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ログ・ホライズン二次小説 『お触り禁止と供贄の巫女』  作者: 暇したい猫(桜)
第四幕 『恋と温泉とスパイ大捜索』
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第一章 6 休息。願いとは裏腹に。


 そんな事があったとはつゆ知らず、私は桶を傾け体を流す。所狭しと流れるのは川のせせらぎに似た音。それを湯気が優しく包み込み、幻想的な雰囲気を作り出す。人はそれを情緒と呼び、慈しみを持ってこう呼んでいた……露天風呂と。

 そう、目の前は新緑。一歩先には湯の張った岩風呂。緑色の髪をほどき、ミコトこと私は温泉に浸かりに来ていた。足をつけ、ゆっくりと体を沈めると湯の熱がじんわりと心をほぐしていく。


「気持ちいい」


 ほっと一息。やはり大自然の恵みはすばらしい。露天風呂はこの開放感がたまらない……きっとコールがこの場にいれば、尻に根が張っていただろう。


「ね、ウルルカもそう思うでしょ」


 そして、私は先に湯船に浸かっている隣人に声をかけた……《セルデシア(この世界)》で出会った友人、ウルルカに。

 いつもは虎柄の猫耳と尻尾をつけている彼女だが、もちろん入浴中は外している。そんな彼女の入浴中の印象は打って変わって一変していた。

 ショートヘアーに細身の身体。気付けば、ぱっちりとした目元はしっとりしていて、その様はとても可愛らしい女性だった。

 こうしてみるとウルルカが十八歳というのも納得だ。


「ウルルカって、本当に猫耳外すと雰囲気が変わるよね……何というかしおらしいというか」


 どことなく雰囲気が出会った頃のコールに似ているのだ。


「……」


 けれどウルルカは微動だにしない。ノーコメント……ウルルカが物思いに耽っていると、大抵こうなる。


「コールはどこか行っちゃったけど、ノエルの所かな?」

「……」


 反応なし。


「そういえば二人っきりになるのも久しぶりだね。皆に出会うまではずっと一緒だったから、なんか感慨深くなっちゃうよ」

「……」


 むむ……まだノーコメントだ。ここまで無視されるとさすがに私でも少しむっとなってしまう。

 何を悩んでいるんだろう……気付けば私まで肩まで浸かって、物思いに耽るようにぶくぶくと息を吐いていた。

 思えばウルルカとは長いつきあいになる。その始まりは《Plant hwyaden》が《ナカスの街》に攻め込んだ時からだ。

 あの時、私はレジスタンス組織に入っていなかった。未だ現実味を帯びていなかったのもあるが、《Plant hwyaden》に関心が持てなかったのである。

 《大災害》後、どの《冒険者》の街も治安悪化が見られたが、《ナカスの街》は混乱から抜けきれていないこともあって、練り歩いていても平気だった。

 一人でもどうにかなる……どこかしら、そんな気持ちがあったのだろう。けれど、あの瞬間、《Plant hwyaden》が攻めてきて、初めて《ナカスの街》は『現実』を享受する事ができたのだろう。

 街は騒然として、当時の私はがむしゃらに逃げた。そして、道端で崩れるように座り込んでいたのがウルルカだったのである。


 ――『一人!? 立てる!?』

 ――『え、あ……』


 思えば、あの時はまだ虎柄の猫耳はつけていなかった。ウエイトレスを思わせる色彩豊かな服にエプロンをかけた格好だった。

 あれがウルルカの本来の姿なのだとしたら、《大災害》が彼女を変えたことになる……その後、《パンナイルの街》に逃れた私たちは、行く当てがないというウルルカを連れて、姉を頼った。それが私が『アライアンス第三分室』に入った理由だ。

 それから私たちは第三分室で依頼をこなしていきながら、共に支え合って生きてきた。言うなれば友達であり、相棒でもある。


 ――何を遠慮しているのか。


 相談さえしてくれればいいのだ。ただでさえ、ナインテイルの《冒険者》は数が少ないが故に相棒となる相手への信頼は厚くなる傾向があるというのに。

 どうすれば聞けるのだろうか。


 ――『鈍く、世界を感じてほしいんだ』


 その時、セイに言われた時のことを思い出した。《アキヅキの街》で屈辱を受けたあの一騎打ちの光景がよぎり、さらに気分は落ち込むが、おかげで一つ思い出せた事もあった。


 ――考えすぎ、心配しすぎ、が私の悪いところか。


 私は姿勢を正して喝を入れる。そうだ、ただ単に虫の居所が悪かったという事もある。それなら、今は他でもないあの変態ことセイを見習うとしよう。


「えいっ」


 私は掌を交差するように合わせて、湯を押し出す。すると、


「ひゃ!?」


 思いがけない言葉に私は目を点にさせた。押し出した湯は見事ウルルカの顔にヒット。その驚きっぷりはウグイスにも負けない可愛らしい声を発したのである。

 けれど、それはウルルカの腹の虫にも命中したらしく、水もしたたるいい女になったウルルカは、とっさに閉じた瞼を渋々上げながら不機嫌そうに呟いた。


「……何するのよ」

「いやぁ、ぼーとしてるから隙を突けるかな、と思って」

「……隙をついて何をするつもりだったのよ」

「それは」

「それは」

「……いたずら?」


 かちっ……あ、スイッチが入るような変な音が聞こえた。

 もちろん実際に聞こえたわけではない。とっさに私は湯船から上がろうとした。けれど、どうやら猫耳モードに入ったらしいウルルカが飛び上がって私の背中に抱きついた。


「悪い子はどこにゃー。悪い子にはおしおきにゃー!」

「ひゃー!!」


 ウルルカの手が背後から迫り寄ってくる。その手は腰から上に、


「って、どこ触ろうとしてるのよ!!」

「そんなのお決まりのところに……って、はっ!?」


 むに。急にウルルカの手が止まる。


「そ、そんなバカにゃ……そんなことがあるはずが……」

「何を驚いて、ひゃ!?」


 むにむに。ウルルカが柔らかいものを掴んで離さない。それどころか揉み出して、私はそのひんやりとした感触に言葉を漏らした。


「ちょっ……やめなさい!」


 その後も何度か確かめるように思う存分触ると、ウルルカはがっくりと肩を落として膝を突いた。


「ま、間違いない……少し大きくなっている!?」

「私をなんだと思っているんですか!?」


 私はウルルカの手が離れたのを機に屈みこむ。これでも一端の女性だ。それなりの身体付きではあるのだろう。だからといって好きに扱っていいわけではない。

 ついでに本当に大きくなったかは不明だが、恥ずかしがる私を見つめて、ウルルカは確信を持ったかのように立ち上がった。しかし、全くの見当違いのことを口にする。


「……セイっちのせいだな」

「え?」

「ミコトの母性を刺激して……セイっち、許すまじ」

「え、え、え」


 ちょっと待って、目が怖い。

 何だかウルルカの背後に嫉妬に燃える炎が見える……私はとっさに湯船から上がろうとするウルルカの手を取った。


「ストップ、ストップ! 何かわからないけど、とにかく落ち着いて!!」

「大丈夫だよ。ちょっとお灸を据えてくるだけだから」


 いや、笑顔で言われても説得力無いから……メラメラと燃えたぎる中、私は必死にウルルカの手を引っ張る。ウルルカはそれでも『お灸』という名の報復に進もうとするのだが、私の手を振り解こうとはせず、嫉妬の炎を燃やす。


「セイっち!! 後で覚えてろよ――――!!!!」


 余談だが、この瞬間、ちょうど月下荘への帰路にたったセイが、ぞくぞくと寒気を感じて身震いしたことを私は知らない。

 そうして、しばらく叫び続けたウルルカはやっと気が済んだのか、猫耳モードのスイッチを切ってくれた。再び湯船に浸かりなおす。


 ――ふ、不毛な争いだった。


 ウルルカがいったい何に反応したのかわからないが、せっかくのリラックスタイムが台無しだ……これからはあの変態の真似はやめよう。私は心に決めて、湯冷めした身体を温め直す。

 とはいえ、ウルルカも肩の力が抜けたのか、ぽつぽつと言葉を漏らした。


「……ミコトは、これからもセイと一緒にいるんだよね?」

「そう……だね。私は《お触り禁止》のようにはなれない。だからこそ、彼がどこにたどり着くのか見てみたい……それが、今の私の正直な気持ち」


 そっか……ウルルカの濡れた髪から水滴が落ちる。水滴は波紋となって湯船に広がった。

 きっといろんな事が変わっていく……この水滴のように突拍子もない事が皆を変えていくんだ。

 そして、波紋は露天風呂の端に当たって、止まる。私はそれを見届けて、やっと空を見上げた。そんな私を見て、ウルルカは寂しそうに呟いた。


「それじゃ、うちはいらないね」


 えっ……私は突拍子のない言葉に慌てて振り返る。一瞬、また猫耳モードになったかとも思ったが、ウルルカの表情は真面目なものだった。


「だって、これからミコトの相棒はセイになるんでしょ? だったら、相棒(パートナー)は解消しなきゃ」

「何でそうなるの!?」


 私はウルルカの両肩を掴んで叫んだ。


「一緒に来ればいいでしょ!! あいつだって断らない、いや断らせない!!」


 そうだ、私はウルルカとお別れをしたいわけではない。

 言うなれば、仕事とプライベートの関係だ。《お触り禁止》の行く末は見届けたいだけで、共にいたいのはウルルカでなければならない。


「それとも、何かやりたいことがあるの?」

「ないよ、そんなの」


 ウルルカは顔を上げる。空は澄み渡るほど青く、切望の眼差しを向けた。


「悔しいけどセイはすごい。セイが来てから事態が急激に進んでいる。《ナインテイル自治領》の復活もそう遠くない未来になる」


 けれど、時間が経つにつれウルルカの表情から感情がこぼれ落ちていく。


「だからこそ……先に進めば進むほど『自分はここに居てはいけない』という気持ちが膨らんで押しつぶそうとしてくる」


 だってうちは……次の瞬間、ウルルカはそう呟いて顔を俯かせる。


「ウルルカ?」

「もう出る」


 湯船に大きな波が起きる。ウルルカが強引にも私の手を振り解いて立ち上がったのだ。私は突然のことに驚いてその場に固まってしまう。


「……」


 結局、私はウルルカの事がわからない。出会ってから約一年経っても見通すことができない。

 私はため息をつく。去り際に見上げたウルルカの瞳は、逆光のせいもあって、何色にも染まらない黒色だった。



温泉回、ありがとうございます!(←はかどった)


11/1 4行変更(これでも一端の女性だ。時が経てばそれなりの身体付きにもなるだろう~→私はウルルカの手が離れたのを機に屈みこむ~)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字羅「ぎゃおーす!」 >未だ現実味を帯びていなかったのもあるが、《Plant hwyaden》に感心が持てなかったのである。 関心? >《大災害》後、どの《冒険者》の街も治安悪化が…
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