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ログ・ホライズン二次小説 『お触り禁止と供贄の巫女』  作者: 暇したい猫(桜)
第四幕 『恋と温泉とスパイ大捜索』
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第三章 3 二人の密偵


 セイこと僕はミコトとノエルを連れて階段を降りる。向かった先は月下荘の玄関先。夜になると、開放感ある月下荘の玄関先も薄暗い闇に閉ざされる。その中でぼっと暖かい光が出迎えていてくれた。


「セイさん!」


 そう、それは伝達役として、手を上げてくれたコールだった。ナガレたちが捜索に出るに当たって、どうしても伝達役は置いておく必要があった。

 コールは自前の照明器具を片手に、駆け下りてくる僕たちに近寄ってくる。


「コール、ナガレ達は?」

「まだ街中を捜索しています。でも、良い報告は……」


 だろうな……僕は言葉を濁すコールに頭を撫でて励ました。その後ろでノエルが、むっ、と眉を吊り上げるが、ミコトがお構いなしに声を上げる。


「それで、具体的にはどうするおつもりですか?」


 その問いに僕は眉をひそめて、顔を俯かせた。

 女将さんの話を聞いて、ユウヅキが何をしたいのか、おおよその見当はついた。きっと今もウルルカさんを餌にして、僕たちを待ち構えているだろう。

 だから、どうすれば窮地を脱せるかはわかる。だけど、僕は言葉を詰まらせる。


 ――「だけどもう一度だけ、この景色を見れて良かった」


 ふと僕の脳裏に、《ユフィンの温泉街》初日でユウヅキと交わした会話が、思い起こされた。

 今にして思えば、ユウヅキはその時すでに、察していたのかもしれない……僕たちは勿論のこと、自分がこれからどうなるのかも。


「大丈夫ですよ」


 けれど、ぼっ、と灯が点るかのように掌が重なって、僕は思考を遮って振り返った。僕の手を握ったコールは、その間抜け面に、笑顔でエールを送る。


「今、セイさんが何を考えているのか、私にはわかりません。でも、きっと大丈夫です」


 コールの手は、小さくて、とても弱々しい……だけど、不安を吹き飛ばすほど暖かかった。

 おかげで弱気になっていたのは、僕の方だと気がついた……大見得切ったのに恥ずかしいことこの上ない。

 僕は力強く頷いて、コールにナガレとユキヒコを呼び戻すように指示を出した。

 そして、呼び戻している合間に、ノエルとミコトに視線を向けて口を開いた。


「敵の策に嵌まろう」


 その言葉で、ミコトは僕のしようとしている事を察して、自身の首を擦りながら、ゴクリと喉を鳴らした。


     ◇


『ひとつ、けまりをこしらえて。

 ふたつ、跳ばしてみせつけりゃ。

 みっつ、赤子も泣き止んで。

 よっつ、皆で大笑い』


 月日は遡り、三日前。

 まだ事を起こす前の《ユフィンの温泉街》。

 そう、これは過去の情景。最後の楽しかった思い出。


『けども、調子に乗りすぎりゃ。

 風に攫われ。

 宵の中』


 覚えている。ちょうどその日……《冒険者》の一団が月下荘に到着した頃、私は、小さな社でけまり歌を口ずさみながら、一人の《冒険者》を待っていた。

 その《冒険者》は一ヶ月半前、反《ウェストランデ》の勢力が攻勢に出た際、別働隊として仲間を率いて、《ナインテイル九大商家》の人質を救出した立役者だ。


 ――私には成しえなかった事を成した《冒険者》。


 私にも最初はたくさんの仲間がいた。《影巫女》と呼ばれたその集団は私の唯一の居場所だった。

 《影巫女》のくのいちとして、金髪の髪を束ねて、くのいちの衣装に身を包んだ私を、皆はこう呼んだ……『ユウヅキ』と。


 ――「ユウヅキ!! 今の手裏剣の投げ、どうだった!?」

 ――「なかなか冴えているんじゃないかしら。もちろん私ほどではないですけど!」


 どこかお調子者だった私に、仲間はどこか呆れ気味に、肩をすくめながら、最後までついてきてくれた。けっして良いことばかりではなかったけれど、そこは私にとっての木漏れ日だった。

 だけど、木漏れ日は長くは続かない。

 のちに《冒険者》が《大災害》と呼ぶ日が訪れ、ほどなくして《Plant hwyaden》が《ナインテイル自治領》を攻めてきた。


 ――「行っては駄目よ! 罠に決まっている!!」


 端的に言えば、調子に乗っていたのだろう。

 油断していたわけではないが、《影巫女》同士で力を合わせれば、追い返せると思っていた。

 でも、実際は大敗を喫し、私は《Plant hwyaden》に連れて行かれた……そして、


「はやく、終わらないかな」


 その時、《冒険者》の声が聞こえ、思考が途切れる。狐耳がぴんと立ち、着ていた着物がはためいた。

 間違いない……私はすぐさま、けまりを転がして鳥居を跨いだ。すると、読み通り、転がしたけまりを携えて、《冒険者》が現れる。

 《冒険者》の名は『セイ』。これから私が貶めなければならない相手だった。


     ◇


「ん……」


 目を覚ますと、そこは薄汚れた邸宅の中だった。

 廊下は埃にまみれ、色鮮やかに飾られた雑貨は散乱している。その中から無事なカップだけが綺麗に拭かれ、部屋に持ち込まれて、へこみが入った机に置かれていた。


「密偵が、人前で寝るなんて驚いた」


 そのカップに注がれたお茶をすすり、虎柄の猫耳をつけた女性が呟いた。私は壁際に縮こまっていた身体をほぐしながら、起き上がって反論した。戦闘用の忍び装束についた埃を、ポンポンとはたく。


「私からしてみたら、密偵がのうのうと仲良しごっこしている事の方がびっくりですよ」


 気付けば、夜のとばりが落ち、窓の外には月が昇っている。

 そんな中、部屋の中には密偵が二人……いや、一人は自称『元』密偵だったか。

 私は虎の衣装に包まれた女性の対面に座った……そう、目の前には、自称『元』密偵のウルルカがいた。

 いや、実際には『連れてきた』と言った方が近いだろう。私はにっこり微笑んで挨拶をする。


「改めてご挨拶を。私はユウヅキ。先輩とは、入れ違いで入った新参者です」

「……」


 ウルルカの事は、《Plant hwyaden》から聞いている。《十席会議》に招集され、第二席インティクスに懇切丁寧に説明された。


 ――「諸悪の根源を呼び寄せておいて、自分はのうのうと生きている。今では周りが知らないのを良いことに、レジスタンス組織に身を置いている」


 今でもそのねっとりとした声は、思考にまとわりついてくる。


 ――「許せないでしょ?」


 精神を逆撫でするような言い回し。それを延々と聞かされる苦痛。何で私ばかり、と思わせる器量。これほどまでに人の暗い部分を引き出すのに、秀でた人を私は見たことがない。

 インティクスはある種の天才だった。


「無駄話をするために連れてきたの」


 刹那、ウルルカがカップを置いて、こちらを睨む。その瞳を見て、私は安堵の息を漏らした。


「良かった。話に聞いていた通りの人だ」

「話?」

「決まっているでしょ。インティクスを崇拝していた《冒険者》の話ですよ」


 瞬間、カップの欠片が一本の軌跡を描いて飛んでいった。頬をかすめ、傷口から一滴だけ血が流れる。

 視線を向ければ、ウルルカの使っていたカップが木っ端微塵になっていた。その上にはウルルカの拳が乗っている。

 そんなウルルカを見て、眉をひそめた。


「何、恥ずかしがっているのですか。自分を、偽っても仕方ないでしょ」

「うちは、あなたに怒っているの!!」

「それこそ嘘でしょ。だって、今の先輩、酷い顔だもの」

「……っ」


 ウルルカが息を呑む。だが、実際、酷い有様だった。

 右目は睨んでいるのに対し、左目は今にも泣きそうで、頬は嬉しそうに持ち上がり、口はあざ笑うかのように歪む。

 感情が入り乱れた表情……それは、狂気の沙汰の入り口であり、犯した者の表情だった。


「だから、『《ウェストランデ》に帰ろう』って誘いに乗って来てくれたんですよね? また一緒に頑張りましょう!」

「やめて!!」


 次の瞬間、ウルルカはカップの破片が刺さったまま、掌で自分の顔を隠す。だが、そんなことをしても、もう遅い。


「何ですか、それ。何、気取っているんですか?」


 『元』だろうが、何だろうが、関係ない。結局、私たちは変われない……すでに私たちは罪で染まりきってしまったのだから。


「あんまり、がっかりさせないでくださいよ。せ・ん・ぱ・い」


 もう、あそこに戻れない。戻る資格がない。

 あくまで木漏れ日は一時のもの。日が傾けば、そこは闇の中。日の光が差す場所にはなり得ない。

 私にとっての《影巫女》がそれであり、ウルルカにとってはセイという……いや、ミコトという《冒険者》の方が重要そうだ。


「でも、大丈夫です! 私たちは手を取り合える。似たもの同士、同じ世界で支え合いましょう」


 私はにっこり微笑んで、手を差し伸べる。一緒に底なし沼へ、渡ろうと……いつたどり着くかもわからない沼の底へ。生きて帰れない場所へ。

 ウルルカはその掌を見た。次いで、微笑み返す私を視界に入れて呟いた。


「……一つだけ聞かせて。この騒動はインティクスの仕業なのよね」

「ええ」

「……目的は?」

「それは、先輩もわかっているでしょ」


 その答えは、ウルルカの顔を俯かせた。

 そう、彼女に会った者なら誰でもわかる。《十席会議》第二席、インティクス……彼女に大層な理由は存在しない。

 ただ自分のしたいようにならなかったから、ただ気にくわなかったから……それだけで世界に復讐しようとする存在だ。

 言い換えれば、インティクス自身が底なし沼だ。そんな彼女に『なぜ底なし沼なんですか?』と聞く方が馬鹿らしい。

 だけど、ウルルカは静かに立ち上がって、唇を切った。


「……そうよね、光の下へは帰れない。ミコトとは、ここで別れるべきだ」

「だったら!」

「だけど、戻らない」


 その時、ウルルカが拳に力を入れる。仕掛けてくる……私はすぐさま飛び退いた。

 その直後、机が真っ二つに叩き折られ、吹っ飛んだ。机が壁にめり込み、砂埃が舞う。

 確か、《タイガーエコーフィスト》だったか……ウルルカが拳を突き出して《冒険者》の技を繰り出して言う。


「決めた。これから一人でインティクスを倒しに行く」


 気付けば、ウルルカの瞳に迷いはなくなっていた。だけど、その目は死地に行く者の目をしていた。



推敲した結果、全文書き直してた。遅くなってごめんなさい(誤字多いかも)


1/6 一文追加(戦闘用の忍び装束についた埃を、ポンポンとはたく)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字羅「ぎゃおーす!」 >その《冒険者》は一ヶ月半前、反ウェストランデの勢力が攻勢に出た際、別働隊として仲間を率いて、《ナインテイル九大商家》の人質を救出した立役者だ。 反ウェストラ…
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