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ログ・ホライズン二次小説 『お触り禁止と供贄の巫女』  作者: 暇したい猫(桜)
第四幕 『恋と温泉とスパイ大捜索』
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第四章 1 三千尾


「ユウヅキが殺されようとしていた!?」


 ウルルカは、僕の言葉に耳を傾け、目を見開いた。

 明らかにミコトに刃を向け、僕たちを翻弄し、陥れようとしたユウヅキ。一見すれば、ウェストランデからの依頼を全うしようとしていた様に見えるが、


「あんなけまり歌を詠むぐらいだ。苦しかったんですよね?」

「……」


 ユウヅキはただ口を閉ざす。ノエルとナガレに押さえられているが、話せないわけではなかろうに。


「けまり歌って、どんなの?」


 代わりにウルルカが質問した。自身の涙を拭って、真っ正面から向き合うために立ち上がった。

 僕は頷いて、けまり歌を口ずさみながら解説する。


「ひとつ、けまりをこしらえて。

 ふたつ、跳ばしてみせつけりゃ。

 みっつ、赤子も泣き止んで。

 よっつ、皆で大笑い」


 これはけまりを『武器』だと捕らえれば、意味が通じる。武器を片手に必死に鍛錬し、世の不条理に立ち向かった。その甲斐あって、泣く者はいなくなり、皆、笑顔になった。


「けども、調子に乗りすぎりゃ。

 風に攫われ。

 宵の中」


 けれど、調子になった結果、世の流れに逆らえず、どことも知れない暗闇を彷徨っている。


「……これは、他でもないユウヅキの心情を詠った歌ですね」


 ユウヅキは否定もせず、コクリと首を縦に振った。

 何のことはない。ユウヅキは最初から「助けてほしい」と言っていた。

 わざわざ証拠を残して回ったのも、ウルルカに接触したのは同士討ちさせるためだとしても、僕に会いに来たのは、それを止めて欲しかったのだと、ヴェシュマの話を聞いて気付いた。


「ずっとつらかった……ただ解放されたくて、『死にたい』と思った」


 ユウヅキは「ああ、やっと終われる」と安堵の息を吐いて答えた。その希望に満ちた瞳がウルルカの感に障る。


「何で、満ち足りた顔してんのよ……あんた『悔しい』とか思わなかったの!? こけにされて、弄ばれて、一矢報いたいとか思わないわけ!?」

「ウルルカさん……」


 そうか、ウルルカはまだ諦めていなかったんだ。ずっと強大な相手に立ち向かえるはずがないと思いながらも、闘志を捨てきれなかった。

 だからこそ、そう叫ぶウルルカに、ユウヅキは「それを、あなたが口にしますか」とあざ笑いながらも羨望の目を向けた。


「勘違いしたんですね。先輩の隣にはいつも状況を一変させる《お触り禁止》がいたから、自分にもできると」

「勘違いなんて言わないでください!」


 僕はとっさに反論する。何やら僕だけが特別なように聞こえるが、ユウヅキにだって頼れる者はいたはずだ。殊更、月下荘の女将は。ユウヅキを心配していた。彼女に頼めば、状況を打開するために動いてくれたはずだ。


「それは『持っている』人の言葉です」


 けれど、ユウヅキは首を横に振る。


「結局『変える力』がなければ、助けは意味を持たない。ただ危険に巻き込むだけ。本末転倒もいいところでしょ?」


 ユウヅキはラレンド家、ひいては《影巫女》を守るために、自ら敵陣に捕まった。その矜持まで捨てれば、苦しい思いまでして暗闇に飛び込んだのか、自分がわからなくなってしまう……狂ってしまう。


「《影巫女》は一度、本気で戦って負けました。皮肉なことに、力の差ははっきりしていた」

「だからって、従う必要は」

「先輩はまだ戻れるから、言えるんですよ!!」


 突如、ユウヅキは大声を上げて叫んだ。ウルルカの言葉が癇に障ったようで、眉間に皺を寄せてにらみつけた。


「うざいのよ。暗闇から出られるのに、ぶつぶつ、ぶつぶつ……おかげで乗せやすかったけど、腹立たしかった」


 そうして、僕を見つめると今度は泣き出しそうな顔で呟いた。

「何で、私にはあなたみたいな人がいなかったの? 羨ましい……先輩と代われるのなら、今すぐにでも入れ替わりたい」

「……」


 ウルルカが一歩退いた後、腰を抜かして座り込む。

 ない者がある者を羨み、憎む……嫉妬の眼差しを直に浴び、怯まない者はいないだろう。

 あれがウルルカが辿ろうとした道の結末……嫉妬の先にある自己否定の嵐だ。

 それをユウヅキも自覚しているのか、正気に戻ったかのように舌打ちして、目線を逸らした。


「わかったでしょ。私はもう、おかしくなりかけてる。早く投獄するなり何なりしなさい。逃げも隠れもしないわ」


 ユウヅキは以後、抵抗する気はなく頭を垂れた。

 作戦が失敗した以上、《ウェストランデ》に戻っても良い事はない……ユウヅキも、これが一番、最善の方策だと感じたのだろう。

 皆が頷く中、僕はミコトに合図を送り、指揮を執らせた。


「では、これからあなたを月光館へ連行します」


 ノエルとナガレが拘束する中、ユウヅキは立ち上がり歩き出す。

 その時、頭から『リンリン』と鈴が鳴る。周囲の残響ではない……これはフレンド登録した《冒険者》と会話ができる『念話』機能の着信音だ。

 ステイタス画面を開けば、着信者の欄に書かれていたのは『ユキヒコ』の文字だった。僕は片手を耳に添え、念話に出る。すると、次の瞬間、ユキヒコの声が大音量で頭に響いた。


『セイさん!! そちらに疾風さんはいますか!?』

「……い、いきなり、どうしたんですか?」


 僕は添えた片手を遠ざけながら返事する。正直、耳が痛い。まさかユキヒコが響くまで声が出せるとは思わなかった。戦闘中だったら、不意をつかれてしまう所だった。

 っと、冗談はさておき、


「疾風さん? 今、ここには……」


 いない、と言いかけて、僕は口を閉じた。

 ちょうど、ミコトたちがユウヅキを連れて、ラレンド家の敷地を跨ごうとした時だった。門戸から引き留める声がかけられた。

 声の主は、フードのついたローブを羽織り、肩に妖精を乗せた《召喚術師(サモナー)》。間違いなく、疾風だった。


一瀉千里(いっしゃせんり)、のごとく……皆様、お疲れ様、です」

「お姉ちゃん? どうして、ここに?」

「……私は、ただ、迎えに来ただけ」


 その言葉に、ミコトが訝しそうに目を細めた。

 それもそのはず……疾風は、今、ホネストの気遣いにより、僕たちとの顔合わせを禁じられている。現在は《九大商家》の警備に専念しているはずである。少なくとも、ホネストが僕たちの遣いにやるとは思えなかった。

 加えて、明らかに戦闘服スタイル……背後には数名の《冒険者》さえ連れている。

 《猫人族》に《ドワーフ》、《狼牙族》に《法儀族》……誰もが熟練のオーラを纏っており、僕たちはどこか物々しい雰囲気に、言い知れぬ不安感を携えていた。


『セイさん、セイさん……!!』


 そんな中、念話越しに慌ただしく呼びかけるユキヒコ。僕は、はっ、と思い出したように片手を戻した。


「あ、すみません。疾風さんなら、ちょうど目の前に」

『逃げてください!!』


 え……僕は首を傾げる。すると、見えているのか、ユキヒコは大声で答えた。


『疾風さんが……本物のスパイです!!』


 その瞬間、僕とウルルカは信じられないものを目にした。僕と俯いているウルルカを跨ぐようにして、ノエルとナガレが視界の左右を横切ったのである。

 何事かと視線を向ければ、疾風が連れてきた《ドワーフ》と《狼牙族》が、ユウヅキを押さえていた二人を攻撃して後ろに吹き飛ばしていた。

 衝突した建物や瓦礫が損壊し、粉塵が舞う……幸いにも武器は持っておらず、致命傷にはならなかったが、残りHPが少ないこともあって、二人とも倒れ込んだ。


「お姉ちゃん、何を!?」

「《オーブ・オブ・ラーヴァ》」


 当然、目の当たりにしたミコトも驚くはずであり、声を荒らげる。けれど、取り付く島もなく、《猫人族》の《冒険者》が魔法を放った。迫り来る無数の溶岩に、ミコトは《禊ぎの障壁》を張って対応するしかなかった。

 おかげで、ミコトは防戦一方……疾風は邪魔者がいない中、悠々とユウヅキに近づいた。


「……これは、どういうことですか?」


 僕は疾風を睨んだ。弁解があるなら聞く気だったが、勿論、そんな言葉は出てこなかった。


「見て、わからない、のですか?」


 そのまま、の意味よ……そう呟いた後、かすかに音を拾っていたのか、念話越しにユキヒコが補足する。


『セイさんがそちらへ向かった後、ホネストさんが《ナカス》の方に問い合わせたらしく』

「問い合わせたって、何を」


 と言いかけて、理解する。


「……ユウヅキさんの渡航履歴か」


 第三分室も含めて僕たちは最初、ウルルカをスパイと疑っていた。その理由は渡航記録……でも、ユウヅキの名前はどこにも出てこなかった。

 ウルルカが《ナインテイル自治領》に入ったのは、約一年前……最近の記録はろくに目を通していなかった可能性もある。

 だが、仕切っていたのは、きっと疾風だ。偽装、隠蔽は可能。むしろ、ユウヅキの記録を偽装するために、皆の目をウルルカに向けさせたのなら、


「さすがね。勘、だけは、鋭い」


 珍しく疾風がホネストを褒め称える。けれど、それは嬉しくない冗談だった。障壁を張り続けるミコトも眉を寄せる。


「どうして!!」


 ウルルカは叫ぶ。きっと、立場が近いからこそ、一番、腑に落ちなかったのだろう。


「属していたのなら、《Plant hwyaden》が……インティクスがどれだけ危険な存在か、わかるでしょ!?」

「一緒に、しないで!!」


 だが、疾風はウルルカの問いを一蹴した。


「傲岸不遜も甚だしい……私と、あなたは、目指すところが、違う」


 罪を犯す者は全員、後ろ向きとは限らない……そう語る疾風は、もう話すことがないと言わんばかりに、ユウヅキに振り返った。

 ユウヅキは、拘束が取れても、項垂れたように跪いている。抗うことに疲れ、己の生殺与奪にも関心を無くしていた。

 けれど、疾風が懐から首を取り出すと、ユウヅキが目の色を変えて、戦慄を覚えた。


「それは、まさか……」

「ええ、《蓄魔炉(マナチャンバー)》を、搭載した、試作品」


 よく見れば首輪には『小さくて丸い何か』がはめ込まれている。その輝きは遠目から見ても、決して美しいとは言えず、どこか妖艶さを醸し出していた。


「フレーバーテキスト、に手を、加え、指向性を持たせた……言い換えれば、『呪いの装飾品』」

「それをどうするつもり……」

「……わかる、でしょ?」


 その言葉を聞いて、立ち上がるユウヅキ。一目散に逃げようとするけれども、背後を向けた瞬間、《ドワーフ》と《狼牙族》が真上から押さえ込んだ。

 再び地にひれ伏すユウヅキ。その首に疾風は首輪を通す。


「いや、いやぁぁ……」


 ユウヅキの顔はひしゃげてしまうほど、歪んでいた。

 この世の終わりかと言わんばかりに、泣き叫ぶユウヅキに、僕は一体何が起きているのかわからず困惑する。


「セイ、止めて!」


 そんな中、ウルルカだけが声を張り上げた。振り返れば、まっすぐこちらをみつめてくる。その瞳に、先ほどの子猫のような儚さはどこにもない。


「お願い!!」


 僕は頷いて、曲剣の鞘を掴んで跳びだした。《モビリティアタック》で加速して、首輪を嵌めようとした疾風に手を伸ばす。

 だけど、


「一歩遅い」


 かちっと首輪を嵌まる音が鼓膜を揺らした。同時に、首輪がめり込み、血管が蠢くように浮き上がる。

 きっと良くないことが起きる……その予感は当たり、ユウヅキは白目を剥いて、奇声を上げた。《三尾の妖力》が発動し、狐の尻尾が三つ叉に分かれ出す。

 いや、三つ叉どころではない。さらに多く十、三十、千……ねずみ算式に増えていく。

 それに伴い、黒いオーラがユウヅキを覆った。まるで影を纏うように、ユウヅキを呑み込み、人型になる。


「《モビリティアタック》」


 その時、攻撃範囲に入ってしまったのか、白目を剥いたままのユウヅキが目の前まで迫った。

 僕の比にならないぐらい加速力だった。瞬間移動したのかと勘違いするほどに。


「《アクセルファング》」

「ッ!?」


 僕はとっさに曲剣を前に……防御態勢のまま、吹き飛ばされる。土煙をまき散らしながら、受け身を取った。


「セイ!?」

「大丈夫!!」


 ウルルカが心配する中、僕は土煙の中で応える。《シャドウバインド》をかけたおかげで、思いの外、被害は少ない。

 だが、困ったことになった。

 土煙が晴れる。目の前には全身、黒いオーラに包まれ、三千尾を従わせる妖狐がいた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字羅「ぎゃおーす!」 送信 変換の際はきちんと確認しませう じゃないと・・・(カサカサ [一言] まさかの3000尾(;゜д゜)ゴクリ レイドボスっぽい感じですな しかし疾風さん…
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