エピローグ
こうして〈ナカスの街〉の長いバレンタインデーは終わった。
その後、ホネストによって〈ナインテイルコロシアム〉にあったモンスターマッチング装置は破壊され、戦闘終了の合図がなされた。街は活気にあふれ、〈Plant hwyaden〉は後始末に追われることになった。西方の〈堕ちた天使〉も加勢が入り、犠牲なく無事に倒されたらしい。
そんな中僕たちはというと、ホネストの提案により騒ぎが収まるまで二、三日の間ギルドホームに引きこもっていた。〈Plant hwyaden〉にみつからないようにするのもそうだが、正直、徹夜明けでかなり疲れていたのだ……帰ってきてからもそのままへたり込むようにギルドホームの床に寝転がった。コールはそんな僕らに薄い毛布をかけて優しく微笑む……「おつかれさまでした」と。
「『巫女様』……」
その時、コールの背後に一人の女性が近寄った。灰色と鼠色のローブを着たその女性は〈供贄の一族〉のグレイス……彼女は静かにメガネをかけ直し、しかし、優しく語りかけた。それが僕との約束だから。
コールはそんな彼女に振り返る……『供贄の巫女』ではなく、一人の少女として。
「ごめんなさい、グレイス。でも私はやっぱりあそこには戻りません。私はここにいたい……セイさん、ノエルさんのいるこの家に」
「……〈六傾姫〉がいてもですか」
コールは静かに頷いた。これから何が起ころうと、たとえ邪魔をされようと、自分を貫き通す信念を持ってグレイスに微笑む。でも、
「大丈夫だと思うよ」
途端にコールとグレイスが肩を震わせて視線を向ける。
「起こしてしまいましたか?」
僕はとっさに身体を支えるコールに寄り添われながら上体を起こす。さすがに〈冒険者〉と言ってもすぐさま深い眠りにつくのは無理というものだ。
僕はそんな彼女らを司会に入れながら、眠気眼をこすり寝言のごとく呟いた。
「……たぶん〈六傾姫〉はもう何もしない」
とっさにグレイスが「なぜです」とその根拠を問いただす。だけど終わってみればわかることではないか。
「本当に世界を壊すつもりなら、『こんなもので済まさない』……」
「――――っ!?」
目からうろこを零すように、突如グレイスのメガネがずれ落ちる。
しかし、やっぱり自分を生まれ変わらせるほど世界の理を捻じ曲げる人が、こんな結末で許せるほど詰めの甘いお方だとは思えなかった。僕がもし〈六傾姫〉だったら幽閉なんてされる前にいっそのこと世界事態を失くしてみせる。
だから、きっとこれは〈六傾姫〉にとっては、いたずら程度。
「……まったく困ったお姫様だ」
そして、言いたい事を言った僕はさすがに眠気に耐えられなくなって、誘われるように床につく……その傍らで灰色と鼠色のローブを着た女性が自分の至らなさに歯を食いしばった事も知らないまま。
そして、二、三日後。騒ぎが収まってきた頃を見計らって僕たちは 〈メインストリート〉に来ていた。
周りは通常運転。まるでバレンタインデーの事なんてなかったかのように〈冒険者〉は〈冒険者〉で楽しく、〈大地人〉は〈大地人〉同士で街の復旧作業をしている。
だけど、色とりどりの模様を取り外す〈大地人〉を少数だが手伝う〈冒険者〉の姿がちらほら見て取れる。少しだけど〈ナカスの街〉も変われたのかな。
そんな中で僕とノエル、コールはプリエに見送られようとしていた。
「一緒にお父さんのお墓に行けなくてごめん」
僕はプリエの頭を撫ぜた。プリエはぶっきらぼうに首を横に振る。
「いい、仕方ない。今回の大騒ぎでお兄ちゃん達、有名人になったんでしょ?」
途端に僕は息を詰まらせる……そうなのだ、実はバレンタインの騒動でついに『お触り禁止』の異名を〈ナカスの街〉に轟かせる結果になったらしい。何だかんだで周りにいる〈冒険者〉もこちらをみつめてきている。それも『希望の新生』だとかまた恥ずかしい異名が出てきだした。
ということでノエルと相談した結果、いらぬ戦いを避けるためにまた〈ナカスの街〉を出ようという事になった。
しかし、僕がいない間に何かあったらどうしよう、と時々不安になる。
「まぁ、正直に言うとコールに〈トオノミ地方〉を案内するだけだから、心配しなくてもすぐに戻ってくるわよ!」
そんな僕をノエルが一発どついて気合を入れる。一方コールは、
「温泉……オンセン!!」
となぜかはしゃいでいた……〈トオノミ地方〉に温泉街がある事を伝えてからというのも目を輝かせている。
僕はそんな二人を眺め、ため息を吐きながらにっこりほほ笑んだ……これが僕の仲間、僕の味方。
「それじゃ、そろそろ行こう」
そうして、僕たちは二人を連れて〈メインストリート〉を越えて城壁の外へ出た。〈ナカスの街〉の暖かな風に押されて。
だけど、澄み渡った空を眺めながら冒険を始めた僕たちは、近くの平野道でさっそく立ち止まる。外套がついた全身鎧の青年がその道を遮るように立っていたのだ。
「やぁ、待っていましたよ。『お触り禁止』」
その青年……もといホネストは子供のように笑いながら呟いた。
まさしく『悪魔の笑み』……途端に僕は背筋に嫌な寒気を感じて震えあがる。それはノエルとコールも同じだったらしく、その青年へむけて苦笑いをしている。その顔には『助けてください』と言葉が張り付いているぐらいだ。恐ろしい。
だが、このまま立ち止まっているわけにもいかないだろう。僕は覚悟を決めて、はははは、と笑い交じりにその青年に話しかけた。
「ホ、ホネストさん……こんなところでどうしたんですか? 確か〈アライアンス第三分室〉はバレンタインデーから全員〈ナカスの街〉から撤退したんでしたよね」
だけど、内心では冷や汗が流れっぱなしだ。なぜなら、予想だと僕たちは……、
「ええ……だから迎えに来ました」
……ホネストに連れ去られる。
「ノエル!!」
「わかってる!!」
瞬間、ノエルは合図とともに僕とコールの襟を掴んだ。途端にコールが「はい?」と首を傾げた。けれどさすがに二回目ともなれば、ノエルがしようとしている事が手に取るようにわかるらしい。
「あ、ま、まさか……!?」
「〈ファントムステップ〉!」
だけど、言うが速し。ノエルは移動の技を繰り出して踵を返した。そして、案の定コールは酔って口元を押さえる。だが、我慢してくれ……たぶんホネストに捕まったら思いっきりこき使われる気がする!
同時にそれを肯定するかのようにホネストが顔色変えずに追っかけてきた。その、クスクス笑う姿と足を必死に動かす姿はギャップがあってまじめに恐い。
「に・が・し・ま・せ・ん・よ。必ず〈第三分室〉に入ってもらいます!!」
――こわ、こわ、恐い恐い、やっぱりメガネ恐いぃぃぃぃ!!
この後しばらくホネストとの追いかけっこが続いたのだが、結局は最後は首根っこを掴まれて捕まったのだった。
こうして僕たちの冒険は新たな始まりを迎える形で終わった。だけど、全く締まらない終わり方が僕たちらしいと、僕はホネストの背にゆられながら腹を抱えて笑った。
さてはて次に待つのはどんな冒険なのか――それはまた別の話。
ということで、ここまで読んでくださりありがとうございます。
初めて書いたログホラ二次小説でしたが、どうでしたでしょうか?
大体の流れとしては
〈コールと出会い〉→〈コールが騒ぎを起こす〉→〈それによりホネストに目をつけられる〉→〈反乱分子の仲間に入れさせられる〉
という構成でした。
一応続きの話は書こうと思いますが、いかんせん私がへたれで、他にもやりたいことがあって、兼、執筆スピードが遅いと言うバッドステータスだらけなので、念のため完結マークを付けさせていただきました。
(次は早くても半年後、遅くても一年後ぐらいになると思います……遅いなあ)
なので、ここで次のオチが気になる方への次回のサブタイな(次回予告的な?)ものを告げようかと。
次回のサブタイは『置き去り組パーティの結成』……内容は言わずもがなセイさんがパーティを組まされます。メンバーは作中で突然現れたあの人たちですね。
で、抜け目のないホネストさんはついでに『とあるおつかい』を頼みます。長い目でいられる人は『おつかい』の内容を楽しみにしていただければと思います。
(本当に書くのかな自分……)
では最後に本当に読んでいただいた方ありがとうございました。
(何気に毎日アクセスを気にしていた)桜でした。