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異世界にて。  作者: 咲柴
8/10

07 冒険者ギルド(の前)2

「……」


 イミリアは、ギルドの目の前で繰り広げられる、シズキと、扉の前で突然絡んできた男性――リックと呼ばれていただろうか――の打ち合いを、酷く微妙な心持ちで眺めていた。

(なんで、こんなことになってるんですかね……)


 勿論、元凶はあのリックという男なのだけれど、シズキもシズキである。

 ……なんで、シズキはあんなことを言い出したのか。


 私が男の対処に困っていたことを見かねて……と言うよりは、何処か乗り気なように見えた。


(何故に……?)


 あんな、明らかに理不尽な絡まれ方をされたところで、普通は相手にしなければいいだけだろうに、何故あの男の話に乗ったのか。

 こちらがあの男の話を真に受ける必要など何ひとつ無いというのに。

 異世界人というのは、こちらの常識が通用しないのだろうか。


 キィンッ!


「……っ!?」


 断続的に発せられる、剣撃の耳障りな甲高い音に、時折ビクリとさせられ、それがまた苛立ちを募らせていく。


(ああ、もう……っ)


 正直、剣の打ち合いなんて、まったく興味がない。

 武器なんて扱ったことなど一度もないし、扱ってみたいとも思ったことなどない。


(……まあ、いいです)


 想定外の状況にいつまでも不貞腐れてもいられない。

 リック相手に立ち回りをしているシズキに視線を向ける。

 ……一応、リックという男は、自分を冒険者だと言っていた。

 彼がどれほどの実力なのかは知らないが、彼に対してシズキがどれほどやるのか、見るには良い機会なのかもしれない。

 勿論、剣に関してはまったくの素人なので、本当の実力を推し量ることなんて出来る訳もないが。


(…………)


 鬱陶しい剣撃の音をどうにか無視して、彼らの戦いに目を凝らす。

 リックとやらが本気を出しているのかどうかは分からないが、見ている限りではほぼ互角か、ややシズキが押している……ようには見える。

 森で彼女……いや、彼……の戦闘は見ているので、ある程度戦闘能力があることは一応理解はしているものの、やはりそれなりに不安ではあった。


(……あの『能力』とやらを使わなくても、それなりに戦えそう……ですね)


 それには少し安堵を覚える。

 最初、珍妙な構えを見せた時は、頭を抱えそうになったけれど。

 ……ただ。


(……普通)


 動きから見える限り、ステータスは恐らく優秀なのが見える。

 ……が、見えるのはそれだけだ。


(……私の判断基準がズレているのでしょうか)


 ……異世界人、というものに期待しようとしている今の私自体が間違いの権化である、という前提は置いておいて。


「あのー……」


「……っ!?」


 いつの間にか近くにいた女性の方――確かキャリーと呼ばれていたっけ――が、突然話しかけてくる。


「ご、ごめんなさい、驚かせちゃった?」


「い、いえ……」


 すらりとした、私よりも背の高い女性。

 赤い髪が視界によく映えていた。


「ごめんね。うちの連れが迷惑をかけて」


「は、はぁ……」


 それは完全に事実だから、否定の言葉を返す気は全く無いが。


「私はキャリー。この町で冒険者をしているわ」


 キャリーさんは、勝手に自己紹介を始めた。


「それで、あいつはリック。あいつも同じく冒険者なんだけれど……」


 なんとも気まずそうな表情で、シズキと対峙している男を指さす。


「あんなのだけれど、一応、この町じゃあそれなりに名の通っていて、そこそこ実力がある方の冒険者なのよね……」


 溜め息をつきながら、フォローなのかどうなのか分からない発言。


「そう……ですか」


 そう言われたところで、私にとっては今のところただの迷惑な他人でしかない。


「その、別にあいつに悪意がある訳ではなくて、なんていうか、純粋に、貴方達の様子を見て、心配に思ってのことだとは思うのよね」


 それでも、迷惑をかけていることに変わりはないから、言い訳でしかないけどね……と、続ける。


(別に、どうでもいいのですけれど……)


 リックとやらがどんな人なのか興味もないし、今は迷惑としか思っていないのだから、どんな言い訳があろうが特に思うところもない。


「……まあ、話しかけられた時は、とても戸惑いましたけれど……私の連れも、何故か乗り気でしたので、今の状況になった原因は、こちらにも一部、ないこともないと言いますか……」


 一応、出来るだけ相手に敵意を抱いていないように思わせるような言葉を選んで返す。

 これからしばらくはこの町で過ごすことになるのだろうから、ここで感情的になっても、こちらに不利益があるだけだ。

 本当かは知らないが、この町で有名だという冒険者ならば、尚更だろう。


「そ、そう?そう言ってくれるならありがたいかな……」


 私の言葉を、そのまますんなり信じたのか、キャリーさんが表情を和らげる。


「えーと……」


「……私はイミリア。あちらはシズキです」


 あまり気は進まなかったが、名乗らずにいるのも不自然なので、こちらも名乗る。

 ……正直、キャリーさんに誘導されたような形となって、ちょっと気に食わないが。


「シズキ……?ここら辺だと珍しい名前の響きね。……っと、よろしくイミリアさん。それにしても、相方さん、中々やるわね」


 ちょうど、シズキがリックさんに切りかかっているのを見ながら、キャリーが会話を続けてくる。


「でも、リック……さん、も、本気を出してはいないのでは?」


「まあ、確かにそうだけれど、彼が思っている以上に、純粋に基礎ステータス差で押されているのは確かだと思うわよ?」


「はぁ……」


 一応、シズキのステータスは、冒険者として問題はない……という認識、でよいのだろうか。


「……」


 特に私から会話を続ける気もなく、そのまま無言で二人の打ち合いを眺める


「……ちなみに、なんだけどー……」


「……?」


 と、そこで途切れると思っていた会話が、キャリーさんによって続けられる。

 どことなく、探り探り、私に話しかけようとしているような、そんな印象で。


「二人は、冒険者になろうとしている……で、合ってるの、よね?」


「……ええ、その通り、です」


 私たちの様子は、それほどまでに分かりやすかったようだ。


 (……冒険者ギルドに慣れない様子で入ろうとしていたら、そりゃそうですか)


「やっぱりそうなんだ。もしかして、この町にも来たばっかりとか?」


「……はい、まあ」


 一瞬、答えに迷ったが、下手に嘘をつく必要はないと思い、そのまま答える。


「そっか。相方さんはこの町じゃ珍しい恰好してるし、もしかして王都に近い方から来たのかな?」


「…………」


 初対面同士の、会話の種として色々聞かれている、と考えれば、別段、普通の会話であるとは思うのだけれど。

 なんとなく、キャリー……さんが私達の内情を探っているように感じてしまうのは、私が神経質になっているだけ、だろうか?


(……いや)


 キャリーさんの表情を良く見てみる。

 初対面ではあるものの、なんとなく、この女性は今、慣れないことをしているんじゃないかという、そんな直感的な違和感を感じる。

 ……というか、なんか、分かりやすそうな人、的な。


(……なるほど。結局、この女も、あの男と似た者同士という訳ね)


 それがおせっかいなのか、あるいは警戒なのかは分からないけれど、出来る限り隠し事をしておきたい今の私の状況にとっては、迷惑極まりなかった。


(…………)


 目の前の人間に対する興味が急速に希釈されていき、代わりに暗い感情が色を濃くしていく。

 それが淀みを堆積させて、感情を覆い隠していく。


「……ええ。私とシズキには、ちょっとした事情がありまして……。自分達の住んでいた場所を離れ、この町でしばらく過ごすことになったんです」


 予め考えていた内容は、我ながら思った以上にスラスラと、口から出てきた。

 自身に後ろめたいことがあると思わせないように、なんでもないことのように、さりげなく、でもはっきりとした口調を心掛ける。


「へ、へぇー……。ち、ちなみに、ど、どうして……とか?」


「あはは……すみません。ちょっとデリケートな話になりますので……。出来ればお話したくないですね」


決まりが悪い笑みを浮かべる……うまく出来ているだろうか。


「あ、そっ、そうだよねっ、ごめんっ」


 私のやんわりとした拒絶の意思に、キャリーさんは謝罪して、聞くのを止める。


(……ふぅ)


 一応、深く突っ込まれた時用の作り話も用意していたけれど、常識的な人であれば、まあ、この段階で引いてくれるものだろう。


 ギィィィンッ!


「……っ!?」


 キャリーさんと話して、意識がシズキ達から離れていたところに、一際大きい金属音が響く。

 次いで、カラン、カラン……と、少し離れたところで、金属が転がっていくような音。


「……決着がついたみたいね」


 キャリーさんの言葉に、私はそちらに視線を戻す。


 視界に移ったのは、剣を握っていたはずの、空っぽの両手をぼんやりと眺めるシズキと、彼に剣を突き付けている、リックさんの姿だった――。


 ---


「……あれ?」


 いつの間にか、両手から剣がいなくなり、僕はリックさんに剣を目の前に突き付けられていた。


(今のは?)


 こっちに向かって来たリックさんと何合か打ち合った後、リックさんが防御の構えをとったので、そこに大きめの振りで仕掛けた。

 それを見たリックさんがすぐに構えを解いて、リックさんから僕の一撃を迎え撃つように剣を合わせてきた、瞬間。

 先ほどまでリックさんと打ち合っていた時とは明らかに違う、何か強い力によって、僕の剣が弾き飛ばされたように感じた。

 まるで超能力が働いたかのように。


「……まあ、こうなるか」


 リックさんは溜め息と共に僕に突き付けていた剣を鞘にしまう。


「ステータスは優秀だが、剣技についてはてんで……」


「すごいすごいっ!」


「……あ?」


「どうやったんですかっ、今のっ!」


 目の当たりにしたリックさんの技に、テンションが上がってしまい、リックさんに身を乗り出して詰め寄る形となってしまう。


「ち、近けぇよ……。どうやったって、近接系に良くある『対武器』系のスキルだろ?少しでも近接系の修練を積んでるヤツだったら真っ先に警戒するスキルなんだが……」


 なんだこいつ、とでも言いたげな表情をしながらも、説明してくれるリックさん。


「スキル……」


 と、そこで、今朝イミリアに聞いたこの世界についての説明の中に、『スキル』という単語があったことを思い出す。


(確か……)


 この世界の誰もが――人間であれ、モンスターであれ、それ以外の種族であれ――持っている、あるいは習得することが出来る特別な『力』……だそうだ。


(……僕達の『能力』と、似ている……のか、な?)


 その時は簡単な説明しか受けなかったのでまだ良く分からないけれど、ただ、この世界の『常識』のひとつであることだけは必ず覚えておくこと、と念を押されていた。


「……まあ、あの様子から見て、高ランクの剣術系のスキルを習得しているとも思えねぇから、成功するだろうとは思っていたが……というか、そもそも、まったく警戒してる様子がなかったな、お前」


「は、はい……?」


 つまりは、僕が剣のまったくの素人だということが、バレているぞ、ということ、だろうか。


(まあ、正直、少しも隠せているとは思ってなかったけど……)


「それどころか……」


 と、何故かそこで言葉を切り、そのまま、仁王立ちで僕をしばらく睨みつけるように観察するリックさん。


「えーと……」


 結局僕は、リックさん的には合格なんだろうか……?

 リックさんの視線の意図を掴めず、見つめられるがままにされていた。


「もういいでしょ?リック」


 と、今まで僕達の打ち合いを見ていたキャリーさんが、リックさんに近づいてくる。


「…………」


 イミリアも、何か言いたげな表情をして僕の方に近づく。


「ごめんなさいね。リックの良く分からない難癖に突き合わせて……」


「あ、い、いえっ」


 キャリーさんからの謝罪の言葉に、慌てて答える。


「リックさんのお話に乗らせていただいたのは僕の方ですから……」


「そうそう。あんなの普通取り合わないのに。面白い子ね、君」


 そうカラカラと明るく笑うキャリーさん。


「という訳で、気は済んだ?それなら彼女達に謝って、さっさと行くわよ」


 未だに僕に視線を向けたまま、何やら考えている様子のリックさんにキャリーさんが声をかける。


「……そうだな」


 リックさんはようやく僕から視線を外して、冒険者ギルドらしき建物の方へ足を向ける。


「……ちょっと、先に古い貴方の剣を引き取って貰ってからクエストを受注するんじゃなかったの?」


「それは気が変わった。それに、こいつらの登録を済ませた方がいいだろ?行くぞ、シズキと……誰だっけ?」


「……は?」


「……へ?」


 リックさんの視線が何故自分に向けられたのか、理解出来ないといったような、胡乱げな表情でリックさんを見返すイミリアと、純粋に驚く僕。


「……まあ名前はカウンターでギルド職員に伝えてもらえりゃいいか」


「ちょっと、待ってください……」


 イミリアが、ようやく言葉の意味を呑み込めたのか、やや低い声色でリックさんに抗議の声を上げる。


「何故、当然のように、貴方に私達が着いていくとでもいうような雰囲気を出しているんですか……?」


「あ?そりゃ、冒険者として登録するにしても、先輩冒険者がいた方がスムーズに事が進むだろ?」


 そんなことも分からないのか、とでも言いたげなリックさんの表情に、イミリアは唖然としたような表情を浮かべる。


「…………はぁ」


 言葉に詰まっているイミリアの横で、キャリーさんが溜め息をつく。

 そして、イミリアの方に向き直ると。


「私からも、お願い出来る?ここで知り合ったのも何かの縁かもしれないし。まあ、こいつに従うのはかなり癪だとは思うけれど、貴方達にとっても悪くない話しだとは思うわよ?」


 てっきり今までの流れからして、リックさんを説得するのかと思ったら、どうやらキャリーさんも僕達を一緒に連れていくことに決めたらしい。


「えーと……」


 僕は、イミリアの様子を横目で伺う。


「…………」


 イミリアは、納得がいかない、とでも言うような、やや憮然とした表情をしていたものの。


「……シズキは、それでいいですか?」


「う、うん。僕は、確かのそっちの方がいいのかなって……」


 僕の回答に、観念したかのように、ため息を一つ、ついて。


「……それでは、よろしくお願いします」


 イミリアは、リックとキャリーに軽く頭を下げる。

 僕もそれを見て慌てて頭を下げる。


「あ?だからさっきからそう言ってるじゃねぇか。んなんいいからさっさと行くぞ」


「…………っ!」


「リックっ!もう……」


 リックさんから返ってきた、ぶっきらぼうな物言いに、イミリアは再びむっとしたような表情をして、キャリーさんはため息をついたのだった。

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