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ありがとうとふたりのともだち

作者: 小城りょう

 毎日の日課。シャワーを浴びて、小さなソファーに腰掛けて濡れた髪を乾かすと一日で唯ひと時の何にもない時間。

 ドライヤーをソファーの横の桜みたいな薄紅色のテーブルに置くと、わたしはその上で笑顔を振りまいてるうさぎのぬいぐるみを抱き寄せる。

 中にぎっしり詰まった綿の柔らかさと体を覆う毛の感覚にわたしは疲れでこわばっていた体を緩ませる。

 両手で抱き上げてうさちゃんを見るとじっとその綺麗にピカピカ光る目を見つめる。

 優しい顔をしてるんだね。かわいいな。

 こんばんは。ただいま。今日はまず何から話してあげようか。

 今日もいろんなことがあったからね。いっぱい話してあげないとね。

 そう、これはわたしの日課。このかわいいうさちゃんに今日あったことを一つ一つ話してあげることが一日の終わりの習慣。

 こうしていると、どんなに嫌な事があっても落ち着いてベッドに入る事が出来る。

 愛しくて気がつくといつも強く抱きしめてる。わたしはいつだってこの子が大好き。

 そして、毎日、この子がうちに来た日の事を思い出してちょっぴりうれし泣きをしてしまってるんだ。

 

 わたしが凄く落ち込んでた日の事だった。

 その頃はずいぶんと嫌な事が続いてた頃で、色んな事にイライラしていた。好きな音楽を聴いても楽しくない、どんなおいしいものを食べたって嬉しくない、電車に乗れば周りに乗っている人に対して嫌悪感だって感じる。

 馬鹿みたいなケンカをして彼氏と別れて、バイトではお客さんへの態度は最悪だし、ミスを繰り返して注文を何度も間違えたり出来たばかりの料理を床にぶちまけたり。

 それに、本棚が何の前触れもなしに壊れた事もあった。これは別にミスでもなんでもないけど、イライラしてる時に何かが壊れたりするとすごく不安になる。それに、もしかしてこれから先、悪い事しか起こらないんじゃないかって気にもなる。

 本当に最悪。こうなるとどこまでも悪い方、悪い方へと考えずにはいられない。

 誰かに会うのは苦痛だからこっそりと誰にも会わないように、大きな通りを避けてどこへ行くにも人気の無い場所を選んでいる事も多かった。

 一日一日とどんどん自分が嫌いになっていく。夜寝るとき、明日こそは悪い事が起こらないように、イライラする事が無いようにって思うけど結局、何にも変わりはしない。

 目が覚めたときからイライラしてて、その日一日全ての事に対してのやる気を失ってしまっている。

 その回数でギネスブックに載ることもできそうなくらい、ため息を何度もつきながら体のだるさにどこを見るでもなく宙を睨みつける毎日。

 ここまで来ると、生きてる事が面倒に思えてくる。

 そんなある日の事、友達が隣町から遊びに来た。

 遊びに行く事を結構前から約束してて、彼女はいつも忙しくてあって遊ぼうにもなかなか予定が合わない。だから、その日に会う約束をした時からすごく楽しみにしてた。

 だけど、ここしばらくの気分の悪さで正直言うと会っていいのか凄く不安になっていた。せっかくしばらくぶりに会ったって言うのに、イライラした様子が少しでも見えたら嫌な気分にさせてしまうかもしれないし。

 そんな心配はちょっと余計だったかもしれないって思ったのは友達の顔を見た時だった。しばらく会ってなかったけど、凄く元気でその顔を見ると少しだけ力が抜けた。

 遊びに行くといっても一緒に街の中をぶらぶらしてただけ。CDを見たり雑貨を見たり、本を見たり、服を見たり。ウィンドウショッピングをしながら時々、気に入ったものを買ったりして。

 CDショップで探していたCDを見つけたときに、来月、ライブがあることを友達に教えてもらったりして、ちょうどお互いに予定があいてるから行こうって約束したりもした。

 なかなか予定が合わないから遠く住んでるように思えるけど、電車で一時間もしないくらいの距離なんだよね。

 そう考えると、そんな事が来月の予定とも合わせてちょっとだけ力づけてくれるような事に思えた。

 よく「命の洗濯」って言葉があるけど、この休日はそんな言葉で表すのにぴったりに思えた。気がついたらイライラしてた事もなんだか忘れてしまってる。

 帰りにしばらく前まで気に入って通ってたダイニングカフェに行った。昼には日差しが差し込んで店全体が柔らかく光る。夜に来るのは初めてだったけど、ここから少し離れた駅前のネオンがちょっと怪しげだけど綺麗に窓から見える。

 わたしたちはどうって事のないことを話しながらお互いに楽しく笑い合ってた。

 そして、話のちょっとした間をついて、友達はかばんから包みを出した。片手で持つにはちょっと大きい包み。彼女は「そういえば、誕生日もうすぐでしょ?」って言ってそれをわたしに手渡すと、わたしは自分の誕生日を忘れてたのを思い出したのと嬉しい不意打ちに少し戸惑いながらそれを受け取った。

 大きい事もあって手に力を入れて受け取ると、案外軽くて拍子抜けした。

 わたしが受け取った包みを開けようとすると友達は「ダメ」と言って、「帰ってから開けてね」って付け加えた。

 なんだかすごく嬉しくなった。そして、それでさらに力が抜けたのか笑いが止まらなくなった。そんなわたしを見て友達もやっぱり笑った。

 そうか、こんな時間が最近不足してたんだ、って思った。

 その日、うちに帰ってからわたしは包みを開けて、その感想を友達にメールした。

 帰り際駅の改札で、「包みの中を見たら感想のメールちょうだいね」って言われたからだ。

 そのメールの返事が返ってきたら友達はすぐに返事を返してきた。そのメールの内容を見ると急に涙が出てきた。

 そこには「その子、お話聞くの大好きだから毎日色々教えてあげてね。話しかけてあげないと寂しくて泣いちゃうかもよ?」って書いてあった。そこまで読んだ時はなんだかおかしくて笑った。でも、その次に書かれてた事はすごく胸の奥を撫でられたような気分になって嬉しくなって泣かずに入られなかった。

 ――それから、「なんかいつも大変そうだから、いっぱいお話聞いてあげてね」ってその子にお願いしておいたからね。

 そう書いてあった。

 そのもらったプレゼントがこのうさぎのぬいぐるみ。それからわたしとうさちゃんは仲良しになった。それこそ、時には話が弾んで夜更けまで話してしまうくらい。

 

 いつもどおり、わたしはうさちゃんを抱いてベッドへと向かった。クーラーを消さずには暑すぎて眠れないし、つけてると体が冷えるからうさちゃんの暖かさがすごく気持ちいいんだよね。

 こうやってうさちゃんに話しかけたり、抱っこして寝たりしてるうちにだんだん、嫌な気持ちも簡単に頭の中から追い出せるようになっていた。

 うさちゃんと友達、このふたりは本当に大事に思える。そして、感謝もね。

 胸の中で一緒に眠る耳の長い小さな友達と隣町に住む大きな友達、ふたりともこの先ずっと大好きだって思えるんだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 友だちの優しい気遣いが主人公の心を癒してゆくところが良かったです。
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