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ログ・ホライズン二次小説 『お触り禁止と供贄の巫女』  作者: 暇したい猫(桜)
第四幕 『恋と温泉とスパイ大捜索』
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第二章 5 元密偵


 セイが言うには、ウルルカを救い出すためには二つの問題を解決する必要があるらしい。ノエルこと私はその残り一つを担当することになった。


 ――「それなら一つ心当たりがある」


 私の脳裏に、少し前の情景……ホネストの言葉が流れる。そう、それは執務室代わりの部屋でホネストが呟いた事であり、二日目の会合で聞こえていた怒声の内容でもあった。


 ――「昨日の会合でも問題視されていた。ナカス奪還作戦の際に、ウルルカの行動が不明朗だと」

 ――「不明朗?」


 その時、オウム返しのように問い返すセイに、ホネストは会合のメモを取り出して読み上げた。


 ――「具体的には《お触り禁止》たちが帰還する際に使っていた馬車。報告によればウルルカが調達したとの事だが、どこでどうやって手に入れたか問い詰められた」


 敵地で思うように動けない中、馬車をどうやって三台も調達できたのか……それはセイも感じていた事であり、私も薄々思うところはあった。それはつまり、


 ――「ウルルカが馬車と引き替えに《Plant hwyaden》と取引したって言いたいの?」


 私の言葉に皆が振り返る。ホネストは静かに頷いた。


 ――「あくまで《九大商家》の見解だ。今回の件もそれに起因しているとみているらしい。それはつまり」

 ――「逆に何もなかったと証明できれば、根本から覆るわけね」


 いいわ、その線で調べてみる……そうして、現在、私は真実を知るためにコールを連れて自室へと戻ってきたのである。


「それじゃ、聞かせてもらってもいい? ナカス奪還作戦で私たちと別れた後、コールたちに何が起きたのか、を」


 私の言葉にコールが頷く。少し責任を感じたのか、コールの表情は堅い。それでも緊張をほぐすように深呼吸をした後、座敷に腰を下ろして呟いた。


「ナカス奪還作戦。セイさんたちが敵と遭遇して逃がしてくれたあの後、私たちは《サニルーフ山脈》を南下して、一旦戦況から離れていました……」


 冒頭の言葉から最後まで、私はコールから紡がれた言葉を一つ一つ繋げていく。

 話をまとめると、どうやらコールたちは山脈を伝って《ウェストランデ》の西側に避難していたらしい。

 その途中でミズファ=トゥルーデ……現在《十席会議》第四席の密談を盗み聞きしたものの、セイの『逃げ道を作る』という言いつけを守って、行動に勤しんでいたらしい。セイ同様、情報収集をし、自身の身を守るために罠を設置した。

 一瞬、バレンタイン明けの泥沼化した事件……あの悲惨な光景が頭に浮かんだが、そんな状況にはならなかったそうだ。本当に良かったと思う。

 ともあれ、そうして四日経った後、まさかの来訪者が現れた。


「ウルルカさんには黙っているように言われましたが、ジェレド=ガン……《Plant hwyaden》の重鎮の一人と会っていたんです!」


 それは私たちも出会った老人……当時ナカルナードとともにセイを追い込んだ《十席会議》第八席のジェレド=ガン、その人だった。


     ◇


 コールはその情景を交えながら静かに語り始めた。


「こんなところにおったのか」


 時間は戻って奪還作戦の四日目、場所は《サニルーフ山脈》の西側。切り立った崖の隅で逃げ場はない。そんな状況の中、しゃくれた声にコールとウルルカは振り返った。

 そこにはみるからに髭を生やした老人が一人。腰は曲がっていたが、覇気がなかったわけではなく、意気揚々と目をぎらぎらさせていたらしい。間違いない、私たちが会った《十席会議》第八席のジェレド=ガンだろう。

 とはいえ、この時のコールとウルルカは誰か知らなかったはずだ。だが、ウルルカは拳を構え、コールをかばうように立ち塞がったという。

 瞬間、地面を蹴って、ジェレドの背後に蹴りを入れようとする……《武闘家》の《ワイバーンキック》だ。どこからともなく繰り出される蹴りにジェレドは吹き飛ばされるはずだった。だけど、


「やれやれ、遠方からの来客者はせっかちな者ばかりよ」


 入ると思われた蹴りは突然現れた水の壁に防がれ、そこから形作るように麗しき乙女が顔を覗かせた。《従者召還:ウンディーネ》……誰もが知っているほど有名な精霊をジェレドは行使し、同時にウルルカは「ちっ」と舌打ち。焦った様子で拳に力を込め始めた。ウルルカが得意な《グリズリースラム》で《ウンディーネ》ごと吹き飛ばすつもりだったのだろう。だが、またしても邪魔が入る。

 今度は何もないところから、火の玉がぼぅと音を成して燃えだし、ウルルカに襲いかかってきたのである。集中していたウルルカは攻撃を真っ正面から食らい、地面に転がった。


「ウルルカさん!」


 コールが立ち上がる。だが、その直後、火の玉は炎を帯びた鱗に変わり、丸まった状態から顔がぬっと飛び出た。

 《従者召還:サラマンダー》……これまた《冒険者》には有名な精霊が現れ、そのトカゲのような図体で主人に降りかかる火の粉を払ったのだ。

 そのせいで腕に軽く火傷を負い、心配するコールをよそ目に《ウンディーネ》が哀れなウルルカを見て「くすくす」と笑って見せた。


「こら、人の頑張りを笑うものではない」


 哀れな姿に同情したのか、はたまた単に諫めたのか、それは誰にもわからない。だがコールには、酷い目に遭わせたウルルカには目もくれず、《ウンディーネ》を叱る老人が異様なものに見えたらしい。

 そもそも、その前にミズファ=トゥルーデと一緒にいた所に遭遇していたのだ。警戒心は《冒険者》並みに強かった。


「……あなたは何者ですか? 何が目的ですか?」


 コールの言葉に、ジェレドは「これは失敬」と頭を下げた。


「お初にお目にかかります。わしはジェレド=ガンと申す者。あなたにご教授願いたい事がありまして参りました」

「私に?」

「駄目!!」


 瞬間、ウルルカがコールの目の前に現れ、言葉を遮った。私もよく使う《ファントムステップ》を使ったのだろう。煙のように消え、現れたウルルカはコールの肩を掴んで諭すように語る。


「聞いたら駄目よ。こいつも《Plant hwyaden》の一人……知識欲に取り憑かれた化け物なんだから」

「化け物とはひどい言い草よ……まだ爺の方がかわいげがあるわい。そう思わぬか、《Plant hwyaden》の元密偵よ」

「えっ?」


 瞬間、コールはウルルカに視線を向ける。先ほどの言葉は明らかに彼女に向けての言葉だった。ウルルカがばつの悪い表情を浮かべた。


「……どういうことですか、ウルルカさん?」

「なんじゃ、知らんのか。かつて、《ナカス》を侵攻する際に《Plant hwyaden》は《都市間転移門(トランスポートゲート)》を使った……じゃが、その合図を送ったのは、紛れもなくそやつであるということを」

「……それってつまり」


 ウルルカが《Plant hwyaden》を手引きした。

 コールは信じられないと言わんばかりに見た。嘘であって欲しいと願いを込めて。だが、当のウルルカは黙ったまま……歯切れの悪い返事さえ出せなかった。

 その様子を見て、コールはウルルカに過去の自分を見たらしい。セイと出会った当初、コールは自分の抱えているものに押しつぶされそうになっていた。目の前のウルルカもまた、見えない何かに怖がっているように訴えかける。


「ち、ちがうの、こ、これにはわけが」


 と、その瞬間。


「しかし、おかしなものじゃの。敵を《ナカス》に招いた者が、今や《ナカス》解放を掲げるレジスタント組織に身を置いておるとは」


 ジェレドの言葉にウルルカの肩が震える。次第に震えは悪寒に変わり、まるでもう聞きたくないと言わんばかりに手を耳に当てる。


「さてはインティクス様の采配ですかの? 『捨て駒』だと聞いていましたが、さすがは策士」

「違う」

「では、他にどういう『わけ』があるのですかの? まさか本気で『単一ギルドによるギルド間差別のない世界』を信じていたとでも」

「違う!!!!」


 次の瞬間、響いた怒号は周りの声を打ち消すほどだった。その時の迫力は、仲間であるコールさえも息を呑んだという。

 けれど、ウルルカの精神力はもう耐えられなかった。


「違うの、わたしじゃない、助けて、たすけて、タスケテ」


 コール曰く、それはまるで猫が路上で鳴いているようだった。

 とっさにコールは、膝を抱えて小さく蹲る猫に、両手で覆い被さるように抱擁した。それから優しく頭を撫でた後で、ジェレドをにらみつける。


「もう一度聞きます。あなたの目的は何ですか……まさかウルルカさんを言葉で傷つける事ではないですよね?」


 もしそうだったら許さない……口には出さずとも威厳が物語っていた。

 途端に、ひっひっひっ……ジェレドは陽気に微笑み出す。だが、その笑みが純粋なものではないことぐらい、コールにもわかった。一方でコールには敬意を払い、頭を下げる。


「失礼しました。どうもわしは、前々からこういう輩が好きになれんようで……特に何も見ず、周りに流されるまま考えもせんバカ共には、の」


 その時、背中がびくんと跳ねる。けれど、そのまま動かないウルルカを見て、今度こそジェレドは「ふんっ、興が削がれたわい」と罵った……コールの目が鋭くなる。


「おっと、そう睨まないでください。本題でしたの。なに、難しいことではありません。わかる範囲で教えていただければ良いのです……『職業に関係なくアイテムを作ることができる』という《供贄の巫女》の力について」

「――っ!?」


 コールは目を丸くする。どこでその事を……いや、それ以前になぜ『《供贄の巫女》が《ウェストランデ》にいる』と知ったのだろうと思ったらしい。額に冷や汗が流れた。


「残念ですが、私はあくまで『使わせてもらっている側』であって《六傾姫(力そのもの)》ではありません」

「ええ、ですから『わかる範囲で』と申したのです」


 《六傾姫》は未知同然の存在。さすがのジェレドも……いや、だからこそというべきか、コールに手を出して《六傾姫》の怒りを買いたくなかったのだろう。

 だが、それでも高揚感を隠しきれなかったのか、ジェレドは純粋な笑みを浮かべて呟いた。


「力を使った感覚、状況、何でも構いません。今までの経緯を話してください。後は好きにすれば良い」


 助けるも良し、壊すも良し。

 そう、ジェレドにとって一番なのは考えること……その妨げに成らないのであれば、後はどうでもよかったのだった。


     ◇


「それで結局、ジェレド=ガンはコールに何もしてこなかったのよね?」


 私は聞いた。気付けば外は夕焼け空に染まっている。『月下荘』のスイートルームには茜が差して、日本庭園がまた違った一面を見せていた。

 コールの話に寄れば、ジェレドはその後、根掘り葉掘りコールに質問したようだ。セイと出会った時のこと、《アキヅキの街》での出来事、そして、ナカス奪還作戦の経緯……全てを話した瞬間、ジェレド=ガンは物思いに耽るようにその場を去り、コールは唖然としたそうだ。


「その後は傷ついたウルルカさんを励まして、ウルルカさんの伝で馬車を調達してもらったんです」


 なるほどね……私は思案する。ナカス奪還作戦の時はどこから馬車を持ってきたのか不思議で仕方なかったけど、元《Plant hwyaden》……もとい密偵だったのなら、それなりの人脈もあったのだろう。正確に言えば、ウルルカのではなく、ウルルカより上の人脈なのだろうが……。

 ありがとう、助かったわ……私は全ての話を聞き終わり、コールに頭を下げる。

 ウルルカが《ナカスの街》に派遣された密偵だったという事実には驚いたが、他は別段、特別な事はなかった。ウルルカが取引をしたという線も薄いだろう。だとすれば、


「あ、あの、それでウルルカさんの容疑は晴れるのでしょうか!?」


 その時、コールが声高らかに詰め寄ってくる。自分の顔を鼻先まで近づけて聞き逃すまいと意気込んでいた。


 ――近い、近い、近い。


 過度の期待を前にして私は怖気づく。両手を前に出して、ぐいっとコールの顔を遠ざけるよう示唆すると、コールが「あっ」と焦る気持ちを落ち着かせて、顔を引っ込めた。


「すみません……」

「いいよ。逸る気持ちもわからなくないから……でも、残念だけど、コールの話だけでは容疑は晴れないと思う」


 実際、身内の発言、関係性の高い相手の証言はあまり有効性が持てない。かばっていると思われるからだ。

 加えて、『やっていない』を証明するのはほぼ不可能と言われている。やっていないのだから証拠がでるわけもない……やはり、ウルルカの身の潔白を示すには、本当のスパイを見つけるしかないのだ。

 そんな……私の言葉を聞いて、コールが肩を落とす。私はそんなコールの肩を叩いて立ち上がった。


「でも、次の手がかりはあった。行こう」

「……行くってどこへ?」


 顔を上げるコールに、私はにっこりと微笑んで答える。


「もちろん、ウルルカの所に、だよ」


 スパイは今回の事件でウルルカを貶めるという手段を使った。つまりはそれが一番、効果的だと……ウルルカが元密偵だったということを知っていた事になる。

 だから、今度は本人に話を聞きに行こう。それできっと敵の大まかな正体が見えてくるはずだ……手を伸ばす私に、コールは再び目を輝かせて手を繋いだのだった。



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