08 冒険者ギルド(の中)
――建物の中に入った瞬間、人々の騒めきがわっと耳に入ってくる。
正面にはカウンターがあり、数名の女性が立っていて、何人かは、カウンターを挟んだ人とやり取りをしている。
向かって右には大きな掲示板があり、何か書かれた紙がたくさん張り付けられていて、そこにたくさんの人達が集まっていた。
左の方はいくつかテーブルとイスがおいてあり、こちらも数名の人達が座り、何やら話し合っていた。
(おおー……っ!)
友人に勧められて見たアニメで見たことがあるような光景が、概ねそのままのイメージ通りに広がっていて、ワクワクしてくる。
リックさんは中に入るなり、堂々とした足取りでカウンターに一直線に向かう。
「いらっしゃいませ……あら、リックさんとキャリーさん」
受付の女性は、僕達が近づくと、にこやかにそう言った。
二十代前半くらいの、若い女性。
軽くウェーブのかかった茶髪を、後ろで結わえている。
清潔感のある白と紺を基調としたスーツがとてもよく似合っていた。
「それと……?」
女性の視線がキャリーさんに移り、そして、僕とイミリアへと移っていった。
「ああ。こいつらの冒険者登録を頼む」
と、リックさんがカウンターに肘をつきながら、後ろの僕達を親指で指す。
「冒険者登録ですか?それは勿論かまいませんけれど……」
女性が僕達を交互に見る。
「リックさんが冒険者さんを自ら推薦するのは珍しいですね」
「いや、別にそんな訳じゃねぇよ。ギルドの前でちょっとあってな。まあ、成り行きだ」
「成り行き……ですか?」
「こいつのやることにそんな深く考えないでいいわよ」
「んだと?」
「ふふっ、お二人はいつも通りですね」
二人のやり取りを見て、カウンターの女性は柔らかな笑みを浮かべる。
「んな微笑ましいものを見るような目は止めろ……」
「それには同感」
「ふふふ……っ」
二人の反論に更に笑みを浮かべる女性に、二人は溜め息をつく。
「お待たせして申し訳ありません。冒険者登録希望のお二人でよろしいでしょうか?」
と、女性がこちらに再度視線を向ける。
「……はい。そうですけれど」
なんとなく、ちょっと不機嫌に見えなくもない、イミリアの返答。
その青い瞳で、やや睨みがちに女性を見据えている。
「承知しました。それではお二人共、こちらにいらしていただけますでしょうか?」
女性に促されて、僕とイミリアはカウンターに近づいていく。
それと同時に、リックさんが僕らの後ろに下がる。
「それでは改めまして。この冒険者ギルド、メンリス支店の職員を務めさてていただいています、リランダと申します。まずはお二人のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「え、えっとっ、シズキ、ですっ」
「……イミリア、です」
やや上ずった僕の声と、イミリアの、テンション低めの声が響く。
「シズキ……さんとイミリアさん、ですね。それでは、まずは『冒険者ギルド』の役割について、ご説明させていただきます
「いや、んなまどろっこしいことは後でいいだろ」
「冒険者ギルドとは……」
リックさんの言葉をまるっきり無視して、リランダさんが説明を始める。
「…………」
リックさんが無言で苦い顔をしていた。
---
――冒険者ギルド。
名前の通り、冒険者のための組合である。
国の各地域に拠点があり、連携をとりつつ、その地域における冒険者の援助・監視を行う。
主な仕事は冒険者へのクエストの斡旋である。
個人・領主・組織、果ては国から依頼を受け、それをクエストとして冒険者に提供する。
「依頼は誰でも受けられるものから、ギルドの方で難易度を考慮したランク付けが行われるものもあります。冒険者にも同様にランクが存在し、それにより受けられる依頼が制限されたりします」
聞き取りやすい、丁寧な口調で話を続けるリランダさん。
「さて、その冒険者ギルドへの加入についてですが、それには一定の条件があります」
と、リランダさんはそこで、カウンターの下から何かを取り出す。
銀色の台座に水晶が乗ったオブジェのようなもの。
「やっと出てきたか……」
リランダさんの説明中、興味なさげにカウンターにもたれていたリックさんが、身体を起こす。
「…………?」
「…………」
僕は疑問符。イミリアは無言。
「こちらは、お二人のステータスを、こちらのギルドカードに写し取るための道具となります」
そう言いながら、今度はカウンターの下から、ハガキサイズのカードを取り出す。
「冒険者と言いますのは、クエストの内容にもよりますが、やはり危険を伴うものが多いですから、冒険者として登録させていただくための、最低限のステータスの基準があります」
「ステータス……」
と、こちらも、イミリアに朝聞いた話を思い出す。
この世界では、全ての存在は『ステータス』を持っている、という。
僕の常識での『ステータス』といえば、現実では地位や身分を表し、ゲームなどではキャラクターの性能を表す。
この世界では、後者の意味が、現実で用いられている、らしい。
自身の能力が明確にランク付けされた値となって分かるという。
『ギルドで冒険者登録をする時には、恐らく、ステータスを確認されると思いますから』
とのことで、事前に説明されていた。
(このこと……かな?)
「基準としましては、剣士や重戦士等の前衛として登録する方でしたら、少なくとも前衛の最低限の基準である筋力・体力が最低D以上である必要があります」
こちらは冒険者を目指す方には広く知られていることですかね、と、注釈が入る。
「盗賊やレンジャーなどの軽装職での登録をご希望する方でしたら、敏捷・器用度がD以上であることが最低条件ですが、こちらはステータスに加えて、その職に関わるスキルを最低ランクでも良いので取得していることですね」
ですので軽装職は意外と貴重なんですよね、と。
「魔術師でしたら、魔術を行使出来る最低基準である、魔力D以上という基準となります」
勿論、最低限冒険者として活動出来る程度の魔術を習得していることが前提ですが、と。
「それ以外にも勿論、ステータスやスキル等を考慮しました基準は別途ありますけれど、基本的には以上になりますね」
そこまで説明をしたところで。
「質問がありましたら、遠慮なくどうぞ」
と、リランダさんが僕達に聞いてくるが。
「……いえ、特にないです」
「あ、えっと、僕も大丈夫、です」
質問がないというよりは、質問する内容が思いつかなかっただけなのだけれど、ひとまずそう返す。
「承知しました。それでは問題がないようでしたら、これからこちらのギルドカードにお二人のステータスを写し取らせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「……私から、お願いします」
と、イミリアが前に出て、水晶の前に立つ。
「承知しました。それではイミリアさん、水晶にお手を置いていただけますか?」
「はい……」
イミリアは右手を水晶に伸ばしていくが、その手が触れる瞬間、躊躇するようにその動きが止まる。
「いかがしましたか?」
「……いえ」
イミリアはそのまま、恐る恐るといった様子で、水晶に手を触れる。
「ありがとうございます」
イミリアが手を置いたことを確認したリランダさんは、水晶が置いてある台座の、ちょうどそのサイズに窪んでいるところに、ギルドカードとやらをセットして。
「それでは、起動します」
そう言いながら、何かスイッチのようなものを押す。
すると。
「おお……っ」
水晶が青白く光り出す。
水晶の表面に、何やら幾何学的な文字が次々と浮かび上がっては消えていく。
発光を続ける光は、やがて台座下部へ収束して、台座に置いたカードに向かって照射され、何か文字を描いていく。
その様子がしばらく続いたあと、ゆっくりと水晶の光が収まっていき、カードへ差していた光も完全に途切れる。
「はい。もう手を離していただいてよろしいですよ」
「…………」
イミリアは、無言で右手を水晶から離す。
「それでは拝見させていただきます」
リランダさんは、台座にセットしていたカードを手に取り、カウンターの上に置く。
カードにはいつの間にか、何やら文字や記号がたくさん記載されていた。
僕も見てみたいなー……という雰囲気が滲み出てしまっていたのか。
「……別に、大丈夫ですよ」
イミリアは、その長い銀髪を微かに縦に揺らして僕に言う。
正直、表情的には快く思っている訳でもなさそうなのだけれど、興味の方が勝り、そのままカードに書かれている文字を追ってみる。
一番最初に目についたのは、左側の項目。
そこには、『力』や『体力』といった単語と、アルファベットが対になって並んでいる。
----------------
力:E
体力:E
敏捷:E
器用度:D
魔力:B
幸運:D
----------------
……これらが、ステータスと呼ばれるもの、だろうか。
(『力』、『体力』、『敏捷』、『器用さ』……)
身体的な能力を表している項目だろうか。
ただ、それよりもまず目を引いたのは――。
(『魔力』……)
イミリアから簡単に聞いてはいたものの、やはりこの世界には、そういう概念がある、ということなのだろう。
(『幸運』って『運』のこと……?個人の運もパラメータ化されるんだ……)
など、色々と気になることを考えていると。
「魔力ランクがBですか!素晴らしいですね」
リランダさんが目の前で手を合わせ、少し大げさにも見える仕草で驚きを表現する。
更に、リランダさんがカードの右側にある、文字が箇条書きとなっている何かの一覧のような個所を、を指で下から上になぞる。
すると、その一覧が、下から上にするすると流れていく。
(なんかスマホの画面みたいな動き……)
「スキルや魔術もいくつも習得されていますし、これでしたら問題なく、魔術師として登録いただけます」
「……ありがとう、ございます」
リランダさんが笑顔で告げる言葉に、イミリアは感情の置き場に迷っているような、そんな曖昧な表情を浮かべていた。
「それでは、次はシズキさん……でよろしかったですよね?」
「はっ、はいっ!お願いしますっ!」
かなりドキドキな気持ちで、水晶の前に立って、左手を水晶の上に乗せる。
「それでは、始めさせていただきます」
リランダさんが台座のカード置き場にそう声をかけると、先ほどと同じように、水晶が発光を始める。
その光が、左手を通して、何か内に潜っていくような、そんな錯覚を抱くような、そんな。
そして、こちらもまた同じように、カードに収束した光が照射されていく。
イミリアと同じ時間か、それよりも数秒、少し長いくらいの時間が経って、水晶から光が完全に消える。
「はい。ありがとうございます」
リランダさんの言葉で、僕は水晶から左手を離す。
「それでは、失礼します」
「は、はいっ。お、お願いします……」
リランダさんが、イミリアの時と同じように、カードをカウンターに置く。
「よっと」
「わっ……!」
と、そのタイミングを見計らっていたかのように、リックさんが横からカードを覗き込むように身を乗り出してきて、ちょっとビックリする。
「リック!勝手に覗いたら失礼でしょ!」
キャリーさんが横から窘めるが、リックさんはどこ吹く風といった様子。
「……あらっ」
「……ほう」
リックさんを避けている間に、先にカードを見ていたリランダさんとリックさんが、何やら気になる反応をしていた。
(な、なんだろ……?)
僕も、ドキドキしながらカードの内容を確認する。
『力:B』
『体力:C+』
(いや、そこら辺はどうでもよくって……っ)
僕がイミリアのステータスを見た時からずっと気になっていた項目を見つけようと目を走らせて。
――それに目が止まる。
『魔力:E』
(う、うーん……)
……なんか駄目っぽかった。
それを見て逸る気持ちも落ち着いたので、改めて他のステータスを確認すると。
----------------
力:B
体力:C+
敏捷:B
器用度:D
魔力:E
幸運:D
----------------
「『力』『体力』『敏捷』と、どれも高水準のステータスですね!特に、『力』と『敏捷』がこれほどのランクの方は、上位の冒険者でも、中々いらっしゃらないと思います」
ステータスを確認し終えたリランダさんが、少し驚きの混じった声色で話す。
(なるほど……)
能力を持っている影響により、身体能力に関しては、それなりに自信があったので、それは一応ここでも通用しそうなのは少し安心した。
「勿論、前衛職として登録いただくのに問題のないステータスです、が……?」
と、ここで、リランダさんが、言葉を途切れさせる。
「…………?」
リランダさんの視線は、カードの右側の、スキルらや魔術やらが記載されるという、あの箇所に向いている。
(おお、真っ白だ)
イミリア曰く、スキルや魔術は――一部、例外はあるらしいが――基本的には習得する必要があるとのことで、となれば、この世界に来て間もない僕のそこに、何かが記載されるとは思えない。
そう考えると当然のことなのかなぁ、と僕は思ったのだけれど、僕の事情を知らないリランダさんにとっては、何か別の意味に見えたのかもしれない。
「…………そういうことですか」
隣のイミリアが、小声でポツリと何か零していた。
どことなく、期待外れだったような、そんな表情に見えてしまい。
(ガッカリさせちゃったかな……)
謝罪の言葉が口から出そうになるが、独り言のつもりであるのなら、スルーするのが正解だと思った。
「…………」
その間に、リランダさんは、リックさんと何やら表情だけでやり取りをしていた。
何かを問いかけるようなリランダさんの視線に、リックさんは肩を竦めて返す。
その反応に、リランダさんは、一瞬、溜め息のような呼吸をして。
「……失礼しました。お二人とも、問題なく、冒険者として登録いただけます」
表情を笑顔に戻し、話を再開するリランダさん。
(…………?)
正直、今の様子は少し気になったのだけれど、突っ込む勇気がなかったので、大人しくリランダさんの話に耳を傾けることにした。
「まず、登録料が、お一人様銅貨十枚となりますが、よろしいでしょうか?」
「う……っ」
やっぱりお金の話は何処でも出て来る訳で」
「……大丈夫、です」
イミリアが、あまり大丈夫でない顔で、そう答える」
「承知しました。それでは、こちらの書類に記載をお願いします」
と、カウンターに二人分の書類が置かれる。
「職業欄につきましては、私が記入しますので、それ以外の項目をまずはご記載下さい」
「……へっ?」
「パーティを募集する際に、他の冒険者様の判断材料となります。ですので、自身のお持ちのスキル等とあまりにかけ離れた職業ですと、トラブルの種になります」
ですので、こちらに関しましては、私がお二人のご希望を聞きまして、問題ないと判断してから記入します、と。
「……職業」
この流れだと、会社員や学生、ということではないらしい……。
いや、当然といえば、当然、なのだろうけれど。
「剣士でいいだろ?」
と、僕が悩んでいる様子が見て取れたのか、リックさんが後ろから声をかけてくれる。
「私も、悩んでいるようでしたら、それでよろしいと思います」
剣を携えていらっしゃいますし、とリランダさん。
「あ、これは……」
冒険者ギルドに入る前のあれこれの後、リックさんに返そうと思ったら。
『いいから持っとけ』
と言われて、困惑しながらも右手に持ち続けていたものだった。
「えーっと……」
どうするべきか、隣のイミリアにお伺いの視線を投げてみたけれど。
「…………」
イミリアは、無言で軽く頷く。
(いいのか……)
まあ、この場でこれ以上もにょもにょしていても、みんなに迷惑がかかるだけだから、それでいいのなら、とりあえず。
「は、はい……。剣士で、お願いします」
「畏まりました」
書類に必要事項を記入して、リランダさんに渡す。
リランダさんは書類の記載内容を確認して、最後にいくつか追記をする。
「……はい。ありがとうございます。手続きをいたしますので、少々お待ち下さい」
書類とカードを持ってカウンターの奥に引っ込むリランダさん。
「……ふぅ」
イミリアは、隣で大きく息を吐いていた。
何やらお疲れのご様子に見える。
「……あ、えっと、その、ありがとうございました」
まだ後ろに居たリックさんとキャリーさんに声をかける。
「礼を言われるようなことは特にやってねぇよ」
「まったく、素直じゃないんだから……」
そっけない態度のリックさんと、言葉の割には、穏やかな表情を浮かべているキャリーさん。
(いい人達だなぁ……)
無論、人によっては、ただのお節介と思うもいるだろうけれど。
イミリアも、勿論、強引なリックさんに思うところはあったのだろうけれど、それが悪意でないというのは、分かっているのだろう、不本意そうながらも、軽く頭を下げる。
「お待たせしました」
リランダさんが再び奥からやって来て、カウンターに二枚のカードを置く。
先ほどのギルドカードに、僕達が申告した職業名や、何かの紋章のようなものが刻印されていた。
「こちらが正式なギルドカードとなります。紛失しましたら、再発行には手数料が必要となりますので、ご注意下さい」
カードを手に取る。
それで特に何か変化が起こった訳ではないけれど、ただ何であれ、何かに認めて貰ったという証は、自分の居場所のようなものが出来たと、勘違いさせてくれる。
その錯覚は、この状況では、とても大事なものだと思う。
「……ふぅ」
イミリアが、もう一度、深呼吸をする。
先ほどの疲れによるものでなく、意識を切り替えるような、そんな仕草。
目的を達した、のではなく、やっとスタート地点に立った、ということなのだろう。
「……それでは、」
「んじゃ次は依頼についてだな」
イミリアとリックさんの声が重なって。
「……はい?」
イミリアの疑問符が、あまり穏やかでない顔と共に宙に投げられて。
「そこのテーブルがちょうど空いてるわよ」
キャリーさんは最早察していたとばかりに、近くのテーブルを指さして。
「……あはは」
僕は、思わず笑ってしまった。