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ログ・ホライズン二次小説 『お触り禁止と供贄の巫女』  作者: 暇したい猫(桜)
第四幕 『恋と温泉とスパイ大捜索』
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第一章 2 日だまりと陰り


 そうして鶴の一声……もとい、コールの一声で《ユフィンの温泉街》行きが決定した僕たちは、さっそく荷物を詰め込んで出発することになった。

 そして、


「おかしい……」


 僕は拍子抜けしたかのごとく、荷を降ろして、木造の建物を見上げる。


「おかしい……いつもなら何かが起きるはずなのに、なぜ何も起きないんだ!」

「馬鹿な事を叫んでないで、荷物を運んでください」

「……はい」


 そして、ミコトに注意されて、僕はばつが悪そうに振り返った。

 そう、馬車に揺られること数日。僕たちは無事に目的地に着いていた。その間、何か問題が起きるのではと身構えていたのだが、至って平和な日々を過ごしている。


「おい、ユキヒコのせいで、セイが根暗になってるぞ」

「え、僕のせい?」


 馬車から荷物を降ろしていたナガレが地味に手伝っているユキヒコに注意を促した。僕は浮かない顔を持ち上げる。

 そこには仲間たちがいつも通りに過ごしていた。僕と違って、ノエルは今まで頑張ってくれた馬たちに餌をやり、ミコトはウルルカと共に挨拶回りの準備に取りかかっている。

 そして、肝心のコールはというと、僕と一緒に荷物運び。けれど僕と違って、期待に胸を膨らませ、目の前の建物を見上げていた。


「ここが私たちが泊まる旅館」


 つられて僕も見上げる。これから五日間、僕たちはこの旅館で休養し、その傍らで《ナインテイル九大商家》の会合が行われる。

 その名も『月下荘』……その外観は《ユフィンの温泉街》の中でも一際大きく、見事と言わざるを得ないほどの造形美を誇っていた。

 瓦張りの屋根には反りが加えられ、軒には彫刻が刻まれている。赤い提灯がその彫を照らし、石灯籠と純白の砂利が幻想的な雰囲気を醸し出している。そんな足を踏み入れたことのない空間に、コールは待ちきれないと言わんばかりにそわそわしていた。

 コールにしてみれば、月下荘は初めて足を踏み入れるダンジョンといったところか。


「くすっ」


 ひょこひょこと小刻みに揺らす金髪は、まるでひよこのよう……途端にコールが恥ずかしくなって縮こまる。


「……少しはしゃぎすぎでしょうか?」

「そんなことないよ」


 僕は縮こまるコールの頭をぽんぽんと撫でた。そうだな、いつまでも暗い顔を見せるわけにもいかない……僕は重い腰を上げて柄にもなく、にっこり微笑んだ。


「良い休日にしよう」


 そう、皆にとって良い休日にする……それが今回の旅で僕がやるべき事だ。その言葉にコールは安心して、青空にも負けない澄み切った笑顔で「はい!」と応えた。

 こうして春の日だまりのような僕たちの休日は幕を開けた。


     ◇


 けれど、その日だまりの前には必ず陰りがある。僕は荷物を運びながら、《パンナイルの街》での出来事を思い出す。

 そう、コールが「行きましょう」と言ったその後、何も起こらないわけがなかった。


「ああ、でも《お触り禁止》とミコトちゃんは、まだお話があるから残っていてもらえるかな」


 《パンナイルの街》での話の直後、僕とミコトはホネストに呼び止められた。コールとウルルカは先に部屋の外へ……正確に言えば、温泉に入れると有頂天になっているコールに「買い物につき合ってください」とウルルカが連れ去られてしまった。結果として部屋に残っていたのは、ホネストと疾風、首を傾げている僕たちだけだった。


「話って何ですか?」


 何故かはしゃぎ回っているコールを放って置くこともできず、僕は急ぐように聞く。すると、ホネストは「うーん」と珍しく歯切れの悪い返事を返した。それで直感が鋭いミコトは察した。


「もしかして、《典災》の影響でまた世界に何か変化が?」


 あ……僕は目を丸くする。

 そう、僕たちは辛くも奪還作戦は成功したが、その全てを自分たちの手で成しえたとは考えていなかった。

 裏から手を回していたミズファ=トゥルーデ。敵でありながら最後は見逃してくれたナカルナード。僕たちの逃走を手助けしてくれた濡羽。


 ――《十席会議》の第一席……《Plant hwyaden》のトップ。


 《ナインテイル自治領》に帰って来た際、濡羽の事を聞いた時は大いに驚いたものだ。

 だが、それ以上に驚いた出来事もあった。《弧状列島ヤマト》で発生した《典災》事件……第三勢力が起こした事件を前に、《アキバの街》と《Plant hwyaden》が手を取り合ったのである。

 主に《アキバの街》が《召還の典災タリクタン》の対処をし、《Plant hwyaden》は事態の沈静化に協力。実際に、僕たちも最後の最後で垣間見たが、《典災》の前では《冒険者》同士のいざこざなんて可愛いものだった。

 それを機に世界は渦に呑まれるように変わり始めている。《アキバの街》では《航海者(トラベラー)》と呼ばれる者たちを調べ始め、《Plant hwyaden》では『争っている場合ではないのではないか』という意見が出始めた。過激派と急進派で完全に二極化してしまったのである。

 今、《神聖皇国ウェストランデ》は混乱に次ぐ混乱に見舞われている。《ナインテイル自治領》が放置されているのも頷けた。だが、これからも無事である保証はどこにもない。


「まさか《ウェストランデ》が動き出したんですか!?」

「あ、いや……まだこれといった動きは見せていない。そうではなくて、そうではなくてだな……」


 ホネストは口をつぐむ。僕たちはさらに首を傾げ、見かねた疾風はホネストに代わって言葉を紡いだ。


「獅子身中の虫……今回、二人には、警備とともに、第三分室にいる、スパイを探して、もらいたい、のです」

「…………は?」


 僕とミコトは珍しく同調して声を漏らした。その後ミコトは怪訝そうな表情をするが、すぐさま顔を逸らして表情を元に戻す……そんなに僕と意見を合わせるのは生理的に嫌なのでしょうか?

 とはいえ、僕もこの事については聞き逃せない。


 ――『その中にスパイがいる』


 それはナカルナードが最後に伝えた事と同じだったからだ。だが、僕自身ナカルナードの言葉を鵜呑みにしているわけではなかった。相手は敵側の人間……こちらを掻き乱そうとしている可能性も否定できなかった。

 何より、味方を疑いたくなかった……けれどホネストからもその言葉が出れば、疑わずにはいられない。僕はミコトに続いて視線をホネストに向けた。そもそも本当の事なのか……すると、ホネストは残念そうに頷いた。それも、


「……第一容疑者は、ウルルカ、です」


 瞬間、ミコトは目を丸くして、書類の山で埋め尽くされていた机を、バンッ、と叩いた。書類の山を崩れて、舞い上がった書類は辺り一面に散らばった。ミコトは目を細めて荒々しく言葉をかける。


「……どういうことですか?」

「ミコト、無礼よ」

「お姉ちゃんは黙って!」


 あくまで淡々と喋る疾風に、ミコトは今にも噛みつきそうな表情でにらみつける。いつも冷静なミコトがここまで感情を露わにしているのは珍しい。


「ミコト、落ち着け!」

「友達が疑われているのに、落ち着けるはずないでしょ!!」


 僕の言葉も受け付けず、止めようとした手を払いのけ、ミコトは涙ぐむ。


「何で落ち着いていられるの!? 何でウルルカが疑われないといけないの!?」

「そこまでだ!」


 途端にホネストは大声で怒声を吹き飛ばし、場を鎮める。


「こうなる気はしていたんだ……疾風も頭を冷やせ。言葉が足りないのが君の悪いところだ」

「…………」


 けれど、ホネストの言葉には嫌悪感はなく、むしろ、背負うべき責を肩代わりさせてしまっている自分に反吐が出ているようだった。

 ミコトは尚も睨みをきかせているが、ホネストは冷たい視線を浴びせかけ黙らせる。さすがは組織を率いるリーダー……言葉一つで空間を支配した。そして一堂が会する中、カリスマ性を発揮するかのように語り出す。


「そうだな……まずは、こちらの事情を説明するべきだろう」

「こちらの事情?」


 僕は問い返す。


「そう、《お触り禁止》たちが《キョウの都》に出向いている間、僕たちが押さえていた《アナト海峡》は《Plant hwyaden》から三回の奇襲を受けた」


 ホネストは静かに頷いて答える。

 一回目は《アナト海峡》にある海底トンネルから敵の大群が現れた。これはあらかじめ予想していた行為だったため、あらかじめ侵入するルートを三つに限定し、各個撃破することで容易に対処できた。

 二回目は空から《鷲獅子(グリフォン)》に乗った精鋭部隊が攻めてきた。《鷲獅子(グリフォン)》というのは《冒険者》が跨がって乗ることができる飛行生物の一つ。巨大な獅子の身体と鷲の頭部を併せ持つ幻想種で、時間制限はあるものの上空を高速で移動することができる。

 とは言っても、呼び寄せる事ができる召還笛は《死霊が原(ハデスズブレス)》の《大規模戦闘(レイド)》をくぐり抜けた者のみ。絶対数は少ない。結果として送り込まれた精鋭に対して、ホネストは物量で押し切った。

 そして、三回目。


「味方の裏切りがあった」


 僕とミコトはホネストの言葉に目を丸くした。

 話によれば、味方の一人が押さえていた関所の封鎖を解こうとした。だが、疾風の『奥の手』というもので切り抜けたらしい。途端にミコトが顔を歪める……まるで『口伝(奥の手)』が何なのか知っているかのようだった。

 しかし、他にも内通者がいるかもしれない……僕たちが《キョウの都》から帰ってくる頃、ホネストと疾風は秘密裏に調べ始めていた。そうして洗い出された中で浮かび上がったのが、


「ウルルカさんですか」


 僕は呟く。ホネストは静かに頷いた。


「過去の渡航記録を見た。《大災害》直後、《ウェストランデ》からやってきた者にウルルカの名前があった」

「それだけですか?」


 ミコトが肩をふるわせながら囁く。


「それだけでウルルカを疑っているんですか?」

「状況証拠、としては、十分」


 刹那、ミコトが再び鋭い視線を疾風に向ける。けれど、今度は感情をコントロールできているのか、すぐさまそっぽを向いた。そんな二人に頭を悩ませながらホネストは話を続ける。


「もちろんこれは状況証拠だ。確証はない。だからこそ確認を」

「嫌です」


 僕は素直に答えた。ホネスト……いや、その場にいる誰もが仰天したかのように目を丸くする。そういうのに流されないのが、僕の良いところ……前、ノエルが言ってたことだ。だからこそ僕は僕らしく言う。


「仲間を疑う事はしたくありません。だから……」


 怒りに打ち震えるミコトの肩をぽんっと叩いて安心させる。


「見つけます。僕たちで本当のスパイを探してみせます」


 それが僕の精一杯の抵抗だった。



原作では《死霊が原(ハデスズブレス)》、セルデシアガゼットでは《死霊が原(セキガハラ)》。

原作リスペクトでやってみました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字羅「ギャオース!」 >赤い提灯がその堀を照らし、石灯籠と純白の砂利が幻想的な雰囲気を醸し出している。 その”彫(り)” 彫刻を照らしているならこちら 送り仮名は無くてもおkかと。 …
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