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第四章 1 男


 斧槍とサーベルが、キンッ、と音を立てる。

 《キョウの都》の最西端では今も甲高い金属音が鳴り響いていた。ナカルナードと呼ばれている俺は斧槍を、ミズファと呼ばれる《大地人(ランダー)》はサーベルを握っている。そして、俺たちは刃を突き出して互いに牽制しあっていた。

 だが、戦況は圧倒的に俺に向いている。


「どうした。こんなものか?」


 俺は一振りした後で挑発する。そんな俺をミズファは一瞥するかのように一歩下がって、ちっ、と舌打ちをした。


「……化け物が一丁前の事を言うじゃないか」


 それからミズファが体をくねらせ、サーベルが猪のように俺の顔めがけて飛んでくる。けれども、くるりと斧槍を回すと俺は刀身で防いだ。刹那、ミズファの眉間に皺が寄る。

 だが、そこで攻撃を止めるほどミズファは生ぬるい存在ではない。次の瞬間、サーベルは予備動作なしで再度伸びてくる。刀身が痛むのを承知で無理矢理押し込んできたのだ。過程を顧みないミズファらしい。結果としてサーベルはずるずると引きずり、耳障りな音を発しながら首をかっ切ろうとする。


「だからこそ、甘ぇ」


 攻撃が見え透いている……俺はため息を吐きながら、むしろ力を抜いて後ろに傾いた。自然とミズファは体勢を崩し、サーベルとの間に空間ができる。半身を退いた俺はその空間を使って武器を器用に構え直した。

 そのまま斧槍を前へ……と、思ったのだが、危険を感知する鼻だけは良いのか、ミズファはあっさりとサーベルから手を離し、地面に伏して避ける。その後、落ちてきたサーベルを悠々と回収して、再び地面を蹴った。一秒後、そこには斧槍が降ってくるが間に合わない。


 ――甘ぇのは俺も同じって事か。


 ああ、本当にため息しか出てこない。俺はゲームをしていたはずだ。だが、あの《大災害》とかいう馬鹿げた現象のせいでサバイバルなんて真似をせざるを得なくなった。

 その時、ノエルとかいう嬢ちゃんが俺に言った事を思い出す。


 ――『戦争ごっこがしたいなら他所でやって!!』


 全くもってその通りだ。現実世界では周りが『平和ボケ』やら何やらうるさく喚いているが、俺からすればできるうちはどんどんやっとけばいいんだ。

 そう、別に俺は弱いことは悪いこととは思わない。どうせ戦争が始まれば、そんなものは関係なくなる。誰も彼もが引きずり込まれて強要される。

 それは戦争に限った話ではない。社会でもそうだ。まさしくサバイバル。強いやつがどんどんむしり取って弱いやつには何も残らない。嫌なら強くなれば良い……ただそれだけの話だ。

 だが、大抵のやつはそうならない。喚くだけ喚いて何もしないやつが多すぎる。少なくとも俺の周りはいつもそんな感じだった……そんな日々に反吐が出た。


 ――だからゲームを始めた。ただそれだけの事だったのにな。


 ああ、本当に辟易する。けれど《大災害》でこの世界でもサバイバルが始まってしまえば仕方がない。生きるために強くなるしかない。

 ゆえに俺は《Plant hwyaden》の傘下に入った。生き抜くために利益の高い組織を選び、余計な争いは避け、融通も利くように協力もした。

 それでも思うようにはいかない。いざ《Plant hwyaden》に入ってみれば、弱いやつよりも質の悪いやつがいたのだ。

 その代表的なのがミズファだ。戦好きの女は立ち上がって再度サーベルを振り降ろす。


「化け物は化け物らしく人間様に殺されなよ!!」


 ああ、もう我慢の限界だ……俺は怒りにまかせて口を開く。


「うるせぇよ」


 直後、振り下ろされたサーベルを素手で掴んだ。もちろんHP(体力)は減る……だから何だというのだ。


「教えてやるよ、ミズファ。レベルが圧倒的に低いおまえが勝つことは万に一つもない。急所を狙うしかないおまえに対して、俺は急所を確実に守れば他はたいしたダメージにならないって事だ」


 特に俺は《冒険者》の中でも防御力が高い《守護戦士》だ。生半可な攻撃を受けてもそうそう倒れはしない。


「……っ」


 すぐさま理解したミズファは再びサーベルから手を離して距離を取る。その瞬間、俺はすかさずサーベルを逆手に持ち直してミズファに向けてぶん投げた。サーベルはものすごい勢いで飛翔。ミズファの頬に牙を立て、通過し、地面に突き刺さる。

 刹那、頬から一滴の血が流れた。ミズファはそれを拭うと、危機的状況にも関わらずそれをなめる。その動作一つ一つが鼻持ちならない。まるで楽しんでいるかのようだった。


「気にいらない……なぜ死にたがる?」


 俺とミズファの違いは一にも二にもそこにあった。同じ強者を求め、戦いを好むが、根本的な動機が違う。基本的に生きるために何でもする俺だが、死んで花を咲かせるために何でもするのがミズファだ。その溝は深く、理解で埋められるものではない。

 だからこそ、ミズファが油断ならない存在なのは知っている……もうそろそろ決着をつけるべきだ。

 ミズファは《十席会議》の一人だが、会議で決まった事に妨害をしてきた時点で言い逃れはできはしない。さすがに死亡させるわけにはいかないが、腕の一本ぐらいもぎ取っても誰も文句は言わないだろう。俺は斧槍を肩にかける。

 その時だった。ミズファはくくくと笑いだす。


「何がおかしい」

「いや、そういえば前にも同じような事を言われたなと思ってね」

「前……《記録の地平線(ログ・ホライズン)》か」


 確か、一ヶ月ぐらい前にミズファは《赤き夜》という部隊を率いて《弧状列島ヤマト》の東側、《自由都市同盟イースタル》への進軍作戦を決行したことがある。だが、結局はその前に『にゃん太』という《記録の地平線(ログ・ホライズン)》のメンバーに阻止されたはずだが、それに何の意味が……。


 ――……いや、そうじゃない!


 俺はミズファの意図していることがわかって肩にかけていた斧槍を振り上げる。だけど、刹那、ミズファの懐から光が漏れ出して、一瞬だが光が視界を覆った。おそらくは《蓄光石》だろう。宿屋とかで使われ、本来、暗い場所で周囲を明るく照らす《大地人》のアイテムだが、ミズファはそれを目くらましに使ったのだ。


「……冒険者ってのはつくづくお優しいことで」


 突如、笑みがこぼれて絶えないミズファの声が耳を打つ。その高慢ちきの態度に俺は吠えた。


「おいっ! まさか、逃げる気か!?」


 先ほどの言葉に関係なんてありはしない……ただ単に時間稼ぎがしたいがために紡いでいただけだ。あらかじめ逃げておく手段を用意していた事も含めて全て計算尽くだったわけだ。

 それを証明するかのようにミズファは語りかける。


「あたしの目的は達成できた……この勝負はあんたにやるよ」


 もちろん一気に光を放出したのなら効果が続くはずもなく、直後、光は途絶える。だが、その時にはミズファの声は消え、立ち去る姿はどこにもなかった。


「……こけにしやがって」


 試合に勝って勝負に負けるというのはこういうことか。

 逃げ足だけは《冒険者》顔負けだな……俺は八つ当たりのごとくミズファのいた地面に斧槍を突き刺す。だが、腐っている暇もない。ミズファの思い通りにさせない意味でも、せめて『セイ』とかいう《ナインテイル》から来た《冒険者》たちは捕まえなくてはならない。

 俺はすぐさま《冒険者》用のウインドウを開いて《念話》を繋いだ。繋いだ先は情報網を敷いた一角……《キョウの都》から南西に置いた拠点である。そこでセイという《冒険者》の足取りを追おうとした。

 だが、俺はそこで思いがけない報告を耳にすることになる。


「は? 今、何て言った……?」


 俺は理解できなくて問い返した。すると、拠点で情報網を統括していた副官は慌てた様子で切り返してくる。


『ですから、各方面から目標の情報が『多数』存在しているんです!!』


 それは俺がセイという《冒険者》を見くびっていたという証明でもあった。


     ◇


 ――俺は何がしたいんだ?


 それはナガレこと俺がいつも考えている事だった。今、この瞬間さえも考える。

 周りは暗闇……閉じ込められたように自由はきかない。できて振り返る事ができるぐらいか……視界は開けているというのに動けないのは不思議な感覚だった。

 頭もなぜか冴えている……確か俺は、《サニルーフ山脈》の山中でナカルナードに襲われて、


 ――そうだ。ナカルナードにHP(体力)を削られたんだった。


 どこかへ連れて行かれそうになったから俺は必死に逃れようとして……返り討ちにされた。気絶させられた。だとすれば、ここはどこでもない……夢というものを見ているのかもしれない。


 ――こんな時でも夢なんか見るんだな。


 どうしたというのだろう……意外にも心は落ち着いていた。

 きっと目を覚ませば、惨たらしい現状が待っているはずだ。もしかしたら、俺と一緒に捕まったノエルが痛めつけられている可能性だってある。本来ならば俺は必死にもがいて、少しでも早く起きようとしなければならないはずなのに、今はその気が一片も沸き起こらなかった。


 ――ああ、そうか。これが『諦め』ってやつか。


 俺は空を仰ぎ見る……とはいっても空という空はない。上に広がるのは真っ黒な世界だけ。だというのに、なぜかそれが妙に心地が良かった。

 そう、もう立ち上がる勇気もない。何もしなくて良い……その安心感は俺を病みつきにさせる。

 その安心感に身を任せようとした時、声がした。


「家の事は俺が全部引き受ける。だからおまえは剣道を続けろ」


 俺は振り返る。そこにはスーツ姿の兄が立っていた。やっぱりか……俺は自虐的に微笑んだ。

 これが何なのかはわからない。だが、俺の自尊心が見せる最後の悪あがきとすれば笑わせる。一にも二にも兄の期待に答えられなかったことが俺の後悔。忘れたことなどない。


「おまえのせいじゃない。俺が家のことを背負いきれなかったせいだ」


 違うよ、兄貴。今ならわかる、兄貴が俺の唯一の支えだった。兄貴は必死に両親を説得してくれようしたじゃないか……少しでも生活費の足しになるように支援してくれた時もある。

 それでも成功しなかったのは全て俺の目算が甘かったせいだ。剣道で一番になれなかったせいだ。だから、兄貴のせいじゃない。

 胸が痛む……ぎゅっと誰かに心臓を握り潰されていっている気がして目がくらむ。夢を叶えることができなかった想いが……兄への懺悔が積み重なって重くのしかかる。

 これが俺の罪……俺が『敗北者』であるという証か。


「何を言っている? 剣道で一番になることがおまえの『夢』じゃなかったはずだ」


 え?


「忘れたのか? 剣道を始めたきっかけを」


 その時、後ろから強風が吹いて木の葉が舞う。目を開けるどころではなく瞼を降ろしてしまう。そして、再び目を開ければ、そこは剣道場の脇だった。

 木漏れ日の中、小学生の俺が中学生の兄貴を必死に真似て竹刀を振っている。ああ、覚えている……ここは俺が始めて兄貴に褒められた場所だ。

 一、二、一、二……今でこそ思えば下手の横好きすぎる。足はふらついて、竹刀もまっすぐ振れていない。負けじと振る姿はなんと愛らしいものか。

 それでも兄貴は言ってくれた……「おまえには剣道の才能がある」と。小学生の俺はそれが嬉しくて目を輝かせた。


 ――「本当!!」

 ――「ああ、もしかしたら一番になれるかもしれないぞ」


 だから、鵜呑みにして、俺は剣道を始めた……。


「だが、おまえはこうも言ったんだ」


 後ろから声がして振り返ると、スーツ姿の兄が同じく幼少の自身を見ていた。とその時、幼少の俺が声をあげる。


 ――「だったら俺も兄貴のようになれる!?」

 ――「え?」

 ――「俺、一番よりも兄貴のようになりたい! いや、兄貴に負けないでっかい器の『男』になりたい!!」


 あ……俺は急に胸を打たれたかのようによろめいた。先ほどの胸を締め付けるかのような痛みが嘘のように消えていく。


「剣道を続けるか、家を継ぐか……その時、自分も悩んでいた。けれどこの時、おまえにそう言われたから家を継いだんだ。おまえのためじゃない……おまえに負けたくない『男』になりたかったからだ」


 スーツ姿の兄貴は言う。


「おまえはどうなんだ? 兄貴に負けない『男』になるんだろう?」


 俺はにっこり微笑む兄貴に手を伸ばす……だが、その手は兄貴に届く事はなかった。背後にある剣道場の風景が紅く光り輝いて俺を包み込んだ。


     ◇


「兄貴!!」

「うわっ!!」


 痛っ……目を覚ますと俺は頭を打ち付けていた。ナガレこと俺は頭を手で押さえる。

 周りを見渡すと夕日の光が眩しく映った。手で影を作ると、目の前には青い軽鎧姿の《冒険者》が……セイがそこにいた。同じように頭を押さえてうずくまっている。その地面の幅は狭く、どうやら俺は橋の上にいるらしい。赤く染まった夕日に向かい、橋の縁に背中を預けるように腰をかけていた。

 橋の上にいるとは言ったが、その実、地面はつるつるとしている。人が通るための橋ではなさそうだ。縁は高く、合間に隙間などはない。これはもしかして……。


「《キョウの都》の最東端……現実世界で言う南禅寺の水道橋の上だよ」


 途端にセイが立ち上がった。どうやら俺のことを心配して顔を覗かせていたようだ。そこで突如、俺が飛び起きたせいでお互いに頭をぶつけたということだろう。セイは目を覚ました俺に気づいて声をかける。


「良かった。無事だったんだね」

「もしかしてセイが助けてくれたのか?」


 セイは首を横に振った。そして、俺がナカルナードに気絶させられてからの経緯を一通り説明してくれた。

 俺とノエルを捕まえたナカルナードが今度はセイを捕まえに来たこと。その際にミズファという幹部の一人が邪魔をして仲間割れを始めたこと。セイはその間に俺とノエルを連れて逃げ出したこと。


「そうか……結局、迷惑をかけてしまったな」


 一通り想像し、経緯を呑み込んだ俺は目をそらす。悔しさがこみ上げ、自然と手にも力がこもった。


 ――兄貴、俺はやっぱり夢を叶えることはできないみたいだ。


 昔からそうだ。俺はできると外に出てみれば、力が足りず……気づいた時にはもう遅い。俺の握る拳は振る相手を求めても、それはただ空を切るだけのものになっていた。

 今もそうだ。結局、俺は誰の力にもなっておらず、本当の男になるためにどうすればいいのか理解していない。


 ――せっかく兄貴が思い出させてくれたのにな。


 たとえ先ほどの出来事が俺の夢で、その場に現れた兄貴が妄想だったとしても、兄貴は微笑んで応援してくれた。だというのに俺はその誠意をいつも裏切ってしまう。


「なに終わったような顔してるんだよ」


 その時、セイが俺の心を読んだかのように語りかける。それがまるで合言葉のように浸透して、次の瞬間、異変は起こった。

 いや、俺が見えてなかっただけで異変は起き続けていると言った方が正確かも知れない。気づけば夕方だというのに街の喧噪が途絶えていないのだ。「どこだ!!」という人々の声が重なるかのように強調されていく。

 直後、セイが『地上を見てみろ』と首を振った。俺は体を奮い立たせて起き上がる。途端に視界は開け、縁の向こうから《キョウの都》が映し出された。

 瞬間、俺は胸を打たれるしかなかった。


「ナガレの相棒はまだ諦めていないよ」


 セイの言葉を裏付けるように、そこにはたくさんの『絵』が描かれていた。



5/1 誤字・本文を修正(主にナガレの回想シーンを中心にオリジナルの設定にストーリーを変更)

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