第四章 3 助っ人
「……」
ユウヅキの目つきが変わる。酷い歯ぎしりの後、こちらに跳躍。《モビリティアタック》を併用した《アクセルファング》だ。一気に距離を詰め、切り崩す気だろう。定石としては無理せず、躱すのが一番。
だが、こちらには無防備のミコトがいる。避けることは許されない。
「それで、何か作戦は考えてる?」
「とにかく、死なない程度にぶっ飛ばす!!」
あ、うん、考えてないんですね……戦闘に関しては、とにかく力押しで済ませるウルルカさんに、僕は冷や汗を流した。
と、同時に、ウルルカの足が動く。上下にステップを踏んだ後、勢いよく飛びだした。その後、拳を前に突き出して体当たりの姿勢をとる。
《モンキーステップ》による素早さの向上と、《グリズリースラム》の合わせ技か……ユウヅキを体当たりで、ミコトに手を出せない安全圏まで突き飛ばすつもりだろう。
だが、その瞬間、ウルルカの身体から力が抜ける。ユウヅキが《シャドウバインド》をかけたのだ。
《シャドウバインド》は、相手を『放心状態』に……反応を鈍くして、命中精度を上げる技だ。僕はそれを自己流で使っているから忘れがちになるが、同時に攻撃を放った場合、ユウヅキの方が命中する。
加えて、今のユウヅキには《三千尾の妖力》で何もかもが強化されている状態だ。このままでは大ダメージを受ける。
「ウルルカさん!!」
「大丈夫!!」
そう来ると思ってたよ……ユウヅキの小刀が鼻先をかする。その刹那、ウルルカはわざと地面に転がった。《シャドウバインド》をかけられるのを見越して、予め《ドラッグムーブ》を使っていたのだろう。
確か、身のこなしを良くして、移動距離を伸ばす技だ……昔、窮地に立ったときノエルが使っていたのを覚えている。
しかし、それだけではなく、敵の重心を崩して、《強制移動》の効果も与える。ウルルカはその効果を使い、地面に転がった際に尻尾の一つを掴んで体勢を崩した。
《モビリティアタック》を使っていたこともあり、勢い余ったユウヅキはすってんころり。足……もとい、尻尾がもつれてボールのごとく丸まった状態でこちらに向かってくる。
「今だよ、セイっち!!」
「え!? は、はい!!」
いいのか、それで……と思いつつも、僕は曲剣を構えて振りかぶった。さながら野球のように下段から切り上げると、丸まったユウヅキは塀の外まで弾き飛ばされる。
受け身をとっていたウルルカは、飛ばされるユウヅキを上空に眺めながら呟いた。
「ナイス、ホームラン」
「いやいやいや。おかしいでしょ!!」
何がおかしいと問われたら困るけど、あまりに緊張感というか情緒がなさ過ぎる。
そんな僕の心の訴えに、ウルルカは立ち上がって、肩をすくめる。
「まぁ、仕方ないんじゃない? 元が《ポンコツくのいち》って呼ばれてたくらいだし」
「《ポンコツくのいち》って、ユキヒコさんが言ってた!?」
あれ、知らなかった……ウルルカは意外そうな表情を見せる。すでに調べ上げているものだと思っていたらしい。
「彼女自身は強いんだけど、肝心な時に戦闘不能になったり、何かと雰囲気を壊すから、《冒険者》からは《ポンコツくのいち》って呼ばれるようになったんだよね」
ああ、妙に納得した……僕は塀の外で蹲るユウヅキを見て頷いた。同情の余地もあるが、そうなった所以もきちんとあるわけだ。
だが、冗談みたいな状況もここまでだろう。なぜなら、先ほど弾き飛ばした際、まるで手応えがなかったのだ。
正確には、切った感覚はある。だが、ユウヅキのHPが全く減っていなかった。
「……」
実際、蹲っていたユウヅキは平然と起き上がってきた。こちらの攻撃をもろともしていない……。
――いや、さすがにおかしくないか?
僕の攻撃だけではない。ユウヅキは先ほどウルルカの攻撃もまともに食らっている。それも通常攻撃ではなく、塀に大穴を開けるほど威力の高い《ワイバーンキック》だ。レベル差で攻撃力が足りないとしても、ダメージが入らないわけがない。
その時、ユウヅキの『三千尾』もある尻尾から隙間が見えた……それで理解する。
「HPゲージだ……尻尾がユウヅキのダメージを肩代わりしている!!」
瞬間、ウルルカも僕の言いたいことを理解して、ユウヅキのHPゲージを注視する。
ゲームでは、たびたび強敵にHPのダメージを肩代わりする物を持たせる事がある。いわゆる隠されたHPゲージだ。
その大半は人型や小型……演出上、《冒険者》とHPがさほど変わらない強敵に対して、底上げを図るものであり、消費されることで減ったHPを復活させる。
「なるほどね、確かにHPの最大値は変わっていない。でも《三尾の妖力》の強化版でしょ? そんな能力もあるの?」
「わからない。だけど、《三千尾の妖力》自体、ゲームにはなかったものだ。ほぼ未知数と言っていい」
《冒険者》の『口伝』然り、元の技とは違う効力を発揮する可能性もある。もしそうだとしたら、いよいよ《大地人》との境目が無くなってきた証拠だろう。
どちらにしろ、今は事実に目を向けるべきだろう。ユウヅキは小刀を忍ばせ、こちらの様子を窺っている。先ほどの奇襲は
もう通じないだろう。
「どうするの? セイっちの推測が当たっていたら、約三千回、HPゲージを壊さないといけないって事でしょ」
事の重要さに気付いて、ウルルカの額に冷や汗が流れる。僕もまた焦りと不安で胃がおかしくなりそうだった。
ステイタス画面に書かれていた『レイド』級というのも頷ける。どう考えても、二人で対処できる量を超えている。このままでは良くて『ジリ貧』、悪ければ、強化された一撃に当たって『即死』……結局は全滅の道を辿る。
「せめてパーティであれば、希望はあるかもしれない」
敵の攻撃を防ぐ戦士職、その隙にダメージを与える攻撃職、サポートと後衛に長けた回復職……最低でも四人、それらをバランス良く組み合わせたのであれば、凌ぐ事はできる。だが。この場に増援が来ることはない。
――「……早く、しないと、彼が、来て、しまいます」
いや、そうだろうか……疾風の言葉が脳裏をよぎる。
もしも、僕の想像が当たっていれば、誰よりも全速力でこちらに向かっているはずだ。『流星』という二つ名を持ちながら『悪魔の笑み』を浮かべる守護戦士が……。
「もしかして、呼んだかい?」
噂をすれば影が差す。急に足下が暗くなったかと思えば、上空から鈍い音を出して飛来する。
重量感のある全身鎧。それに負けず劣らずの大剣を抱えがら、涼しい顔で振る舞う化け物級の《冒険者》。この場において、強力な助っ人となり得る存在。
「ホネスト!!」
ユウヅキと僕たちとの間に割り込んだホネストは、メガネの鼻あてを、クイッ、と持ち上げた。
その後、周りをよく見渡してから口を開く。
「一つだけ聞かせてください……もう去った後ですか?」
そ、それは……僕は言葉に詰まる。だが、肯定の意味だと解釈したホネストは「そうか」とじっと下を見つめた。
「疾風のことだ。追いかけても、間に合わないだろうな」
お互いよく知るからこそ言える言葉だった。ホネストの瞳には過去の情景が映し出されているのだろうか。
その時だった。ユウヅキがチャンスだと思ったのか、ホネストに小刀を向けて飛びかかった。
「……特技を使わずに襲いかかってくるとは、なめられたものですね」
その瞬間、ホネストは身体を半歩横に。その後、小刀の軌道に添うように、腕を入れ、くるりと反転。飛びかかってきた勢いをそのままにユウヅキの首根っこを掴んで、地面にたたき落とした。その流れるような身のこなしに、僕とウルルカはぎょっとする。
戦士職は敵の攻撃を受けるのが仕事だが、だからといって何でも受けて良いわけではない。
ダメージが入れば回復しなければならないのだ。当然、回復職のMPは減る。尽きれば前線を維持できなくなり、全滅に導いてしまう。
そのため『単発などの攻撃はできるだけいなし、ダメージを抑える』事が求められる。それにより、回復職が余ったMPを攻撃に使い、勝利を招く効果もあった。
その点でいえば、ホネストは敵の攻撃を寸前のところで避ける技量が群を抜いている。『流星』の二つ名は、団体戦でこそ本領を発揮するのかもしれない。
「……っ」
すると、急に、首根っこを掴まれていたユウヅキが、煙に巻いて姿を消した。その後、ホネストの手には丸太が握られていた。
まるで忍者が身代わりの術を使ったかのよう……それと同時に尻尾の一つが消え失せる。
「なるほど、実にくのいちらしい演出じゃないですか」
丸太を放り出すホネスト。その頭上にキラリと光る得物が一つ……ユウヅキが視界の外からホネストの首を狙う。
けれど、やはり届かない。どこからともなく唐草が伸び、落ちてくるユウヅキの足首を掴み上げた。これは間違いない……森呪遣いが使う《ウィロースピリット》だ。
ということは、
「はぁ、はぁ……やっと追いつきました」
後ろを向くと、蔓を巻き付けた槍を携え、息を荒らげる《冒険者》がいた。
「ホネストさんが途中から全速力で走るから、危うく迷うところでしたよ」
「ユキヒコさん!!」
息を整えながら、ユキヒコは片手を挙げて挨拶する。もしかして、念話の後、大急ぎで駆けつけてくれたのか。
すると、表情を読んだのか、ユキヒコは近づきながら「僕たちだけではないですよ」と説明する。
「今、コールさんが《影巫女》を説得して、大量の水薬を運んでくれています。あとちょっとの辛抱ですよ」
コールが……僕は目頭が熱くなった。皆が皆、最善を尽くそうとしている。加えて、出会った時とは違い、自身の力で立ち上がろうとする姿勢は、成長を感じずにはいられなかった。
だけど、今は感動して泣いている場合ではない。その証拠に、ユウヅキが唐草を断ち切って、再び地面に降り立った。
パーティメンバーが揃いました。




