第二章 4 信頼
高揚感が収まった後、僕たちは話し合った。いったい何が起きてこんな状況になったのか……その結果、具体的には二つの問題があることがわかった。
まず一つは、言わずもがな、二日前、《ナインテイル九大商家》の会合で直接取り押さえられたこと。
ホネストの話に寄れば、被害を受けたのは《リューゾ家》の使者として招待された《大地人》……ミコトが言っていた海賊衆《リューゾ水軍》をまとめている頭だった。その目的はミコトが推測していた通り、《自由都市同盟イースタル》との海洋貿易を阻止することだろう。
幸いなことに怪我自体は軽傷で大事なかったのだが、これからも狙われるものと考えて《冒険者》が護衛として一人着くことになった。その手配は疾風がしてくれているそうだ。
だが、このままでは何の解決にもなっていない。ホネストは考え込むように呟く。
「あれからウルルカにも事情聴取しているが、『何も知らない』『いつの間にかこうなっていた』の一点張りだった」
実際、わからないのだろう……犯人ではないと仮定するならば、ウルルカは誰かに嵌められたことになる。
「コールはどうなの? 最後まで一緒にいたんでしょ?」
ノエルがコールに顔を向ける。そのコールは力になれずに肩を落とした。
「それが、月光館の東側に行った後、急に照明器具が壊れる音が聞こえて……直後、ウルルカさんは何も言わず一人だけで行ってしまったんです」
なるほど、きっとウルルカはコールに危害が加わることを恐れたのだろう。今のコールなら話せば後をついてきてしまう……そう判断して、コールは蚊帳の外にされたのである。それが悪手となってしまったのが心苦しい。
だけど、全く手がかりがないわけではなかった。
「照明器具が壊れる音か」
僕はミコトに振り返った。ミコトも頷く。そんな二人にナガレが冗談を交えながら呟く。
「へいへい、何通じ合っちゃってるんだよ。俺にもわかるように言ってくれ」
「いや、僕たちもその音を聞きつけてやってきたんだ」
月光館の正面から東側まで距離がある。その両方で物音がしたとなれば偶然とはいいにくいだろう。もし疾風が思っているとおり、ウルルカがスパイだとしたら、正面に僕たちがいるとわかってて人目を引くような音を出すだろうか。
ほう……ホネストが考え込むように腕を組む。
「つまり、良いように誘い込まれた可能性がある……だとすれば、確かにこれは見て見ぬ振りはできないな」
僕は頷く。もし、僕たちが思っているとおりウルルカが無実だとすれば、一応の説明はつく。
「敵は阻止以外にも目的がある……ウルルカさんはそのために利用されたかもしれない」
なるほど……ナガレが納得したように両手を叩いた。けれど、すぐさま「ん?」と首を傾げた。
「でもさ、ウルルカをスパイにしたかったとして、敵さんに何のメリットがあるんだよ?」
それは……僕は言い淀む。正直、そこがわからない。
第三分室にちょっかい出してくる以上、敵、もとい本当のスパイは《ウェストランデ》の関係者なのは間違いないだろう。ゆえにウルルカを狙う理由がわからない。
阻止以外の目的があったとしても……いや、あるなら尚更スパイを立てる必要が無い。身内の者を差し向けるほうが確実性が増すし、何より早い。なのになぜ……。
「意外と、ないのかもね」
ノエルが呟く。どういうことだ……僕は振り向いてアイコンタクトを送ると、ノエルはため息を吐きながら答えた。
「セイはお人好しだから想像つかないだろうけど、人にはねちっこいやつもいるのよ。ちょっとしたことでも、「嫌がらせ」するやつとかね」
あえて言うなら、面白がるのがメリットかな……そういうノエルは苦汁をなめるように顔をしかめる。
そうか、ノエルもリアルで出会った当初いじめられていたっけ……僕は目をぱちぱちして、ノエルを見た。すると、久しぶりにノエルがちょっと引き気味に「なによ」と口をきいてくれる。
「いや、やっぱりノエルは凄いや、と思って」
なっ……ノエルは急に褒められた気恥ずかしさから、頭から湯気が出てきそうなくらい顔を真っ赤にさせる。だが、バレンタインデーの闘技大会の時もそうだったように、僕にとってノエルは新たな視点を持って、気づきをくれる存在だった。
――そうか、理屈で考えていたけど、感情で動く人たちもいるのか。
いやがらせ。考えもしなかったけど、その言葉を聞いた途端、急に背筋がぞくっとした。もし本当に「嫌がらせ」だけでこの計画を立てたのだとしたら……ウルルカを貶めようとしたのだとしたら、
「許せないな」
一瞬、部屋に静けさが走る。隠しきれない僕の闘志に誰もが固唾を呑みこんだ。
けれど、さすが年の功……いや、高レベル者というべきか、ホネストはパンパンと手を叩いて仕切り直す。
「とにもかくにもだ……まずはウルルカの無実を証明しなければ何も始まらない。君たちはやはり、その『照明器具が壊れる音』から調べに行くんだろう?」
僕は頷く。だけどそれはスパイも承知の上だろう。きっと地道に調べていたら逃げられる。長引けば長引くほど僕たちにとって不利になる。
「だから、ここからは短期決戦でいこう。今日を入れて会合終了まであと三日。それまでに皆で囲んで捕まえる」
そのためには役割分担が必要だ。必要なのは前衛と後衛。深く考えなくていい。普段《冒険者》がやっている戦闘と同じだ。スパイを追い詰める探索班が前衛なら、警備して自陣を守る防衛班が後衛だろう。
問題は人員をどう配置するか……。
「だったらセイはいいとこやれよ。警備は俺が一人で預かる」
「ナガレ?」
もしかしてまたやけになっているのか……僕が慌てて振り向くと、ナガレは自信満々に公言する。
「おっと、別にふざけてる訳じゃないぜ。今回の騒ぎで俺たちじゃ月光館全域を守りきることはできないと証明されている。でも、俺一人なら、全域は無理でも大広間の出入りを固めることぐらいはできるだろ」
確かにナガレのカウンター技ならば可能にするだろう。《アキヅキの街》で見せたように出入り口に陣を張れば、出入り口を塞ぐ事ができる。むしろ余計なものが入れば刃が鈍る可能性がある。その証拠にユキヒコが同調して手を上げる。
「そうですね。それでは僕も……といいたいですが、今回はホネストさんと一緒に会合に参加させてもらえませんか?」
ほう……ホネストが意外と言わんばかりに言葉を漏らした。
「君は自ら前に出る性格ではなかったと覚えているが?」
「ええ、そうですよ。ただ、誰かが会合に割って入らないと、またウルルカさんが責め立てられるかと思いまして」
僕は目から鱗が出るかのごとく感銘を受けた……そうか、ユキヒコはウルルカを庇うためにあえて前に出るんだ。
それはつまり、皆の活動を支援するための行動。地味につらく、地味に凄い、とてもユキヒコらしい行動だ。
そして、そんな二人の背中から感じるのは厚い信頼……『前衛のことはまかせた』と言われているかのようだった。
だから、僕も頭を捻る。仲間の信頼に応えられるように。
そして、
「ノエルに一つ頼みたい事がある」
ノエルはゆっくり振り返りつつも何も言わず、ただ耳を貸してくれる。
「ノエルにはこれから別働隊としてスパイの動機や心情方面から探りを入れてほしいんだ」
ホネストの執務室が静まりかえる。全員がノエルに視線を送る。ノエルは少し思い悩む。
「別に断る理由はない。仲間を助けるために協力だってする。だけど、これだけは聞いておきたい。何で私なの?」
「え?」
「別に私じゃなくても、いいじゃない」
僕は首を傾げる。確かに、これはノエルじゃなくてもできる……だが、僕はノエル以外には考えられなかった。
もちろん、ノエルが一番適しているという理由はある。ノエルには他の誰にもない発想がある。その発想に何度救われたことか……今回もまた『いやがらせ』という発想を持ったのはノエルだけだった。
だけど、今、ノエルが聞いていることはそんなことではないように思えた。もっと感情的な部分に基づくものだ。
僕がノエルを指名した理由……それは、
「ノエルを信じているからに決まっている」
「信じてる……私を?」
「当たり前だろ。ノエルは僕の相棒なんだから」
ノエルは幼なじみであり、一緒にこの《エルダーテイル》を始めた。最初から最後までずっといる……それが当たり前だった。当たり前でいるぐらいノエルを信じている。
そっか……ノエルの顔がにやける。途端に皆が目を細めて熱熱の視線を送るが、僕は訳がわからず肩をすくめた。ナガレが「セイは鈍感だな」と背中を叩く。
そんな中、ノエルが気を取り直して口走る。
「わかった、できるだけのことはやってみる。でもさすがにとっかかりがないと調べることもできないわよ」
「それなら一つ心当たりがある」
すると、次の瞬間、答えてくれたのはホネストだった。
◇
少しした後、僕は場所を変えて別邸『月光館』のエントランスに来ていた。例の壊れた照明道具を調べにきたのだ。
これか……僕は照明道具の外装だけを外して良く見回した。ガラス製の筒……何の変哲も無い。だが、
「やっぱり叩き割ったというより、何かを当てたような割れ方ですね」
こつこつと音を鳴らしてミコトが東側の通路から近づいてくる。その手にはたくさんのガラス製の筒……そう、僕とミコトは地道にスパイを追う探索班になった。
「こちらも、こっちもそう……ヒビは入っているが割れておらず、最小限の損傷で済んでいる」
「つまり」
「ウルルカらしくない」
ミコトが呟く。彼女がそう言うのならそうだろう。実際ウルルカの戦い方は僕も目にしている。とにかく力で押しつぶそうとするウルルカがこんな繊細な事をするだろうか。
僕はにっこりと微笑んだ。ミコトが「何よ」と気味悪そうに目を細める。
「いや、ウルルカの事、随分と理解しているんだなと思って」
「当たり前でしょ。私の相棒なのだから」
ミコトが抱えていた筒を並べて、さらに詳しく見ていく。けれど、その一つ一つに自分の顔が映ると、しみったれた酷い顔と嘲笑した。
「ウルルカならこんな時、優しく頭を撫でてくれた……まだ強さに憧れていた頃、泣いた分だけたくさん甘えさせてくれた。まるで本当のお姉ちゃんみたいだった」
僕はミコトと同じように筒を地面に並べながら口に出す。
「なぁ、もしかしてだけど疾風さんとミコトって」
「姉です。もっとも、仲はあまり良くなかったのですが」
ミコトはヒビの入った筒を取って、まじまじとみつめた。
「姉は自分を律する性格で、いくら頑張っても甘えさせてくれる人じゃなかった。日頃怠ける人には最適ですが、私との相性が悪くて、それが今回の一件で尾を引いてしまって一因になった……」
ミコトは結局自分のせいだと言わんばかりに俯いた。
――そうか、ミコトが最初強がっていたのは、疾風さんに認められたかったからなのか。
僕は何て言えばいいかわからず、口を閉じた。敵対しているならともかく、これは姉妹の問題だ。僕が入り込んでいい問題ではない。だけど、変に気負っていないか心配になった。いままでは干渉しないことで保っていた関係が崩れつつあるのだ。
すると、ミコトは自分で顔を上げて決意に満ちた瞳で呟いた。
「でも、ウルルカに危害が及ぶなら落ち込んでなんていられない。絶対助け出す」
どうやら僕の心配は無用だったらしい……僕は再びにっこり微笑む。
すると、いつもの調子が戻ってきたのか、ミコトは僕に対して変態を見る目でにらみ返す。理不尽極まれり。
「ほらっ、サボってないで手を動かす。ここからさらに手がかりをみつけないと!」
「わかっているよ。とほほ……って、あれ?」
僕は並べたガラス製の筒の一つを手に取る。何かがへばりついているのをみつけたからだ。綺麗に剥がして掲げてみると、これは、
「金色の髪の毛?」
僕の問いに答えるようにミコトが呟く。
そう、照明道具の外装には奇跡的に長い毛が一本だけひっついていた。
◇
同時刻。
ノエルこと私はコールを連れて本館『月下荘』の自室へと戻ってきていた。スイートルームである自室は、今は他に誰もおらず、その広さと日本庭園の美しさが物寂しさを語っていた。
「誰もいないとこんなに広い部屋なんですね」
コールの言葉に私は頷く……一日目の騒がしさはいったいどこへ行ったのか。けれど、そんな逡巡はあとまわし。これからセイに頼まれたことをしなければならない。
さぁ、こちらもはじめよう……私はコールを適当に座らせて口火を切る。
「それじゃ、聞かせてもらってもいい? ナカス奪還作戦で私たちと別れた後、コールたちに何が起きたのかを」




