第四章 7 ささやかな幸せを詠って。
「セイさん! ユウヅキさんの様子が!」
その変化に一足先に気づいたのは、旧ラレンド家の物陰に隠れて、様子をうかがっていたコールだった。
――「セイさーん‼」
そう、あの瞬間……ユウヅキを呑み込み、圧倒的な物量で圧倒されかけていたセイこと僕たちに、背後から声をかけてくれたのは、間違いなくコールと《影巫女》を率いた女将だった。
皆が忍び装束に袖を通した姿は、戦闘準備を終えていることを意味し、《影巫女》の集団から女将が一歩前へと足を延ばした。
――「どうして?」
――「話は後です。今は目の前の危機に対処しましょう」
そう、言うや否や《影巫女》たちは、ユウヅキを取り囲むようにして隊列を組み、妖狐が放つと紫色の火の玉を手持ちの武器で処理している。
――「散‼」
――「斬‼」
一人は、ユウヅキと同じく小刀で技を決め、一人は、ノエルのように手裏剣やクナイを飛ばして誘爆させる……その手際は良く、練度が僕たちとは段違いだった。
――「必ず二人一組で行動しなさい! 前衛は十五分おきに後衛と交代! 回復とサポートを受けなさい!」
これは《冒険者》でいうところの大規模戦闘の戦闘スタイルに近い。
大規模戦闘とは、六名を一つのパーティーとして数え、複数のパーティーを連携させて特定のモンスターと戦う手法の一つだ。ゲーム時代では、四つのパーティで構成する『フルレイド』をはじめ、フルレイドをさらに四つ合わせて構成させた『レギオンレイド』が存在する。
皆が皆、技を掛け合い、周りにいる障害を取り除いていく。誰が突出するでもなく、かといって置き去りにするでもない。これが本物の戦術……僕は息をのんだ。
だからこそ、わからない。
――「どうして……《影巫女》はユウヅキと共に運命を受け入れるはずじゃなかったのか?」
すると、女将が溜息を吐き、端的に答える。
――「そのつもりでした……ですが、そこにいる少女に言い包められてしまったのです。『今の状況は本当に助けていると言えるのでしょうか?』とね」
そこにいる少女というのは、コールのことだろう。僕は振り返ってコールの傍に寄った。
これは後から聞いた話だが、コールはコールでユウヅキが死ぬ気でいることを推測していたらしい。傍観を決めていた《影巫女》たちを呼びつけ、バレンタインデーで自分もその身を犠牲にしようとしていた経験をもとに、ユウヅキが取るであろう行動を事細かく伝えたそうだ。
それを聞いた女将は目を丸くしていた。『共に堕ちる』と覚悟していた《影巫女》たちだが、それは『ユウヅキに生きていてほしい』という想いがあったからだ。だが、そのユウヅキが此の世から去る気でいるなら、覚悟は揺らぐ。
そして、コールは最後に深々と頭を下げて頼み込んだ。
――「女将さんたちがユウヅキさんを大切に想う気持ちはわかります。でも、守りたいなら尚のこと伝えてください……生きていてほしい、と」
その言葉を聞いて、《影巫女》たちは参戦を決意した。
そうして、見事に援軍を連れてきてくれたコールは、ユキヒコの言う通りたくさんの水薬を携え、こうして助けてくれた。
本当に頼もしくなったものだ……僕は、サラマンダーもどきを倒しながら頷いた。
「セイさん! ユウヅキさんの様子が!」
と、感慨に浸っている場合ではない。僕はコールの声で現実に戻ってくる。
目の前の状況に視線を向ければ、ユウヅキを呑み込んで巨大化した黒い妖狐が頭を抱えて、聞き取れないほど高い声で悲鳴を上げていた。
身をよじり、苦しそうに泣きわめき、敵味方拘わらず尻尾をたたきつけて押しつぶしている。雨あられのように降ってきていた手裏剣や火の玉は止み、サラマンダーもどきたちも主である妖狐に潰されていた。
その状況を横目に、僕は背後にいるウルルカに問いかけた。
「何が起きた!?」
「そんなのうちに聞かないでよ‼」
そう言いながらも、ウルルカは再度ユウヅキのステイタスを確認する。すると、
「……もしかしたらユウヅキの意識が目覚めかけたのかも」
直後、僕に見えるように妖狐のステイタスを映した。その画面にわずかにノイズが走る。かすかに『ユウヅキ』の名が映り込んだ。それを知ってか知らずか、《影巫女》たちが喜びににじんだ声を上げる。
「ユウヅキだ! ユウヅキに違いない!」
「ユウヅキ、一緒に帰りましょう……私たちの故郷へ」
けれど、怒りが浸透したのか、黒い妖狐は場を一蹴するかのように雄たけびを上げた。
「……gAaaAAAaaaaaaaaaaaaaaa‼‼」
ホネストは一層身構えて警戒し、《影巫女》たちは不安に駆られた。女将が必死に「諦めるな」と鼓舞するが、一番心配しているのは彼女だろう。僕もまた曲剣を構えなおした。そんな混乱の中、ウルルカだけが冷静に聞いていた。
「『勝手に勝った気になるな』って言いたいのかしら? でも、こんなの《ナカスの街》が攻められたあの時に比べたら、なんてことないわ……セイっち‼」
ウルルカに渇を入れられ目が覚める。じっとこちらを見つめるウルルカに、僕は覚悟して頷いた。
わかっている……きっとあの首輪だ。疾風が去り際にユウヅキに着けた『呪いの装飾品』を壊せば、元に戻るはずだ。そして、攻撃が止んだ今こそ最大のチャンス!
「《シャドウバインド》」
僕はその一瞬を数秒に引き延ばす。その間にも力を込め、曲剣を真横に構えた。攻撃に勢いをのせるために足を前へ……《モビリティーアタック》を発動させる。
「《アクセルファング》‼」
今だ……一気に距離を詰めて、下から上へ。
僕は首筋に狙いを定めて、曲剣を引き抜くように切り上げる。次の瞬間、妖狐の硬直状態が切るのと同時に、キンッ、と甲高い音が響いた。
「……」
妖狐の口端が歪む。その口には曲剣の刀身が月光を浴びて眩く光ってた。さながら白刃どりのごとく、妖狐は自らの口で曲剣を受け止めていたのである。
妖狐の口角を上がる。こちらを嘲笑うように……その勝ち誇った顔に、僕は嘲笑い返した。
「油断したわね‼‼」
突如として妖狐の背後にウルルカが現れる。おそらく《ワイバーンキック》だろう。ウルルカの蹴りが横腹に入り、呻き声をあげる。
そう、ウルルカは別に全てを任せるとは言っていない。それなら自分の手で決着をつけに来ると思っていた。
瞬間、野生の勘が働いたのか、妖狐が飛び上がろうとした……その前に僕は曲剣に力を込める。
「いいのか? 咥えてないと斬るぞ」
「……っ!?」
妖狐が苦虫を嚙み潰したような顔で睨み返した。前も後ろも敵だらけ、進むことも退くこともできない。妖狐の思考が一瞬凍る。
その間にも、ウルルカは妖狐の首元にしがみついて、片手を突っ込んだ。妖狐が振り払おうと飛び跳ねる。だけど、もう遅い。
「捉えた‼」
しっかりと首輪を掴んだウルルカは全身全霊をもって『力』を込める。直後、妖狐の地面が揺れ、恐れおののくように割れた。
そう、『口伝』で忘れがちになっていたが、ウルルカの持ち味はそこではない。
気に入らないものは、全てねじ伏せる。ミコトと同様に高レベル者であり、『力任せ』に重きを置いた《冒険者》。それこそがウルルカの真骨頂だ。
《スマッシュ》、《アサルトスタンス》、《マーシャルアーツ》……持てる力の全てを注ぎ込んだ結果、ウルルカの手には有り余るほどの力が宿り、首輪はミシミシと鳴り響いた。妖狐の身体も引っ張られて反り返る。
そんな、馬鹿な、あり得ない……だけど、首輪が軋む音とともに、妖狐も苦しむようにもがき、そして、
「消え失せろぉぉぉぉ‼」
首輪は耐えかねたかのように、砕け散った。影が霧散し、ユウヅキが顔をのぞかせる。僕は慌てて曲剣を引っ込めて、倒れ込むユウヅキを受け止めた。それと同時に顔を上げる。
パリン……宙に舞う『呪いの装飾品』の残骸は、ガラスの破片のようにちっぽけなものへと成り下がり、どこ吹く風に攫われて消えていったのだった。
◇
『ひとつ、けまりをこしらえて。
ふたつ、跳ばしてみせつけりゃ。
みっつ、赤子も泣き止んで。
よっつ、皆で大笑い。
けども、調子に乗りすぎりゃ。
風に攫われ。
宵の中』
目を覚ませば、けまり歌が聞こえていた。
夜の冷たい風は頬に沁みる。きっと頬に伝う涙のせいだろう。
顔を上げれば、嬉しさのあまり涙を流しながら歌う《影巫女》たち。その視界の片隅にかの《お触り禁止》ことセイという《冒険者》がにっこり微笑んでいた。
――ああ、そうか。私は帰ってきたのだな。
ユウヅキこと私は静かに仲間が歌うけまり歌に耳を傾けた。
身体を動かしたくても、言う事を聞かない。口さえも開くことを拒絶する。きっと『変わり身の一尾』の副作用……体力減少のせいだろう。極限に至るまで使っていた私の身体はもうボロボロだ。
「大丈夫よ。誰もユウヅキを責めたりしない」
すると、《影巫女》を代表して『表』の巫女が私の頭を撫でて呟く。
よく見れば、今、私は『表』の巫女に膝枕をされているではないか。ぷにぷに、ふかふか……相変わらず、怪しからん太もも具合だ。この太ももでいったい何人を虜にしたのだろう?
「こらっ」
あいた。私が動けないことをいいことに、額に軽くデコピンされてしまった。
「まったく、あなたの考えていることなんて、お見通しなんだから……」
困った顔で呟く『表』の巫女。けれども、いつもの《ポンコツくのいち》で安心したのか、やさしく囁いた。
「後のことは任せて、ゆっくり休みなさい。皆、ユウヅキが頑張っていたのは知っているんだからね」
そうして、『表』の巫女も加わって、けまり歌は続きを紡ぐ。
『たとえ、道が途切れても。
ふたつ、けまりをこしらえりゃ。
さいど、皆で集まって。
よっつ、笑顔で大騒ぎ』
《影巫女》たちの声が重なって、けまり歌はそよ風に乗って夜空に飛び立っていく。同席していたセイという名の《冒険者》が驚いたように呟いた。
「何だ……優しい歌じゃないか」
そう、このけまり歌は悲しみだけを詠った歌ではない。本来は、悲しみと安らぎを詠った……そんなささやかな幸せを詠った歌なのだ。
――後半はもう聞くことはないと思っていたのにな……。
これも皆が傍にいてくれるからだろうか?
『風に攫われ、迷い子も。
笑顔つれられ。
夢の中』
私はうとうとと眠気に誘われて、ゆっくり瞼を閉じた……。
夢の中は優しさと暖かな光で包まれていた。
10/29 許されざる誤字を修正(「捉え消えていった→「捉えた‼」)




