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第二章 5 流民


 そうして状況はぐるぐる回る。忙し過ぎて目が回りそうなほどに……。

 その夜、ノエルこと私も目眩がしてため息を吐いた。木によりかかり空を見上げる……また四日目の今日も進展なく過ぎてしまった。

 セイは大丈夫だろうか。コールはうまく逃げ切れているだろうか……脳裏に問いが浮かび上がる。

 でも、今はきっとセイの事より、身近な事だ。それが今すべきことだ……私は見上げている顔を下ろす。

 その先には対比のように陰に沈むナガレがいた。灯はつけていない。追われている身で安易に灯をつけようものなら敵に見つかってしまう。だからなのか、月の光で延びた陰はいっそうナガレの暗さを引き立てていた。

 そんなナガレは、少し前……《Plant hwyaden》の追っ手から逃げ延びたあの時から、物思いにふけている。勝手な事をした詫びだと見張りを買って出てくれたのはいいが、完全に上の空だった。もしくは戦うために敵を探しているのかもしれない……さすがにもう看過することはできないだろう。


「何、焦っているのよ」


 私は月の光に照らされながら言葉を投げかける。陰に呑まれないように少し強気で言いながら、《セルデシア(ここ)》ではないどこかを眺めるナガレに向けて。

 ナガレは上の空から少し地面に降りてきて、陽の光をみつめた。けれど、すぐさま目を逸らした。まるで光を直視できないようだった。


「……別に焦ってなんか」

「焦ってる」


 そんなナガレの言葉を断ち切って私は断言する。それで、もう引き返せない……土足で心に踏み入る戦いの幕があがる。


 ――いつもはセイがするんだけどね。今はいないから。


 でも、それは単なる言い訳で、本音はいい機会だと思った。

 ここ数ヶ月でセイは成長している。バレンタインデーのあの日から、仲間が増え、それに連れて自分を振り返らないセイが少しずつ自分を顧みるようになった。

 つまりは、今までセイの制動役として隣にいた私は、もういらなくなってきているのである。


 ――だから私も『自立』しなきゃ。


 前にミコトに『過保護』と罵られた事がある……まったくもってその通りだ。そして、悔しいけどナカルナードという幹部の言うとおり『過保護という仕事』がなくなった私は、新しい仕事を探さないといけない。そうでなければ居場所がない。だから、これが最初の第一歩だ。

 そして、私は切り出した……といってもセイほど器用ではないので、いきなり核心からついて行く。


「ねぇ、ナガレってなぜ、セイについてきたの?」

「……アキヅキの時にも言っただろう。『こいつについていけば何か変わる』と思ったからだ」

「それじゃ、その『何か』って何なの?」


 刹那、木の陰から冷たい夜風が吹いてくる。頬を撫でたその風は二人の間にある溝を現したかのようだった。

 深い深い、溝。セイはいつもこんな想いをしているのだろうか……こんな身も蓋もない経験を何度もしたのだろうか?

 私は息を呑む。一方、ナガレは冷たい風を背に受け、じっと私をみつめる。その瞳には驚きと……哀愁が漂っていた。

 けれど、次の瞬間、両目を掌で覆い隠すと、ナガレは少しほくそ笑みながら言う。


「まさか暴力女に指摘されるとはな……おまえ、いい意味で変わったな」

「なっ!? まさか、ナガレまで私をからかうの!!」


 私はあまりの憤りを感じて立ち上がる。ナガレもあのナカルナードとかいう《冒険者》と同じように私を馬鹿にするのだろうか? 私にとって揶揄こそ効果てきめんなものはない。

 だけど、そんな気はないらしく、ナガレは覆い隠していた掌をどけて首を横に振った。


「違う、違う。『良い意味で』って言っただろう、ノエル」

「……」


 その時、初めてまともに名前を呼んでもらった気がした。

 それはとても不思議な感覚だった。今までは『暴力女』としか呼ばれなかったのに名前を呼ばれた途端、『仲間』だと認めてもらったような感覚……。

 だけど、それも一時の事だった。


「焦っている……焦っている、か。確かにそうかもな」


 ナガレが自己を振り返りながら呟いた。そうして振り返ったナガレはいつもの不抜けたような、でも自身を嘲笑うかのごとく無理してこう言う。


「なぁ、知ってるか? 日本にも『貧困層』ってのがいるんだぜ」


 その言葉をかわきりにナガレは自身の過去を語り出す。その内容に私は息を呑んだ。


     ◇


 同時刻。

 セイこと僕は《バグスライト》の街灯に照らされながら、《キョウの都》にある、特定の地域に足を踏み入れていた。隣にはパステルイエローのボレロを着た《大地人》、ダリエラがいる。

 そのダリエラに案内されてやってきたのは《キョウの都》の最東端……ここまで来るとレトロな町並みは消え、ただ古びた残骸が目に映る。これがいわゆる町外れというものだろうか。


 ――そういえば、現実世界だとこの近くにはあの有名な水道橋があるんだよな。


 南禅寺にあるアーチ型の水道橋……現実の世界ではそのレトロな景観から様々なドラマや映像の舞台として使われている場所だ。《セルデシア》にもあるのだろうか?

 そんな事を思っていたせいか、その水道橋が木の陰から顔を出した途端、ダリエラがその場所を指し示す。


「あちらです。あちらの近辺に流民の方々がいると聞いた事があります」


 と、そうだった。

 僕は《キョウの都》の概要図を盗んだ《大地人》の少年を探していた。その事をぶつかった謝罪も踏まえ、ダリエラに伝えると、「心当たりがあります」と案内を申し出てくれたのだ。そうして、僕はダリエラの言われるがまま後をついてきたのである。

 そういえば断る事もできたのに、なぜついて行ってしまったのだろう……僕はその時になってようやく考え込む。

 よくよく考えれば、ナカス奪還作戦を実行中なのだ。なのに、関係ない人を巻き込んでしまった。


「ごめんなさい。ダリエラさんもお忙しいでしょうに案内させてしまって」


 今更になって僕は頭を下げる。そんな僕にダリエラは嫌な顔一つしないで落ち着きをはらったまま顔を横に振る。


「いいえ、実は私も用があって、あちらに行く途中だったのです」


 そして、にこやかに微笑む。その笑顔は甘い香りのように嗅ぐ者の心を解していくかのようだった。

 いつまでも捕まえたくなる、と言えばいいのだろうか……ダリエラにはどこか人を魅了する何かがあるのかもしれない。

 案内を申し込まれた時もなぜか断ってはいけない。そんな意識が入り込んで疑いもしなかった。


「それで、その……概要図を盗んだ少年がなぜ流民の子だとわかったんですか?」


 僕は質問する……というのも、ダリエラは軽く服装を聞いただけで、その少年が『流民』だとわかっていたかのようだった。

 そもそも、『流民』とは何なのだろう……これまで聞いた事のない言葉に僕は俯きかける。霧を掴むかのごとく、はっきりしない……普通の《大地人》とは何が違うのだろうか?

 すると、ダリエラは僕の表情を読んで、少しばつが悪そうに言葉を紡いだ。


「それは『流民』だからとしかいえません。《冒険者》の方々は『貧困層』とも言うらしいですね」


 貧困層……その言葉に僕は胸を打たれて瞼を上げる。そのやるせなさは、きっと僕以外の誰もが知っているだろう。ダリエラもまた自身の顔を見せないように視線を逸らして呟いた。


「彼らは主に次男や三男、結婚できなかった女性など家業を継げなかった者たち。その肩身の狭さに耐えられなかった《大地人》たちが『夢』という地位を求めて故郷を出て行くのです」


 それからダリエラの説明によると、その後、行き場を失った者たちは居場所を探して《弧状列島ヤマト》を渡り歩くと言う。その様は漂流者……そこから『流民』という忌み名がつけられた。


「もちろん、彼らを受け入れてくれる所なんて滅多にありません。どこも内情は似たもの……貧窮していて余裕などないのですから」


 僕は言葉を詰まらせるしかなかった。

 ある意味、流民は《冒険者》と似たり寄ったりな側面が大きい。《冒険者》もまた現実世界からとばされた漂流者であり、《弧状列島ヤマト》を渡り歩くはみ出し者であることに違いはない。

 だが、違うところが一つだけある。それは《冒険者》が『流民』と違ってモンスターを討伐するだけのステータスを与えられている事だ。それにより報酬である金貨を得、《セルデシア》で自由に生きる事を許されている。

 でも、流民にはモンスターを討伐するほどの体力(ステータス)はない。結果、誰か『裕福な者』に頼るしかなかった。その大半が『貴族』なのだろう。つまりはここ《ウェストランデ》の貴族が住まう《キョウの都》に流民が屯するのは自然な事だった。

 そして、流民は当然ながら貧しい。職がないのに金のかかる旅をしているのだ……その貧相な格好は貴族の街ならば逆に特徴的とも言える。ダリエラが概要図を盗んだ少年を流民だと判断した仔細はこの通りであった。

 そうして二人で話していく内に見え隠れしていた水道橋が大きくなっていく。


「おそらくその少年も流民の一団に属しているはず。ならば、この現在も(、、、)使われている(、、、、、、)この水道橋のどこかにいるはずです」


 そして、僕の前を歩いていたダリエラが道を空ける。すると、その先には布を被せた簡素なテントの群が広がっていた。そう、僕たちは話している間に水道橋の真下にたどり着いていたのだ。

 だけど、水道橋の下の光景は意外にも僕が思い描いていたものとは違っていた……いや、簡素なテントやたき火はお世辞にも品位があるとは言えない。だが、


「意外と、皆、笑顔だ……」


 何と言うか、テント周辺にいる人々……僕の視界に映る人々の表情は思いの外、朗らかだった。集会場らしき所では中年の男性と老人が談話をし、子供たちはテントの周りをぐるぐると駆け回っている。

 別に何も変わらない、普通の光景……その光景に意表を突かれた僕に、ダリエラは反応した。


「悲嘆に明け暮れているとでも思いましたか?」


 瞬間、ダリエラの目線が鋭くなり声音が低くなる。同時に、僕は自分が実に無礼極まりない事を口走っている事に気がついた。

 相手に配慮せず、『貧しい』というだけで勝手に『かわいそう』とこじつけてしまった……これはミコトの言う『上から目線』というものだろう。僕の悪い癖が出てしまった。

 けれど次の瞬間には、ダリエラは声の調子を戻して、しまったと言わんばかりに頭を下げてしまう。


「差し出がましい事を言いました……」

「そ、そんな! 頭を上げてください!!」


 ダリエラさんは何も悪くないのに……僕は突然の事に慌てふためきながらも、自分もまた頭を下げる。そんな時だった……たたみかけるかのごとく、ダリエラの頭越しに簡易テントの入り口が開いた。そこから見覚えのある少年が顔を覗かせる。


「何だよ、屁理屈じじい!! せっかく金貨になりそうなものを盗ってきたのに、何が『流民にも意地がある。盗人にでもなるつもりか?』だ!! 素直に受け取れってんだ、べー!!」


 人差し指で瞼を下ろすその姿は、薄手の服に靴底と布を縫い合わせただけの靴……間違いない、僕とユキヒコから概要図を盗んだ《大地人》の少年だ。


「いたぁぁあああーーーーーーーーーー!!!!」


 途端に僕は叫んだ……と、同時に少年がびくっと肩をふるわせる。それは周辺に散開していた流民も同じで、皆、驚いてこちらを向いた。

 直後、「やべっ」と少年は血相を変え、走り去ろうと身体を傾ける。だけど、そう何度も同じ手は食わない。


「《シャドウバインド》」


 刹那、少年が止まった……まるで靴と地面が縫い合わされたように動かない足に慌てふためく。もちろんその効果は僕の得意技によるものだ。その隙に僕は少年に接近して襟首を掴む……その一部始終をダリエラは遠巻きに眺めていた。


「捕まえたぞ、この悪ガキ小僧。僕たちから盗った概要図を返せ!」

「くそっ!! 離せ!!」


 少年は手足をじたばたさせる。だけど《冒険者》に掴まれた状態ではその力も空を切った。

 これで少年も年貢の納め時……その時だった。


「しばし待たれよ」


 凜とした声が場を静寂にさせる。視線を向ければ少年が出てきたテントから初老の御仁が姿を現した。


「わしらの者が思い上がった真似をした事は詫びよう。この通り、どうか許してはもらえないだろうか?」


 そして頭を下げた御仁は、白髪でありながらも未だ生気が衰えない眼差しを携え、多少衣服も着込んでいる。

 その物怖じしない貫禄と周りの者よりも威風堂々とした様は、まごう事なく――そう、《キョウの都》に屯する流民の長とでも言うべき存在だった。



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