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第三章 5 遭遇


 それから、セイこと僕はひたすら走った。《キョウの都》の地図に記された点……《Plant hwyaden》所属のギルドホームをしらみつぶしに当たった……そのどこかにいるリックを探して。

 日が昇り時刻は昼間。残る点は一つ……《朱雀門》から西にある寺。現実世界では『金閣寺』と呼ばれる場所に向けて進路を取る。


「セイさーん!!」


 その時だった。声をかけられて僕は足を止めた。すると、南の方から鮮やかな緑色のローブを翻した青年が手を振ってやってくる。間違いなくユキヒコだった。


「やっぱり中央で騒ぎが大きくなってると思ったらセイさんの仕業ですね」

「ユキヒコさん、どうしてここに!?」

「それは僕が知りたいですよ。確か敵の注意を引いてたはずですよね」


 ああ、そっか……僕は合流したユキヒコに濡羽とのあらましを話した。

 濡羽という《Plant hwyaden》所属の《冒険者》が僕を助けてくれた事、濡羽が僕をかばって貴族の兵士を引きつけてくれている事。

 ユキヒコはそれこそ目を丸くしたが、濡羽……というより僕を信じて、鵜呑みにしてくれたらしい。同じく地図に記された点に視線を配る。


「僕はこのままリックを助けに行くつもりですが……」

「それなら、僕も一緒に行きます……ちょうど下準備もできたところでしたし」


 すると、ユキヒコは優しく微笑んで、自前の魔法の鞄(マジックバッグ)をぽんっと叩いてみせた。僕はその報告に目を輝かす。


「セイさんが敵の目を釘付けにしてくれたおかげで純分な仕上がりになりました」


 いえ、そんな……僕は謙遜するために首を横に振ろうとした。

 けれど次の瞬間、僕とユキヒコの動きはピタリと止まる。かすかに漏れた声が風に乗って僕たちの鼓膜を揺さぶったのだ。


『ねぇ、お兄ちゃんは僕たちをどこへ連れて行こうとしているの? そもそも君は本当に元老院の代理の人なの?』


 どうやらこの騒ぎに乗じて外に出たらしい。複数の声がざわめきになって聞こえてきた。その中にはまだ声変わりが始まっていない高い声や、女の子の声、そして、聞き覚えのある声……リックの声があった。


『いいから来い!! くそ、何で俺がいいとこのお坊ちゃんの面倒を見なければならないんだ。それに、この騒ぎ。こんなの聞いてねぇぞ……』


 間違いない……僕はユキヒコと顔を合わせる。その後、塀の向こうを眺めて跳び上がり、そのまま塀を伝って声のする方へ向かった。

 そこは最東端と違ってきれいに整備された場所だった。塀の向こうには整備された歩道に整備された林道が続いている。瓦礫はむしろ少なくて現実世界に近い状態だった。

 リックはその見渡しのいい景観の中心で九人の子供を連れていた。僕は最後の一歩で走り幅跳びのごとく塀を飛び越えた。それはつまり相手の視界にも僕たちが映るということで、


「あ、誰か来た!」


 なに……リックは九人の子供たちが指さす方向に、視線を向けて驚いた。その《冒険者》が自分を探しに来たことを理解していたのだ。上空から飛び降りてくる僕を見て、リックは一目散に逃げようとする。

 だけど、その前に僕はリックと九人の子供の間に割って入るように着地し、その衝撃で風が舞ったのと同時にリックの首根っこを掴んで持ち上げる。


「捕まえたぞ、この悪ガキ小僧」

「くそっ、離せ!!」

「その様子だと自分のしでかした失態を理解しているようだな」

「……」


 リックは口を閉じた。それが答えだった。おそらくリック自身『この混乱の引き金が何か』は見当がついていたのだろう。ミズファが自分を騙していた事……眉間に皺を寄せている僕の顔を見て、流民のキャンプ場がどうなったかは察しがついたようだ。僕は呆れたようにため息を吐く。

 正直、見当をつける頭を持っているのなら事を起こす前に気づいてほしいところだが、そこは、子供ゆえに、といったところか。僕も似たような事をしたので、他人のことをとやかく言えない。

 一方、後ろについてきていたユキヒコは反対側にいた九人の子供……僕たちの本来の目的である《ナインテイル九商家》の人質たちを保護していた。まずは事情の説明……そして、僕たちが反《Plant hwyaden》のレジスタント組織『アライアンス第三分室』であると告げる。


「反《Plant hwyaden》?」


 首を傾げる人質の子供たちに、ユキヒコは頭を撫でながら端的に答えた。


「家に帰れるんですよ」


 家に……それを聞いた途端、子供たちは目を輝かせて喜んだ。ある者は喜びのあまり抱き合い、ある者は嬉しすぎて泣き出す。

 それを眺めたリックは嫌気が差したように挑発した。


「はん。やっぱり金持ちはいいよな。こうしてわざわざ迎えに来てくれるやつがいるんだもんな!! へーへー、うらやましいですね」


 は……僕は首を傾げる。いったいこの子は何を言っているんだろうか。そんな中、リックは勝手に納得して「ハハハ」と自嘲気味に笑って呟いた。


「ああ、そうか。最初から妖しいと思っていたが、流民相手に必死になってたの最初からこのためだったんだな……」

「いや、だから何を言って……」

「最初から目当てはこいつらだったんだろ!! だから流民(俺たち)を使って《キョウの都》を探索したかったんだな!!」


 僕は口を噤む。図星をつかれて反論ができなかった。

 ああ、そうか……リックはそれを肯定とみなして悪態をついた。


「くそっ、騙された。結局、誰もかれも流民は道具としか見てねぇのかよ!!」


 違う……と言いかけて、僕はその言葉を飲み込んだ。あくまで流民キャンプに居座ったのは協力を求めたつもりだが、事実上は同じ事だ。

 そんな僕を見て、リックの中に居座る疑心暗鬼と混乱の熱気がさらに凝り固まる。僕の掌の上で手足をばたつかせて暴れまわる。


「くそっ、だったら皆いなくなればいいんだ!! 国も貴族も平民も、全部全部なくなっちまえ!!」


 けれど、その言葉に思いの外反応したのがユキヒコだった。肩に乗った疑心暗鬼をはじき飛ばすほどの衝撃がリックを襲う。ユキヒコが立ち上がってリックの頬をぶったのだ。

 パン、という破裂に似た音は一瞬だが静寂を呼ぶ。


「冗談でもそんなことを言ったらいけない」


 そして、地味に空間を支配したユキヒコが小さく囁いた。


「今の言葉は、なくしたくないのになくさないといけない人への冒涜だ」


 その言葉は重みを持って降りかかり、リックの肩にのしかかる。傍らで聞いていた僕までもがゴクリと喉を鳴らした。


 ――『僕の絵には個性がない』


 そう悩んでいたユキヒコの心情……いや、それ以前に人として、僕たちのパーティの中で一番の年長者としてユキヒコの言葉には拳が乗っていた。

 そう、子供を制するのはいつの世も『大人』なのだ。その証拠に、


「それと……いるんでしょ、ミズファ=トゥルーデ!! 子供を弄ぶ卑怯者!!」


 直後、ユキヒコは上空に向けて声を張り上げた。僕は慌てて周りを見渡した。だけどそこには誰もいない……それでもユキヒコは確信を持って返答を待った。

 自ら手を汚さず事を進めるような相手。その様は誰かを信じているようで信じていない……大人になりきれていない子供だった。きっと今もどこか遠くから隠れて物事がうまく進んでいるか確認している……ユキヒコはそう睨んだのだろう。


「へぇ、あたしの存在に気づくとは認識を改めた方が良いかねぇ」


 瞬間、辺り一面に甲高い声が響いた。僕はリックから手を離して周囲に警戒を配る。


「後ろだよ」


 けれど、それより前にミズファ自ら指摘され、僕は振り返った。僕たちが来たところから……つまりは塀の上からミズファ=トゥルーデは悠々とあぐらを掻いていたのだ。それが意味するところは僕にもわかる。


「……ずっと僕たちの後ろを嗅ぎ回っていたんですね」


 いわゆる高見の見物というものだろうか。ユキヒコの言葉と同時に僕は腰に巻いてある曲剣《迅速剛剣》を抜いて躊躇なくミズファに詰め寄った。だが、その途端にミズファは塀をひらひらと降りて、簡単に僕を飛び越えてしまう。

 そのままリックの側へ……青ざめるリックの顔を掴んでまじまじと眺める。その赤髪と軍服姿はノエルに似ているが、与える印象は全くの逆だった。

 ノエルの赤髪は太陽のように暖かみを感じる一方、ミズファの髪は血で濡らせたように不気味で極まりない。死神なんて丁重なものではない。もっと意地汚い……そう、『狂犬』というのが一番的確だった。

 その嗅覚は的確でミズファはリックの間抜け面を拝みきった後でクスクスと笑い転げる。


「あー、滑稽、滑稽。まさか本当にいい手駒になってくれるとは……その上、『騙された』とか大層な事を言っていたね?」


 えっ……青ざめていたリックの表情がさらに顔色を失う。そのきょとんとした様子にミズファは追い打ちをかけた。


「……流民の子供風情が粋がるんじゃないよ。おまえらは騙す価値もない」

「……っ」


 途端に、すっ、とリックの体から力が抜けていくのが手に取るようにわかった……これにはさすがに僕でも苛立ちを隠しきれなかった。

 次の瞬間、僕は再び地面を蹴る。《モビリティアタック》で加速し、曲剣を前に突き立てる。ミズファもこれには武器で受け止めるしかなかった。懐から軍用サーベルを半身で抜き、曲剣の切っ先を防ぐ……それで受け止められると判断したのだろう。

 だが、ミズファは吹き飛ばされた。《迅速剛剣》の付加効果によって『強制移動』させられたのだ。

 うぉっと……ミズファはくるりと宙返りして華麗に着地する。だけど、声の調子は落とさない……あくまで『子供の遊び』程度にしか考えていない。


「これは驚いた……あんた珍しい物を持っているようだね」

「そんな事どうでもいい」


 そんなミズファに吐き気を感じながら、僕はリックを庇いつつ曲剣を構え直した。


「あのナカルナードといい、ミズファといい、《Plant(おまえ) hwyaden(たち)》はどうして弱い者いじめするんだ!!」

「おっと、勘違いするんじゃないよ。あたしはあんたたちの味方をしようってんだ」

「それは聞いた! だが、それも自分たちの都合の良いようにするためだろ!!」


 濡羽の言うとおりならば、あくまでミズファは《Plant hwyaden》全体の流れを自分たちに向けさせるために事を起こしたに過ぎない。ナインテイルの人質も、リックも、流民も、この混乱全てがだしに使われたに過ぎない。


「ああ、そうさ。それのどこが悪い」


 だけど、ミズファは開き直ったように、くくく、と口端をつり上げる。「甘い、甘い。やっぱり《冒険者》は甘過ぎるねぇ」と宣うミズファは、どこか箍が外れたかのごとく軍用サーベルを抜く。


「《冒険者》ってのは、そんなに自分を凝り固めないと気が済まないのかね」


 なに……僕は警戒を緩めず、曲剣を構え続ける。だけど、どこか違和感を覚えて口を紡いだ。何かが引っかかる……僕はこの感覚を知っている気がする。

 と、その瞬間、ミズファは突然飛び出し、僕に襲いかかってきた。抜いたサーベルをまるで蛇のように突き出し、僕の網膜を食い破ろうとしてくる。

 僕はとっさに曲剣を盾にした。サーベルと曲剣が交わり火花が散る。


「ぎゃあすかぎゃあすか、うるさいよ!! あたしはあたしの好きなようにする。それこそ他人に渡したりしない。全部が全部、あたしのものだ……あたしが奪い取るのさ!!」

「……!?」


 刹那、僕はサーベルを振り払うが、ミズファは何度も、何度も……それこそ心を砕くようにサーベルを半身で構え、突き出してくる。その度に「あはははは」と狂乱するミズファはどこか子供の笑みを見せる。


「ああ、いいね……武器に頼っている節はあるが悪くはない。だが、まだ足りない……もっと熱くなれよ、《冒険者》!! 一緒に『死に物狂い』になろうじゃないか!!」


 ミズファの言葉に背筋が凍る……そうか、僕はミズファに覚えた違和感の正体に気づいた。


 ――『ゾンビ』だ。


 一か月前にも行った《アキヅキの街》でも同じ事が起こった。人間の心にできた一つの膿が心を腐らせ、その人自身も歪ませる。悪化すれば周りを巻き込んで不幸をまき散らす。

 僕は一歩退いた……本能が関わることを避けたのだ。その隙をミズファは逃さない。


「おや、どうしたんだい? そんなへっぴり腰だと、誤って殺してしまうじゃないか!!」


 しまった……曲剣とサーベルが交差し、こすれ、摩擦が起きる。ミズファの放った一撃が曲剣の隙間を縫うように迫ってくる。その切っ先は僕の眉間に向けられていた。「セイさん!!」とユキヒコが叫ぶ。

 そんな中、ミズファは血走る目を見開いて、今か、今かと待ちわびていた。異常だ……異常過ぎる。サーベルが突き刺さる前に、僕の血の気が引いた。そう、子供のおもちゃとはわけが違う。なのに、ミズファはなぜ子供がねだるような顔ができるのだ?

 無理だ。理解できない。理解してはいけない。会話なんて無意味だ。僕が勝てる要素はどこにもない。

 もう駄目だ。サーベルの切っ先はもう見えない。距離にしてあと数ミリで眉間を貫くだろう……そんな諦めが脳裏をよぎったその時だった。


「俺の獲物に何してくれてんだ、この腐れ女」


 次の瞬間、轟音が鳴り響き、土煙が起きる。途端に視界を埋め尽くしていたサーベルが身を引き、ミズファは一旦距離を取る。そして、開けた視界の先で待っていたのは、斧槍だった。

 周囲を見渡せば、金閣寺に向かう林道に新たな一筋の道ができていた。斧槍が木々を穿ち、地面を抉ったのである。

 そして、その斧槍を放ったのは間違いなく左目に大きな傷を背負った全身鎧……冷血な瞳でミズファを睨むナカルナード本人だった。



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