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最弱転移者、魔法使いの要望により世界の果てを目指す。  作者: 満天丸
第1章「ファスト村」
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大蝶と小蝶の討伐

五日間もお待たせしてすみません。その代わり長くなっております。

 出発前に装備を整える。およそ一ヶ月の間にバイトをして貯めた金で簡素な装備を購入する。

 殺傷攻撃に対して多少反応できれば良いのだ。鉄でガチガチに固めたりすると、逆に重くて動けなくなるだろう。

 肘や膝などの関節部を守る皮の装備と、少し硬めの布で出来た服を着る。どんなモンスターが現れるのかわからないが、学生に行かせるのだ。そこまで大変なものでは無いだろう。

 武器はここ一ヶ月、毎日素振りに使っている剣だ。そろそろ名前をつけてやっても良いかもしれない。

 それと、ポーション屋で簡単な回復系の物を買った。傷口に塗るタイプや、飲んで解毒するタイプなど様々なものがあったが、ゲーム的な即回復は不可能そうだ。なお馬鹿に塗る薬は売っていなかった。

 あとは一ヶ月で覚えたスキル用の道具をポーチに入れる。今回覚えたのは3つで、その内二つが道具を要するものだ。実はもう一つは、覚えたくて覚えたわけでは無いのだが。それは実際の戦闘の時のお楽しみとして取っておく事にする。

 そしてもう一つ、サルミと呼ばれる植物を用意しておく。見た目はただのオリーブで、大して役に多々なさそうである。しかし実はこれは、魔法使いにとって非常に有用なものなのだ。

 この果実は他の植物、例えばリングに比べて10倍以上の魔力を持っているらしい。それがどれだけのものかは正直よくわからないが、つまりこれを食べれば、魔力を回復できるという事だ。

 スキルには魔力が必要な為、魔法を使わなくても必須となる。特に自分のように魔力量が人よりも低い場合だと、無いとまともに戦えない程だ。

 この一ヶ月、激しい筋肉痛に苛まれながらも大して上がらなかった筋力の代わりに、覚えた計4つ………いや、実質3つで戦わなければならない。多少不安は残るが、そこはアロナやクレイに援護してもらうつもりだ。

 道具の確認をしていると、制服姿の二人が出てくる。


「お待たせしましたー。ハルオ、準備万端ですか?」

「ああ勿論。お前らも、魔法の用意はできてるんだろ?」


 そう聞くとアロナは突如顔をそらす。出来てないのかと勘違いしそうになったが、隣に立っていたクレイができていると呟いた。

 それじゃあ行くか、と三人で歩き始める。この村にギルドがあること知っていたが、実際に入るのは今日が初めてだ。

 ギルドというと、荒くれ者の集まりという印象が強い。実際のところはどうなのだろうか、と期待半分恐怖半分でギルドのドアを開く。

 最初に感じたイメージは、西洋劇に出てくる酒飲み場というものだった。飯を食べるための机に、奥の方に見えるカウンターは恐らく飯のものだろう。

 右に目を寄せると、チケット売り場のようなものに女性が入って暇そうにしている。その左側には掲示板があり、紙に書かれたクエストが載っているようだ。

 クエストの数はそこそこあり、掲示板いっぱいに貼られている。しかし飯を食べている人は数人で、賑わっているとは言えない。

 ハルオがぼーっと眺めていると、飯を食って剣を机の横に懸けている戦士風の男が話しかけてくる。


「にいちゃん、見た感じ初めてだな?ここには何をしに来たんだ」

「え?えぇ、こいつらの学校の課題でクエストを受けるので、それの援護という感じですかね」

「ああ、最近ちょくちょく同じ格好のやつらが来ていたな。まあ気をつけな。最近は変なモンスターがちょくちょくいるからな」

「うっ………肝に命じておきます」


 そう言って立ち去る。やめて欲しい、ああいうことを言うのは。もう一ヶ月前のこととはいえ、死にかけたのだ。

 肩を強張らせていると、アロナとクレイがクエストの張り紙を見に行きたいと言い出すので、自分も見に行く。

 色々ある。薬草集め、モンスターの討伐、ブリーダーの募集もあった。他にも実験の手伝いやら聖魔法を使える人限定で医者の募集など。

 そこに星が二つ付いた討伐クエストを発見したので、掲示板からはアズして二人に見せる。


「これとかどうだ?ええと、大蝶と小蝶の討伐……」


 どんな名前だ。少し怪訝な顔をしていると、アロナとクレイはその紙を受け取って見て行く。


「大蝶を一匹、小蝶を三匹ですか……クレイ、確かこのモンスターって」

「そこまで危険度の高いモンスターではない。場所もこの近くだし、大丈夫だと思う」


 どうやら決まった様だ。じゃあこれにしましょう、と紙と俺たちのゴックリを受け付けに持って行く。

 申請している暇なので他の依頼を見て行くのだが………


「あれ?これって大蝶だよな。なんで一匹なのに星が五つも付いてるんだ?」


 俺の言葉にクレイもその紙を見る。


「……これは変異種だから」

「変異種?」

「そう。原因は不明だけど、なんらかの理由によって体が元の生物から大きく変化しているモンスターの総称。動物にも魔物にも等しく存在していて、変化した結果強くなるものもいれば弱くなるものもいる。ただ、ほとんどの場合火を吹いたり、雷を放ったりしてとても危険」

「死んでも出会いたくないな。冒険者やハンターには迷惑な存在だろうな」

「そうでもない。見ての通り報酬は高いし、特別報酬が出る場合もある。例えば、無限に木の実を作り出せたり、他の個体に比べて肉が美味な場合だと、経済動物として自治体や王政府に飼われる事になる」


 一攫千金のチャンスという事か。もしも弱っちい生物がそれだったら、丸儲けだ。

 この大蝶は説明を見ると、風を出してテリトリーへの侵入を拒むらしい。

 読みながら、心底蛾じゃなくて良かったと思う。もし蛾だったら粉だらけだ。

 そんな下らないことを考えていると、申請が終わったらしいアロナが戻って来た。


「準備出来ましたよ。後は行くだけです」


 遂に異世界に召喚されて初めて、正式にモンスターと戦う時が来た。怖い。しかし、戦うのだ。

 右手で左の腰につけてある剣を撫で、決意を固めた。




「待て待て待て待て待て待て待て待て!!!!」


 今俺は走っている。クレイやアロナも同じく俺の前を走っていて、つまり何かから逃げる形になっている。

 木々は生えているがそこまでの頻度で生えているわけではない。つまり走りやすく追いかけられやすいと言う地形なのだが、それがとても災いしていた。


「こんなにでかいなんて聞いてないぞ、どう言うことだよお!」


 俺たちの後ろには三メートルほどある蝶がいた。三メートルである。もはや怪獣類レベルだ。

 昆虫らしいスピードで迫ってくるので、木々を使って避けていてもいまに追いつかれてしまう。

 ギキィ、と言う声を聞いてしゃがむと、すぐ上を鋭い刃が通る。これはこいつの口だ。これを獲物に突き刺し、体を溶かして飲むらしい。体外消化もここまで来ると狂気のレベルだ。


「クレイ!アロナ!火属性魔法だ、燃やせ!」

「ダメ。森や草原で火属性や雷属性の魔法を使ったら大惨事になる」


 そりゃそうだ。しかし、炎や雷以外に効く様な魔法があるだろうか。

 ものは試しだ。まずは――


「風魔法だ!」

「っ……」


 どうしたんだろうか。この状況下で魔法を使わない手は無いだろう。

 しかし何故使わないのか分からないのに、強要することは出来ない。それなら――


「水魔法だ!」

「う、うぅ……!」

「私がっ!『早筆』!ウォーターウェーブ!」


 またもや拒否しやがったアロナの代わりに、クレイが踵を翻して蝶に向かう。指先から光を出し、早筆スキルで一瞬で魔法を描くと、ド直球な名前の魔法を繰り出す。

 瞬間、クレイの魔法陣から大量の水が流れ出て蝶を押し返す。そして水が引いてビクビクと痙攣している蝶に、俺は剣を抜いて向かう。

 倒れている蝶の、頭の上に位置する形で剣を構える。


「おらあ!『素振り』!」


 一番最初に覚えた素振りスキルを使用して、とどめを刺そうとしたのだが――

 ピタリ、と剣が当たる直前で止まる。

 驚愕する俺に対し、チャンスだと見込んだのか、蝶は口を俺に向けてきて――


「は、ハルオ……」

「危ない!『早筆』ロクロック!!」


 その直前に、クレイの土魔法で出てきた長い岩に、蝶が押しつぶされた。


「………なんで、攻撃が出来なかったんだ?」


 恐怖で今だに震えている手を見ながら、驚愕する。確かに俺は素振りスキルを使ったはずなのに、攻撃が当たらなかったのだ。

 いや違う、もしかしたら当てられなかったのかも知れない。素振りスキルは文字通り素振りのスキルだ。なら、行動の拡張としておこるスキルの場合、それ以外の行動は起こさないはずだ。

 つまり、素振りスキルは相手の直前までのもので、あくまで素振りしかできないという事になる。

 なんと面倒な話だろうか。せっかく攻撃用のスキルだと思ったら、単なる牽制用だったとはガッカリだ。

 実際、敵の目の前まで剣を近づけることは出来るので、そこから攻撃することは可能なのだろうが、さっきの感じだと、敵に当たる直前で制止するので、慣性が効かない可能性が強い。そうしたら、このスキルは本当に使えないものになってしまう。死にスキルというやつだ。


「マジかよ、クソが……」


 これで覚えているスキル四つのうち二つが使えないことが分かった。残りの二つは使えるかも知れないが、実際に使ってみなければ分からない。その二つが使えない、ということはあまり考え難いが、もしもの事もあるのだ。

 そしてもう一つ、いま自分には懸念しているものがある。

 アロナだ。先ほど、何故かあいつは魔法を使わなかった。理由があるのかもしれないが、いまこの戦いの場で魔法を使わない、というのは勘弁して欲しい。

 アロナに文句を言うか迷う。あいつも何かしらの理由があって魔法を使わなかった事は違いないのだ。

 そうだ、クレイから聞き出すことは出来ないだろうか。


「なあ、クレイ」

「話をしている暇はない。来る」


 何が、と聞く前に、それの正体がわかる。

 巨大。そうとしか言いようがない。

 先ほどの蝶は大蝶ではなかったのか。あれが大蝶でないのなら、小蝶なのだろう。

 そのあまりの大きさに、見上げようとすると首が痛くなる。

 およそ10メートル。横に先ほどと同等かそれ以上の蝶を従えた、大蝶が現れた。


「マジかよ!」


 そうとしか言いようが無い。すぐに立ち上がり、体勢を整える。

 とても怒っているようだが、それも仕方がない。俺たちの横には、潰された小蝶が転がっているのだ。

 逃げるか?いやしかし、先ほどの小蝶から逃げることすら難しかったのだ。この大きさでは、逃げるどころか、今にでも殺されてしまいそうだ。

 斯くなる上は――


「『投擲』!!」

「『早筆』!テーパーロック!」


 俺のスキル発動と同時に、クレイも魔法を発動する。先が尖った岩が飛び出し、小蝶にぶつかる。同時に、自分の投げたものがもう片方の小蝶に当たる。

 投擲スキル。これは俺が覚えた四つのうちの一つで、文字通り物を投げることを強化するものだ。スキルのパターンは速度拡張型だ。速度が上がれば威力も上がるんじゃ無いかと思ったが、どうやら穴を開けるように、貫通力が上がるのみらしい。因みに威力拡張型の場合は、速度はそのままでぶつかった部分から衝撃が起こり、ダメージが増加する。

 なんとも不思議なものだ。

 ともかく、今俺が投げたのは投げナイフだ。投げることを専門に生まれ、投げられる事が花である投げナイフだ。

 デカイ昆虫にナイフが効くのかは分からない。しかし、あえて一番外れにくい体の部分を狙う。これで致命症を与えることは出来ないが、狙いはそれなのだ。

 そしてナイフには、縄を括り付けておいた。何故縄なのか。それは、もう一つ覚えたスキルと併用するためである。

 パターンは発動距離拡張型、その名も――


「『束縛』!!」


 束縛スキル。自身が持っているヒモ状のものに触れている物を縛る事ができる。束縛スキルは、他のスキルに比べると少し特殊で、自身が実際に触れていなくても、距離があっても縛る事ができるのだ。

 蝶に効くかと言うのは正直分からなかったが、どうやら成功したようだ。蝶は力なく地面に落ちる。あれだけの大きさなので、ダメージもでかいのでは無いだろうか。

 クレイの攻撃もダメージが大きかったようで、そちらも蝶が地面に落ちるのを確認する。後はこの大蝶だけだ。

 こちらも、投げナイフで倒してしまえばいい。そう思ったが――


「くっ……!?」


 突然、膝から力が抜けて地面に倒れる。この感覚はなんだろうか。

 いや、そうだ。魔力切れだ。早くサルノミを食べなければ、と体を動かそうとするが、指先さえ動かせない。

 だが、声なら少しだけ出せそうだ。


「アロナ……!魔法を使え、なんでもいいから、こいつを倒せっ…!」

「えっ……」


 先ほどから何もしないアロナに魔法の使用を促す。こいつは、先ほどから何もしていないのだ。それではただのお荷物である。

 こいつ自身も、きっと何かの役に立ちたいとは思っているはずだ。

 それなら、それが今だろう。


「早くしろっ!今すぐ!」

「う、うぅっ……!ううう、『早筆』っ!ハイウィンド!!」


 アロナは突然しゃがみ、地面に早筆で魔法陣を描く。何故指先から光を出さないのか気になりもするが、今はどうでもいい。

 アロナが魔法陣を書き終え詠唱する。その瞬間、圧倒的な風が前方から襲い来る。一瞬大蝶の仕業かと思ったが、違う。大蝶もこの風に翻弄されている。


「うおおおぉぉ!蝶が、こっちに来る!」

「ハルオ、危ない!『早筆』!アースウォール!」


 風に吹き飛ばされそうになり、そして、大蝶がこちらに飛んで来る直前、クレイの魔法によって守られる。クレイのアースウォールは、大蝶が来る方向と風が流れていく方向の両方に現れ、身を守ってくれる。そして、大蝶はある場所で、地面に張り付いた。

 その近くにはアロナがいたはずで――


「おいアロナ!大丈夫か!?」


 叫ぶと、アロナは顔を出す。無事だったようで安心する。


「あの風を出したのは一体誰なんだ?危ないやつだな……」


 未だ止まらない風と、ある一点に張り付いて離れられない大蝶を見ながら、そう呟く。

 クレイなら何か知っているかもしれないとそちらに顔を向けると、クレイは俯いてしまう。突然どうしたのだろうか。

 ハルオが不思議に思っていると、クレイが一言だけつぶやく。


「あれをやったのはアロナ」


 ………アロナがあの風を?確かに、あいつは魔法を使う直前にハイウィンドと言っていた。しかし、魔法は魔法陣から放たれるもの。地面に描いた魔法陣を、大蝶より向こう側へワープさせられるとは思えない。

 不思議に思っていると、アロナが力尽き掛ける大蝶を避けてこちらに向かってトボトボと歩いて来る。


「………ハルオ、大丈夫……ですか」


 アロナが話しかけて来る。

 正直、状況が掴めていない。あの魔法はなんなのか。何故アロナはこちらへ大蝶がくるような魔法を使ったのか。色々聞きたいことはある。

 青ざめているアロナに、クレイがポケットから取り出したサルミを食べながら、出来るだけ優しい口調で話しかける。


「あの魔法を使ったのはお前か?」

「………はい」

「どうしてこちらに大蝶が来るように魔法を使ったんだ?」

「それしか、無くて」

「使いたくなかったのか」

「………はい」


 久し振りに震え始めたアロナを見て、クレイがアロナの肩に手を乗せる。そして俺の方を向き、私が説明する、と言った。


「魔法を正しく撃つには、魔力以外にも必要なものがある。それが魔力調整力。簡単に言うと、器用さ。魔法陣に魔法を送り込んで魔法を発動させるには、上位の魔法であればあるほど、器用さが必要になって来る。その器用さが足りないと、魔法が暴発したり、発動しなかったり、おかしな形で発動したりと、とても危険」


 クレイは一息つくと、一番重要は話に入った。


「……アロナの場合は、驚異的に魔力調整力が低い。その為、たとえ属性適性や魔力が随一でも、まともな魔法が打てない」

「どうなるんだ?」


 そう俺が聞いても、クレイは答えない。代わりにアロナの方を見て発言を促すと、アロナがポツリと話す。


「……今回の風魔法の場合、通常の物とは違い、風を吸い込むように働きます。今回の魔法もそうで、描いた魔法陣に向かって風が起こるので………」


 結果的に大蝶を倒せたと言う訳だ。


「なんですぐに魔法を使わなかったんだ?大蝶も小蝶も、お前のその魔法なら一網打尽だっただろ」


 俺の質問に、アロナはどもるだけで応えようとしない。

 その姿にイラっときてしまい、ついがなり上げてしまう。


「……あのなあ、なんで事前に言わなかった!?なんですぐに魔法を使わなかったんだよ!下手してたら死んでたんだぞ!そこで訳の分からん妙なこだわりを持つ必要あるのか!」


 ああクソ、こんなことが言いたい訳じゃないはずだ。俺が言いたいことは、もっとこう………

 どうにかして言いたいことを搾り出そうとすうるのだが、怒鳴り声を抑制しようとする自分に、イラつく自分が勝ってしまう。


「そもそもなあ、今回のクエストにきて欲しそうにしたのは誰だよ!魔法も使わない、理由も言わないなら、なんでついてきて欲しそうにした!」


 もはや、整合性などまるで取れない、ただのイラつきの排出だった。しかし言っていることは間違っていないはずだ。

 俺が怒鳴る度、アロナの目に涙が溜まる。そのせいで少しずつ胸が締め付けられるような気分になるが、それでも言葉は止まりそうにない。


「ハルオ!」


 しかし突然、クレイに肩を掴まれる。一瞬だが冷静になって、頭が一気に冷える。


「………悪い」


 いつの間にか手汗と脂汗でべたべたになっていた手と額を服で拭きながら謝る。

 だが、もう遅い。あれだけの罵詈雑言を吐いてしまって、笑って帰れる訳がない。

 ああ全く、なんでこんなにイラついているんだ俺は。召喚されたからか。魔法を使わなかったからか。それとも俺はアロナのことを嫌いなのか?

 そこまで考えて、俺は心の中で頭を振る。俺がアロナを嫌いなんじゃない。ただ、異世界にきて一ヶ月以内に二度もモンスターに殺されかけて、少し疲れただけなのだ。

 俺の勝手な独りよがりで、アロナの気持ちも考えず怒鳴り散らしてしまった。

 ああ、全く、なんて事だろうか。どれだけ自分は身勝手なのだ。

 今度は自分に対するイラつきで頭をむしりたくなる衝動を抑えて、なんとか平然を装う。

 その場から立ち上がり、改めて現状を確認する。体を潰されて死んでいる小蝶二匹、それと俺が束縛し、すでに力尽きている小蝶。そしてアロナの風魔法の影響で体が歪んでいる大蝶の四匹がそこにいた。

 どこが第二階級だったのか、と突っ込みたくなるほどの戦闘力だった。特に大蝶戦は死んでいた可能性もある。もしアロナがいなければ、俺もクレイも何も出来ずに殺されていただろう。

 そう、アロナがいなければ。


「くそっ……」


 もし、普段から人付き合いをしている人間ならば、こういう時どうしているのだろうか。自分にはそれがさっぱり分からない。そんなもどかしい自分を見ながら、俺は帰り支度を始めた。

 蝶の死骸を放置することは出来ないので、回収してギルドに売り渡す事になる。すると、追加で報酬がもらえるのだ。ここがハンター業のいいところなのだろう。

 俺たちも一応手引きの荷台は用意しておいたので、そこに乗せる。余りの大きさに載せられるか不安だったが、一旦解体する事でなんとか積み上げることが出来た。ここまで大きいと、不快感は薄れる。

 さてと、と荷台を引こうとすると、先程からずっと黙々と蝶を解体していたアロナが話しかけてくる。


「あの、私も荷台引きましょうか。ハルオは疲れていると思うので……」

「………いや、いいよ。力仕事くらい、しないとな」


 そういうとアロナは、分かりました、としょぼくれた声を出す。全く一体なんなのだ。

 予想していたよりもずっと重い荷台を引きながら、西に沈む夕日を見て俺が何を思ったのか、俺も分からない。

 ただ胸に残る嫌な感情が、ずっと渦巻いていた。


 どうせこんな空気でも、家に帰って明日になれば、いつも通りの日常が訪れる。そう楽観的に考えていた。アロナと言い争いになったのはこれが初めてじゃないからだ。

 しかし、そんな明日は訪れなかった。この重い空気は尾を引いて、三人の間を残り続ける事になる。

 それがこの人生の転機だとは、自分ですら気付いていなかった。


今後は水曜と日曜の週二ペースで投稿しようと思います。

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