プロローグ
猫が、ないていた。
猫のように、誰かが泣いていた……違うの、違うの、と。
《大災害》からまだ日も経っていない時だった。その日、《ナインテイル自治領》は大きな混乱の渦に呑み込まれていた。《大災害》から立ち直る暇も無く、本州関西方面……《神聖皇国ウェストランデ》から攻撃を受けていたのである。
そもそも《ナカスの街》がある《ナインテイル自治領》がウェストランデに落ちたのには二つの原因がある。一に《冒険者》の全体量が少なかったこと。そして、二に大規模ギルド……つまりはリーダーとして引っ張る存在がいなかったことである。
そのせいで誰も《大災害》という現象を調査しようとはしなかった。誰も彼もが『自分ではない誰かがやってくれるだろう』という惰性を心の中に抱いてしまったのである。
もちろんほんの少しでも調査をしていた一握りの《冒険者》はいただろう。当時、中核だった九つの自治領と一部の《冒険者》が共闘して戦おうとした者もいただろう。だが、皆、『協力』というものをしようとはしなかった。
各々が動き、各自が情報を独占し、ナインテイルの外に助けを求めなかった。そして自由が故に、まさか攻め込まれるとは誰も思っていなかった。
それは猫のように立ち尽くす誰かも例外ではなかった……といっても誰かは元から《ナインテイル》にいた者ではなかったのだが。
誰かは《ナカスの街》の玄関《メインストリート》で呆気にとられる。
「《Plant hwyaden》だ!! 《都市間転移門》を使って《ウェストランデ》の《冒険者》が攻めてきたぞ!!」
逃げろという単語が耳にまとわりつく。人々は行き惑い、力は世界を孤立させ、音は声を消していく。
皆、最初は『助けが来たのか?』と首を傾げた。安堵の声を出した者だっている。だが、その後ろから《ウェストランデ》の衛兵が姿を見せた事でその表情も曇った。
助けて、助けて、助けて。
誰かは呟く。その間にも侵攻は行進のように迫ってくる。人々は忙しなく動き回り、道端に散乱する物たちは踏みにじられる。その中を誰かは立ち尽くしながら叫んでいた。
話が違う。こんなことをするために《Plant hwyaden》に協力したわけではない。こんなことをするために《ナカスの街》の情報を売ったのではない。
助けて、助けて、助けて。
だけど何もかもがかき消され、誰も彼もが走り去る。まるで道端の野良猫に誰も目もくれないように。
誰かはただ泣きわめく……。
「何してるの!!」
そんな時だった。絶望のあまりしゃがみ込むと、誰かがその肩を掴みあげた。とっさに顔を上げると目の前には少女の顔があった。
緑色の髪に巫女姿。桜色の羽衣は春のうららかな陽気を醸し出しているよう……それは誰かにとっては唯一差し込まれた木漏れ日だった。
「一人!? 立てる!?」
「え、あ……」
少女は語りかける。誰かはただ戸惑った。
だが、世界は待ってくれない。どこからともなくやってくる行進曲に少女の足は駆り立てられる。
「話は後!! 今はとにかく逃げるの!! ほら、立って!!」
掌が向けられる。重なり合って、引っぱられる。
ああ、暖かい。
誰かは一緒に走り出す。何も考えず、言われるがまま付いていく。
そう、まるで猫がぬくもりに惹かれていくかのように、誰かもまた、その日を境に、日の光のような少女に惹かれていったのだった。
その日から約一年が経った現在。誰かは未だ少女につきまとっている。
「……」
だが、誰かは薄々感じ取っていた……それももうすぐ終わるのだろう、と。
誰かはどことも知れない木漏れ日をただ見続けていた。




