第三章 4 三尾の妖力
轟音が鳴り響く。
《タイガーエコーフィスト》から《エアリアルレイブ》の連続攻撃。薄汚い邸宅に拳という名の判子が押され、ぎぃぎぃと悲鳴を上げた。
「……はぁっ!!」
そんな中、拳撃に吹き飛ばされて、ドアが破壊される。ユウヅキと呼ばれていた私は、粉砕された残骸をクッションにして、壁に着地。それから壁を伝って、廊下を走り抜けた。
一足遅れて、壁に大穴が開き、土煙と共にウルルカが現れる。目をぎらぎらと燃やして、まるで予行練習と言いたげに拳を構えた。
身体を低く、前屈みで。口から吸い込んだ息が、身体全体を巡って、半歩後ろへ構えた足に力を溜める。
次の瞬間、床がひしゃげた。と同時に地面を蹴り上げ、私に噛みつこうとしてくるウルルカの姿が……まさしくそれは虎だった。
私は懐にあった小刀を抜いて、振り返る。急所を守るように柄を持つと、間一髪のところで攻撃を防ぐことに成功した。だけど、安心したのも束の間、刃に拳が乗っかって、そのまま床に叩きつけられる。
「くっ……」
衝撃が肺を揺らした。息が切れる。だけど、攻撃は留まらない。ウルルカは渾身の《ワイバーンキック》を腹に当て、私は転がるように廊下を這いずり回った。
一方、ウルルカは技の効果なのか、一瞬で離れた場所まで移動し、這いずる私を見下した。
「これでもね、どうやったら隙を見せずに、一人で戦えるのか、考えてはいたんだよ」
そう言いながらウルルカは、あちこちに視線を向ける。きっと《冒険者》だけが見れるという窓を見ているのだろう。先ほど言った再起動時間を待っているのかもしれない。
「その点で言えば、ノエルの戦い方は参考になったかな。ヒットアンドアウェイ……『距離』を制することで、戦況を有利に持って行く」
スタンスが違うだけで力不足なんて気にする必要ないのにね……そう言って、にっこり微笑むウルルカ。けれども、その表情も凍り付いていく……。
そう、結局、取り繕っているだけ。手を汚した者が他者に寄り添うなんてあり得ない。
「ふふふ……やっぱり先輩はこちら側の人間ですね」
私は肺を庇いながら立ち上がる。ゆっくりとだが、呼吸を整え、小刀を前に構え直した。
そんな私を見て、ウルルカが不愉快なものを見るように、視線を向ける。
「先輩は乗り越えたつもりでしょうけど、『嘘』が見え見えなんですよ。インティクスを倒しに行く……いままで怖くて、人の影に隠れていた奴がいう台詞じゃない」
「黙って」
「そうやって、決意表明していれば、誰か助けてくれるって踏んでいるんですよね。びくびく震えて」
臆病者のくせに……瞬間、ウルルカがありったけの力を拳に乗せて、踏み込んできた。だけど、
「なめんなぁ!!!!」
私は全神経を集中……狐尾の妖力を解放させた。狐の尻尾が仄に光り出し、新たに三つ叉の尻尾として顕現する。
三尾の狐……《冒険者》のいう《三尾の妖力》を発動し、私は小刀を逆手に持って、振りかざした。それは迫り来る拳撃とぶつかって眩い光を放った。
◇
――これは……押し負ける!?
「てりゃぁぁぁぁ!!!!」
眩い剣戟の先で、うちはユウヅキと呼ばれる女性の意地を見た。ウルルカことうちは舌打ちをした後、安全のために再び距離を置く。途端に小刀が勢いよく床に突き刺さり、生々しい傷をつけていく。
「アサシネイト……」
その様子を眺めて、うちは息を呑んだ。
セイほどではないが、その斬撃の跡は《暗殺者》特有の技だった。
「どうしたんですか? 別に《冒険者》の技は、《冒険者》のものではない事ぐらい知っているでしょう?」
その通りだ。《大地人》は著しく成長が遅いだけで、使えないわけではない。
実際、《大地人》の枠を超え、《冒険者》の域に足を踏み入れた者が増えてきている。ミズファ=トゥルーデしかり、ジェレド=ガンしかり……元から鍛錬していた者や、何かしらの研究に携わっていた者は頭角を現し、噂に寄れば《冒険者》と契約して才覚を現した者さえいると聞く。
うちは、それを《冒険者》に入るレベルが『限界』に近づいているせいだと推測している。
当然のことだが、レベルが高くなればなるほど、多くの経験値が必要になる。ゆえに、同じ分だけ経験値を取ったのであれば、低レベルの方が先にレベルアップし、差は縮まっていくようにできている。
《冒険者》が先んじているのは、あくまで『経験値ボーナス』が入っているだけ。言い換えるのであれば、『成長速度』というべきか。まるで子供が大人になるように、システムの介入が少なくなって、世界が成熟してきている。
逆を言えば、それは、次第に《冒険者》と《大地人》の境がなくなってきている証ともいえた。
――今なら、《アキヅキ》でセイに「あまり僕たちの感性を持ち込みすぎると、危険だ」と言われた意味がわかる。
そうでなくても、《Plant hwyaden》の密偵だ。ただの《大地人》であるはずがない。うちは目尻をつり上げながらも、拳を突き出した。
「あなたの事は知っている……《ナカス》侵攻の後、反旗を翻し、壊滅まで陥った悲運の巫女。その後、ジェレド=ガンに連れて行かれでもした?」
拳を突き出した先には、三つ叉に別れた尻尾。それを見て、挑発だと認識したのか、ユウヅキは眉間に皺を寄せた。
まだ《ウェストランデ》にいた頃、風の噂で聞いたことがある。ラレンド家には《三尾の妖力》……威力を一時的に引き上げる《狐尾族》の技を得意とする者がいる事を。
そして、ジェレド=ガン……《Plant hwyaden》のマッドサイエンティストが、それに目をつけていた。
「《ユフィンの温泉街》に行くことが決まって、まずあなたのことを思い出した。そして、一回目の会合が始まり、「まさか」と思って現場に急行した」
もちろん罠の可能性を考えて、コールはその場に残し、気配を消して、月光館に忍び込んではみたものの、それが災いして、セイに捕まってしまった。
ユウヅキは、全てを仕組んだ上で、うちにわかるように、わざと月光館の西側に足跡を残し、「来て」と言わんばかりに物音を立てた。
「だから、あの時の油断はしない」
うちはもう一度、拳に力を込めた。すると、拳が光りだし、突如として、光は覇気となって拳にまとわりついた。
そう、うちの得意は《タイガーエコーフィスト》……正真正銘、真っ正面からぶち抜く事だ。そこに一切の小細工は必要ない。
「……もう何をしても、遅い!」
背筋に悪寒が走ったのか、それを見たユウヅキが《三尾の妖力》を瞬かせて、掌をこちらに向けた。
瞬間、身体が異様な気配を察して凍り付く……間違いない《シャドウバインド》だ。だけど、
――技の選択を間違えたね。
セイに比べれば、拘束する時間も締め付けも弱い。何より、《シャドウバインド》と他の技との組み合わせは、嫌と言うほど見てきた。
「不本意だけど、セイの攻撃は、こんなにおざなりではなかった!」
次の瞬間、背後から切りつけてこようとするユウヅキの顔を掴んで、壁に打ち付けた。
振動波でメリッと壁が軋み、ユウヅキの顔から苦痛の表情が漏れる。けれど、ここで止める気はなかった。
うちは、そのままユウヅキを背負い投げして、遠くへ投げ飛ばした。その間に拳に溜めた覇気を一気に解放する。
「邪魔するならなぎ倒す……それがたとえ《大地人》でも!!」
《グリズリースラム》……そうして、地面を蹴ったうちは、一切の躊躇いなく技を放った。
◇
「おい、セイ。本当にこっちなんだろうな!?」
ナガレが先陣を切りながら問う。セイこと僕は黙って先に進むように、再度、指示した。
《ユフィンの温泉街》に強風が吹き、瞬く間に四人の《冒険者》が通り過ぎていく。コールにナガレを呼んでもらったあの後、僕たちはある建物に向けて出発していた。
その建物とは、
「ラレンド家、旧邸宅」
僕の後ろを走るミコトが、言葉を引き継ぐように呟いた。
そう、僕たちは《ユフィンの温泉街》を横切りながら、逃げ道ではなく、あえて中枢……温泉街にあるラレンド家へと向かっていた。
どうやら今現在、旧邸宅は隔絶された禁断の場所となっているらしい。変に手を出して睨まれたくなかったのだろう……誰も足を踏み入れず、廃墟と化した。
それでも、ユウヅキにとっては思い出の場所に違いない。
「僕の推測通りなら、彼女はそこにいる」
必然的にウルルカも……そんな中、ミコトの後ろから、ノエルが口を挟む。
「だとしても、ウルルカは戻ってくるかしら?」
これについては、全て可能性にかけるしかない。コールは言っていた……「きっと大丈夫」だと。
「外壁が見えたぞ!」
皆が口を噤む中、ナガレが叫ぶ。僕は視線を前へと向けた。
長閑な市街地にぽつんと焼けこげた空間がある。それが異様に物悲しさを語っていた。
忘れられた空間、置き去りにされた空間。異様な静けさは時が止まったかと錯覚させる。
あれがラレンド家が住んでいた邸宅……僕たちは急いでその地に飛び降りた。
と、その直後、邸宅内で轟音が響き、焼け焦げた玄関の扉をぶち破って、くのいちと思しき女性が吹き飛んできた。
「《グリズリースラム》!!」
聞き覚えのある声と共に、吹き飛んだ女性は、金髪のポニーテールを振り乱して、小刀を盾にしたようだ。
それでも、衝撃の余波は凄まじく、ごほごほ、と息を漏らして転がるように這いずった。
一方、がらがら、と崩れ落ちる玄関の瓦礫を垂れ幕に、見知った仲間が、いかつい目つきでこちらを見つめていた。
7/11 《シャドウレスキック》→《ワイバーンキック》に訂正(純粋に技名を間違えてました)




