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異世界にて。  作者: 咲柴
7/10

06 冒険者ギルド(の前)

 ……さて、次の日の朝。

 僕の目が覚めた時、既にイミリアは起きていて、記念銀貨とやらを両替しに行くところのようだった。

 特段、イミリアにはついていかず、部屋でぼーっと、彼女の帰りを待って。

 そして彼女が帰ってきたら、そのお金で朝食を食べる。


(これは、完全にヒモですね……)


 そんな、自分の情けなさを、ご飯と一緒に噛み締めた朝食の後、部屋でイミリアから、この世界の基本的な常識についてのレクチャーを簡単に受けて。


 そして、僕とイミリアは、冒険者ギルドとやらに向かっていた。


 女将さんが話してくれたのだけれど、この町は、大きく分けて三つのエリアに分かれているらしい。

 この町の住人の住まう住居エリア。

 商業系のギルドの支部や、その傘下のお店などが軒を連ねる商業エリア。

 そして冒険者ギルドを中心とした冒険者エリア、とのこと。

 僕達が泊っている月の葉亭は、居住エリアにはあるものの、冒険者エリアに比較的近い場所にあるため、基本的には住人が常連ではあるけれど、稀に冒険者も足を運んできたり、泊まったりするらしい。

 ただ、今の時期は冒険者の数がそれほど多くないため、宿泊者もいないとのこと。

 どうして時期によって変わるのかまでは聞かなかったけれど、とりあえず、女将さんに冒険者ギルドの場所を聞いて、そこに赴いている訳である。


 お店から出て十分ほど歩いていくと、冒険者エリアとやらに入ったのか、道行く人のほとんどが、鎧やローブ、あるいは軽装の、町の入口で見かけたような姿。

 つまりは、彼らが『冒険者』、ということなのだろうか。

 さらに、道の両端に出ているお店も、武器やら装飾品やら薬やら、あるいは使い方のよく分からない道具やらなどが置いてある店や、酒場のようなお店、あるいは宿屋と思われるお店などと、確かに『冒険者』と呼ばれる人達向けであろうお店が多い気がする……完全に知ったかぶりだけれど。

 冒険者という単語とライトノベルのそれを単に結び付けてイメージしているだけなので、想像と違うことも十分に考慮しておかなくてはならない。


 すれ違い様に、ちらちらと、こちらを見てくる人が多いと感じるのは、気のせいではない気がする。

 それは僕達――というか、今は僕の恰好だけか――が、ここでも目立ってしまうものなのだからだろうか。


(……確かに、僕のような制服姿、ていうのは、今のところ見てないし)


 それとも、こういった場所に慣れていないというのが、傍目から見ても分かってしまうものなんだろうか。

 イミリアを横目で見てみると、彼女も何処か居心地が悪そうな様子である。

 そんな雰囲気に飲まれたのか、お互いに口数が少なくなり、しばらくの間、二人とも無言で目的地を目指す。

 大通りに出て道なりにしばらく歩いていくと、周りに比べてひと際大きく、立派な建物が見えてくる。


「ここですね」


「おおー……」


 確かに、他にそれらしき建物は近くに見当たらない。


「……」


 建物の前で、少し逡巡する様子を見せるイミリア。


「えーと……?」


 そんなイミリアに対して、何を言うべきか迷っていると。


「……行きましょうか」


 先ほどまでの迷いの表情をすっと消して、イミリアが扉に手をかける。

 ……と。


「おい、あんたら」


「「……?」」


 僕とイミリアが揃って後ろを振り返ると、目の前に男性が仁王立ちしていた。

 銀色の鎧を身に纏い、腰に剣を帯びている。

 茶色の単発に、キリっとした表情の、強気な印象を受ける顔立ち。


「あっ、ごめんなさい、邪魔でしたか?」


 そう言って扉の前から退こうとすると。


「いや、ちげぇよ……。あんたら、もしかして、冒険者になるつもりか?」


「は……?」


 初対面の人からの、いきなりの問いかけに、イミリアは困惑……というよりは、露骨に不審そうな顔をしていた。


「ええ……。そのつもり、ですけれど」


「は、はい……のようなんですけれど」


 警戒をしながらも答えたイミリアに、僕も乗っかってみる。


「……なんでそっちは他人事っぽい言い方なんだよ」


 呆れたような表情でそう突っ込まれたが、どうにも反応に困ってしまう。


「ちょっとっ、何やってるのよっ、リックっ!」


 と、男性の後ろから来ていた女性が声を上げる。

 赤みがかった髪を後ろに束ねた、ポニーテールの髪型。

 胸当てを身に付けてはりるが、リックと呼ばれた男性比べて、軽装な印象。

 腰には短剣を携えている。


 男性――リック、さん?――は、女性の方を振り返って、当然のような口調で。


「キャリー……。いや、だってこいつら、冒険者になろうとしているらしいからさ」


「いや、何を言ってるのかまったく分からないんだけど……」


 男性の言葉に、呆れたような突っ込みを入れる女性――えーっと、キャリー……さん?


「二人でパーティを組むつもりなのか……?にしては、どっちも前衛には見えないが」


 男性はキャリーと呼んだ女性のことを無視して、僕達に質問を続ける。


「……前衛?」


「ええと……見ず知らずの方に心配していただけるのは有難いですが、貴方には関係ないと思いますけれど……」


 イミリアが、敬語ながらも、何処か突き放したような声色で男性に言葉を返す。

 出来るだけ感情を出さないように抑えてはいるのが伝わるけれど、残念ながら顔には如実に表れていた。


「いや、同じ冒険者として、半端な奴が入ってこられるのは迷惑だからな」


 まるでそれが常識であるかのようなブレない口調。


「貴方いつの間にそんなに偉そうなことを言える立場になったのよ……」


 呆れたような声でリックさんに突っ込む女性。


「つーわけで、今から俺がお前達を試してやる」


「……はい?」


 まるで理解できない、といったような、そんなイミリアの声と表情。


「いや……本当に、何言ってるのよリック……」


「どちらかだけでも、あるいは両方まとめてでもいいぞ」


 リックさんは女性の言葉を気にもかけずに言葉を続ける。


「…………」


 リックさんの言葉に対して、イミリアは、しばし、無言のままだった。

 返す言葉に困っている、というのもあるのだろうけれど、その顔に浮かぶのは、困惑よりも、鬱陶さが優っているように見えた。


「あのさ、イミリア……」


 女性がリックさんに何か抗議の言葉をかけ、ちょっとしたやり取りが始まったのを横目に、僕はイミリアに声をかける。


「……何ですか?」


 リックさんに視線を向けたまま、こちらの呼びかけに心半分で応じるイミリア。


「僕、試されてきても、いいかな?」


「…………?」


 リックさんに向けていた視線を、怪訝な表情と共にこちらに向ける。

 ……僕の言葉は聞こえていたはずだけど、まるで理解出来なかったというように、目をぱちくりさせている。

その様子に、申し訳ないと思いつつも、再度繰り返す。


「えーと……だから、僕、リックさんに挑もうかなって」


「………………はい?」


 あ、リックさんの時と同じ反応。


 ---


 冒険者ギルドの前。

 僕とリックさんは、対峙していた。


 イミリアとキャリーさんは、道の端によって、こちらをそれぞれの眼差しで見守って……というか、白い目で見ている。


「一体なんのつもりですか……」


と、イミリアの小言が聞こえたような気がしたけれど、とりあえず無視をしてしまおう。

 ……さて、リックさんのお誘いを受けた理由は、一応僕なりにはある。

 一つは、現時点での、僕の戦闘能力を僕自身、そしてイミリアに把握してもらうこと。

 イミリアは、あの森での僕の戦いを見て、僕に協力を仰いでくれたのだろうけれど、彼女にとって、僕の性能に対する判断材料はまだ少ないはず。

 もう一つは、僕の能力が、イミリア以外の第三者が見てどれほどの性能なのかというのが分かる……かもしれないということ。

 結局僕が比較的うまく出来る……と自負していることは、『そういうこと』ぐらいなので、そこに関しては出来るだけ正確な情報をイミリアに提供したい。

 僕が彼女にとって不要であることが分かるまでに費やされる時間と費用は、少ないに越したことはないのだ。


(勝手なことをしちゃって、イミリアには申し訳ないけれど……)


「……お前、名前は?」


「あ、えっと……シズキって言います」


「シズ、キ……?まあいい。俺はリック。自分で言うのもなんだが、この町じゃあそこそこ名が知られている冒険者だ」


 堂々と自身が有名であることを告げれるのは、自信があるのだろう。


「最初に言っておくが、別にこっちはお前に怪我をさせようとか思ってねぇ。ただお前の実力を知りたいだけだからな」


「はっ、はいっ」


「だが、勿論武器と武器をぶつけ合う以上……」


 と、そこまで言ったところで、リックさんの視線が僕の身体を一通り巡った後、そして再び僕の顔に戻ってくる。


「……おい。お前、武器は?」


「……ぶき?」


 僕は自分の能力で戦う気まんまんだったので、リックさんのその言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。


「ああー……。えっとその……僕はですね……」


 うまく説明出来るかどうか一瞬悩んだけれど、見せてしまった方が早いと思い、左手を前に出して能力を展開しようとした瞬間。


「……っ!待って下さいっ!!」


「うわっとっ!?」


 イミリアが、今まで聞いたことのない大きな声を上げながら、タックルのように僕の左腕にしがみ付いてきた。


「なっ、なにっ!?」


「いいから、ちょっと聞いて下さいっ」


 突然の彼女の行動に驚いている僕とリックさん、キャリーさんを無視して、僕をリックさんから遠ざけるように後ろに引っ張る。

 されるがままに数メートルほど引っ張られた後、イミリアは僕に耳打ちをしてきた。


「えっと……その、今更こんなことを言うのはかなり身勝手なのは承知なのですけれど……、貴方のその能力、というのを、出来るだけ人前では使わないで欲しいと言いますか……」


「へ……?」


「えーっとですね……あれはどうしても目立ちますので……貴方が、その……只者でない、というのが、すぐにバレてしまいます」


 それはお互い良いことではないですよね、と、そこそこの力を込めた目でこちらに同意を求めてくる。


「確かに……」


 今のところ、僕がこの世界にとって意味のある存在なのかどうかは把握できていないのだけれど、少なくとも、周りと異なることが周知されてしまうのは、確かに望ましくないと思う。


「……分かった。アレは使わないでやってみるよ」


「ありが……いや、そもそも、シズキがあの男に付き合わなければいいはずなのですが」


我に返ったように、


「どうした?やっぱりやめるのか?」


リックさんが僕達のやり取りを見ていて


「あ、大丈夫でーす!」


 僕はそう返すと、イミリアから離れる。


「ちょっと……っ!?」


「ごめんなさい……っ」


正直、そこまで言われたらイミリアに従った方がいいかなーとも思い始めているものの、ひとまず当初の予定通りに再びリックさんと対峙する。


 リックさんは、僕達がどんな相談をしていたかは聞こえていないようだった。


「い、いえ……えっと、武器はその、失くしちゃって……」


「…………あぁ?」


 僕の返答に、ちょっと強めの疑問符を返すリックさん。

 何を言っているんだコイツ、といった様子。

 ……僕も、そういう反応を予想してはいたものの。


(……うわっ)


 それにちょっとビビッてしまう僕。

 とりあえず、先ほどのリックさんの問いかけに、雑な嘘で誤魔化すことを試みてみる。

 ……僕の能力を試す、という僕の目論見はまったく消えてしまって、これ以上リックさんを付き合わせることは忍びないけれど。

 それでも、僕の性能を見せるという目的はまだある程度達成できるはず。

 幸いにも、能力を使わなくても、ある程度、一般人より身体能力は高くなっている。

 と、いう訳で、せめて武器がなくてもやるという気合を見せねばなるまいと。


「あちょー……」


 何処かで見た、古い拳法映画の構えを真似てみる。

 両腕を上に上げ、なんか強そうな指の形で構え、片足を前で上げる、威嚇のポーズ。


「……」

「……」

「……」


 僕以外の全員が、呆れを越した、可哀そうなものを見る目で見ていた。


「あれれ……」


 思った以上に、形にすらなっていなかったらしい。


「……お前、せめて剣は使えるか?」


 と、リックさんが、哀れみに満ちた声をかけてくれた。


「た、多分……」


 僕の友人は、能力で剣を具現化して課外活動を行っていた。

 それを端から見ていただけだけれど。


「……待ってろ」


 と、リックさんは道端においていた自分の荷物の中から、布で包んだ長い棒のようなものを持ち出して、その包装を解く。

 出てきたのは、少し古びた感じのする長剣だった。


「俺のお古だが、それでいいなら……つーか、何やってるんだろうな、俺は」


 僕にその剣を渡しながら、リックさんが自身の頭を掻きながらぼやく。


「す、すみません……」


 酷くグダグダな状態ながら、素直に剣を受け取る僕。


(おおー……っ。本物、なんだよね、きっと)


 手に持った瞬間に、恐らく鉄か何かの金属で出来ているであろう、その質量というものを実感して、ちょっとした感動。

 現実で本物の剣を手にする機会なんて、そうそうないだろう。

 二、三回その場で軽く振ってみて、とりあえずある程度振り回せそうなことを確認する。


「それじゃ、今度こそ、始めるぞ」


 僕のその様子を、文句も言わず待っていてくれたリックさんは、きっといい人なのだろう。


「お、お願いしますっ」


 ---


 目の前で剣を構えるソイツとその連れを、冒険者ギルドの前で一目見たとき。


(なんだこの、あからさまに怪しいヤツらは……)


 あまりの違和感の塊に、思わず声をかけてしまった。

 このメンリスにいる冒険者、その全員を知っているという訳では流石にないが。

 それでも、こんな身なりをした組み合わせは今まで見たことがない……見ていれば絶対に記憶にあるはずだろう。

 片やどう見ても冒険者としての装備とは思えないような、ひらひらとした履物を履いた少女。

 上着も、とても実践で使うものとは思えない、無駄に凝った装束に見える。

 この町にはないが、王都やそれに近い町にあるという、魔術師養成学舎の制服に、何処か近いものを感じる気がする。

 もう一人の方は、ぱっと見、魔術の心得はありそうだが、ローブでもない普通の服に、一目見て冒険者としてのやる気というものを感じられず、ただ面倒ごとに向かうような、そんな印象。

 そんなやつらが、冒険者ギルドに何の用だと、それは問い詰めたくもなる。

 犯罪者でない限りは、素性をとやかく言わないのが冒険者の不文律だと言われようが、違和感の塊に目を瞑る理由にはならない。

 我ながら無理矢理過ぎる絡み方である自覚はあるが、とにかく、少女達の反応が見たかった。

 遊び半分なのか、あるいは後ろめたいことがあるやつらなのか。

 で、その結果。


(ますます分からん……)


 俺の無茶苦茶な言葉を真に受けたかと思えば、武器がないと言い、良く分からない構えでこちらの気を大幅に削ぐ。

 俺をやり過ごすそういう作戦にしては回りくどすぎるし、今対峙しているヤツの様子を見る限りは、最初からやる気がなかった、といったようには見えない。


「……」


 目の前で、俺のお古――ちょうどこの後武器屋に引き取ってもらおうと考えていた――を構えるそいつの様子を観察する。

 剣の刃を寝かせ、切っ先を自身の後方へ向かせた構え。

 正直、自身の型ということではなく、何かの見様見真似をしているような、あまり様にはなっていない立ち姿……に見えるが。


(……一応、戦闘経験がありそうには……見えるな)


 俺と対峙する様子を見る限りでは、一度も戦闘を行ったことがない、という訳ではないらしい。

 戦闘において初心者がやりがちなのは、相手の目立つ武器に視線を集中させてしまうことだ。

 仮に俺が相手だとしたら、目の前に構えているこの剣が正にそれだろう。

 本当の初心者が相手ならば、切っ先を左右に揺らすだけで、視線が切っ先を追って左右に揺れる面白い光景が見られたりする。

 だが、目の前のそいつの視線は、俺の剣に釘付けにはなっていない。

 逆に、俺が仕掛けるような意思――踏み込むための溜めや、剣の握りの調整――を行うと、そこに反応して警戒の様子を見せる。

 特定の部位でなく、俺の姿全体を視界に捉えられている、ということだろう。

 そして、それに対する、極度の緊張、というものも感じられない。

 戦闘に対するある程度の心構えというのが出来ている証拠だ。


(……となると、尚更こいつの正体が訳が分からなくなるんだが)


 ……何処かの貴族か、あるいは魔術学舎の生徒が、面白半分で冒険者になろうとしている、とかならば、まだ納得の余地はあったのだが。


(……まあ、そういうことも、あるんだろうがな)


 素性の知れない者が冒険者になろうとすることは、別段特別なことではない。


(まあいい。後は、実際にやりあって確かめてやる)


 ひとまず、一撃を浴びせただけで死ぬようなヤツではないことだけは感じ取れた。

 ならばと、おもむろに前に踏み込み、それなりの手加減を加えながらも、上段から斜めに剣撃を放つ。


「……っ!?」


 シズキは、俺の踏み込みに対して、臆することなく剣を合わせてきて。


 キィィィンッ!


 鉄と鉄がぶつかる甲高い音が辺りに響く。


「な……っ!?」


 剣を握る両手に大きな衝撃。

 それが、俺の剣が相手の剣撃により弾き返された反動であることを理解した瞬間、その場から一度大きく後方へ下がる。

 シズキは、それに追撃をかけることなく、その場で再び体勢を整えていた。


(……っ、ちょっと馬鹿力過ぎねぇかこいつ……っ!?)


 二、三回剣撃を打ち合わせて、剣の腕、あるいはスキルの有無を確認しようとしたのだが、一撃目でこちらの体勢を崩されかかるとは思わなかった。


(……強撃スキル、か……?)


 近接系のスキルのうち、自身の『筋力』や『敏捷』等のステータスに一時的な補正を掛けるスキルは、『加護』系のスキルなどのように、発動時に効果が他者から視認出来るものではない。


(……いや)


 どんな素人でも、何回か戦闘を経験していれば、近接スキルを発動したかどうかは、自然と判別がつくようになる。

 動きの変化が、あからさまに表れるからだ。

 その上で、今のは違うだろうという、直感があった。


「……はぁっ!」


 気を取り直して、もう一度相手に仕掛けに行く。

 今度は脇を締め、リーチを短くする代わりに剣に力を籠めやすい持ち方で、縦切りを浴びせる。


「……うわっとっ!」


 今度は剣を横に構え、そのまま俺の一撃を受け止める。


(……っ!まるで鉄柱に切りかかったみたいだな……っ!)


 スキルを乗せないまでも、先ほどより力を込めた俺の一撃を、体勢を崩すことなく、ガッチリと受け止めてくる。


「……っぁ!」


 シズキの受けに弾かれた反動を利用して、そのままその場で三回ほど追撃を行う。


「……っ、おりゃっ!」


「……くぅっ!」


 三回目の斜め切りに、再び強く剣を合わせられ、再度の後退を余儀なくされる。


(……やっぱり、スキルを使ってねぇな、こいつっ!)


 最初の一撃を受けてから、最後の迎撃まで、剣撃にスキルを乗せた時に現れる、剣筋の変化もまったく見えない。


(……特別な付与魔術や、アイテムを持っているのか……?)


 自身のステータスを一時的、あるいは恒常的に底上げする魔術やアイテムは勿論存在している。


(……先ほど連れと相談していた時か……?)


 ただ、何かしらの魔術を発動したような素振りはまったくなかったが。

 どちらにしろ、スキルによるものでなく、単純にステータスのみによる一撃だということは分かった。


(……筋力C+か、もしかしたらはBはあるんじゃねぇか……?)


 俺の筋力ステータスはCであり、それを上回ってくるということは、そういうことになる。

 それが本当に自身のものか、何かで補正が掛かったものなのか……。


(まあ、それはとりあえずどうでもいいが……。さて、どうする……?)


 相手は依然、あちらから仕掛ける意思はないようで、最初と同じ構えを続けている。


(……別に、ここで止めにしても、構わないといえば、そうなんだが……)


 まったく戦闘能力のない、遊び半分のヤツが冒険者になろうとしていたら、鼻っ柱を折ってでも止めようとしたのだが、コイツは少なくともそうではないらしい。

 ならば、喧嘩を吹っ掛けた意味も、最早無いと言えば無いのだが……。


(……いや、もう少し、付き合って貰おうか)


シズキの様子を伺いながら、再び構えをとる。

当初の目的以上に、目の前の少年に興味が沸いていた。


 ---


(ふぅ……っ)


 リックさんとの二度の攻防をどうにか凌いで、一瞬、息を大きく吐く。

 剣と剣による戦闘は初めてだけれど、未だに対峙が続いているということは、多少なりとも格好はついている、ということだろうか。


(すごいなー……っ)


 あくまで、まったくの素人の感想ではあるけれど、本物の剣術、というものを間近で見た気がする。

 一撃に無駄がなく、最小の動作で、最大の威力を発揮するような足運びや振り。

 反対に、こちらは自身の身体能力にまかせて、ただ剣をブンブン振っているに過ぎない。

 リックさんがどれほど本気なのかは分からないけれど、今お互いに発揮している単純な身体能力に限れば、僕の方がやや上回っているから、辛うじて切り合いが成立しているだけなのだろう。


 ……それにしても。


(た、楽しい……かも)


 剣と剣をぶつけ合って戦う、ただそれだけのことなのだけれど、それが何故か心に響く。

 チャンバラごっことかは、子供の頃にはほとんどした記憶はないけれど、同級生の男子達がやっていた訳が、今ようやく理解出来た気がする。

 命の取り合いでない、という事前の同意があることも、大きいのだろうけれど。


(そんなのと比べたら、リックさんに失礼かもしれないけれど……)


 再びお互いが距離を開けて対峙している状況の中、リックさんが、今まで正眼に構えていた剣を横に寝かせる。


(おお……っ?)


それは相手の剣を受け止めるための構えに見えた。


(えっと……攻めて来いって、こと、かな?)


 リックさん曰くの『試す』という意味でなら、防御の次は攻撃を試す、ということだろうか。


(と、とりあえずっ、行ってみようっ)


 剣術の足運びなんてまったく分からないから、とりあえずいつものように前傾姿勢を取って駆け出す。


「……っ!?」


 リックさんが、一瞬だけ動揺したように見えたけれど、とりあえず、リックさんの構えた剣に僕の持った剣を上段から叩きつける。


「やぁ……っ!」


「く……っ!」


 キィィィンッ!


 剣戟の音が僕とリックさんの間に響き渡る。

 多少リックさんを後方へ押し下げられたものの、防御の構えはまったく崩れた様子がない。


「……はぁっ!」


 弾かれた剣に無理やり力を込めて、斜めから切り付ける。


「……そらっ!」


 それをリックさんは、同じく剣を斜めにして受ける……だけでなく。


「……うわっ!」


 僕の剣を受けたと同時に、左側に受け流す。

 体勢が崩されてしまうことを察して、僕は無理やり後方にバックステップを踏む。

 リックさんの追撃が一足では届かないギリギリの距離まで下がった後、二歩目で距離を詰めていたリックさんの剣に、こちらの剣を合わせる。


 キンッ!


 リックさんの剣を弾いているうちに、体勢を整えて、再度攻撃を仕掛ける。

 それを、当然のように防御するリックさん。


(すごいすごい……っ!)


 剣戟の感覚。音。

 それが耳に響くごとに、テンションが上がっていくのを自覚する。

 相手の次の一撃をどうやって防ぐか、躱すか。

 僕の一撃を、どうやって当てるか。

 相手の動きも考えて、でも考えきれずに反射で動いてしまって。

 それすらも心地よく思えて。

 ――始まりのことを忘れて、僕はただ楽しさに囚われつつあった。


 ---


「ちっ……」


素早い動きで後方に退き、態勢を整えるシズキを見送る。

 どうやら筋力だけでなく、敏捷も俺より上のランクのようだ。


(こいつは……)


 剣を交える少女の能力を実感するごとに、その姿に、違和感を覚えていく。

 その顔が、最初の不安げな様子から、いつの間にか、何処か楽しげなものに変わっていることが、その違和感の元だろうか。

 考えている間にも、シズキの剣撃は少しずつ激しさを増し、俺の余裕もそれに反比例するように削られていく。

それは、ただ力を試す、というやり合いから、少しずつ乖離していっている、ということだ。


(だが……)


 ……ただ、目の前の少女が、戦闘狂であるとか、そういった印象はない。

 殺し合いをしたいという本性が露わになっている、ようにも見えない。

 殺意など微塵も感じない。


(……無邪気)


 ……そう、それはまるで、初めて剣を持つことを許された少年が、その高揚のままに向かってくるような、無邪気な剣撃。

 ただ、そんな子供のような心に対して、ステータスの高さと、動きが全く釣り合ってはいないが。


(危ういな……)


 ――その印象に尽きた。

このまま切り合いを続けていったら、どうなるのか。

……そこに、少し興味が湧かない訳でもないが。


(ひとつ、気になることもあるしな……)


――俺は、ケリをつけるまでの手順を頭に思い浮かべながら、剣の柄を握り直した。

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