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少年

 10年前のあの日、俺は人生の意味を見失った。


 ぞうぞうと木々が唸る。葉の隙間をかいくぐる癪な夕焼けが次々と形を変え、俺の体を照らす。

 今でも時折ここにきて、あの日を思い出している。俺が俺であった頃のあの日までを。

 自販機に百円玉を入れると全てのランプが緑色に光る。その中のグレープジュースを選び、俺はリュックサックを背負ったままベンチに座った。

 ベンチに座ると、そのまま深くもたれる。当然背中からはリュクサックとその中身がつぶれる音が聞こえてくるが、御構い無しだ。上を向いてみると必然的にそばの木々が目に入ってくる。

 俺はすぐに見るのをやめ、顔を徐々に前の方へ向ける。ほんの少しだけ前を見るとすぐに俯く形になる。

 先程からずっと左手に冷たさを送り込んでいたグレープジュースの蓋を捻り、開ける。ペットボトルの胴体部分が少しだけ柔らかくなるのを感じながら、前を向く。そのままペットボトルに口を当て、四分の一ほどを一気に飲み干す。

 ふぅ、と口からため息が漏れる。一秒ほどして蓋を占め、頭を少し左に傾けながら虚ろな目をして、公園を一望する。

 あの時から一切変わっていない。いや、実際よく見てみるといくつかの遊具が無くなっている。

 背中に感じるリュックサックの圧力と重みに耐えかね、背中から脱ぐと、すぐベンチの横に置く。

 幾分かマシになった背中の感覚を味わう間も無く、今度はベンチの背もたれの冷えた感覚がしてくる。

 その感覚を噛み締めながら、左手のグレープジュースをリュックサックに詰めて背負い、公園の出口を目指す。

夕日に背中を照らされ、俺の前に俺の影が現れる。なんて醜い姿なんだろうか。そんなことを、自虐的に考えた。 




 彼はツムギハルオ。高校二年生の青年である。

 彼に友人と呼ばれるものはいない。作らないのではなく、できないのだ。彼は友人とは虚無にすぎず、そこにあるようで無いものと認識しているのだ。

 そんな彼の空気感は不完全な形であろうと伝わって行き、いま現在学内で彼に近づく学生はいない。

 また、彼は深い趣味というものを持っていない。いわゆるぼっちなので、ライトノベルを読んだりテレビゲームをする事はある。しかしそれは日常のスパイスであり、メインでは無いのだ。

 その為、彼の日常は空虚なものである。一日が始まると高校へ向かい、帰ってくると、授業の予習、復習。宿題を終わらせたら、就寝する。前述した様なものを行うのは、本当に気が向いた時だけだ。

 夜更かしをすることも無い。寝坊をする事もない。一見すれば規則正しい学生の姿であるが、その実、彼の生き方には、何も起伏が存在しなかった。

 彼はその人生を是としていた。見失った人生の意味。それを見出そうとすることすら疎ましい。きっと俺はこのまま大学も、社会人になっても同じことを繰り返し死ぬのだろうと確信していた。

 だが、彼の中にはそのような生き方を是としない気持ちが、少なからず存在していたのだ。

 このままじゃダメだ、何かをしないと、きっと俺は無意味なまま死んでしまう。

 相反する感情。それでもなお負の感情が勝り、それに焦りを隠せない正の感情が常に心の中で渦巻いていた。

 そんな彼のわがままな感情は、いつしか、自分が起こさない、受動的なものを望む形に変化していた。

 異世界に転生させられたり。誰かが空から降ってこないだろうか。実は自分は超能力者だったり。

 そんなことがあり得るわけもないのに、彼の内心は酷くそれを望んでいたのだ。




 ふと、俺は足を止める。何かの確信があるわけではない。そもそも、なんの感覚も無く、もしかしたらと思ったのだ。

 そろそろと横に顔を動かし、同時に肩を回す。

 そして、完全に振り向いた。

 果たして、そこには何も無かった。

 ――当たり前だ。ここは寂れた、人のいない公園なんだ。

 呆れたように笑い、前を向きなおす。

 そしてようやく一歩を踏み出し、公園から出ようとした瞬間の話だった。俺の耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。


『兄さん』


 俺はこれまでにないほどの速度で振り向く。

 その瞬間視界が黒一色になり、そのまま体も暗闇に飲まれて行く。


「うわああああっ!」


 まるではるか上空から突然落とされた様な感覚になり、思わず叫んでしまう。背負っていたリュックサックはいつの間にか背中から外れた様で、はるか上空―どちらが上なのかはわからないが―に見える、光の中に取り残されていた。

 痛みは感じない。それに、落ちて行くことへの辛さも感じない。水の中を滑り落ちている様な、不思議な感覚だった。

 ―死んだのか、あの時の………様に。

 初めての感覚でもしばらくすると慣れて行き、いつの間にか落ちる事はなく、暗闇の中に俺は浮いていた。

 ―ここはどこだ?何かがここにあるのか?

 目を凝らすと下腹部よりも下に、円状の無数の光が見える。様々な光はお互い干渉せず、距離を保ちながら非常に緩やかな速度で回っている。


「銀河……?」


 俺が思わずそう呟くと、また落ちて行く様な、今度はどこかに引っ張られる様な感覚がした。その速度は徐々に増して行き、周りの光が線になって行く様な気さえする。

 光の一つが近づいてくる。その形は少しずつ明確になって行き、まるで四角い箱の様に見えた。

 次の瞬間、俺の頭に何かが当たり、意識が途絶えた。


水曜、日曜を基準に週2、3回ペースで更新していきます。

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