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異世界にて。  作者: 咲柴
2/10

02 異世界転移者

「いせかい……てんいしゃ?」


 地べたに座って僕を見上げる少女から呻くように零れた言葉を、僕は音をなぞる様に繰り返した。

 目を見開き、予期していなかったものが突然目の前に現れたかのような、表情。

 感情として明確に読み取れるのは、驚きと恐怖と、恐らくは憎悪のようなものと……後は分からない。

 ただ、単純な一つ感情ではないであろうことは、見て取れた。

――例えるなら、荒れた海で混ざり合う波のような。


(何にしても、かなりの温度感……っぽい?)


 こういった感情を向けられることが多かったせいか、それに対する自身の反応を考えるよりも先に、相手の感情の種類や温度、濃度の方に意識が向いてしまう。

 恐怖、憎悪、悪意……そんな言葉で分類される感情というものも、人が違えば、異なる色合いで表出する。

 十人十色とは、良く言ったものだと思う。

 ……ちょっと使い方が違う気もするけれど。


(……いや、そんなことを考えている場合じゃないよね……)


 少女からの言葉に、何か反応を返さなければとは思うのだけれど……。


(呼ばれたことのない単語だ……)


 相手から投げかけられた言葉の咀嚼に時間がかかり、返す言葉に迷ってしまう。

『能力者』、あるいは『発症者』と呼ばれ睨まれるのはよくあるのだけれど、そんな言葉を投げかけられたのは初めてである。


(また、新しい呼び名でも増えたのかな……?)


 今の二つが、一般的な呼び名として最も広く使われているというのはあるけれど、一部の人達は、またそれぞれの意味を込めた名で読んだりする。


(悪魔とか、救世主……とか?)


 宗教的な単語を当て嵌められるというのは、在り来たりではあるけれど、分かりやすくもある。

 ……なのだけれど。


(いせかいてん……いしゃ?)


 その言葉の意味を汲み取ろうと、頭の中で何度か反芻させてみるが。


(何処かで聞いたことがある……?)


 ……ような、気もする。


「えーっと……。と、とりあえず、大丈夫ですか?」


 言ってから、彼女の言葉に疑問を返す方が良かったかなと思いつつも、少女の安否が気になることも事実なので、ひとまず、気遣うような言葉を投げかけてみる。


「……っ!?」


 僕の問いかけに少女は、全身を硬直させ、警戒の様子を表す。


 (むむぅ……)


 まあ、当然、警戒はされるだろうと予想してはいたけれど。


「た、立てますか?」


 とにもかくにも、地面にへたり込ませたままではよろしくないだろうと思い、少女に左手を差し伸べようとしたが、さっきの獣達の血で汚れていることに気づき、慌てて右手の方を伸ばす。


「……」


 差し出された僕の手を、品定めするように、睨みつける少女。


「え、えっと、危害を加えようとしている訳ではなくて……」


 こういう時の僕の言葉が説得力を持って聞こえないことは経験上分かってはいるのだけれど、だからと言って、正しい声の掛け方を知っている訳でもなく。


「…………」


 少女はしばらく、品定めするかのような、無遠慮な視線で僕を一通り観察する。

 その表情を、僕も観察し返してみる。

 未だに警戒の表情を解くことなく、こちらを睨み付けるような視線のままたっだ。

 それから、僕と少女は、数秒の間、言葉もなくお互いに見つめ合う。


 どれくらい時間がたっただろうか。

 少女が一度目を瞑り、大きく深呼吸をして、目を開く。

 その目からは、先ほどまでの、攻撃的な色が消えたように見えて。


「……えっと、その」


 遠慮がちに、少女が僕に声をかけてくる。


「な、なにっ?」


 少女の方から言葉を発してくれたことに嬉しくなり、つい勢いよく返事をしてしまう。

 僕のその声に、また一瞬、怯えるようにびくりと身を震わせたけれど、そこから気を取り直すかのように、一度、咳払いをして。


「ご、ごめんなさい……。その、ちょっと、気が動転してしまって」


 少女はそう言うと、僕の手を、数秒の間、見つめ続けて。


「ありがとう、ございます」


 初対面から見ても、どこかぎこちないような笑みを浮かべて、酷く遠慮がちに、僕の手を取ってくれた――。


 ---


「あーとる、ま……?」


「ええ」


 僕と少女は、森の中を歩きながら、会話を交わしていた。

 お互いの状況を説明よりも何よりも、まずは森を抜けるべきだという、満場一致(二人)の意見によって、歩きながら話すことにした。

 そして、僭越ながら、僕が先に少女に色々と問いかけて見た結果。


「ご、ごめんっ、ちょっと整理させて……っ」


「勿論、いいですよ」


 混乱した僕に、少女はやんわりとした笑みで、そう言ってくれる。


「えーっと……まず、ここは『日本』じゃない……んですよね?」


「ええ」


 ……まあ、ここが日本ではない、というのは、最悪、まだいいとして。


「そういう名前の国や地域を、少なくとも私は聞いたことがないですね」


「……本当、ですか?」


 僕の住んでる国の存在自体を否定されてしまった。

 ……それだけでなく。


「それで……やっぱりその、貴方の言う『ノウリョクシャ』や『ハッショウシャ』……?という言葉も、残念ながら、私には聞き覚えがないわ」


「……」


『能力者』。

 ……あるいは『発症者』。

 僕たちのような存在を指すのに一番メジャーな二つの呼び方に、少女は首を傾げるだけで。

 どうにか説明をしてみようとしても、どうやら、根本の何かがズレているようで、噛み合わない。

 混乱を深めていく僕に対して、逆に少女は何か納得するかのような様子を見せて。

 次の言葉に完全に詰まってしまった僕に対して、少女は告げた。


「恐らく、貴方は『異世界転移者』……かもしれません」


 ――と。


(……あ、思い出した)


 最初にその言葉を少女から聞いた時に引っかかっていたこと。


(……友人が、最近そういった漫画や小説、アニメが流行っていると言っていた……かも)


『異世界転移者』。

 何らかの現象によって、自分がいた世界とは別の世界に飛ばされてしまった人のことを言う……らしい。

 そこからその別の世界――異世界にて物語が展開していく作品というのが、最近多いらしいと。


「え、あっ、そう……やっぱりそれは知っているんですね」


 僕が『異世界転移者』という言葉についての知識を伝えてみると、そんな反応が返ってきた。


「……やっぱり?」


「い、いえ……なんでもありません……とりあえず、知っているのなら話は早いですね」


「い、いやー……」


 ようやく共通の理解のある言葉が出てきたのは確かなのだけれど、正直、あまり詳しくはない訳で。


「僕が……異世界転移者……で、ここは……異世界……ええーと……僕がいた世界とは別の世界……と?」


 少女からの言葉を素直に信じてみた結果、そういうことになるのだけれど。

 常識的に考えて、すんなりと受け取れる出来るはずもなく。


「かもしれない……というくらい、ですかね。今のところは」


 僕の戸惑いを予想していたかのような、少女の返答。


「貴方の話を聞いて、私の持っている常識と知識に照らし合わせて、私がそう思っただけに過ぎないですから、無理に信じていただく必要はないですよ」


「………………」


 自分の常識と乖離した情報をもたらされた時に、それをどう消化すれば良いのか。

 少女が僕に嘘と出鱈目を言っているのか。

 あるいは、僕がおかしいのだろうか。

 ――後者についてはまあ、ひとまず置いておいて。


(……言葉は、通じる)


 言葉が通じるのに、僕の常識は今のところ何一つ少女と共有出来ていないという事実。

 認識に対する、言語というものの比重を、奇妙な形で自覚させられる。

 ……ていうのは、今はどうでもよいのだけれど。


「とりあえず、この森を出てから、ですかね……」


「……そう、ですね」


 何はともあれ、この森を出ないことには、何も始まらないのだろう。

 そういう空気で一旦僕の方の話が区切られて。


「ちなみに……その……」


「あ、私ですか?」


 僕の遠慮がちな言葉を、少女が受け取る。


「私は……イミリア、と言います」


「あ、ありがとう……僕の名前は浅凪静季、です」


「アサナギ……シズキ……」


 僕の名前を聞いて、先ほどのような、何処かを睨みつけるような表情を一瞬、浮かべた気がした。


「えーと……静季で大丈夫です」


「『シズキ』……ですね。よろしくお願いします」


「よろしく、イミリアさん」


「私もイミリアでいいですよ」


「わ、分かった……よろしく、イミリア」


 そう、改めて名前を交換し合うことで、少しは距離が近づいたように感じるのは、きっと錯覚なのだろうけれど。

 それでも、お互いを呼び合う言葉が定まると、コミュニケーションにおいては、多少の安心感は生まれる。


 それから、イミリアは、自分が森の中にいた理由を話してくれた。


「私は、こう見えて、魔術師なんですけれど」


「まっ、まじゅつし……?」


 事も無げに言ったその言葉に、一瞬理解が追い付かない。


「魔術師って、ご存じですか?」


「え、えーと……」


 マジシャンのことではない……ん、だよね?


「ま、魔術を使う人のこと……?」


「……まあ、その通りなんですけれど」


 僕のあまり意味のないような回答に、イミリアが若干声のトーンを下げて応答する。


「魔術って……ほんとに?」


「あ、シズキ……の世界にはないんですか?」


「う、うん……」


 魔術というのを、超常能力で一括りにするのならば、あるとは言えるかもしれないけれど。

 ここでの『魔術』というのは、もっとファンタジー寄りのイメージな気がする。


「……さっきシズキがシャドウハウンドを倒していた『アレ』は?」


 イミリアが当然の疑問を投げてくる。


「あれはー……魔術ではなくて、超能力と言った方が言いといいますか……」


「チョウノウリョク……?スキルみたいなもの?」


「……スキル?」


 お互いに相手の言葉の端々を疑問に乗せて投げ合う状態が続く。

 名前を知り合ったところで、お互いの常識の差異がすぐに埋まる訳ではないのであった。

 ……当然のことだけれど。


 ……と。


 視界の奥に、微かな光がぽつりと現れる。


「おおっ……」


「へっ……」


 僕と少女が、同時に声を上げる。

 小さかったその光の点は、前に進むにつれて段々と大きくなっていく。



「出口だ……よね?」


「そう……なの……ですか、ね?」


 案外早く出口が見つかってしまったことが意外なのか、少女は目の前に浮かぶ光を見て、何処かぽかんとした様子を見せる。


 僕は逸る足を抑えるように、少女は恐る恐るといったように、歩を進めていく。

 前に進むごとに、光は広がっていき、それに伴い、心なしか周囲の木々も、その密度を薄めていっている気がする。

 そして、木々が完全に途切れる境界、そこに広がる光の中へ、足を踏み入れる――。


「わぁ……っ!」


「……っ!」


 目の前には平原が広がっていた。

 建物などはなく、地面には緑色の草が生え、木はほとんど見当たらない。

 空は晴天で、空の青色に良く映える白い雲が、風に吹かれて流れていく。 

 人工的に舗装されたような石畳の道があり、それが森の出口(あるいは入り口)を横切るように通っていた。

 森の中では感じられなかった、風の心地よさと、太陽の光。

 そして目の前に広がった開放的な風景に、しばらくの間、ただ心を奪われていた。


「……感動しているところ悪いですけれど、ひとまず、これからどうするかを相談させてもらっていいですか?」


「あっ、ご、ごめんっ」


 僕の間抜け面があまりにも酷かったからか、若干棘を感じさせる声色。

 少女の顔が、暗い森にいた時よりも、はっきりと目に映る。

 その横顔は、改めて眺めても、やはり美しいと感じるものではあった。

 が、その顔色は、良くはなく、疲労が色濃く出ている。

 暗がりから急に光を浴びたせいか、顔を顰めて、立っているだけでも辛そうだった。


(……反省)


 全くもって、はしゃいでいる場合ではなかった。


「えーっと、ここからどっちに行けばいいか……だよね」


「ええ……」


 目の前を横切る道の、どちらに行けば近くの町まで行けるのか。

 残念ながら、近くにそういったことを示す看板のようなものは見当たらない。

 道行く人にでも尋ねられたら良いのだけれど、今のところ視界には人影も見当たらず。


(……?)


 と、そこで、遠くから何かパカパカと、馬の足音のようなものが聞こえてくる。

 音のした方を見てみると、石畳の道を、馬車が進んできていた。


 (馬車、初めて見た……)


 そんなことに感動しつつ、僕達が立っているところがその道であることに気づき、僕とイミリアは、森の方へ数歩下がる。

 その馬車は、僕たちの前をそのまま通り過ぎるかと思ったけれど、馬が綱で引っ張られる反動で後ろに一、二歩下がり、僕たちの目の前で止まる。


 御者台には、恰幅のよい中年の男性が乗っていて、二頭の馬が荷台を引いている。

 荷台は全体を幌に包まれていて、中身は外からは見えない。


「あんたたち、こんなところで何してるんだ?」


 御者台から、恰幅のよい中年の男性が話しかけてくる。


「ええ……っと……」


 声を掛けられるとは思っていなかったので、返答に困ってしまい、横目で少女の様子を伺う。


「私たち、あの森を抜けてきまして……」


 と、少女の方が、言葉を返す。

 話しながらも、相手の様子を探る様子が伺える。


「あの森の中をか……?あの森は『影の森』と呼ばれていて、ここら辺に住んでるやつは誰も近づかんと聞くが……」


 暗くて見通しが悪く、特に価値のあるものが採れる訳でもない。

 その割に面倒なモンスターが生息していたりするしで、森に入るメリットがないのだと言う。


「それは知りませんでした……」


 男性の教えてくれた情報に、少女は驚いた様子を見せる。


「抜けてきたと言うことは、あの森の向こう側から来たのか?」


 男性が少女に言葉を続けてくる。

 僕は反応に遅れてしまい、ぽけっとしたままだったので、話しやすそうな少女を会話の対象に選んだのだろう。


「……ええ。そうなの、ですけれど……」


 答えるまでに数秒の逡巡が生じたものの、男性の問いかけに、肯定を返す少女。


「あの森より先は王国の辺境地帯で、小さな村がいくつかあるかどうかだった気がするが……」


 そう言って、僕と少女を交互に眺める。

 それは、珍しいもの、あるいは奇妙なものを見るような、そんな表情。

 それは、僕たちがあの森から出てきたというだけでなく、何やら、僕たち……というか僕?……の自身の容姿や格好に由来しているように思えるのは、その視線が、僕の顔や服に視線が向けられているように感じているからである。


「……実は私たち、ちょっとした訳がありまして……自分たちの住んでる場所を出てきたんです」


 低めの声色で、言いにくいことを話すかのような、何処か影があるような口調で言葉を返す少女。


(おっと……っ!?)


 咄嗟に声が出そうになってしまったのをどうにか堪える。

 少女に関しては不明だけれど、少なくとも僕に関しては、少女の方で、どうにか誤魔化してくれるようだった。

 僕の方を横目で見つめてくる少女の、その意図をどれほど汲み取れたかは定かではないけれど。


「そ、そうなんですよっ」


 取り急ぎ、少女の思惑に全乗っかりであることを表明する。

 横目で少女を見ると、少女も僕を見ていたので、お互いどこかぎこちない笑みを返し合う。

 その僕たちの様子を、男性がどう捉えたのかは、その表情からは分からない。

 が、少なくとも、僕たちを不審な者として捉えているのは確かな、そんな表情だった。


「あ、あのっ。近くの町って、どちらになりますか?」


 男性から更に何かを聞かれる前に、僕の方から男性に質問を投げる。


「近くの町……?だったら、私が今から行こうとしているメンリスというのがそうなるな」


「メン、リス……それは歩いてどれくらいですか?」


「私はこんなところから歩いてメンリスまで行ったことはないが……まあ、丸一日程度で着くんじゃないかね」


「丸一日……」


 それを聞いて、少女の表情に影が増したのは、決して気のせいではないと思う。


「ちなみに、何処か途中で休めるところとか、ご存じですかね……?」


「まあ、徒歩で旅をする者達のために、途中に宿屋くらいはあるかもしれんが……」


 基本馬車で移動しているとのことで、私は利用したことがないからな、と、男性は付け加える。


「むむぅ……」


 さて、どうしようか。

 そのどこかにある宿屋を目指す、というのが本日の現実的な目標になりそうではある。

 ……が。


(大丈夫かな……?)


 勿論、出会ったばかりの彼女にとっては余計なお世話であるかもしれないけれど。

 少女の様子を横目で見ると、僕と同じことを想像していたのか、苦い顔を隠し切れないでいる。

 そんな僕たちの、まるで隠す気のないようなあからさまな視線によるやりとりを、男性がどう解釈したのかは分からないが。


「……ふむ。なんだったら、近くの町まで乗せてやろうか?」


「「へっ?」」


 降って湧いたような申し出に、同時に驚く僕と少女。


「そ、それは……?」


 相手の意図を確認するような、慎重な様子で言葉を返す少女。


「ああ、安心しろ。勿論金も取らん」


 その様子が勿論男性にも伝わったのだろう、彼女の警戒を解くような言葉を続ける男性。


「この森から出て来る人間なんて初めて見たし、これも何かの縁だろう。幸い積荷もそれほど多くないしな。それに、森を抜けてきたということは、運が良かったのかは知らんが、それなりに心得があるんだろう?まあ、この馬車の護衛を頼まれて貰う代わりということでどうだ?」


「――是非、お願いしますっ」


 少女が何か反応を返す前に、僕はそう答えていた。


「え……?ちょ、ちょっと……っ」


 たまらず僕に抗議の声を上げようとする少女だが。


「よし決まった。それじゃあ荷台の方へ行ってくれ」


 そう言って馬車の後ろの方へ回り込む男性に、そそくさとついていく僕。


「まっ……待ってください……っ」


 状況にやや置いてかれた少女が、慌ててついてくる。

 僕に追いつくと。


「どうして勝手に……っ」


 出来る限り小声で、でも明らかに抑えきれていないような声量で、改めて抗議の言葉をぶつけてくる。


「あはは、ごめんごめん。でも、やっぱり僕も疲れちゃったから、せっかく楽に行けるなら、そうしたいなーって……」


 と、出来る限り自然に言葉を紡いだつもりなのだけれど。

 彼女は僕の言葉に、一瞬目つきを鋭くしたが、すぐに何かに気付いたかのように一瞬目を見開き、その眼差しの力を緩める。


「……すみません、気を使わせましたね」


 僕の演技が下手過ぎたのか、彼女に僕の意図を汲み取られてしまった。

 相手にそれを感じさせないのが最も有意味のある気遣いであるらしいけれど、それをうまく出来るほど、僕はうまく振舞えないのだった。

 その後、少女から何か言葉が発せられることはなく、無言のまま男性が荷台の幌を持ち上げるのを見ていた。

 荷台の中は、確かに男性の言っていたように、積み荷はそれほど多くなく、縄で固定された木箱がまばらに積まれている。

 ――その、木箱の隙間に。


「……同乗者か?」


 先客が座っていた。

 黒髪をポニーテールのように後ろで結んでいる、怜悧で研ぎ澄まされたような、美しい顔立ちをした女性。

 灰色の、ローブのようなものを着込んでいて、まさに旅人、という印象。

 長い棒のようなものを胸元に抱いている。


(木刀……いや、もしかして、刀……?)


 鍔は見当たらないが、なんとなく切れ目のようなものが見える気がする。

 こちらを一瞥する目つきは非常に鋭い。


「おう、こいつらも乗せることにしたんでな」


 そう男性が伝えると、そうか、とだけ答えて、こちらに興味をなくしたかのようにこちらから視線を外し、俯いて目を閉じる。


「この馬車の護衛を頼んでいる者だ。ちと不愛想だが、まあ仲良くやってくれ」


「よ、よろしくお願いしまーす……」


「……」


 声をかけてみたけれど、女性はこちらを一瞥もすることもなく、目を瞑ったまま。

 ちょっと残念な気持ちを感じながらも、こちらも空いているスペースを探す。


「こことかいい感じですかね?」


 ちょうど二人分座れそうなスペースを見つけて少女に見せると。


「……そうですね」


 それだけ呟いて、そこに座る。

 僕もその隣に、ほんの少し間を空けて座る。


「準備はいいな?」


「は、はいっ」


 荷台の外からの男性の問いかけに僕だけが答えると、男性が幌を下ろし、視界が暗闇に包まれる。


「それじゃあ出発するぞー」


「お願いしますっ」


 御者台に移動した男性からの呼びかけに、再び僕だけが答えて。

 荷馬車が、ゆっくりと動き出した――。



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