第三章 6 フェイク
曲剣と拳が火花を散らす。
ラレンド家、旧邸宅……その敷地内で、セイこと僕はウルルカと一進一退の攻防を繰り広げていた。
「これが、ウルルカさんのやりたいことなんですか!?」
僕は曲剣を構え、前へ……《モビリティアタック》で加速をかけて、一気にウルルカの胴体に刃を打ち込もうとする。
だが、《マンティスアクション》により、いつもよりしなやかに動けるウルルカは、拳で軌道を逸らした。さらに《モンキーステップ》で軽やかに曲剣の上に飛び乗って、《シャドウレスキック》を繰り出してくる。
僕はそれを《シャドウバインド》で止め、曲剣に乗るウルルカをバッドを振るかのように乱暴に投げ放った。
ウルルカがくるくると宙を舞って、地面に降りる。
「……」
ウルルカはにらみつけ間合いをはかっている。おそらく《マンティスアクション》の効果が切れたのだろう……今が絶好のチャンスだ。僕は急いで《アクセルファング》をかけた。
足は自然と前に……即時移動の効果が発揮され、ウルルカの背後に立つと、そのまま剣を振り下ろそうとした。
「ここが《お触り禁止》の限界」
けれど、見計らっていたのか、ウルルカは瞬時に高く飛び跳ね、拳に力を込めた。
――しまった、フェイクか!?
僕は頭上を見上げた。相手に隙を与えるために偽の情報を与える戦闘技術……この場合で言えば、支援の効果が切れたように見せて、回避不可能な状況に追い込んだ。
技が発動した以上、剣が振り下ろされるまで、僕はこの場を動けない……僕が見上げる中、ウルルカが構える拳が振動し始める。それは次第に音を為して、ある動物の威厳を漂わせた。
「《タイガーエコーフィスト》!!」
ウルルカの拳が僕の胴体にめり込んだ。続いて、拳の振動が何度も何度も腹に食い込み、精神にまで異常を来す。まるで本物の虎に食い破られたかのように錯覚し……。
「はぁぁぁぁあ!!!!」
ウルルカの気合いと共に、轟音が辺り一面に響き渡る。戦いの成り行きを見守っていたミコトも、地面さえも揺れているかのような轟音に耐えきれず、耳を塞いだ。そして、
「嘘でしょ……?」
轟音が鳴り止んで、ミコトは絶句する。
ミコトが見たのは僕が敗北する姿。相手に触ることなく勝利する《お触り禁止》が力なく項垂れ、地面は衝撃の余波でクレーターのように窪んでいる。
その中央でウルルカは瞼を見開いて、ぜぇぜぇ、と荒い息を漏らしていた。
「……これでうちが本気だって理解したでしょ?」
ウルルカは僕のHPを確認する。すんでの所で止まっているが、瀕死であることに違いはない。
同時に、自身の両手を眺めて、はは、と笑みを零して蔑んだ。仲間に何の躊躇もなく最大火力の技を放った……その事実に、落ちぶれたものだと哀れんだのだろう。
「……ミコトの事は頼んだからね」
だが、決心がついた、とでも言いたげに、仲間を傷つけた両手をしっかりと握りしめて、振り返る。
しかし、そこで再び、ウルルカは感情を剥き出しにして激高した。
「ユウヅキィィィィ!!!!」
ウルルカの瞳に映ったのは、首筋に刃を添えられたミコトの姿と、その背後で愛用の小刀を突きつける金髪のポニーテールをなびかせるくのいちだった。
「あなたがラレンド家の影巫女、ユウヅキさんですか?」
「そうよ。さすがに調べはつけているんでしょ?」
ユウヅキは、首筋に突きつけている小刀を食い込ませる。ミコトの額から冷や汗が流れる。
「ミコトから離れろ!!!!」
瞬間、ウルルカが吠えて構えをとった。だが、さらに刃を食い込ませたため立ち止まる。
「先輩はまだまだ甘いんですよ。罪人、地獄に連れて行く……それなら、ここまでしないと駄目でしょ?」
全てを犠牲にして利用する……そこまでしないとまず勝てない。仲間を気遣っているうちは、たどり着く事さえ難しい。ユウヅキは眉間に皺を寄せて、舌打ちする。
「大体、そこでくたばっているセイって《冒険者》にも、がっかりですよ。せっかく場を作ってあげたのに、先輩すら倒せないなんて」
《お触り禁止》が聞いて呆れる……ユウヅキが心底ため息を吐く中、ミコトが目を丸くして口を開いた。
「では、あなたの目的は……」
「そんなの同士討ちさせる事に決まっているじゃない」
差は縮まれど、未だ《大地人》が《冒険者》に勝つ事は難しい。ならば《冒険者》に相手してもらえばいい、とユウヅキは考えた。
「インティクス様からの指令は一つ。《お触り禁止》の率いる部隊を壊滅させる事……同士討ちさせれば、明らかに戦力は減るし、手負いであれば私でも戦える。そして、混乱に乗じて隙を突くこともできる。こんな風にね!!」
直後、《三尾の妖力》が発動し、狐尾族の尾が三又に変わる。ユウヅキの手にも力がこもり、ウルルカが動き出すが、当然、間に合うはずもない。
「死になさい! 《スウィーパー》」
「やめてぇぇぇぇぇ――――――!!!!」
ウルルカの悲痛の叫びが響く中、ユウヅキの小刀が、ミコトの喉を抉り、一気に掻っ捌く。
そして、
「《禊ぎの障壁》」
その声が届けられたのか、ユウヅキの小刀は天に向かってはじけ飛んだ……ユウヅキが「はっ?」と声を裏返させた。
よく見れば、ミコトの周りには、薄い膜のような障壁が展開されている。《禊ぎの障壁》は《冒険者》の一太刀さえ防ぐ障壁。《護法の障壁》より範囲は狭いが効果は勝る……《大地人》の攻撃にも優に耐えるだろう。
「あり得ない!! あの間合いでは、《冒険者》とはいえど、技や魔法を使えないのは実証済み!!」
いや、今、考えるべきはそんな事ではない。
さすが影巫女の長と言うべきか、嫌な予感が働いて、逃げるべきだと、ミコトが振り向くよりも先に後ろに跳んだ。
けれど、もう遅い。
「「捕まえた!!」」
次の瞬間、ユウヅキのさらに背後から二人の《冒険者》が押さえつけた。赤髪の《武闘家》と山賊風の《武士》……ノエルとナガレだ。二人は両手を片方ずつ絡め取り、全体重を掛けて地面に叩きつける。さすがにユウヅキも、これには苦悶の表情を浮かべた。
「この二人は、戦闘不能にまで陥ったはず……どうして?」
ユウヅキが視線を送れば、ウルルカは今も泣きそうな表情で、唖然としている。状況がわからないといった様子だ。
疑問が頭から離れないユウヅキに代わって、問いに答えたのは他でもないミコトだった。
「フェイクですよ」
そう、二人には予め《鈴音の障壁》をかけてもらい、ウルルカの注意を引いて倒れてもらうように仕向けた。
障壁を重ねがけできる《鈴音の障壁》だが、単発での効果は吹けば飛ぶほどに弱い。故に、パワーで押し切るウルルカにとっては相性が良く、ユウヅキには気付かれずに『HP調整』ができると考えた。
おかげで二人のHPは、僕ほどではないが、一割弱……ぎりぎり身体が動かせるくらいに抑えられている。あとは折を見て、警戒心が薄れたところを一気に、というわけだ。
「では、先ほどの障壁も……」
「まさか。そんなことをしたら、あなたは私に寄りつきもしなかったでしょう?」
《大地人》といえど零距離であれば、障壁の存在には気付く。そんな状態の人間が人質として機能するとは思えないし、ましてや脅迫したところで箔はつかないだろう。
「したらば、あなたは逃げるでしょう……そうしたら、私たちは詰みです。だから、あえて障壁は切っておきました」
ユウヅキを見下ろす形で振り返るミコト。そんなミコトににらみを利かせながらも、ユウヅキは「まさか」と勘が働いて僕を見た。
「そう、あなた以外にも、裏を掻くのが得意な人間はいる」
ミコトは自分の首筋に手を置いた。
「あの時、私に小刀が突き刺される直前、セイは『ステータスウインドによる操作』で《シャドウバインド》を発動していた」
ゲーム時代には、さも当然だったように行われていたコマンド操作。《大災害》からは音声や動作による発動が主流になったが、なくなったわけではない。
もちろん時間がかかりすぎるため、近接戦闘の《冒険者》は使いたがらないが、今回に限ってはそれが上手く功を称した。
「私から目的を聞き出したのも、全ては時間稼ぎのため……」
つまりは、すかさず喉を掻っ捌いたと思った行為は、実際には一瞬遅れていた状態だったわけだ……ユウヅキは完全に寝首を掻かれた、と言わんばかりに肩を落とした。
加えて、
「そこまで読んでいたなら、私の本来の目的も」
「ええ、あいつは察していましたよ」
ミコトが僕に向けて回復魔法《快癒の祈祷》を唱えた。やっとの事でHPが少し戻り、僕は身体を押さえながら起き上がった。
「きつい……ウルルカさん、全力出しすぎでは?」
「セイ……」
瞼に涙を浮かべながら、ウルルカが「どういうこと?」と首を傾げた。腰が抜けたのか、立ち上がろうとする素振りさえない。
よほど、ミコトが神殿送りにされる光景が堪えたのだろう……僕は申し訳なさそうに頭を下げた後、ゆっくりと立ち上がり、近づいて手を差し伸べた。
「ウルルカさん、騙してすみません。でも、こんな事はやめませんか? この先に行っても待っているのは不毛な争いだけです」
瞬間、ウルルカが気に障ったように僕の手を払った。
「わかったような口利かないで!! これでもない頭を使って考えたの!! いっぱい、いっぱい考えたの!! だから、セイにわかるはずない!!」
涙を流しながらにらみつけるウルルカは、まるで野良猫のようだった。
ただ冷たい風を避けるために路地裏へ逃げ込む子猫のように、きっと今、何を言っても駄目なのだろう。野良猫に急に手を差し伸べても、噛みつかれるか、逃げられるかのどちらかだ。
だったら、『現実』を見せるしかないだろう……僕もそうだったように。
「いいえ、わかります」
「嘘言わないで!!」
「嘘ではありません……だって、ユウヅキさんが物語っていますから」
え……またしても目を丸くするウルルカに、僕は視線をユウヅキに向けて同意を求めた。
「ねぇ、僕たちに殺されようとしていた、ユウヅキさん」
直後、ユウヅキはばつが悪い表情を浮かべて、歯を食いしばった。




