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第二章 6 卑下と思惑


 そうして少しした後、僕たちはその御仁……流民の長というべき存在にテントの中へ案内された。

 そこは卓やベッドはなく、代わりに薄いタオルケットのようなものがたくさん置かれていて、流民が皆で身を寄せ合って眠る寝床だった。その中を僕は肩身を狭くしながら、一方ダリエラは気を楽にしながら、それぞれ正座する。対面にはかの御仁……隣には概要図を盗んだ少年もいる。


「まずは自己紹介を……わしはここの一団を仕切らせていただいているゲイルと申します。そして、この子がリック。見ての通り、悪戯ばかりする困った子です」


 そう言った御仁……もといゲイルは少年リックの頭を掴んで、無理矢理頭を下げさせる。一方、リックは「だれが『困った子』だ、屁理屈じじい!!」と手足をばたつかせた……もちろん御仁の腕力には遠く及ばない。


「頑固じじい!!」

「その口の悪さ直せと言ったであろう」

「あ、あの、話題を戻しても……?」


 そんな中に僕は渋々割り込んでいく。正直、痴話喧嘩に入っていくようで気が引けるのだが、まだ盗られた物を返してもらっていないのでそうも言ってられない。

 直後、ゲイルは「ゴホン」と咳払いをした。


「失礼しました……先にこちらをお返しせねばなりませんね」


 そういって前に出されたのは、ユキヒコが描いた《キョウの都》の概要図だった。それを受け取った僕は中身を確認し、ほっ、と一息ついて懐にしっかりと収める。これでひとまずは安心。『ナカス奪還作戦』に戻れるというもの。

 と同時に、リックが再び手を伸ばす。ゲイルの手を逃れて四つん這いになりながらも叫び出す。


「あ! おい、それは俺の物だぞ! 返せよ!!」

「違うであろう」


 その後、リックの頭にゲイルの拳骨が入ったのは言うまでもないだろう。リックは頭を抱えて、怒鳴り声を立てる。


「いてぇじゃねぇか!! 暴力じじい!」

「当たり前だ。痛くしているのだからな。盗んでおいて『俺の物』とは図々しいにもほどがある」


 そんな状況に少し置いてけぼりをくわされている僕たちだったが、次の瞬間、そんな空気をはね飛ばす怒号が響き渡る。


「うるせぇ!! 何もしねぇ奴にいわれたかねぇ!!」


 全員が視線を向ける……そうさせる力がその言葉にはあった。

 空気がどよめき、皆、息を呑む。


「俺は違う……俺はこうにはならない!」


 途端にゲイルは苦虫を噛み潰した表情になった。そうとは知らず、リックは呻きを上げるように立ち上がって走り出す……「待たんか」というゲイルの言葉にも振り向かずに。

 僕は目を点にさせてその光景を眺めていた。テントの外へ飛び出すリックに対して状況が掴めず、完全に外野にまわっている状態だ。それを察したゲイルが恥ずかしそうに顔を歪めた。


「申し訳ない、《冒険者》よ。あの子はまだわかっていないだけなのです」

「わかっていない……?」


 どういうことだろう……僕は首を傾げてダリエラに視線を向ける。だけど、ダリエラはにこにこと微笑むだけで、干渉しない……完全に外野を決め込んでいる。

 そして、時も僕にかまいもせず、ゲイルが話を前に進ませる……迷惑をかけたお詫びをしたい、と申し出てくれたのだ。

 もちろん僕は断った。こちらとしては盗った物を返してもらえればよかったのだ……だけど「お詫びをしなければ気が済まない」とせがまれた僕は渋々ゲイルの申し出を受けたのである。


     ◇


「……で、私たちも呼んだというわけですか」


 それから数時間が経った。あれから《キョウの都》の都心部に戻った僕は、ユキヒコを拾い、外で待っていたミコトを連れてきたのである。

 そして、なぜこうなったのか説明する僕は、現在、流民が屯する場所で地面に正座をさせられていた。もちろん敷物とかはない……ごつごつした石畳の上で辛抱強く痛みに耐えていた。

 そんな僕の目の前には強気に腕を組むミコトと一人寂しく帰りを待っていたユキヒコ。涙目になりながらひっそりと佇むその姿はまるで弟を置いてけぼりにした兄を叱る母の構図だ。

 途端に流民の子供たちからは「あの人悪い事したの」と指を指される……気まずい事この上ない。

 だが、そんな事よりも、だ……僕は今一番文句を言いたい事があった。ミコトは眉をぴくぴくと吊り上げながら満面の笑みを告げる。


「聞きましたよ……懲りもせず、独断専行したとか。ユキヒコさんのサブ職業が《画家》なのを忘れたんですか?」


 そう、それだ。聞けば、概要図のスタンプがあったという……まずはそれを先に言ってほしかった。


 ――でも、こうして無事に合流できて良かった。


 僕は思考を変えて落ち着かせた……けっして怒られたから現実逃避をしたかったわけではないと言っておこう。

 とはいえ、ただでさえ分断されてそれぞれ別行動を強いられている状況だ。確かに少し軽率な行動だった。


「まぁ、このあたりでご勘弁してあげてください」


 すると、神様が許してくれたように助け船が入る。パステルイエローが特徴的な《大地人》の女性、ダリエラが口を挟んできたのだ。

 同時にミコトが怪訝そうに首を傾げた。そうだった……僕は慌てて立ち上がり紹介する。


「あっ、こちらはダリエラさん……道に迷ってたところを助けてくれた人だよ」


 次いで、ダリエラにはミコトとユキヒコを紹介する。するとダリエラは丁寧にお辞儀をし、ユキヒコがそのお礼を返す。

 その最中、ミコトはじーと僕を睨んだ。瞳に光が灯らない……まるで死んだ魚のような眼で、僕の心を覗く。

 何だ、その『また女を連れこんだ』と言わんばかりの目は……僕は一歩退く。だが、


「……女ったらし」


 うぐっ……まさにクリティカルヒット。死にかけるほどのダメージを精神的に受けて、僕は倒れ込む。けれど、今回はさらに追撃が襲ってきた。

 というのも、ミコトの言葉に聞き耳を立てていたらしいダリエラが、首を傾げながら困ったように微笑んだのだ。


「女ったらしなのですか? 人は見かけによらないのですね」


 僕はすぐさま立ち上がって釈明した。


「いや、本気にしないでください!!」

「あら、では嘘なのですか?」

「……とも言い切れないんですよね」


 なん、だと……僕は眼を開いて、弁解できないと言わんばかりに肩を竦めるユキヒコに視線をむける。ついにユキヒコまでもが僕を『女の敵』呼ばわりしたのだ。

 くっ……なぜだかわからないが、ミコトに言われるより心に、ぐさっ、と刺さってくる。そう、まるで望んでもいないのに公式認定された感覚だ。

 おかしい……一応、毎回頑張っているはずなのにどうしてこうもうまく評価されないのだろう。いや、別に褒め称えられたいとは思っていないのだが。

 そんな僕の心を傷付けるだけ傷つけておいて、ミコトはさらっとダリエラに挨拶をする。


「改めまして。私はミコトといいます。忙しいところ、仲間の一人がお世話になりました……籠絡されませんでしたか?」

「だから、していません!!」


 僕は喚く。でも、確かにダリエラはここに用事があってきたと言っていた。付き合わせてしまったが、良かったのだろうか……ダリエラは今もにっこり微笑んだままだ。


「ともあれ、都の中に拠点を移せたのは大きな功績といえるでしょう」


 と、その時、ミコトが仕切り直すように言葉を紡ぎ出す。


「これで情報収集の効率も上がるというもの……一団の責任者はあちらのテントの中に?」


 僕は頷く。すると、ミコトは早々に流民のテントの中へと入っていく。

 おそらくご近所となる方へ、ご挨拶に行ったのだろう。相変わらず礼儀正しいというか、気遣いの達人だ………むー、同じ高校生なのになぜこうも違っているのだろうか?

 すると、ユキヒコも同じ事を考えていたのかミコトの背中を見てぼそっと呟いた。


「僕もあんな風に頼りにされる存在になれればよかったのに……」


 その言葉に僕は首を傾げる。

 確かにユキヒコは何かと策略に長けた存在ではない。だが、ユキヒコはミコトとは違って細かいところに目が行くタイプの人間だと僕は思っている。私生活では誰よりも早く励まし、戦闘面では《森呪遣い》としてパーティーの火力を支えている。特にナガレとの連携は割って入る方が難しいほどだ。

 だけどその事を伝えるとユキヒコはなぜか首を横に振る。


「僕なんてミコトさんに比べたらまだまだですよ」


 そう言うユキヒコはミコトを持ち上げているかのようで、どこか自分を卑下して距離を置いているように僕には見えたのだった。


     ◇


「くそっ……ふざけんな」


 その一方、《キョウの都》ではとある少年が夜道を駆けていた。夜の都はライトを下から当てて幻想的な雰囲気を醸し、少年はそれを無駄な演出だと感じていた……感じていて、羨ましいと思っていた。

 そう、ずるいのだ。

 生まれながら流民である少年は薄手の服と靴底に布を縫い合わせた靴しか持っていないのに、ここに住む貴族は何もかもを持っているのである。


 ――くそっ!! くそくそくそ……世の中クソ過ぎる!!


 少年はライトアップされた夜道を駆けながら心の中で吠える。光が消えるまで……路地裏に逃げ込むまで。

 そうして、息を切らした少年は地面に膝をついた……流民にお似合いだと世界に笑われているようだった。

 いや、待て……実際に笑い声が聞こえる。


「惨め、惨め……ああ、かわいそう」

「誰だ!!」


 少年は顔を上げて叫ぶ。すると、路地裏の向こう側……暗闇の中から鮮血のような赤い髪をたなびかせてやってくる女性がいた。きちんとした服と天性の美貌……現れた女性は軍人のようだったが、それが少年には異様に思えた。

 それもそのはずだ。貴族はこんな薄汚い所にやってこない。軍人だって好んで入ってくる者はそうそういなかった。

 なぜなら《キョウの都》は地獄と隣り合わせの街である。今は封じられているが昔は『呪禁都』として恐れられたほどだ。今でも夜な夜な怪異が現れる時だってある。普段ならこんな暗がりを歩きたがる者なんていないのだ。

 だが、怪異の類でもないらしい。確かにそれはこちらを視界に捉えて煽ってきたのだ。


「誰だ、とは。また随分な歓迎ぶりだねぇ」


 ちっ……少年は舌打ちする。物好きな奴もいるものだ……いや、全て持ち合わせた者――貴族だからこそ、必要以上に見せつけてきたいのかもしれない。つまりは、少年にとって嫌いな人種だった。

 けれど視界に捉えた女性は、逆に歪んだ笑みを浮かべ、少年を睨めまわした。


「いいねぇ……周りなんて関係ないって感じがあたし好みだ」

「質問してんのは俺なんだけど」


 ――ま、答える気もないんだろうけどな。


 少年は立ち上がって去ろうとした。どうせ貴族だろうと何だろうと関わるだけ損だ、と決め付けて逃げるつもりだった。だけど、


「待ちな、リック(、、、)


 少年……もとい、リックは足を止めざるを得なかった。

 誰も何も教えていない。路地裏には二人以外誰も居ない。なのに、女性は少年の名前を言い当てたのだ。

 その瞬間、少年は強張った……まるで陰を縫われているように動かない。冷や汗が全身から噴き出してくる。そして、それをかわきりに女性はリックを籠絡し始める。


「あたしはミズファ=トゥルーデ」

「ミズファ=トゥルーデ……あの《Plant hwyaden》の幹部の一人か」


 それは甘い香りで例えられるほど生易しいものではなかった……むしろ、一歩踏み外せば串刺しにされるような恐怖が全身に降りかかる。リックの名前を知っているのがその証拠だった。

 その中で女性……ミズファ=トゥルーデは「へぇ、貧困層(スラム)の出身のくせに物知りじゃないか」と唇を舐める。だが、この《キョウの都》に住む者ならだれでも知っている。ちょうど四カ月前……『呪禁都』の封印が解けそうになった際に《Plant hwyaden》がこれを止めたのだ。

 そのうちの一人が目の前にいる。ああ、もう何もかも握られている。名前も、場所も、大事なものも……そして、心までも掴もうとミズファ=トゥルーデはリックの背後に回って優しく肩に手を置く。


「いいねぇ、ハイエナみたいなその眼……気に入った」


 正直、悪魔の囁きだった。絶対裏がある……そう、リックに思わせた。だけど、


「なぁ、一枚噛んで、あたしみたいに全てを手に入れてみたくはないかい?」


 その言葉にリックの反応せずにはいられなかった。顔がゆっくりと上を向く。


「大丈夫。手順も道具も揃えてある。うまくいけば、晴れて英雄……あとはやる気の問題さ」

「やる気……」


 そして、リックは思い出す……せっかく苦労して《冒険者》から金目の物を盗ったのにあっさり返してしまう流民の長の光景を。

 リックにはその行為がわからなかった……皆、金を手に入れて居場所を作るのが目的ではなかったのか? 世界に置いてけぼりにされる感覚が……ゆっくりと死んでいく感覚が嫌で流民になったのではなかったのか? 


 ――『流民にも意地がある』


 刹那、リックの脳裏に流民の長の声が響き渡る。

 だけど、リックはそれを地面に投げつけるかのごとく、かなぐり捨てた。


 ――何が意地だ……皆何も行動を起こす気がないのだ。怠惰におぼれて、居場所を手に入れる気がないのだ。


 だからリックがするのである。リックが率先して全てを手に入れる。そうすれば、皆、『夢』に向かって動いてくれると信じて。

 そんな熱い視線を向けるリックにミズファ=トゥルーデは口端を吊り上げた。

 そうして、数時間後。様々なものを捨て、代わりにいろいろなものをはなむけにもらったリックは走り出す。その背後で生暖かく見送っていたミズファ=トゥルーデが笑みを溢していたことを知らずに。

 それはとても小さな声だったけれど、夜闇が深くなるにつれ、確かに響き渡っていた。


「……あー、ちゃんちゃらおかしいねぇ。子供っていうのはいつの世もこんなに単純に行くものなんかねぇ」


 まるで昔の事を思い出しながら、なおかつ、これから起こる事に期待しているかのように。


「さて、お膳立てはしてあげたし、あとは特等席から楽しませてもらおうか」


 それが誰に向けての言葉なのかはわからないが、ミズファ=トゥルーデは一瞬だけ《キョウの都》の極東に視線をやって再び暗闇に紛れて行ったのだった。



「なんとなくこの文章嫌だ」で書き直し続けていました。

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