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第四章 4 口伝


 綺麗な水道橋も強力な雷に打たれて崩れればただの瓦礫へと変わる。


「《ライトニングフォール》!!」


 ユキヒコの言葉と共に落ちた雷はナカルナードを崩れ落ちる瓦礫の直中へと誘った。

 《お触り禁止》……瓦礫の影に埋もれるナカルナードは一瞬だけ僕を凝視する。だけど、すぐさま瓦礫が視界を妨げ、ナカルナードは巻き添えになって生き埋めにされた。

 水道橋は大きな土煙をあげ、姿を残骸へと変貌させる。その光景を僕はナガレに抱えられる形で見届け、電撃を放ったユキヒコは口を押さえて土煙が収まるのを待った。そして、《キョウの都》の最東端に流れる風が土煙を攫ったのと同時に、僕たちは瓦礫の前で落ち合った。


「セイさーん」


 途端に、《精霊樹の槍》を振りながら近寄ってくるのはユキヒコ。だが、ユキヒコの表情はいつもよりにやけていた。その心情は言わずもがな、ナガレがはっと感づいて口を開く。


「お、おまえ……まさか」

「ナガレがついに反抗期を超えて大人に……僕はちょっと感慨深いです」

「うぜぇ!!」


 ってか、やっぱり最初から聞いていたのか……直後、ナガレが僕を投げ捨ててユキヒコに跳び蹴りを食らわせる。

 ユキヒコはさすがというべきか、するりと紙一重で避けると、尚も子供の成長を見守る親の顔でにやにや微笑む。その瞳からはかすかに涙さえも出て、それがナガレをもっと激高させた。


「というか、俺をさらし者にしやがったな。キングオブ地味のくせに!」


 ナガレは恥ずかしさのあまり顔を赤く染め、跳び蹴りが加速する。そんな二人を見て僕は投げ捨てられたままの状態から、腰を押さえて立ち上がった。

 まだナカルナードから受けたダメージは響いている。だが、こうして二人が喧嘩する姿を見ていると、どこか日常が戻ってきたような安心感が漂った。


 ――「あれは単にじゃれてるだけだから」


 刹那、ノエルの言葉が脳裏をよぎる。ああ、そうか……これが腐れ縁というものかもしれない。

 パーティを組み始めた頃はその言葉の意味がわからなかったけど、きっとナガレとユキヒコはお互いに足りない物を補い合っているのだろう。

 ナガレはユキヒコに、ユキヒコはナガレに……毛色が違うからこそ手を取り合える時もあるのだ。

 それはきっと今回の旅で僕が学んだ事。誰が敵で、誰が味方かは一概には言えないという事。


「……?」


 その時だった。一瞬、地面が揺れた気がしたが……?

 いや、気のせいではない。ナガレもユキヒコも会話を止め、ただ一点を見つめていた。僕も視線を向けるとそこは水道橋の残骸……崩れた瓦礫の山だった。

 その瓦礫の山がまるで脈打つかのように揺れ動く。ドン、ドン、ドン……脈打つ度に積み上がった瓦礫が転がり、瓦礫の合間からギラリと執念を燃やす瞳が映し出される。

 瞬間、僕は背後に引っ張られる感覚を覚えた。ナガレは僕を抱えて一心不乱に逃げ出していたのだ。ユキヒコもすぐさま後を追う。やばい……背筋を伝う冷や汗だけが僕たちを急がせる。

 間違いない。ナカルナードはまだ動ける……。


「おい! あいつ、倒したんじゃないのかよ!?」

「正確には閉じ込めただけだよ。倒してない!」


 だが、だからといってあの残骸の山を抜け出せるほどHP(体力)が残っているとも思えない。たとえ高レベルの《冒険者》であろうと高所からの落下ダメージが発生する。頭を打って気絶する事もあるし、瀕死の状態にはなる事だってある。なのに、どうして……。


「来ましたよ!!」


 刹那、ユキヒコが叫ぶ。すると次の瞬間、瓦礫が石のように一気に吹き飛び、その合間から大理石のごとき光沢をまとったナカルナードが重たい足を前に出す。

 そうか、《キャッスル・オブ・ストーン》……《守護戦士(ガーディアン)》だけに許された防御技を使ったのか。

 《キャッスル・オブ・ストーン》は数分だけだが、自身をあらゆる攻撃を受け付けない状態にする。言い換えれば自身を無敵状態にする技である。確かに生き埋めになる前に発動できていたのだとしたら、落下ダメージを防ぎ、瓦礫をはねのけることもできるかもしれない。味方であればとても心強いのだが、敵にすればこれほどまでにも厄介なものになるのか。

 と、その瞬間、ナカルナードが地面を踏みしめるとともに地面を蹴った。その速さは歩数を重ねるほどに加速……刻々と僕たちとの間合いを詰めてくる。


「くそっ! チートだ!!」


 ナガレは全速力で水道橋に至るまでの道……古びた残骸を飛び越えて声を張り上げる。だが、これはチートではなく能力(ステイタス)の差だろう。

 僕たちは良くて中レベル。一方、ナカルナードは高レベル……それも上位に食い込めるほどだ。HPの差から察しても、まともに戦って勝てる要素はどこにもない。それが速さにも出ているのだろう。

 それゆえの水道橋での奇襲だったのだが……。


「セイさん、何か策はないんですか?」


 その時、ユキヒコが僕に指示を仰ぐ。だけど僕は黙った。そんな僕にナガレはじと目になりながら呟く。


「いや、さすがに何か言えよ」

「……てへ」

「ごまかした!?」


 途端にナガレとユキヒコが意外そうな顔を向けた。だが、まともに戦う手段がないからナカルナードを閉じ込める手段を使ったのだ。それも警戒されれば終わり……水道橋の一手は本当に一回限りの大勝負。後は人質を助け出して、逃げ切ることに集中すれば良い……それが当初の僕の考えだった。

 今日の朝……貴族たちが押し入ってきた際、このことをミコトに話したら「悪巧みが上手い」と悪態をつかれてしまったのだが、ミコトが言う以上に現実は上手くいかなかった。濡羽が現れ、順序は逆になり、ナカルナードは思惑通りに拘束できなかった。やはり僕にはそういう素質はないのだろう。


 ――いや、待て・・・・・・それはつまり、濡羽さんがいなかったら作戦が詰んでいたってことか?


 もしリックを先に助けに行かなかったら、人質を助けるどころか、ナカルナードも足止めもできず、捕まるか、おめおめと《ナインテイル》に帰っていたということに……。


「追いつかれるぞ!」


 ナガレが声を張り上げて屈む。その上空を滑空するのは斧槍、そして地面を蹴って飛び出してきていたナカルナードだった。そのまま土煙をあげて着地すると勢いよく斧槍を振りかざそうとする。


「ちくしょう、仕方ねぇな!!」


 直後、ナガレは僕をボールのように投げた。そのままユキヒコにキャッチさせると、ナガレは刀の柄を掴んで名乗りをあげる。

 その声は木霊し、ナカルナードの鼓膜で共鳴する。その方向に顔を向かなければうるさくて叶わないほどに。


「ナガレ!?」


 僕は目を丸くして叫ぶ。ナガレが使ったのは《武士の挑戦》……敵襲心(ヘイト)を集める技だ。これはいわゆる無用にヘイトを集める行為……タウンティング行為というもの、自滅しかねない行為とも言われている。

 ただナガレがなぜそんな行為をしたのかは予測がつく。ナカルナードの注意を惹いて時間を稼ぐためだろう。


「セイ、考えろ! 皆が助かる道を!!」


 途端にナガレは刀を鞘に収めて腰を低くする……《居合の構え》だ。おそらくは牽制しようとしたのだろう。

 だが、ナカルナードはすぐさま攻撃を仕掛けた。斧槍の刃の部分……斧としての機能をふんだんに使い、たたみかけるかのように攻撃を仕掛ける。


「《マーシレスストライク》」


 その顔に恐れはなく、瞳に迷いはなかった。


     ◇


 俺はバカだ。ナガレこと俺は自身を嘯いた。

 現実世界にいた俺は『稲田流也』として剣道で上を目指していた。その『上』を『一位』になることだと勘違いして、勝手に挫折したのが俺だ。挙げ句の果てに《大災害》に巻き込まれた。

 だけどその時……初めて《セルデシア》という地に『ナガレ』という新しい名前で足を踏み入れたほんの一瞬、俺は思ってしまった。


 ――これでもう悩む必要はない。


 解放された気分になった。

 だが、その結果がこれだ。一緒に《大災害》に巻き込まれたユキヒコを見た途端、ユキヒコの夢を台無しにしてしまった喪失感で心はいっぱいになった。すると、今度は俺の夢を体現したような少年セイが現れた。セイと一緒に冒険して俺は再び諦めかけていた夢にしがみつくようになった。

 ぐるぐるぐるぐる……実に空回りだ。

 だが、今回のことでわかった。それは人を前に動かす歯車なのだろう、と。

 たとえ勝てなくても、たとえ叶わなくても……戦って、戦いぬくために必要なのが『夢』なんだ。


 ――兄貴に負けない『男』になる。


 きっとこれはそういうことだ。


「《マーシレスストライク》」


 俺は目の前にいるナカルナードをにらみつける。正直、背筋は震えてしかたない。寒気で手先の震えが治まらない。

 だけど、『反骨心』をもらった俺は刀を抜かずにはいられなかった。とっさに《居合の構え》を発動させる。


「《木霊返し》!!」


 カウンター技を『居合い』で放つと斧槍に斬撃をぶつける。すると、双方の斬撃は反発して相殺された。俺の斬撃は強化されているというのに、だ。

 いや、余波を受けてHP(体力)がいくらか削られている。それはナカルナードも同じでやっとHPの一割を削れたことを確認できた。


「水道橋で戦った分も含めて、やっと一割かよ。やっぱり高レベル者は違うな」

「逃げて、ナガレ!」


 後方にいるセイが叫ぶ。途端にセイは前に出ようとするが、それをユキヒコが押さえ込んだ。

 それでいい。本人は否定するが、セイは俺たちの要だ。可能性だ。今なくすわけにはいかない。

 だから俺は歯を食いしばった。体は硬直していて動けない。ナカルナードはその隙に振りかぶるように横薙ぎを脇腹に食らわした。鎧が悲鳴を上げ、痛みが全身を襲う。HPががくっと六割減る。

 それでも、ナカルナードは油断をしなかった。すでに僕たちを中レベル《冒険者》とは見ていないのか、言葉数さえ少なくなったナカルナードは、反撃を恐れて間合いを作る。俺はよろめいて刀を地面に差して体を支えた。

 それでも俺は立ち続ける……きっとセイがこの危機的状況の打開策をみつけてくれると信じて。信じて戦い抜くのが『男』だと信じて。


 ――だから、勝てなくてもいい。俺の持てる全てを出して、出し切って、可能性を繋ぐんだ。


「……うぉぉぉぉおおおおおお!!!!」


 そう、『ナガレ』としての俺だけじゃない、『稲田流也』としての俺だけでもない……二つを合わせもって驚異であるナカルナードに立ち向かうんだ。

 俺は動かない腕を強引に振るう。刀を引き抜き、倒れそうな体で前に進む。だからかもしれない……それは唐突にできた。


 ――『口伝』


 突如として瞳に映し出されたステイタス画面には、効果音と共に見知らぬ言葉が表示されていた。


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