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第三章 3 ノエルルート、その2


 一方、《サニルーフ山脈》の東側でも事態は急変していた。

 時刻は昨晩まで遡る……ノエルこと私はセイたちと別れた後、ナガレから過去の話を聞いて困惑していた。目を丸くして押し黙る。

 剣道をやるために家を出た事、家を出たのに何もできなかった事……ナガレは何事もないように自分を蔑むが、私はそういう気分にはなれなかった。それはナガレの境遇を哀れんでではない。

 むしろ『すごいな』と思った。私だったら、きっと家を出ることも、自分を貫き通すこともできなかったから……なのに、ナガレは逆にいたたまれない表情で呟いた。


「思えば俺の味方は兄貴だけだった」


 ナガレはそう言って思い出に浸る。剣道を始めたのは兄がきっかけだったこと……兄が楽しくやっていたのを真似たのだ。だから、剣道を続けていった事で「おまえには剣道の才能がある」と兄が認めてくれた事が嬉しかったらしい。


 ――「家の事は俺が全部引き受ける。だからおまえは剣道を続けろ」


 そこまで兄が言ってくれたのだ。なのに、その期待にナガレは応えられなかった。


 ――「おまえのせいじゃない。俺が家のことを背負いきれなかったせいだ」


 だから家を出て兄からその言葉が出た時、ナガレは自分に落胆した。私は顔を俯かせる。正直、気持ちがわからないわけではない……『ナガレに』ではなく『兄の方に』だ。

 だって私も同じなのだ。セイに……憧れた人の支えになろうと舞い上がって、実際のところその人のお荷物になっている。その事実がとても受け入れられない……情けないのだ。

 きっとこんな時、セイなら違う事を言うのだろうなと想像する。セイがこのことを聞けば、ずけずけと相手の心に踏み行って相手の本質を引き出してくる。なのに、私は言葉も出ない、どうしたらいいのか手も足も出ない……自分がだらしない良い証拠だった。

 月夜はそんな私とナガレの境界線を影で見事に演出していた。ナガレは陰に隠れながら囁く。


「……俺の事はいいんだ。もう終わった事だから。だけど、ユキヒコはまだ可能性がある」


 ユキヒコは俺と違って実力がある。経済的にも余裕がある。でも、やる気だけはなかった。やる気がないだけでユキヒコは頑張れば夢を叶えられる位置にいるのに。

 ナガレはそれが許せなかった。ユキヒコに絵を本気で取り組ませたがっていた。


「けれど夢を終わらせた俺が何を言おうと響かない事も理解している」


 加えて追い打ちをかけるように《大災害》も起きた。画家がいないこの世界で画家を目指すのは無理がある。

 だからこそ諦めていたのだが、そこにセイが現れた。バレンタインデーのあの日、《ナカスの街》の《冒険者》の心を変えたセイはナガレにとって待望の人材と言えたのだろう。


「だから急いでたの? 早くセイの目をユキヒコに向けさせたくて?」


 私は細々と口を開く。ナガレは静かに首を縦に振った。

 早く、早く、早く。ナガレの中でその気持ちが時間とともに大きくなっていく。

 速く、速く、速く。次第にそれは行動にも表れる。さすがに功績もなしに見返りを求めるのは勝手がすぎるというものだろう、と。だからセイの気を引くために、もとい抱えている案件を片付けようとする。

 でも私は少し考えた後で、申し訳ないように告げる。


「でも、セイはそんなことはしない……」


 途端にナガレが振り返った。陰の中からギラリと光る瞳孔はまるで黒猫のようで、不気味に背筋を震わせた。威圧感が半端なかった。

 それでも私は言う……セイと長くつきあっている私だからわかることを。


「だって、『セイ』だよ……見返りとか報復とか考えなくて人助けしちゃうセイが気づくはずがない!」


 気づいてもきっと何もしない。今のセイは自分の限界を知っているから……『人の気持ちまでは助けられない』って理解している。

 だからセイは何もしない。自分の事は自分でどうにかするしかないのだ。

 するとナガレは優しい声で「しー」と人差し指を立てる。


「わかってるよ。そんなこと」

「えっ……」


 私は言葉を失う……そして、わかっていないのは自分の方だとすぐに理解した。

 ナガレはわかっているんだ。どこまでも他人に頼っている自分を。わかっていて、抑えきれないんだろう。自覚があったも簡単に変えられないのが自分であり、トラウマなのだから。

 空気が読めないにもほどがある。これではセイのことを責められない。まるで小学生みたいな私が恥ずかしくなる。

 けれどその時だった。


「よぉ、終わったか?」


 暢気に話をしている場合ではなかった。大声を出して、言い合って……自らの居場所を知らせているも同然だった。

 それでも最後まで話せたのは待っていてくれたからだ。茂みの間から現れた《冒険者》は左目に傷を負っていた。全身鎧で斧槍を抱えるその姿は間違いなく私たちを追ってきたナカルナードだった。


     ◇


 そして、日が昇った現在。私たちは少しずつ追い込まれていた。


「《ファントムステップ》!」


 からの《ターニングスワロー》。

 刹那、私は構えていた武器……クナイ《朱雀》を放つ。けれど放ったクナイは斧槍の一振りで地面に落とされてしまう。

 クナイが弾かれた後はすぐさま木々に紛れて間合いをとるが、周りは《冒険者》だらけ……逃げることは叶わなかった。そう、ナカルナードは仲間に包囲させた上で、単身で踏み込んできたのである。

 移動能力に長けている《武闘家》の特性を警戒してのことだろう。ここ四日間逃げられ続けていたせいで対策を講じられていた。

 その上で余計な真似をさせないように徹底させている。今まで手出しひとつしてこなかった。

 おそらく、何よりも生かして捕まえることを一番の目的にしているのだろう。本気で攻める気はなく、あくまでナカルナード一人で十分と高を括っていた。

 実際、その通りだからこちらとしては何も言えない。何とか本隊をかき乱してミスを誘っているが、うまく実を結ばないのがその証拠だった。

 とその時、後方に陣取っていたナガレが《居合の構え》から《飯綱斬り》を放つ。

 《飯綱斬り》は職業《武士》の中で唯一、遠距離から斬撃を飛ばすことができる技だ。それを《居合の構え》で強化している……言うなればこれが私とナガレで出せる最大の技だった。

 私の技はそのための時間稼ぎ。だが、ナカルナードはいとも簡単によける。たった一歩。すり足で退いて体勢を傾けただけで飛んできた斬撃は通り過ぎる。通り過ぎた《飯綱斬り》はそのまま木々の一、二本を叩っ切るが、その威力もナカルナードの前では背景と化していた。


「キレが甘ぇ」


 刹那、ナカルナードが気合いと共に引いた足に力を込める。今までとは違う反応……攻撃が来る!

 けれど、気づいたときには遅かった。斧槍を逆手に持つとナカルナードはその全身鎧には似つかわしくない踏み込みを見せた。まるで掌底のごとく、突き出された斧槍の柄は一直線にナガレに飛んでくる。


「ナガレ!」


 私は叫ぶ。ナガレは《居合の構え》の硬直時間で動けない。私もまた《ファントムステップ》の再起動時間(リキャストタイム)が足りていない……『即時移動』による救出は試せない。

 結果として、ナガレはナカルナードの一撃に息を呑みながら、直に当たりにいくしかなかった。斧槍が懐に食い込み、胃液を逆流させながら吹き飛ばされてしまう。


「《アーマークラッシュ》。強烈な打撃で相手の防御力を削いでいく技だ。防御力が高い戦士職でもこれは効くだろ」


 ナカルナードは斧槍を構え直して得意げに喋る。その言葉の通り、吹き飛ばされ木の幹に衝突したナガレはぐったりと背中を預けた。

 くそっ……ナガレはそれでも立ち上がろうとする。だが、とうに限界は超えていた。私はそんなナガレの側まで寄ってクナイを構え直す。

 だけど、それももはや格好だけだった。ナガレの離脱は確定的。戦力は私だけ。加えて私は《武闘家》で、また戦士職……先ほどの技は回避できたとしても、戦況を切り開いていくほどの攻撃力はない。時間稼ぎをしても無意味だった。

 それを察してか、ナカルナードもまた勝ち誇った表情で口を開く。


「なぁ、いい加減に諦めて捕まってくれねぇかな……なんなら人生相談にもつきあってやるからよ」


 冗談なのか本気なのか……ナカルナードは愛想よく宣う。それは勝利宣言と同等だった。途端にナガレが「ふざけやがって」と無理にでも体を反らせて前に出ようとする。けれど、その瞬間、私は手を広げて制止させた。


「何のつもりだ?」


 ナガレが眉間に皺を寄せる。でも、今ならわかる……ナガレはただ早くこの『ナカス奪還作戦』を終わらせようとしているだけだ、と。

 セイならきっと望まない……いや、関係ない。勝てない戦を延々とするなんて私には耐えられなかった。だから、私に何ができるのかを考える。


「……わかった。煮るなり焼くなり何でもして。ただし死ぬのはごめんだけど」


 なっ……ナガレはわめき声を上げようとした。だが、その前にナカルナードが斧槍を地面に突き刺して大きな地響きを鳴らす。

 途端にナガレが押し黙る……ナカルナードの気迫に圧倒されたのだ。にも関わらず、ナカルナードは顔色変えずにいつもの野太い声で口走る。


「なんだ、意外に話がわかるじゃねぇか……一縷の望みにかけるってやつか?」


 さすがにばれているか……私は冷や汗を流しながら黙りこけた。

 そう、仲間が助けに来てくれる可能性にかけるしかない……それが私の考えた最善の答えだった。

 実にふがいない。正直、悔しい。でも、力不足は実感していた。そして、経験や努力が一朝一夕で身につくものでもないのも理解している。そんな私にナカルナードは顔をにやけさせる。


「ま、勝たなきゃ負け犬の遠吠えだな」


 一仕事終えたナカルナードは背後を見せ、仲間に合図を送る。それを聞きつけて数人の《冒険者》が私とナガレを拘束して武装を外す。

 こうして私とナガレはナカルナードの捕虜になった。だけど思いの外、その最善の手は早くやってきた。

 私を拘束していた《冒険者》の一人が連絡を受けて作業を中断する。


「頭、《キョウの都》に動きあり! 目標が潜伏していると思われる流民のキャンプ地がもぬけの殻です!」

「なに……」


 直後、ナカルナードの足が止まった……間違いないセイが何かしたんだ。

 そんな中、私は心の中でセイに注意を促した……『気をつけて』と。


     ◇


 そんな心配をされているとも知らずに、セイこと僕は《キョウの都》の路地を走り抜ける。

 意外にも《キョウの都》は落ち着いていた。まるで他人事のように住民は誰も見向きもせず、兵士に協力もせず、皆、ただ傍観に徹していた。

 その中で『表通り』と『裏通り』……《キョウの都》ならではの道を駆使して、僕は追っ手をあしらう。

 まさかまたこんな機会が得られるとは思わなかった……概要図をかけてリックと追いかけっこをした瞬間が思い出される。その経験が生きて、僕にも少なからず土地勘がついたらしい。

 崩れかけた塀を上って隣の路地へ、そこからさらに碁盤の目に沿った角を曲がり、姿をくらます。それだけでもかなりの数の兵士の削ぐことができる……リックに習った事だ。だが、敵の目を釘付けにしなければいけないので次はあえて敵の前に姿を現した。

 今、僕がしないといけない事はユキヒコの補佐……ユキヒコが動けるようにしなければならない。今回ばかりは僕が縁の下の力持ちになる番だった。

 だけど、相手も馬鹿じゃない。広い路地……『大路』に出た途端、数名が挟み撃ちを仕掛けてきた。

 同時にそこにいた住民が悲鳴を上げて逃げ出す。兵士が剣を構えて一直線に突っ込んできたのだ。

 やばい……さすがにここで捕まるわけにはいかない。とはいえ、できれば関係ない人に不要な争いに巻き込みたくない。攻撃したら《大地人》の兵士には怪我を負わせてしまう……どこもかしこも八方塞がりだった。


「《アストラルチャフ》」


 そんな時だった。いきなり銀色の霧が地面から立ち上り、辺り一面を包み込む。


「こちらですよ」


 と、同時に誰かが僕の手を掴まえて引っ張る。その手を僕は拒否しなかった。いや、なぜか拒否できなかった。引っ張られる中、兵士を躱し、銀色の霧から飛び出す。

 途端に銀の煙が風に溶け、僕の前にゆるふわな黒髪がなびいた。

 そう、その誰かは女性だった。憂いに満ちた瞳と輪郭の造形は完璧であり、黒髪から覗く耳はちょっとしたアクセントにもなっている。

 種族はノエルと同じ《狐尾族》。でも、どこか儚げで守ってあげたくなる《冒険者》だった。下手をしたら、忠誠を誓ってしまいそうになるほどだ。


 ――あれ、でもこの感じ……ダリエラさんと似てる?


 どこか既視感を覚えて僕は首を傾げた。確かダリエラもまた知らずの内に引き込まれていた。協力してくれたからよかったものの、敵だったら魅惑されていたのではないかと思うほどだ。

 その間にも黒髪の《冒険者》はあるところへ連れて行く。そこは《キョウの都》で一番危険な場所。ダンジョンの入り口とされる《朱雀門》だった。

 この《キョウの朱雀門》は、大規模戦闘(レイド)イベント《スザクモンの鬼祭り》が発生する有名な場所だった。この門を通った先には《ヘイアンの呪禁都》という地下へと広がる迷宮があり、深く潜れば潜るほど攻略の難易度が上がっていく。

 だが、黒髪の《冒険者》は《朱雀門》自体に用はない、その手前で僕を解放した。


「ここならわかっていても、簡単には踏み込めないでしょう」


 黒髪の《冒険者》はそう語ると振り返る。

 余談だが、《キョウの朱雀門》は《スザクモンの鬼祭り》の際に、《ヘイアンの呪禁都》と共に《生きている器物(リビングツール)》や《悪鬼(オニ)》といったモンスターを《キョウの都》に出現させる。故に、《朱雀門》は住民にとって畏怖の対象でもあり、滅多な事がない限り寄ってこなかった。

 黒髪の《冒険者》もそれを狙ったのだろう……黒いドレスを翻しながら、妖しく微笑む。

 そんな彼女に僕は気まずく思いながらも尋ねた。


「えっと、どちら様ですか」


 僕は不思議でたまらなかった。突然の乱入者……それも完全に初対面。なのにこの女性は僕を助けてくれた。それはなぜなのか?

 すると、黒髪の《冒険者》は「ああ、そうか」と拍子抜けしたかのように呟いた。


改めまして(、、、、、)自己紹介を。私は『濡羽(ぬれは)』と申します」



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