第四章 5 パシフィックアーツ
うちに口伝が現れたのは、まだゲームのキャラクターにウルルカと名付けて間もない頃だった……そう、初めての素材採取を終えた後の事である。
さすがに攻撃以外も覚えるべきだと、特技の構成を考え直し、《マーシャルアーツ》……《武闘家》の身体能力を上げる特技を習得した。その瞬間、ステイタス画面が立ち上がった。
最初は『口伝』の意味がわからず、なぜ現れたのかも、不明だった。もしかしたら、力に偏った構成にしたせいで、バグ……コンピュータにおける欠陥が発生したのかもしれない。
でも、今はその力に頼るしかなかった。
「せめて何かヒントでもあれば」
時間は少し前に遡って、ラレンド家旧邸宅の塀近く。
セイは、どうすればいいか考えあぐねていた。ホネストがユウヅキの目を引くために前線に出て、うちらに形勢逆転の一手を求めている。だが、今のうちらでは相手にならないのは目に見えていた。
「セイ……」
そんな時、ノエルが必死に呼ぶ声が聞こえてセイが振り返った。
ラレンド家の敷地内では、今もまだ負傷した仲間が倒れている。ナガレは未だ気絶し、ミコトも意識はあるが、満身創痍だ。MPを使い尽くしたのだから当たり前である。
そんな中、ノエルが目を覚まして、瀕死の状態で必死に上体を起こしていた。
「ノエル!!」
セイはすぐさま駆け寄って肩を支えた。うちは戦いの場から離れるべきではないと遠くから聞き耳を立てる。
「ノエル無事か!」
「うん……それよりも、今、どういう状況なの?」
未だ戦闘が継続している事を察したのだろう……必死に腕を掴むノエルに、セイは事のあらましを伝えた。
すると、ノエルは目をつむって考えた後、端的に伝えた。
「セイ、《変わり身の一尾》に大きなデメリットがある」
と。
驚くセイに、ノエルは必死に言葉を紡いだ。
曰く、ノエルも《狐尾族》だから、一時期、習得するか考えた事もあったらしい。
言うまでも無く《変わり身の一尾》は強力な特技だ。《狐尾族》であれば、『化ける』事で自身の職業以外の特技も使えるようになる。応用すれば、ユウヅキのように自身の技として昇華させることもできるだろう。
だが結局、断念することになった。その原因がその大きすぎるデメリットのせいだと言う。
そのデメリットとは、
「使う度にHPの最大値を下げる」
いかに《冒険者》が尋常ならざる存在だとしても、限界はある。
具体的に言えば、ステイタス画面のHPの横に書かれているものだ。レベルアップするほど増えていき、上級者であれば、小さく見積もっても八千は超える。
当然、最大値が増えれば、強い相手とも張り合える事ができる。逆を言えば、どんなに強かろうが、最大値が低ければ、すぐに息絶える。つまり、
「ユウヅキでも同じ事が起きている?」
セイの言葉にノエルは首を縦に振った。
だが、ユウヅキがデメリットを受けている印象はない……いや、違う。
「《三千尾の妖力》で補っているのか」
ユウヅキには隠されたHPゲージがある。それと引き替えに無数の手裏剣を顕現させているのであれば、つじつまは合う。
逆を言えば、手裏剣さえ対処すれば、HPゲージを削れる。
有益な情報だ。ユウヅキの攻撃に防戦一方だった僕たちにしてみれば、唯一の突破口になる。
だが、
「どう処理すれば良いか……」
セイの言葉に、うちも頷いた。結局、今のうちらでは敵わないことに違いはない。糸口はわかっても、解決策にはなっていない。たった一つを覗いては。
直後、うちは自分の拳をみつめた。一瞬、口伝を解放して良いのかと思ってしまったのだ。
口伝は強者の証し。皆、並々ならない努力が必要をしている。うちが、その猛者たちと同列だとは思えなかったし、実際にうちの口伝は『弱体化』に近いものだった。
「ウルルカさん」
そんな中、セイがノエルの元から帰ってきた。そして、真剣な面持ちで物申す……その前に、うちが言葉を遮って告げた。
「口伝でしょ」
もちろんセイが戻ってくる間も聞き耳を立てていた。考えあぐねているセイにミコトが歩み寄り、助言を与え、託したことも知っている。
――「たった一度だけ、ウルルカは口伝を使って窮地を救ってくれた事があります」
確かにそういう場面もあった。まだミコトと二人で行動していた頃に、モンスターに包囲され、危うく死にかけた事があったのだ。あの時は、ミコトを守るために、死に物狂いで口伝を使い、仕方ないとはいえ後悔した。
でも、今はあの時と違って考える時間がある。だから、
「ねぇ、セイっちはうちをどう思う?」
「え、何ですか、急に」
いいから正直に答えて……せがむうちに、セイは困惑しながら答えた。
「卑怯……?」
思いがけない言葉に呆然とするうち。とっさにセイがフォローするかのようにまくし立てる。
「いや、だって、猫耳つけて『にゃー』とか言って可愛い子ぶるのに、近づいてきたら、大人顔負けの勢いで吹っ飛ばすし」
「あれはキャラ付けというか、ロールプレイングというやつで」
「色仕掛けしてくるのも、ロールプレイングですか?」
う……うちは言葉に詰まって目を逸らす。それでもセイの冷たい視線が刺さって痛い……何気に出会った当初のこと根に持っていないか?
「でも、だからこそ安心できる」
え……振り向くと、セイは真面目な表情で告げた。
「ウルルカさんは僕に全幅の信頼を寄せない。誰かが疑ってくれるから、僕は自由に振る舞う事ができる」
仲が良いからって、決して正しいわけではない。むしろ仲が良いからこそ言えないこともある。
「僕は、危ないことを危ないって言ってくれる事も、一つの強さだと思います」
だから、ウルルカさんは『強者』ですよ……そう語るセイに、うちは息を呑んだ。強さの方向性が違うだけ。その答えが妙に腑に落ちた。
うちの頬が緩む。今なら口伝をきちんと扱える気がする。
「《マーシレスストライク》」
その瞬間、ホネストがユウヅキに猛攻を仕掛けている姿が視界に映った。いい加減にこちらも行動に移さないと……セイも同じ事を思ったのか、首を縦に振った。
「セイっち、うちの口伝だけど」
「聞いてます。好きに動いてください。僕が合わせます」
うちは頷いて、特技を出す体勢に入った。全身に覇気を巡らせ、力を溜める。覇気はやがて振動し、《タイガーエコーフィスト》の構えをとった。
だけど、《タイガーエコーフィスト》は至近距離で放つ特技だ。ここから放っても届くはずもなく、単体攻撃のため手裏剣の雨あられを防ぐ事はできない。
でも、不可能を可能にするのが、『口伝』だ。
刹那、ユウヅキがこちらの異変に気付いた。ホネストは言うまでも無く、ユウヅキを足止めするので精一杯だ。これ以上、期待するのは間違いだろう。
「ウルルカさん!」
迫り来る窮地に後ろにいるセイが叫ぶ。ユウヅキがホネストに向けていた手裏剣の一部を、こちらに向けて放ってきた。
「大丈夫」
直後、口伝を発動させる。
「《パシフィックアーツ》」
すると、急に全身の力が抜け、膝をつきたいほどの脱力感に襲われた。この感覚は何度やっても慣れないものだ。それでも無理矢理に特技を発動させる。
「《タイガーエコーフィスト》!!」
すると、どうなるか……全身の覇気は、行き場を失い、四方八方に飛び散る。
要は、爆散する。
うちはステイタス画面に視線を向けた。
――『口伝:パシフィックアーツ 効果:威力を犠牲に、範囲を伸ばす』
一見すれば、至近距離の攻撃を遠距離技に変えるチート技だ。威力が高い特技ほど、射程も伸びる。
だけど、硬直時間や再起動時間はそのまま。威力が高いほど時間は長く、故に連発は難しい。威力を犠牲にしているから、当たっても吹き飛ばすだけ。仲間との連携も難しく、HPの減りは、ほぼない。正直、弱体化に等しい。
結局、『一対一では使いものにならない』というのが、うちの見解だ。だが、
――物量で押し切るタイプには強い!
本来、一方向に進むはずの《タイガーエコーフィスト》が全方向に飛び、空気を震わせながら広がっていく。呑み込まれた手裏剣は、全て叩き落とされ、粉々にされて消え失せていく。
気がつけば、ホネストの真上に飛んでいたものも綺麗さっぱり吹き飛ばし、綺麗な夜空が頭上に輝いていた。
「……!?」
その圧倒的な制圧力に驚きを隠せないのか、ユウヅキの動きがピタリと止まった。その瞬間をホネストは逃さない。
「おっと、手がお留守だよ」
大剣を振り上げ、《オーラセイバー》を放つ。輝くオーラは黒いオーラを切り裂き、ユウヅキを貫いた。そして、尻尾の一つが身代わりとなって消えていく。
「ふむ、やはり無駄か」
けれど、着実にユウヅキの手数は減っている。
不意を突かれたユウヅキは、再びホネストの攻撃に注意を払いつつ、三千尾の一部を手裏剣に変えて降らせた。今度は、ほぼ全部をこちらに向けさせ、自律する分身を紛れ込ませた。
細長い胴体と尻尾、その小さい体躯には黒い炎……あれは《召喚術師》が召喚するサラマンダーに近い。おそらく《変わり身の一尾》で化けさせたものだろう。
当たった瞬間、爆発でもするのだろうか……すばしっこく、手裏剣よりも早く飛びかかってきた。
うちは今、口伝の硬直時間も合わさって、指一本動かせない。技の再起動時間を狙って仕掛けてくるのは、とても理に適っている。
だけど、うちの後ろにはセイがいる。
「《シャドウバインド》!!」
セイはすぐさま攻守を後退するように入れ替わり、曲剣の『迅速豪剣』の強制移動を使って、打ち上げる。打ち上げられたサラマンダーは、まるで花火のように散って、夜空に消えた。間髪入れずにセイはサラマンダーの処理に集中する。
――ああ、そうだ。思い出してきた。
この感覚、初めての素材採取の時と同じだ。
見ず知らずの相手が背中を守ってくれた。歓声をくれた。回復してくれた。教えてくれた。楽しい。負けたら悔しい。もう一回やりたい。勝てた。やった。
「……なぜ、うちに『口伝』が顕現したのか、ずっと不思議だった」
だけど、答えは、ずっと前に出ていたのかもしれない。それをミコトが、セイが思い出させてくれた。
そうだ。うちはもっといろんな人と言葉を交わしたい……もっといろんな人をサポートできる仕事がしたい。
顔がにやける。うちはこんな簡単な事を忘れていたんだ。
「セイっち、どいて!」
拳を構える。想いを乗せて打ち出す。
「《サイレントパーム》」
打ち出した掌打は、《パシフィックアーツ》で広がりをみせ、全てを呑み込んで、状況を一変させた。
半年、休んで申し訳ありませんでした




