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ログ・ホライズン二次小説 『お触り禁止と供贄の巫女』  作者: 暇したい猫(桜)
第四幕 『恋と温泉とスパイ大捜索』
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第二章 2 賽は投げられた


 そんな話し合いが始まっているとは知らず、セイこと僕は月光館前でミコトの相談役みたいなことをしていた。


「そっか。ウルルカさんも最近、思うところがあるのかもな」


 月下荘の温泉で言い合った事を聞いて、僕は軽くため息をついた。


「しかし、ミコトが僕をそんなに買ってくれているとは思わなかったな。散々、変態と呼んでおいて実はつん……あ、ごめんなさい。本の角をこちらに向けないでください」


 僕は本の角を向けるミコトに頭を下げる。というか、どこから取り出したのだろうか……ミコトはふんっと鼻息荒く本を懐に戻す。衣服の中に魔法の鞄(マジックバッグ)でも仕込んでいるのだろうか?

 と冗談はさておき、僕は頭を悩ませる。

 正直、困った。話を聞く限り、これ以上、ミコトをウルルカの側に置くことはできなくなった。いざこざの後でまだ居着くようであれば、違和感を覚えるだろう。それは僕の望むところではなかった。

 あくまで今回、僕がすべきことは何事も起こさせない事だ。それは心の平穏も含まれる。できれば、ウルルカないし、仲間の皆には心ゆくまで休んで欲しいのだ。温泉街に降りて、それを再確認した。

 とはいえ、スパイの件も放置できない。どうしたものか。


「……」


 よし、後で考えよう……僕は問題を先送りにした。

 というのも、今は、場の空気もあって別に考えたいことがあったからだ。


 ――『《ナインテイル自治領》なんてどうでもいいんだよ』


 僕はあぐらを掻いて座り込む。脳裏にはナカルナードの言葉が繰り返し再生される。それが帰ってきてからも妙に気になって仕方ないのである。

 最初は危険を回避する方法としてアライアンス第三分室に入った。その見返りとして仲間を組んで、ナカス奪還作戦に挑んだが、そもそも《Plant hwyaden》がそんな考えなしの行動に出るのか疑問が残った。

 ここで一度、頭を空っぽにしておいた方が良い気がする……その上でここから先、僕たちは何をすべきか考えたかったのだ。

 僕は月光館を振り向く。すると、ミコトが代弁するかのように呟いた。


「……九大商家の会合が気になりますか?」


 僕は静かに頷いた。そして、素直に胸の内に潜む不安を口に出した。


「なぁ、これから第三分室はどこに向かうと思う?」


 『アライアンス第三分室』の最終目的は《神聖皇国ウェストランデ》と交渉して自由貿易権を手に入れること。だが、考えてみれば、ホネストには『手段』の方を詳しく聞いたことがない。ミコトはしばし考えながら「そうですね……」と顎に手を置いた。


「あくまで私の考えですが、《自由都市同盟イースタル》との海洋貿易に乗り出すのではないか、と」


 僕は首を傾げる。

 《自由都市同盟イースタル》といえば、《弧状列島ヤマト》の東側を統治する《大地人》の国だ。東の《冒険者》がひしめき合う《アキバの街》もこの勢力圏にあり、アキバの《冒険者》はこれに対し交渉して、独自に街を治める権利を勝ち取った。それから《自由都市同盟イースタル》は《アキバの街》と良好な関係を保ち、とても話のわかる国として《冒険者》の評判は良い。


「でも、今更《イースタル》と貿易をして何になるんだよ?」


 その問いにはため息を吐くミコト。どうやら何も聞かされていないのだと察したようだ。ミコトは人差し指を立てながら僕の前に立った。久しぶりに先生キャラのご登場だ。


「いいですか。確かにナカス奪還作戦の成功で侵攻は収まりましたが、通常、交渉は問題をかかえたままではできません」


 確かに……僕は正座して聞き耳を立てる。確かに弱点を抱えたまま交渉する者はいない。せめて有利に立てる点を作っておかないと上手くまとまるものもまとまらないだろう。それぐらいは僕も歴史の授業で学んでいる。

 しかし《神聖皇国ウェストランデ》と交渉する上で《ナインテイル》が抱えている問題とはいったい何だろうか……その疑問はミコトが答えてくれた。


「特に『交易路が乏しくなった点』はどうにかしなければいけません」


 交易路……僕は頭の中で想像する。かっこよく言っているが要は行商人や仲卸が通る『道』の事である。


「交易路が乏しいと何か問題があるのか?」


 想像通りの発言にミコトはまたしてもため息を吐いた。そして、懐から紙切れを出して広げると、そこに描かれていたのは《弧状列島ヤマト》の全体図……つまりは簡易的な地図だった。ミコトはその内の南方面を指さした。つまりは僕たちがいる《ナインテイル自治領》だ。


「《ナインテイル》が他と違って商業国家である事は知っていますね」

「それはもちろん」


 それは第三分室に入る際にホネストから説明は受けている。《ナインテイル自治領》は貿易を行うことで利益を出し、その利益で整備し、栄えてきた国だ。

 だが、それだけではない。


「元々《ナインテイル自治領》は『ナインテイル公爵』が治めていた地域でした。だけど、《第一の森羅変転(ワールドフラクション)》……モンスターが現れた際に亡くなり、独自に発展するきっかけになったのです」


 ミコトが言うには、今の《ナインテイル九大商家》は公爵の血に連なる者たちに当たるという。その後、彼らはそれぞれで縄張りを決めて統治を行うようになったそうだ。いわゆる『分割統治』というやつだ。


「《ナインテイル九大商家》か……僕は結局、どういう人たちか知らないんだよな」


 僕はもう一度、月光館を視界に入れる。

 第三分室は目的を果たした後、やがてなくなり、《九大商家》が表舞台に戻ってくる。だが、どういう人たちが統治するのか不安は拭えない。《イースタル》のように話のわかる人たちなら良いが、《ナインテイル》が《ウェストランデ》のようになってしまったら……と考えると、全身が震えた。

 それについては、ミコトもわからないと言わんばかりに肩をすくめる。しかし、


「個々人の人柄はともかく、内政面ではあまり協力的ではなかったはずです」

「え、そうなの!?」


 僕は驚いて腰を抜かした。だって、仲が良いからこうして月光館に集まっているんじゃないのか……そんな僕の疑問は口に出さずとも察することができたらしい。


「公爵が亡くなった後は、誰を後継ぎにするかで泥沼の争いを繰り広げていたそうですよ」

「……」


 その言葉に僕は現実に引き戻されたかのように悪寒を感じた。どの世界でもお家騒動というものはあるのだなと実感する。

 どうやら今では膠着し、表だって争うことはないそうだが、商業圏の奪い合いで一悶着はあるらしい。もしかして、分割統治にしたのはお互い不毛な争いをしないためなのか。


「それが関係しているか、していないのか……どっちにしろ当時の《神聖皇国ウェストランデ》は《ナインテイル自治領》を取るに足らない存在として認識していたようです。彼らは自治を認め、放置してきた」


 良くも悪くも他人事。だが、そのおかげで《ナインテイル》の行商人は《ウェストランデ》の領土を自由に通行できていた。

 ミコトの指が南方から本土をなぞる。つまりは交易路……《ナインテイル自治領》と本土を繋ぐ商業に不可欠な道である。

 だが、その道は必ず《アナト海峡》を通らなければならない。


「そうか、《アナト海峡》を塞いだことで陸路は完全に使えなくなっちゃったんだ」


 ミコトは頷く。


「陸路を塞いだことで《Plant hwyaden》の侵攻は収まった……けれど、商業の要は向こうに残ったまま。国力もないから明け渡せと脅すわけにもいかない。維持もできない」


 なるほど……交易路の重要性が見えてきて、ぐるぐる渦巻いていた思考がクリアになってきた。


「そこで『海路を』ってことか」


 海に道を繋いで商業を回復させる。そうして、国力を取り戻した後で交渉に挑む。さすがホネスト……きちんと筋道が立っていて、僕は一安心する。


「だが、実際に海洋貿易はできるのか。船とか」

「そこは問題ないと思いますよ。《ナインテイル》の南方……《ハヤト地方》の方々は《イースタル》と海洋貿易をしていた経験があります。そこに《ロングケイブ軍港》を拠点にしてきたリューゾ家の操舵技術があれば、海路の開通は難しいことではないはずです」


 《ロングケイブ軍港》は現実世界でいう長崎県にある都市で、《弧状列島ヤマト》の西の守りとして置かれた砦でもあった。リューゾ家はそこで海賊衆《リューゾ水軍》を作り上げ、海を治めた。いわば海のスペシャリストだと言う。


「加えて《アキバの街》には安全性に優れた船があるとか。うまく買い付けられれば航行も安定するでしょう」

「それじゃ、今、月光館の中では」

「ええ、顔合わせですが、軽く打ち合わせはしているはずです」


 はー……あまりに用意周到すぎて僕は呆然とする。深く考えるのが馬鹿らしくなってくるほどだ。だが、新たな疑問が湧いてきて、僕はミコトに投げかけた。


「でも《自由都市同盟イースタル》の方は大丈夫なのか? 海洋貿易をする事で、あっちの面倒事を押し付けられたりとかしないのか?」

「それは……」


 ミコトが押し黙る……どうやらそちらは大丈夫ではないらしい。だが、こればかりは仕方ないのだろう。


「何かを得るためには対価を支払わなければならない」


 それがわからないホネストでもないだろう。国力を取り戻すには仕方ない事だと割り切っているのかもしれない。

 実際、他に方法はない。ただなぁ……。


「全部が丸く収まる……っていうのはできないのかな?」


 僕がぼそっと呟いた。その言葉にミコトは同意するかのように頷いた。その時だった。


 ――キンッ。


 急に物音が聞こえ、僕は立ち上がった。風切り音にも聞こえるかすかなものだったけれど、僕は血相を変え、そんな僕にミコトが警戒心を引き上げる。


「どうしましたか?」

「わからない。だけど」


 嫌な予感がする……その瞬間、月光館の灯りが電源を切ったかのように消えた。僕は月光館の門をくぐって、正面玄関の扉に手をかける。


「待って、私たちは中に入れない」

「そんなこと言っている場合か!?」


 僕は扉を開け、ミコトは頭を抱えながら後を追った。

 月光館の中は単純明快で、二階が客間、一階が大広間になっているようだ。その二つを繋ぐエントランスは月下荘と違って華やかな装飾に彩られている。だが、今は照明器具が壊され、暗がりのせいか、それらがおどろおどろしく映った。


「ぐっ!?」

「リューゾの!!」


 その中で僕は悲鳴を聞き、全速力でエントランスを駆け抜ける。そして扉に手をかけた途端、大広間から開き、逃げるように人影が現れる。


「逃がすか!!」


 僕はとっさに《シャドウバインド》をかけた。放心した隙に背後に回り、手首を掴んで身体を床に押さえつける。

 暗がりのせいで顔は見えない。だが、大柄の人でないことだけは感触で理解できた。


「おまえは誰だ!?」


 僕は声を上げる。次第にボッと灯りがつき、扉から光が漏れた……これは疾風が辺りを照らす魔法《マジックトーチ》を発動させたのだろう。

 だが、明るくなった瞬間、僕は目を疑った。ホネストが慌てて駆け寄り、同じように息を呑む。

 僕が捕まえたのは、虎柄の猫耳と尻尾。ショートヘアーにほどよく焼けた黒肌……間違いなく、ウルルカだった。



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