第三章 5 皆で
「ウルルカさん……」
僕は固唾を呑んだ。虎柄の耳に尻尾……いつも通りの服装だが、今のウルルカの気迫は、虎の皮を被った女性ではなく、真に迫ったものがあった。
「何しに来たの?」
「何って……」
「用がないなら、黙ってて」
冷たい言葉が降りかかる。それだけで、ウルルカが良くない方向へ……道を踏み外そうとしているのがわかる。
待って……僕はすぐさま声を上げた。けれど、遮るように風が吹き荒れる。ウルルカが僕より先に踏み出していた。
崩れ砕ける場所から、這いずりまわる《大地人》へ。
「《タイガーエコーフィスト》!!」
「《護法の障壁》!!」
だけど、ウルルカの攻撃は固い壁に阻まれて通らなかった。振り向けば、ミコトが武器を片手に呪文を唱えている。ほんの数秒でウルルカの行動を予想したのだ。
障壁は《大地人》の前に厚い装甲となって展開する。ウルルカはそれでも押し通ろうとするが、結局弾かれて、距離を取らざるを得なかった。
改めて回復職としての優秀さに度肝を抜かれる。そんなミコトを一番理解しているウルルカは、歯痒そうににらみつけた。
「どうして邪魔するの!!」
「大切だからに決まっているでしょ!!」
ミコトの言葉が、ウルルカの叫びを打ち消して前に出た。
そして、掌が差し出される。
「帰りが遅いから、皆で迎えに来たよ」
帰ろう……その言葉にウルルカは胸が締め付けられたように呻きだした。
同時に僕たちは固唾を呑んだ。次に見たのは、哀愁に駆られた……ミコトと出会って、これまでの旅した日々を思い出して、引きつったウルルカの表情だった。
「駄目なの……それだと何も変わらない!!」
苦しむウルルカは病に侵されたように、今一度、拳を構える。その矛先は障壁を展開した術者……ミコトに向けられていた。
「ウルルカさん……!?」
僕が叫ぶと同時にウルルカが跳ぶ。けれど、キンッ、という音が響いて、火花が散った。
危なっ……ウルルカの前に立ち塞がったのはノエルだった。
同じ《武闘家》同士、相手の行動が読めたのだろう。じりじりと押し寄せる拳を、歯を食いしばりながら押し返した。その後、クナイを投げて間合いを作り、《エアリアルレイプ》でウルルカを打ち上げた。
「悔しい気持ちはわからなくないけど、焦ったって何も変わりはしないわよ」
ノエルはそのままクナイを逆手に追撃に入る。
《ターニングスワロー》……ノエルが得意とする技だ。しかも、対象が空中にある場合、技の威力は上がる。
ノエルは障害物を利用して、各方面から攻撃を浴びせる。きっとウルルカも止めてくれるはずだ。
「悪いけど、引きずってでも連れて帰るから」
尚も追撃は続く。ウルルカはまるでボールのように跳ね返り、顔を埋めて、動く気配さえなかった。だが、
「違う……ちがうっちがうちがう!!!! 同じなんかじゃない。だって、うちは罪を犯したんだ!!」
同じであるものか……ウルルカは奇声をあげて、ノエルの手首を徐に掴んだ。
一切の防御姿勢なし。ただ差し出された掌にノエルの攻撃が当たっただけだった。だけど、当たった瞬間、逃げられないように跡が残るほど強く握りしめた。
ノエルがうめき声を上げる。そして、目の色を変えたように回転し、ノエルを全力で地面に叩きつけた。
ウルルカはパワー系の《武闘家》だ。その全力と回転力も合わされば《冒険者》とてひとたまりもない。
叩きつけられたノエルは、一瞬で気絶し、ひび割れた地面にぐったりと倒れ込んだ。
その圧倒的な光景に皆、後ずさりする。
「進歩なんてない。立ち止まってなどいない。なぜなら、最初から罪人は後退しているのだから……」
ウルルカは、苦しむように胸をわし掴み、訴えかける。
前進なんてもってのほか……罪は償うような代物とも思っていない。だからこそ、罪人は『障害』として立ち塞がり続けるか、障害もろとも地へ落ちるしかない。
もう、正しく生きる者の邪魔をしないために。
「だから、どいてよ。うちを地獄へ行かせてよ!!」
次の瞬間、ウルルカの拳に覇気が宿る。血走った眼はまるで意を決した狩人のよう……あれは《マンティスアクション》か!?
僕は武器である曲剣に手をかけた。《マンティスアクション》は別段、凄まじい威力を発揮するものではない。その代わり支援……技が発現した後の《硬直時間》を大幅に減らす効果を持つ。
つまりは、
「速攻だ!」
「《ワイバーンキック》」
僕が叫ぶのと同時に、ウルルカは拳に溜めた覇気を解放して、瞬間移動した。
ナガレの目の前に現れたウルルカは、そのまま右ストレート、左フックと続けざまに連打を食らわせ、ナガレに『構え』を取らせなくする。口伝を警戒したからだろう。
「《グリズリースラム》」
そこから敵に全身全霊をぶつける力任せの技は、単純明快で、凶悪だった。
ナガレは防戦一方のまま、《グリズリースラム》を刀で必死に受け止める。だが、準備ができていない時点で勝敗は決まっていた。
「……くっ」
まさに理不尽。押し負けて吹き飛ばされるナガレを見上げながら、ミコトは、次に襲ってくるのは自分だと悟り、障壁を展開しようと手を前に出した。
けれど、すでにウルルカの拳が掌に添えられていた。ミコトの表情が強張る。
「さようなら」
そして、ウルルカの哀愁に満ちた声に反応して、拳が小刻みに震える……《タイガーエコーフィスト》が泣き声のごとく放たれようとする。
「させてたまるか!!」
けれど、拳がピタリと止まり、危険を感じたウルルカは上半身を反らした。その上を曲剣が通過し、ウルルカと目線が合った。
「やっぱり最後に立ち塞がるのは……」
僕は曲剣を捻って押し付ける。大した攻撃ではない、ただの通常攻撃……実際、ウルルカは拳を合わせ盾とし、しっかりと防御さえしている。
けれど、その身体は後方に大きく退いた。コールが作ってくれた《迅速豪剣》の強制移動の効果が、再び元の場所へ……道を外れる一歩手前まで戻してくれたのだ。
「僕だけじゃない」
戻された場所から、ウルルカが恨めしくにらみつける。そんなウルルカに曲剣を突きつけながら、僕は宣言する。
「『皆』がウルルカさんの帰りを待ってる……だから!!」
僕は剣を構えたまま跳んだ……ウルルカに想いを届けるために。
◇
一方、コールこと、私はユキヒコさんと共に『月下荘』でセイさんたちの帰りを待っていた。
今、セイさんたちは必死で戦っているのだろうか……私はスイートルームの窓辺から外を眺める。
「大丈夫ですよ、負けたりしません」
そんな私にユキヒコさんがお茶を差し出してくれた。湯気が上る湯飲みを手に取ると、心もぽかぽかして少しだけ落ち着けた気がした。
「あ、すみません。また私、勝手に悲観的に……」
「構いませんよ。それだけ大切に思っている証拠ですから」
ユキヒコさんがにっこり微笑む。そのまま小上がりに腰をかけると自分の湯飲みに手をかけてお茶をすすった。
――とても落ち着いている……信じているんだ。それに比べて私は。
このままでは駄目だ。私は意を決して、胸につかえている疑問をはき出した。
「あ、あのユキヒコさんがここにいるのは、私のせいなんですか!?」
え……ユキヒコさんが唐突な質問に首を傾げた。
もちろんセイさんが対外的な事を気にしているとは思わない。だが、ナカス奪還作戦でもそうだったように、実際問題、私が《大地人》であることが、セイさんの足かせになっていることは事実だった。
そもそも、こうやってホネストさん率いる『アライアンス第三分室』に手を貸している原因は、私の中に《供贄の巫女》がいる事を知られないためなのだ。
もっと役に立ちたいのに……私は湯飲みを握りしめながら俯いた。すると、ユキヒコさんが察して、くすくす、と笑い始めた。
「な、何笑っているんですか!?」
「すみません。盛大な勘違いをしているみたいでしたので」
「か、かんちがい?」
すると、ユキヒコさんは立ち上がり、真剣な眼差しでこちらをみつめた。
「今、ここにいるのは、僕の力が必要ないからですよ。それ以上でも以下でもありません」
僕がいては窮地に陥ることができないからだと、ユキヒコさんは語る。セイさん曰く、敵の作戦に乗る以上、偽る必要があると……その言葉に、私は首を傾げた。
それってどういう……その時だった。トントン、とノックの音が響いて私とユキヒコさんは振り返る。
「誰だろう? わわ!?」
ドンドンドンドン。
次第にノックの音は荒々しくなり、激しくなっていく。ユキヒコさんが驚いて、慌てて扉を開けてみると、別館を警護しているはずのホネストさんが血相を変えて立っていた。
「疾風を見なかったか!?」
私とユキヒコさんは状況がわからず、顔を見合わせる。
まさかその一言が戦況を一変させるとは、誰も思っていなかった。
12/9 最後に三行追加。(後付けになってしまい申し訳ありません)
7/11 《シャドウレスキック》→《ワイバーンキック》に訂正(純粋に技名を間違えてました)




