第四章 4 時間稼ぎ
本来であれば、パーティのレベル帯より突出することは悪手と言われている。レベルに格差があれば、技の威力にも格差が生じ、戦士職よりヘイトを集めてしまうのは承知の上だろう。
ならば、戦士職であれば大丈夫かと言うと、そうでもない。
一部の敵には耐えきれるかわからない大技を連続で放ったり、複数の敵を呼び寄せ、多勢に無勢を強いてくる。その際、ヘイトが高いと一手に攻撃を引き受ける形となり、戦闘不能は避けられない。戦士職が倒れれば、戦線が崩壊するのは言うまでもないだろう。
そういう意味ではホネストの加入は喜ばしい事ではない。だが、これほどまでに頼もしいと思ったことはない。
「《影巫女》の攻撃は一手に引き受けます! 《アンカーハウル》!!」
僕たちと違い、高レベルと言うだけあって、《アンカーハウル》……挑発の効き目は予想以上だ。ユウヅキはホネストに釘付けになり、目も離せなくなった。
その間に、ホネストは大剣を構え、指示を出す。
「ユキヒコは回復に専念。七割以上をキープ。その間に《お触り禁止》とウルルカは左右から挟撃。どんな方法でも良い……ユウヅキのHPを減らしてください」
「って、それだけ……!?」
僕は目を見開いた。結局はおまかせ……この中で一番強いのに、自分は倒さないと言っているのだ。
だけど、そんな愚痴を言えるほど、ユウヅキは待ってくれなかった。小刀を逆手に持ち、自身の尻尾の何本か切り落とす。
「何を……」
「《変わり身の一尾》」
そして、切り落とされた尻尾が姿形を変え、小さな刃物へと変貌した。まるで手裏剣だ。一、十、百……四方へ飛び上がった手裏剣が刃先をこちらに向ける。
「まじですか……?」
僕は息を呑んだ。
思えば先ほどの変わり身の術も、《狐尾族》の《変わり身の一尾》……他の種族や職業に『化ける』ことができる特技によるものだろう。種がわかれば、あっけないものだ。
だが、視界の大半が手裏剣で埋め尽くされている。これがもし放たれれば、万事休すだ。
「って、うわ!!」
瞬間、僕はホネストに突き飛ばされた。ウルルカも同じく投げ出され、その場にはホネスト一人だけが取り残された。
「《フォートレス・スタンス》」
《フォートレス・スタンス》は確か《戦士職》なら誰でも使える特技だ。守りに重視した構えをとり、追撃などのダメージを抑えられる効果を持つ。
一方で、命中率が下がるデメリットもあるが、今はどう防ぐかが大切だろう。ホネストは大剣を持ち上げ、盾のように構えた。同時にユウヅキが手を振り上げ下ろし、無数の手裏剣たちがホネストめがけて襲いかかる。
「《ラピッドショット》」
《ラピッドショット》は《暗殺者》の特技の一つ。飛び道具による攻撃に威力を乗せられる。加えて《三千尾の妖力》で強化しているのであれば、威力は計り知れない。
実際、手裏剣は地面を抉り、土煙をまき散らした。その中で甲高い音が鳴り響き、衝撃が突風を起こす。土煙の突風がここまで届き、僕は顔を塞いだ。
「ホネスト、無事か!?」
これでは前の様子が見えない……ここは加勢にいった方が。
けれど、次の瞬間、斬撃が土煙を切り裂いて、ユウヅキの頬をかすめた。
「……やはり、《フォートレス・スタンス》では当たらないか」
土煙をかいくぐって、ホネストの声が響き渡る。
前を向けば、ホネストは土煙を切り払って無傷のまま立っていた。ステイタスを見れば、ダメージは一割程度。尚も降り注ぐ手裏剣の雨を特技を使っていなしていく。全身鎧には薄い膜のような光が張り巡らされていた。
「《アイアンバウンス》……装備の防御力を上げる《守護戦士》の技だね」
近くにいたウルルカが説明する。ウルルカは僕と違って、それほど心配はしていないようだった。仮にも第三分室の仲間だったのだ……ホネストの実力はよく知っているのだろう。
「セイが思っているよりも、やわじゃないってことだよ……それより、どうやってHPを削るか考えた方が良い」
「といわれてもな……」
僕は頭を抱えた。
攻撃を当てるにしても、ユウヅキが黙って見てくれるとは限らない。十中八九、迎撃されるだろう。
先ほどの攻撃を見たからわかる。戦士職ならまだしも、攻撃職では耐えきれない。特に、範囲攻撃は巻き込まれやすく、ぎりぎりまで攻撃に専念した結果、逃げ遅れ、足を引っ張ってしまう。
かといって、慎重になりすぎて、時間が長引けば消耗戦に陥り、こちらが不利になる。のんびり攻撃もしていられない。
「せめて何かヒントでもあれば」
「セイ……」
その時、かすかに僕を呼ぶ声が聞こえて振り返る。すると、瀕死の状態で倒れていたノエルが必死に上体を起こしていた。
◇
「《フォルトレスヒット》、《ディテクションアタック》」
この世界でホネストと呼ばれている僕は、ユウヅキの猛攻に耐えながら少しずつ前進する。
降り注ぐ手裏剣の雨に対し、攻撃力よりも命中力重視の技を使い、基本は《アイアンバウンス》で防ぎつつ、致命傷になりそうな攻撃はたたき落とすのが、最善だろう。《フォルトレスヒット》や《ディテクションアタック》は攻撃力は低い部類に入るが、再起動時間は短く、ヘイトを集めたい時や大技を温存したい時には重宝する技だ。
だが、さすが戦い慣れているというべきか、ユウヅキも格上との戦い方を熟知している。
――仕事をさせないか……。
闘技大会の時も、《お触り禁止》にもされたことがある。
あの時は、硬直時間や再起動時間などの情報を与えられた事で、いろいろな可能性を考えてしまい、手が出せなかった。だが、今回はより直情的なもののようだ。
実際、降りかかる手裏剣の処理の多さで思うように攻撃できない。いかに洗練された《冒険者》といえど、動かせる手は二つのみ。物量で押されれば、どうしようもない状況は起きる。自分も全身鎧の効果、『再起動時間の短縮』がなければ危ないところだった。
――これがもし《アキバ》で名を馳せるクラスティやアイザックなら、物量を超える圧倒的な威力で派手に吹き飛ばすのだろうな。
わかっている。自分は彼らほどの高みには上れない。口伝も手に入れていない、なんちゃって強者なのだから。
だが、それでいい。僕は足を止めた。そして、
「《クールディフェンス》、《ヘイトリッドチャージ》」
防御とヘイト上昇率をあげ、大剣を突き出した。
「……時間稼ぎが《戦士職》の基本に忠実な戦い方だ」
《フィッシュトゥキャッチ》の射程圏内に入った。次の瞬間、発動し、間合いを保っていたユウヅキが引きずられるように、こちらに飛んできた。いや、飛ばざるを得なかった。
《強制移動》……僕がかけたヘイトが鎖となって引っ張ったのである。これでユウヅキは僕の間合いに入った。
「《オーラセイバー》!!」
大剣に光が灯り、一気に振り上げ、振り下ろす。けれど、大剣は火花を散らすだけでユウヅキには届かない。ユウヅキの持つ小刀が大剣を受け止めていた。
それだけでも、物理法則に反した光景なのだが、構わない。
「《ヘヴィアンカー・スタンス》」
瞬間、自分の影とユウヅキの影に錨が打ち立てられる……これで二人とも、この場から離れられなくなった。
「さぁ、みっともなく打ち合おうじゃないか」
「……っ」
キンキンと甲高い音が響き渡った。大剣と小刀同士もそうだが、未だ降り注ぐ手裏剣の雨も処理されていく。
「《マーシレスストライク》、《タウンティングブロウ》」
僕は攻撃を次々と打ち込んだ。攻撃は手裏剣を吹き飛ばしながら、ユウヅキを追い詰める。けれど、ユウヅキは手裏剣の雨を尻尾で防ぎながら攻撃を裁ききっていた。
わかっているのだ……致命傷を受けなければ、膨大すぎる最大HPで押し切れると。
そして、あらかた打ち終わった後、硬直時間で立ち止まる時間を狙って、ユウヅキが反撃に出る。手首を捻り、くのいちらしく印を結ぶ。すると、ユウヅキの小刀に赤黒いオーラがまとわりついた。
――《ヴェノムストライク》か。
《暗殺者》の特技で、攻撃だけではなく、猛毒による状態異常を与えるものだ。プレッシャ―を与えて、こちらのミスを誘うつもりか。
「それはさすがの僕でもきついな」
そのまま攻撃してれば、ダメージ管理も視野に入れて技を繰り出さなければならなかった。
だが、ユウヅキは、さらに印を結ぶ。おそらく《ソアスポット》だろう……瞬間的に近接武器の攻撃力を上げたのだ。
「あわよくば、倒し切れれば最高と思ったのか」
さすがに、それは侮りすぎだ。
次の瞬間、僕の目の前でユウヅキは切り裂かれた。硬直時間が切れるのを見計らって、大剣を下段から切り上げ、斬撃は貫通攻撃として致命傷を与える。ユウヅキが油断している隙に、素早く《オーラセイバー》を放ったのである。
もちろん、すぐさま《三千尾の妖力》による身代わりが発動。切りつけられたユウヅキは、幻影のように揺らめき、尻尾が一本消える……それでも、ユウヅキの動揺は隠しきれなかった。
ユウヅキが一歩、二歩、後ずさる。けれど、《ヘヴィアンカー・スタンス》でそれ以上、逃げることは叶わなかった。
ならば、攻撃するしかない。
「……!!」
腰を低く、小刀を前に……ユウヅキは《アクセルファング》の構えをとったが、《お触り禁止》の攻撃と比べて大振りだった。
「甘い!!」
振り上げた大剣を振り降ろす。大剣は構えていた小刀を弾き返し、ユウヅキを仰け反らせて大きな隙を与えた。
――どこを攻撃するか定まっていないからそうなる。
当たればラッキーなんて、そうそうあるものではない。僕は大剣を突き出して、さらに一本の尻尾を消した。
「さぁ、次行きますよ」
右払いの後、《タウンティングブロウ》。上段から振り下ろして、《マーシレスストライク》。続けざまに《オンスロート》。硬直時間のため《アイアンバウンス》で攻撃を防ぎ、再び《オーラセイバー》をかける。
だけど、さすがに見切れてきたらしい……数多の尻尾を使って剣筋を塞いできた。
「さて、テンポも早めていきますか」
《タウンティングブロウ》
《マーシレスストライク》
《オンスロート》
《アイアンバウンス》
《オーラセイバー》
《タウンティングブロウ》
《マーシレスストライク》
《アーマークラッシュ》
《クールディフェンス》
《オーラセイバー》
「……っ」
目には目を、歯には歯を……物量には物量で。ユウヅキが捌ききれなくなって、苦悶の表情を見せる。
それも無理はない。第三者から見れば、僕の太刀筋は『流星』のように見えるそうだ。
実際には目が追いついていないだけだろうが、それでも、だ。
「不思議なものですね……単調な攻撃でも、たくさん放てば当たる」
数は『暴力』だ。黒歴史であり、やんちゃだった頃は、ただ暴力をぶつけて戦うだけだった。
「だが、極めれば、『抗う力』になることを教えてもらった」
強者と対峙し、打ちのめされた僕に、ため息交じりで手を差し伸べてくれたのは、疾風だ。
だからこそ、抗ってみせよう。たとえ、相手が疾風だろうとも。
「さて、時間稼ぎも十分ですかね?」
流星の剣戟を止め、防御に専念する。剣戟を防ぐのに精一杯だったユウヅキは首を傾げた。
けれど、次の瞬間、ユウヅキの全身が震え上がる。獣が命の危険を感じるように、僕の遙か後方に視線を向けた。
「……ずっと不思議だった」
そこには手裏剣の圏外から、拳を構える《武闘家》がいた。虎柄の猫耳と尻尾……ウルルカは腹に力を込め、息を吐く。
「なぜ、うちに『口伝』が顕現したのか、ずっと不思議だった」
それでも、この窮地を乗り越えられるのであれば……そう語った直後、ウルルカの拳から放たれた覇気が、戦いの場を覆った。




