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第三章 6 逃げろ


 突如現れたナカルナードは腰を抜かしたセイこと僕を見て幻滅したようにため息をついた。そして、斧槍の向こうで埃を軽くはたくミズファを冷静ににらみつける。


「……これだから《大地人(ランダー)》も油断できないんだ」


 頭を掻いて、まるで子供の喧嘩をなだめる親のように口ずさむナカルナード。といっても、その瞳の奥には青白い炎が漂っていた。


「おや、遅かったじゃないか。『南征将軍』の名が聞いて呆れるねぇ」


 その炎が向けられた先……ナカルナードと同じく余裕を保ったままのミズファが語りかける。サーベルを軽く握り直して髪をなびかせる。ナカルナードもまたその意味に気づいてゆっくりとミズファへ向けて歩き出した。


「おい、どういうことだ。《十席会議》でもこの件は俺に一任されていたはずだ」

「そんなこと知ったことか」


 はいはい、そうですか……ナカルナードは頭を掻いきながら、チッ、と舌打ちをする。ミズファが戦闘狂である事を再認識したかのようだった。

 と、その瞬間、瞬きしている一瞬にナカルナードはミズファに向かって走り出した。右拳がミズファの頬へ容赦なく襲いかかる。それを一歩引いて躱したミズファは、軽く両手をあげて退いた。


「あー、こわいこわい……なんて、言えばいいのかしら?」


 もちろん、それはただのポーズ……本気で怖がっているわけではなかった。ナカルナードはそんなミズファも気にいらないように目尻をつり上げる。目を離さずに、ゆっくりと移動し、僕の目の前までやってきた。そして、突き刺された斧槍を引き抜く。それをミズファに向けて、ナカルナードはただ静かに警戒した。

 もしかして助けてくれるのか……そんな妄想が僕の頭をよぎる。


「おっと、勘違いすんじゃねぇぞ。おまえらを助けたわけじゃねぇ」


 けれど、ナカルナードはそんな妄想を砕くように片手を上げ、合図を送った。すると、ナカルナードが現れた地点から手下の一人と思われる《冒険者》が顔を出す。その手には、薄闇色のコートと赤髪のツインテール……間違いなくノエルが両腕を縛られて捕まっていた。僕はその意味を理解して目を丸くして、顔を上げる。


「セイ、ごめん。私……っ」


 ノエルもまた僕に気づいて弁明の言葉を綴る。だけど、全てを言う前に手下にきつく押さえつけられてノエルの顔が歪んだ。


「やめろ!!」


 僕は叫ぶ。だが、状況はさらに悪化して、ノエルの背後にまた一人、手下が増える。その肩に担がれていたのは獣の毛があしらわれた鎧武者……ナガレだった。

 そのナガレの頬には殴られた痕がついている。そして、地面に投げ捨てられたナガレはびくともしない。動かないところを見ると、気絶させられたのかもしれない……それも体力(ヒットポイント)を瀕死の状態になるまで痛めつけるやり方で。


「……あのノエルとかいう嬢ちゃんとは違って、あの小僧はいつまでも『離せ』とうるさかったからな。さすがに黙らせた」


 途端に、ひゅー、とミズファが感心したように口笛を吹いた。僕は目の前にいるナカルナードをにらみつける。けれどナカルナードは平然としていた。そして、


「動くな。この意味わかるよな」


 僕は歯を食いしばった。わかりやすい脅しだ……それゆえに一縷の望みさえない事も窺い知れる。

 おそらく動けば今度はノエルが同じ目に遭うのだろう。人質を保護していたユキヒコもまた固唾を呑んで静かに頷いた。事実上、制圧されたも同然だった。

 すると、僕たちのことは一段落ついたと言わんばかりにナカルナードはミズファに言い放つ。


「さてと、あとはおまえさんだが……このまま退く気にはならないんだよな、ミズファ=トゥルーデ」


 視線を一点集中させるナカルナード。結局、彼にとって僕たちはそれぐらいの価値にしか思われていなかったのだ。

 それはミズファも同じで、先ほどまでの殺気は完全にナカルナードに移行されている。舌なめずり、ニタニタ微笑むミズファは、髪をかき上げた。


「ああ、もちろん。一応、このままだと困るんで……ね!!」


 直後、ミズファのサーベルがナカルナードへ向かって一直線に跳ぶ。ナカルナードはその突進を斧槍で容易に防いだ。斧とサーベルの切っ先が衝突して火花が散る。


「真面目な話、まじでやり合うなんて初めてじゃないか?」

「わくわくして止まらないねぇ」


 一見、お互い笑っているように見える。だが、胸の内はどんなどす黒いものが巡っているかわからない。

 そもそも次元が違う……その軽快な言葉とは裏腹に二人とも殺意をむき出しにしたまま武器を振るっていた。斧槍を振りかぶれば地面がたたき割れ、サーベルはくねくねと巻き付くようにナカルナードの鎧に傷をつける。たやすい事のように思えるが、一撃、一撃の余波が僕の肌をヒリヒリと焦がす。

 とても割って入れない……今の僕では技術も覚悟もない。これが高レベル者の戦いなのだろうか。

 でも、逆を言えばチャンスでもある。強敵がお互いに戦い合っている今なら、一瞬の隙さえあれば逃げ出せるかもしれない。状況をひっくり返す事はできなくても、人質の子供たちとノエルたちを連れて出すことはできるかもしれない。

 運が良いことに都に戻れば、まだ策は残っている。だが、問題はその隙とノエルたちを取り戻す方法をどうすれば良いかだけど……。


「そんな事を考えそうなセイっちに朗報ですにゃー」


 その時だった。懐かしい声が聞こえて、僕は目を見開いた。それというのも、次の瞬間、ノエルを捕まえていた手下がゆっくりと崩れるように倒れたのだ。代わりに背後から虎柄の猫耳としっぽをつけた少女が顔を見せる。間違いなく、


「ウルルカさん!!」

「なに!?」


 僕は叫ぶ。と、同時にナガレを投げ捨てた手下が武器を構える。けれど、その前にウルルカが手下の腹に強烈な蹴りを入れ、吹き飛ばす。そうか《ワイバーンキック》か……僕は推測する。

 《ワイバーンキック》は《武闘家》が使える技の一つだが、その効果の一つには『瞬間転移』というものがある。文字通り高さ関係なくある地点に転移する効果なのだが、それを奇襲として利用したのだろう。

 すごい……同じ《武闘家》であるノエルにもその凄さがわかるのか、目を丸くして呟いた。直後、ウルルカはぱちりとウインクする。


「ミコトの相方としてはこのぐらいはできないと……それよりも、今だよ、セイっち!!」


 呼ばれて僕は、はっ、と目を覚ます。そうだ、逃げるなら今しかない……僕はユキヒコに視線を向けると、ユキヒコは大きく頷いて、ウインドウからコマンド入力で呪文を発動させる。直後、ウインドウからキノコの胞子がまき散らされ、地面から手足の生えたキノコが現れる。

 この技は……その途端、僕は両耳を押さえた。ユキヒコもまた子供たちに言い渡し、ウルルカたちも同じく耳を塞ぐ。

 そうして、キノコたちが立ち上がると口が開き、周囲に絶叫を響かせた。一定時間朦朧とさせる《森呪遣い》の技《シュリーカーエコー》だ。《アキヅキの街》でも活躍した技だが、耳をつんざく絶叫が敵味方かまわず不快感を与えるのがたまに傷でもある。

 だが、ミズファとナカルナード……しいては僕たちを取り巻いていたナカルナードの手下までをも行動不能にさせ、隙を作る。ユキヒコは人質の子供たちを街中へ誘導し、僕はリックを連れて走り出す。ノエルはその後を追い、ウルルカはナガレを抱えた。その光景を見て、ナカルナードが大声が上げる。


「おい、こらっ、待て!!」

「おっと、よそ見している場合かい?」


 けれど、同じく声を上げたミズファがナカルナードにそれ以上の事をさせなかった。わざと斧槍にサーベルを当てて、ナカルナードを見事に押さえ込む。

 その時、ナカルナードがウルルカに一瞬視線を向けた。

「……」


 ウルルカは黙ったまま、目線をそらした。それが何を示していたのか、僕にはわからない。

 だが、ウルルカがナガレを抱えたまま都の方へ跳んでいくと、ナカルナードは眉をひそめながら舌打ちをして手下どもに怒鳴った。


「いつまで寝ている!! 早く追え!!!!」


 途端に手下たちが直立するように飛び起きた。完全に頭に血が上ったナカルナードに恐れおののきながら慌てて僕たちの後を追う。それを見届けてから、ナカルナードは斧槍とサーベルを交差させた先を睨みつけた。


「さてと……死ぬ覚悟はあるんだよな?」


 ミズファはにっこりと満面の笑みを見せた。


     ◇


 そうとも知らず、僕たちは再び都の街を駆け走る。後ろにはノエルとユキヒコたち……人質の子供たちを護衛しながらリックと共に後をついてきている。そして、隣にはウルルカがナガレを抱えつつ併走していた。


「ウルルカさん、無事でよかった! でもどうやってここまで?」

「そんなのあとあと! それよりも《ニオの水海》まで行って」


 《ニオの水海》に……首を傾げる僕に、ウルルカは頷いた。

 ウルルカが言うには今、《ニオの水海》にはコールを向かわせているらしい。《麗港シクシエール》から調達した馬車と人手を駆使し、ミコトの助け……しいては、避難してきた流民の収容をしているそうだ。


「って……まさか、流民を《ナインテイル》に連れて帰るつもりなのか!?」

「え?」


 途端にリックが顔を上げる。助けてくれるのか……リックの表情にウルルカはきつい一言を浴びせる。


「言っておくけど、うちは同情なんて一つもしていないから。本当につらい人はなりふり構っていられないのよ……」


 そう語るウルルカに再度リックは口を閉じる。先ほどの事もあってか、リックは完全にその意味を理解して懲りている証拠だった。

 でも、どうしてウルルカがリックの事情にまで精通しているのだろうか……僕は不思議に思う。

 リックの事もそうだが、ウルルカは《ウェストランデ》に到着して間もないうちに離脱したはずだ。それなのに馬車や人手など、差し押さえられていてもおかしくないものを持ってきている。優遇されすぎていると言ってもいい。

 これではまるで誰かが僕たちの事を見ているかのよう……こちらの情報が漏れているかのようで少し気分が悪かった。それを証明するかのようにウルルカの独り言は続く。


「流民を連れて行くのは単純に危ないから……《Plant hwyaden》は裏切り者に容赦しない」

「ウルルカさん?」


 僕は不安に駆られて、ウルルカの様子を窺った。


「……止まって!」


 けれど、その前にウルルカの忠告が入り、僕の意識は現実に戻される。街路の角で足を止め、そっと塀にへばりついて曲がり角の先を覗くと先ほどの手下が周囲を徘徊していた。


「やばいぞ、早く見つけないと(かしら)にどやされる」


 そう言ったナカルナードの手下は額に冷や汗を流しながら散開して消え去る。それを確認した後で僕たちは角に出た。振り返って皆に相談する。


「この混乱に乗じてかなりの戦力を投入してきたみたいだね」


 気になる事はたくさんある。だけど、今は構っている暇もないみたいだ。心配するウルルカを横目に、僕はユキヒコに視線を向ける。ユキヒコもまた頷き返してくれた。


「どうする? なんならうちが囮を受け持つけど」

「いや、このまま進もう」

「でも……」

「大丈夫。人を惑わすのはいつの世も情報だよ」


 その言葉にウルルカは首を傾げながらも、僕たちは周囲を警戒しながらも再び《ニオの水海》へ向けて走り出した。



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