったのは、暗闇の中薄暗く照らされるレンガだった。
体を起こして周りを見ると、一つの面には小さな窓、その反対の面にはそもそも壁が無い。しかし、その二つに共通していることはどちらも鉄格子がはめられている事である。
状況確認をした結果出た結論はここに投獄されたと言う事だ。意識がなくなる前の事を思い出しても、そう言う雰囲気であったのは確かだ。
問題は理由である。怪しいとか言う理由で投獄とか、ここは大日本帝国か何かか。
立ち上がって少し回る。汚い便器に、藁の様な敷布団と、申し訳程度の擦り切れた布。もはや人権なんて丸めて捨てた様な待遇にため息が止まらない。
「偶然鍵が開いていて外に出られます!……なんてことは無いわな」
一応ドアの部分を押し引きするが、開く様子はない。念の為横にずらそうとしてみるが、当然だめだ。
結論から言うと、俺は現状何をすることも出来ない事になる。
そう言えば、この部屋にはアロナがいない。
「おーい、アロナー!」
他の部屋に入っているのだろうかと大声で読んでみるが、そう言う様子でもなさそうだ。
一応あいつも女性なので別けられているのだろう。
となると、本格的に俺はどうすることも出来ないわけで――
「そうだ」
と、ここで思いつく。
先程ブラウザは、俺たちを閉じ込めるために施錠というスキルを使った。鍵を閉める施錠が存在するのなら、もしかしたら鍵を解く解錠も存在しているのではなかろうか。
隠して俺は解錠スキルを覚える為に鍵の代わりに使えるもの(例えば針金だとか)を探そうとして――
「ねえな」
当たり前である。
俺が腕を組み頭を悩ませていると、廊下の奥の方で重いドアの音がする。コツコツと靴の音が聞こえるのでそちらを見る。
そこには大きな男が立っていた。服装は変わっているが、何と無く誰かは分かる。
「ブラウザか……鍵か針金をくれないか?」
「……なかなか図太いなお前」
そんなに図太いだろうか。精神の図太いやつといえばリィナがいたが、あの人は今何をしているのだろうか。普通に授業をしているのか、それともあの黒い奴らに……
そう感慨に耽っていると、ブラウザがこちらを覗き込んでくる。
「悪いな。本当はこんなところに突っ込む気はなかったんだが、規則なんでな」
「怪しいからなんてクソみたいな規則でこんなところに突っ込まれて納得できるか。早く出せ。……あ、そういえばアロナは大丈夫なのか?」
「お前よくこの状況でタメ口で話せるな……無事だよ。あの子はこちらのVIPルームで預かってる。温かいスープにふかふかのベッド付きだ」
「俺との扱いの差ひどくね?」
そう突っ込むと、ブラウザはばつが悪そうに頭を掻く。
「んー、まあそれなんだがな。本当、いろんな事情があってそれが絡まりすぎててなあ……」
どんな事情があろうとも、この冷遇はないだろう。しかしその事情とやらが何か分からない。もしかしたら俺は異世界から来たと思い込んでいるだけでこの世界の殺人鬼である、と言う様な過去があったら仕方もない。
当然そんな事はないのだが、だからと言ってはいどうぞと出してくれるという訳にもいかないだろう。
俺が諦めて寝転がると、ブラウザがこちらに向き直る。
「後日ここに王都からお前らを連行する騎士団が来る。それまではおとなしくしておけよ」
「ああ………待てよ?それってどこに連れていかれるんだ?」
「そりゃあ王都だ」
それはまずい。この世界の王都がどこにあるのかは知らないが、少なくとも世界の果てとは程遠いだろう。大抵そういうものは国の中心にあるものだ。
しかも観光や情報収集が出来るのならともかく、連行されるのだ。その時俺たちの処分がどうなるかは検討もつかない。
やはりどうにかして脱出する他無い。俺のスキルに脱出に使えるものがあればよかったのだが。
「まあ、ゆっくりしときな。騎士団が来たらまた彼女とも会えるからな」
「こんなところでゆっくりできるほど俺は終わってねえよ」
それまでにあいつが寂しがらないかが心配だ。
ブラウザは少し笑うと廊下から出て行く。重い鉄扉が閉まる音がして、再び牢屋の中に静寂が訪れる。
「……そう言えば、外はどうなってるんだろうか」
思えばここに来てから外を見ていない。外は山の中なのかそれとも更地なのか、そういうことも分からないのだ。それが分かればなんとか脱出の目処が立つやもしれない。
だが残念な事に窓は非常に高い部分に付いていて、背伸び程度では見られそうにも無い。どうにかしてみようと頑張り鉄柵に手をかけるところまでは出来たが、体を持ち上げられない。
こんな時に普段の行いが物を言うとは。もう少し筋肉をつけるべきだった。
「どうにかならんもんかなあ」
「どうにもならないよ」
「だよなあ……っておわあ!」
つい乗って返事をしてしまったが、聞きなれない声にすぐ後ろを向く。そこにはブラウザよりも高身長で、非常に体の細い……人が立っていた。性別がわからない。
大きな丸メガネにはいくつかの棒が出ていて、それを度々指で細かく動かしている。双眼鏡のようなものなのだろうか。
「私の名はレイラ。ここで研究者として連れてこられたんだ」
「は、はあ……」
レイラ?女性なのだろうか。しかし体付きの影響で性別がさっぱり分からない。
レイラはやれやれするように手を振ると、愚痴り始める。
「これでも私は王都で高名な科学者でね。この間も新しい研究をしていたところなんだ。それなのにブラウザが幼馴染だからなんて照れ隠しの理由で無理やり連れて来てねえ。モテる女は辛いよ」
女性だったらしい。あと、ただ幼馴染だったから連れてこられたのだと思う。
身長は二百センチか、それとも二百十センチか。とにかくその大きさに圧倒させられる。
「……あんまり見つめないでくれよ、恥ずかしいだろ?」
「ポジティブだなあんた」
俺が思わずそう呟くが、レイラからしたらそんなことはどうでもいいらしい。
このポジティブさは少し分けてもらいたいものがある。
「……それで、何の用だ?」
わざわざブラウザが出て行った後に入って来たのだから、それなりの用があるのだろう。厚さ五ミリにも満たない布を羽織りながらそう聞くと、レイラは頰を人差し指で掻く。
「何の用かって言われたら色々あって、君のせいで私の立場が危ういと言うか、兎に角君の体に興味津々とか……あ、研究者的な意味でね」
怖すぎる。
確かに俺は異世界人なので、彼女がそれを知っているとしたら俺は興味の対象になるだろう。だが、彼女にはそれを知るすべはないはずだ。それとも単に属性魔法が使えないからだろうか。
そんな俺の考えを悟ったのか、レイラはトントンとこめかみを指差す。
「黒目、黒髪の人間は異世界人だと言う結論がつい最近私の参加している学会で出てね。私がここに来る直前だったのでブラウザは知らないはずだ」
「随分とわかりやすい見分けかただな……てか、ブラウザは知らないのか」
という事は、先ほど言っていた事情が絡まっているというのは、俺が異世界人だからという訳ではない様だ。
ファスト村に黒髪黒目の人間はいなかった。アロナは茶色髪に茶色の目だったし、クレイは黒髪だったが目は茶色だったはずだ。
と言うことは今後、俺は黒髪黒目というだけで追われる対象になるのだろうか。髪を染めたことはないが染めてみるのもいいかもしれない。
「で、それで?」
「ああ……この国では元々、異世界人の召喚は禁忌とされていてね。もっともそんな魔法は見つかっていなかったし、あったとしても魔力の関係で不可能だったんだが……」
言い方が少し矛盾している気もするが、レイラはそのまま話を進める。
「君のイスト=S=ハルオって名前。特に問題なのがイスト=Sって部分なんだけどね……あーまあ、これはいいか」
何がだよ、と突っ込もうとするが、レイラが続きを話すので黙る。
「結論から言うと、君は多分極刑だね。この世界に勇者以外の異世界人の因子は残して置けないだろうから」
「きょっ……!アロナは大丈夫なのか!?」
俺が慌てて聞くと、レイラは頷く。
「彼女は大丈夫だと思うよ。なにせ全の主だからね」
「ぜ、全の主……?」
聞き返すが、答えは返ってこない。俺が首を傾けると、レイラはさて、と言いながら立ち上がる。
「それじゃあ、私は行くよ。あまり長いこといられないからね」
「ま、待ってくれ!」
言いながら立ち去るレイラの背中を俺は呼び止める。
「俺達にはこの世界の果てを見ると言う目標があるんだ!こんなところで立ちどまれない……!頼む、俺をここから逃がしてくれ!」
叫びながらそう言うと、レイラは足を止めてこちらを振り返る。
メガネの棒を少し傾けると、一瞬口を開き閉じて、また開ける。
「悪いけど、それは出来ないよ。私だって彼に嫌われたくないからね。……それに」
一秒ほど間を開けると、レイラは先ほどよりも少し寂しそうな声を出す。
「君に目標があるように、私にも目標がある。その為にも君たちをここから逃す訳にはいかないんだ。……ああそうだ、一番重要な事を言うのを忘れていた」
俺がレイラを見上げて首を傾けると、レイラはこちらに正面に向き合う。
「汝、先の道には沈み消えゆく暗闇があるだろう。されど立ち止まるなかれ。暗闇もまた導きの光なり」
「………なんだそりゃ。宗教的なものか?」
「いいや。今は分からなくてもいいさ。頭の片隅に覚えているといいよ」
そう言うとレイラは部屋から出て行く。なんなのだろうか、先ほどのセリフは。
沈み消えゆく暗闇というものが今後起こる困難、暗闇もまた導きの光なりというものが困難を乗り越え成長するといったまるで自己啓発のようにも思えるが、わざわざそんな事を言う為にこんな牢屋にまで来るとは思えない。
と言うことはやはり何かしら大切な意味があったのだろうが、その詳細までは分からない。
これが詳細を隠しているわけではなく単純にそのままの意味だと考えたとしても、俺の周りには暗闇もないしそれが消えかけているわけでもないのでますます分からない。
レイラはわからなくてもいいと言っていたが、そう言われてしまうとなおさら考えてしまうものだ。
どうにか答えを導き出そうとうねっていると、ふと窓の外から声が聞こえる。
「せいっ!たあっ!」
まるで何かと戦っているような声と風切り音が聞こえてくるところから素振りをしているのだろうと言うことは予想可能だ。それと声が一つしかないので、おそらく一人だけだろうと言うことも。
俺は少しだけ興味が湧いた。
「おーい、誰かそこにいるのか?」
「わああああああっ!!??」
声を出して話しかけて見ると、非常に高い声で叫んだ後すごく大きな音が聞こえてくる。敢えて擬音で表すとするなら、バキッガラガラガラガラきゃーっと言う感じだ。いや、最後のは擬音ではなく叫び声だった。
何もそこまで驚かなくてもと思っていると、向こうからその人は話しかけてくる。
「だ、誰かそこにいらっしゃるのですか!?」
囚人だと分かっている人に対して敬語とは。
「ああ、いるよ。ついさっき投獄されたばかりだ」
「そ、そうなのですか?普段ここには誰もいないので、安心して色々と出来たのですが……」
わざわざ色々と濁す理由はなんだろうか。
俺がほんのり疑問に思うと、窓の向こうにいる女性が慌てたようにこちらに話しかけてくる。
「ああっ!申し遅れました。私、レイン・ミストと申します。職業は騎士見習い、好きな食べ物は燃やしトカゲの煮付け、好きな動物はサイキョウグマです!以後、よろしくお願いします!」
俺は意外と、かなりの変人と出会ったのかもしれない。
新キャラ二人です。