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最弱転移者、魔法使いの要望により世界の果てを目指す。  作者: 満天丸
第1章「ファスト村」
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自分勝手

「………は?なんだそりゃ」




 俺たちがギルドに戻ると、受付嬢がすぐに走って寄ってくる。労いの一言でもかけられるのかと思ったのだが、前に立つと、頭が地面に着きそうな勢いで頭を下げる。

 突然のこと過ぎて理解が追いつかず、頭をあげるように促し、訳を聞くと、ありえないことを言われてしまった。


「すみません!大蝶と小蝶の討伐クエスト、第二階級ではなく第三階級だったんです!」


 どうもクエストの難易度を依頼書に書き写す人間が、難易度を間違えてしまったらしい。それが運悪く俺たちの受けたクエストだったようだ。

 その事に気付いたのが、つい先程。衛兵たちを派遣したらしいが、いまあそこに行っても既に何もない。

 通りで妙に敵が強いはずである。

 結論、俺たちには特別報酬が出た。とは言ってもそれほど高いわけでは無かったが。

 特別報酬と蝶どもの素材提供で、一週間分の食費は稼げた。確かにそれを稼ぐことは出来たし、アロナとクレイの成績はこれで保持されるだろう。しかし――


「クソが!」


 夜、自室のベッドを叩きながら俺は憤る。

 クエストの難易度を間違えていただと?それで自分は死にかけたのだ。それなのに出たのが特別報酬だと?ふざけているのか、舐めているのか。いや、もうそんなことはどうでもいい。

 一番の問題は、それで二人を傷つけてしまったことだ。難易度を間違えていなければ、俺が追い詰められてキレる事も、アロナがあそこまで魔法を躊躇する事もなかっただろう。

 いや、もはやそれ自体が俺の逃げなのだ。他人のせいじゃない。自分のせいだ。自分が弱かったから、こんな事になってしまったのだ。

 (他人のせいにするなよ、弱虫)

 自分で自分を罵りながら、治るはずもないイラつきを収めようとする。

 ギルドから帰ってきて、ずっと二人の顔色は悪かった。それも俺のせいだ。

 治らない感情の高ぶりを、明日になればきっと元通りになっているだろうという希望的観測をする。

 そう、きっと明日になれば、元通りに……

 そこまで考え、俺の意識は途絶えた。




 遠くから聞こえる釘を打つ音に目を覚ます。音は遠いのでどこから聞こえているのかはわからない。

 一階に降りると、いつも通りクレイが座ってお茶を飲んでいる。

 最近分かったが、こいつの朝は驚くほど早い。そして、朝起きると必ずお茶を飲むらしい。

 クレイは俺が降りて来たことを確認するとおはよう、と一言だけ言ってお茶を差し出してくる。

 こちらもおはようと呟き、お茶をいただく。うん、美味い。

 普段ならこの時間にも軽い世間話をするのだが、今日はどちらも口を開かない。やはり昨日のことが尾を引いているのだ。

 いつもの数倍早くお茶を飲みきると、これもまたいつもより早くアロナが降りてくる。


「……おはようございます」

「………ああ、おはよう」


 どうしてもそっけない返答になってしまう。俺自身どう反応したらいいのか分からず困り顔だが、クレイもこちらを見てくる。きっと、もっとちゃんと挨拶しろということなのだろう。

 そうしたいような気持ちは全くないのだ。しかし、昨日あれだけ喧嘩をして、口を聞けるほど俺の精神は図太くない。


「悪い」


 それだけ呟くと、クレイもペースを持って行かれたからか、困ったような顔で黙る。

 結局その後も大した進展はなく、クレイとアロナが出て行くのを見送った。はぁと溜息を吐き、自分もバイトの準備を始める。とは言っても服を着替える程度のものだが。




 それから一週間は驚くほど静かだった。召喚されてからの一ヶ月が嘘に思えるほどだった。

 朝起きて飯を食い、仕事をした後は日課の素振り。最近はジョギングも始めた。そして就寝する。

 そんな何もない日常。その日常に、俺は元の世界のことを思い出す。

 そう、毎日がこうだった。意味もなく生きて、意味もなく動く。自分はロボットのような気すらして来て、それでもロボットにはなりきれない曖昧な自分にまたイラついてしまう。

 それがストレスとなり、回り回ってアロナへの対応が塩になってしまうのだ。

 正直、もうどうしたらいいのかすら分からない。謝ればいいのか、今まで通り接すればいいのか。本当に望んでいるのが今の状況でないことなんて明確なはずだ。

 どん、と荷物を荒く机に置く。それが災いしたからか、机の上に置いてあった道具が床に落ちてしまった。

 どうして机から落ちるのか、こんなもの重力に逆らって浮かんでいればいいのにと支離滅裂なことを考えながら、落ちたものを拾って行く。

 先日の戦闘の際に使用した道具たちだ。縄、投げナイフ、そして剣。この剣には名前を付けた。その名も「リベルブレード」。大した意味はないが、どんなものにも名前はあるのだ。自分用の名前を付ければ、愛着は湧くだろう。

 そういえばこの剣もアロナに買ってもらったものだ。いつか返すために少しずつ金を貯めていたのだが、今回少し多く使ってしまった。

 今回買ったのは、空気抵抗が少なく鋭く、より飛び刺さる投げナイフ。強度が強く簡単なことでは切れず、かつ結びやすい縄、それと弓だ。

 なぜこんなものを購入したのか。それには理由があった。




「旅に出ようと思う」


 俺がそう言うと、クレイは手に持っていたカップを落としかける。ギリギリの所でなんとかなったようだが、口から溢れたお茶が服を汚してしまった。

 その様子を見ながら、自分もお茶をすする。

 なんとかハンカチで拭き切った様子のクレイが、眉を顰めてこちらを見てくる。


「……やっぱり、アロナのことが原因?」


 そうだ、と言おうとして言葉に詰まってしまう。確かにアロナとの仲違いが最初の原因であるのは事実だが、ほかにも理由があった。

 俺にもこの世界で戦えることがわかったのだ。投擲スキル、そして束縛スキル。この二つがあれば、大抵のことはなんとかなる。恐怖はあるが、恐怖よりもこの村から出て行きたいという気持ちが強くなったのだ。

 それに……


「俺がアロナの近くにいるとさ、あいつ、不幸になる気がするんだ」


 それは勘とかではなく、実際にアロナの様子を見て出した結論だ。最初の頃のアロナの反応や、一ヶ月間の生活の間、少しずつ頻度は減ったものの、アロナはそれでもひどく暗い顔をする。それも俺が近くにいる時に限って。

 そして今回のことがあって、俺は確信した。あいつは俺のことが嫌いな訳絵ではないのだ。しかし、確実にあいつは俺のそばにいると何か不幸になっているのだ。

 それが自分の中で風船のように膨れ上がり、耐え切れなくなっていたのだ。


「………そう」


 クレイはそれだけ言うと、お茶を入れ直し、すする。時間はまだ早朝で、今この場にアロナはおらず、まだ起きてきていない。

 その為二人きりになったので思い切って話すことにしたのだ。


「……お前は俺が出て行くとしても、何も――」

「ダメ」


 俺の自虐は、クレイの予想外の一言に遮られた。

 ダメ、と言ったのか。何がダメなのか、と考えてすぐに先ほどの自分の言葉を思い出す。


「それはアレか。また、アロナの為と言い出すのか」

「当たり前。でも、違う」


 違う?何が違うのだろうか。そもそも俺はアロナが不幸になる、という体で話しているのに、それを否定してしまわれては元も子もない。

 クレイは少し俯くと、珍しく少しトーンを落として話す。


「そうやって逃げていたら何もできない。どうせ旅に出ても、すぐに死んでしまう」

「そりゃごもっともだな。だけど、俺にこれ以上の選択肢は――」

「私は、アロナの事が好き。それは勿論家族として、友人として。それ以外はいらないと思っている。アロナさえいれば、何も」


 俺の言葉を遮り、クレイは独白を始める。

 遮り返そうかと思ったが、一度落ち着いて話を聞く。


「でも、ハルオが現れて、アロナは以前より笑うようになった。毎日楽しそうにしていた。二人を見て私も、少しずつ気持ちが変わってきた」


 すうと一度息を吸うと、続きを始める。


「喧嘩しているアロナとハルオを見たくない。これはアロナの為でもない。ハルオの為でもない。……私の願望」


 そう言い切る前に、スタスタと立ち去ってしまう。少しほおが赤くなっていたのを見ると、恥ずかしかったらしいことが伺える。

 アロナ以外のことは目に入っていないように見えて、あいつもあいつで色々と考えていたと言うことか。全く、これでは自分の馬鹿馬鹿しさが目立つばかりだ。

 そろそろ時間的にアロナが降りてくる。今日こそはきちんと挨拶しようかどうか迷う。

 そして俺はやはり先に家を出ることを選んだ。いざきちんと話そうと思うと小恥ずかしいものがある。今日のバイトのうちにきちんと心に決めて、そして帰ったら謝ろう。

 ぎゅっと拳を握り締めて、クレイに軽く先に行く事を伝えたら、商店街に歩いて行く。

 久し振りに、空が青く見えた。




「なるほどねえ……」


 顎鬚を撫でているスタジオはつい先ほど俺の話を聞き、それで何かしらを察したようだ。


「通りで、ここ最近は妙に顔が死んでると思ってたわ。ちょい前まではめちゃくちゃ楽しそうに働いてたのによ」

「そんな風に働いてましたかね、俺」


 苦笑いで返答する。どうもスタジオの中で俺は陽気なキャラになっているのかもしれない。

 俺は陽気とかけ離れたキャラだと自分で思っていたのだが、そう評価されると言うことは実はそうではないのだろうか。

 そんな事を考えていると、会計の計算をしていたスタジオがこちらを見てニヤニヤと見てくる。


「なんですかその顔は……確かに自分でも馬鹿らしいと分かってますけども」

「いいやそうじゃねえよ。初々しいなあって見てたんだ。俺もうちの嫁とそんな時期があったなあ……」


 俺の知らないところの回想を持ち出されても結構困る。


「初々しいって、何がですか?俺、結構自分でも考えてるつもりなんですけど……」

「そう言うところだよ。お前さ、アロナのこと好きなんだろ?」


 その言葉に動揺し、棚を磨いていた手が思い切り棚にぶつかる。落ちそうになる武器防具を必死に支え、ようやく落ち着いたところでスタジオに聞き返す。


「どう言うことですか」

「どう言うことも何も、そのまんまだよ。迷惑かけたくない、でも気にかけちゃう。どうしても頭から離れない。どう考えても恋煩いだぜ」

「それとこれとは大きく違う気がしますが」

「こまけえこたぁいいんだよ!と言うか好きだの嫌いだのもどうでもいいんだよ!」


 元も子もない事を言い出した。スタジオは以前からこう言うタイプの人で、よくわからない事をよく言うのだ。

 そのことはバイトを始めた頃から知っているが、未だに慣れない。

 困惑しながらスタジオを見ると、キリッとした眉をして立ち上がる。


「いいかツムギ。俺は逃げちゃダメだとか進み続けろなんてこたぁ言わねえ。でもな、それでも言わせてもらうが、お前はあまりにも馬鹿なんだよ!」

「ど直球ですね……馬鹿と言われたからには理由は聞きたいですが」


 スタジオはもう少し良く考えてみろとため息を吐く。

 そうは言われてもなかなか難しいものだ。自分でも出来る限り頭を回し、様々な事を考えたのだ。その上で出した結論が間違っていると言うのだろうか。

 腕を組んで深く考えていると、スタジオがまた溜息を吐くのでそちらを見る。


「お前、自分が謝ればどうとか、消えればどうとか思ってるんだろ?それこそ間違ってんだよ。そりゃあ確認もせずキレたお前も悪い!でも伝えなかったアロナちゃんも悪いだろ?」

「……かといって、アロナに謝れなんて言えませんし」

「お前はアロナちゃんが、謝られたら踏ん反り返る性格だと思うのか?」


 その言葉に、ハッとする。そんな訳が無い。あいつは謝られたら泣きながら謝り返すタイプの人間だ。

 そんなことはこっちに来てからすぐに知っていたはずだ。それなのになぜそんなことにも気付かなかったのだろうか。


「お前はお前のことしか考えてないから、そうやって逃げ出そうと出来るんだよ。でもな、アロナちゃんがお前の前で暗い顔をするのは、お前が暗い顔をしているからなんだよ」

「俺が……俺のせいで……」


 自分は、自分を常に客観的に見ていると考えていた。どんな時も冷静に対処する事を心がけていたし、相手の気持ちを最大限考えるようにしていた。

 しかしそれは、ある意味でひどく傲慢な事だったのだ。

 いつだって、他人のことを自分の目線で見ていた。相手の気持ちを考えるときに、いつも自分をないものとしていた。

 それが傲慢だったのだ。

 ああそうだ、と思い出す。この感覚は元の世界の日々の、それも、10年前の感覚に似ているのだ。


「お前がいつまでも暗い顔してちゃ始まらないんだよ!ちゃんと謝って、謝られて、それで三人笑ってようやくハッピーエンドだろ?」


 普段は豪快なことばかり言って、助言なんだかよく分からないことばかり言うスタジオだったが、今日この日に限っては、それがとても役に立つように感じた。

 胸の奥で溜まっていた気持ちが全て溶けたような気分になる。あとは残ったものを、アロナと話してそぎ落とすだけだ。


「……店長、俺、帰ったらきちんとアロナと話します。それでこのゴタゴタに決着を――」

「スタジオ!!」


 突然、ガンと店の扉が開く。驚きそちらを見ると、血相を変えたクレイが息を切らして入ってきていた。

 顔を青ざめさせたクレイはこちらに気づくと、スタジオとこちらを交互に見て、俺の方に歩いてくる。

 クレイにしては珍しく動揺した顔で、それでも冷静に、静かに口を開いた。


「ハルオ、アロナが、いなくなった」


ここから物語が大きく動いて行きます。

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