第二章 4 ノエルルート
その一方、《サニルーフ山脈》の東側でも一波乱起きていた。
私、ノエルは薄闇色のコートと赤髪を翻して、木々を飛び越える。枝を伝って、脇に侍の格好をした仲間……ナガレを抱えて走り抜ける。
「ノエル、下だ!! 攻撃が来るぞ!!」
と、その時、ナガレは吠えた。そう、私たちは今、攻撃……迫り来る敵からの強襲にあっていた。
四日前、セイたちと離ればなれになった私たちは、何とか合流を果たそうと《神聖皇国ウェストランデ》の首都《キョウの都》を目指した。だけど、直前で敵である《Plant hwyaden》にみつかって追いかけ回される日々を過ごしている。そして、今朝も野宿していたところを目撃されてしまった。
敵兵は二。後ろを振り返ると《暗殺者》と《武士》と思わしき《冒険者》が必死に後をつけている。《暗殺者》は私と同じように枝をバネのように使って、《武士》はその地面を追走する。
だけど、不意にその《武士》が腰を落とした。そのモーションがどういうものか、同じ《武士》であるナガレにはわかっている。
「《飯綱斬り》だ!!」
その瞬間、私は木々に紛れて逃げ果せる事を諦めた。次の瞬間、地面に飛び降りると、その背後で太い枝が真っ二つになる。もしそのまま居座っていたら攻撃を受けて動けなくなっていたかもしれない。
《飯綱斬り》……確か《武士》の特技の中でも唯一の遠距離攻撃で、剣戟を衝撃波として打ち出す技だったはず。攻撃力は低いが、戦法に幅が広がると多用している《武士》は大勢いる。
だが、今の攻撃は並大抵の威力ではなかった……きっとセイのように特技の練度『階級』をあげているのだろう。
実際、地面に足をつけられた私でもわかるほど風が舞った。そして、その間にも《暗殺者》に追いつかれ、射程に入ってしまう。まんまと策にはめられた私は、途端に身体が硬直……これは間違いなく《シャドウバインド》の効果だった。
と同時に、上空から《暗殺者》が舞い降りてきた。逆手で短剣を握ったあの動きは《アクセルファング》……セイとの模擬戦で何度も見たからわかっている。
「いい加減に往生しろや!!」
そうして《暗殺者》は内心面倒くさそうに叫んだ。
だけど、
「私だって伊達にセイの相手をしていないんだから!!」
刹那、私は煙に巻くように姿を消した……《ファントムステップ》の効果『即時移動』を使ったのだ。使用後の硬直時間が長いため、あまりは多用できる効果ではないのだが、こういう不意を突かれた際に使うと効果覿面だということは『闘技大会』の時に経験済みである。
案の定、《暗殺者》の右斜め後ろに現れた私に、敵は一瞬怯んだ。その隙にナガレが腕から飛び出して、振り向く《暗殺者》の短剣を刀で受け止める……そう今は、あの時と違って仲間の補佐が付いている。
――『その口に似合う働きをしてんのか?』
刹那、ナカルナードの言葉が横切った。私はまた自分では戦う事をせず、戦いの前線を張る事ができなかったせいか……いや、今はそんな事を考えている暇はない。私は首を横に振って意識を目の前の戦いに集中させた。
前を向けば、ナガレはそのまま敵を押し返し、相手との距離を取っている。その背後で周囲に気を配りながら、私はくるりと着地する。
敵の気配はない。今ならまだ逃げ延びられる……私は再びナガレの手を引いて跳びたとうとした。けれど、相手も伊達に《冒険者》を名乗っていなかった。
「へー、やるじゃないか。頭のやる気に火が付くわけだ」
《暗殺者》はそう間も経たないうちに、すぐさま体勢を立て直すと再びナガレへと攻撃を仕掛ける。その真意は確実に逃がさないようにするためだろう……その間に仲間の《武士》も追いついて構え出す。
「いつまでも遊んでいる場合ではないぞ。奴らが来る前に片付けなければ」
「わかってるって」
まるで山の天気と一緒だ……ここ四日は一分一秒で状況がころころ変わる。静かな時があれば、嵐のような稲妻が落ちてくる。セイはこういう時どうしたのだろうか?
――って、私はまた何を……!?
私の悪癖だ……また誰かに頼ろうとしている。また誰かに助けて貰おうとしている。
私は現実から目を逸らさないように前を向いた。今は絶体絶命の状況。同じ二対二でも、高レベル者と中レベル……力の差は歴然だった。数的有利も消え、あとは抵抗むなしく捉えられるだけ。でもまだ方法はあるはずだ。
――考えるんだ……考えるんだ!! 自分でも……自分たちだけでもこの状況を脱する方法を!
私は確かに『弱者』かもしれない。だけど、セイと一緒に過ごしてきた時間は裏切らない……セイはこんな時、絶対諦めないんだ。
だから私も諦めない……そんな願いが天に届いたのか、不思議な事が起こる。
「《ワイバーンキック》!!」
背後から気配が……私と同じ《武闘家》が急接近してきたのだ。《神聖皇国ウェストランデ》に《Plant hwyaden》以外の《冒険者》はいない……つまりは敵兵であることに間違いはない。私は振り返って攻撃に備える。
だが、どうにもややこしい事に、彼らは敵の増援というわけではないらしい。
「でやがったな! 『狂犬』の手下ども!!」
というのも、いっそう強く身構えたのは追ってきていた《暗殺者》たち……突然現れた《武闘家》の蹴りは《暗殺者》を襲ったのだ。
そう、《武闘家》の攻撃は捕らえるべき《ナインテイル自治領》ではなく、《Plant hwyaden》に向けられていた。《ワイバーンキック》の痛い一撃を受けた《暗殺者》はその場で反撃、《武士》共々、乱戦へと突入する。
「な、何!? どういうこと!!」
「俺が知るかよ!!」
これには私もナガレも混乱した。これは一般に言う『内輪揉め』だ。だが、なぜ内輪揉めしているのかがわからない……わからないものには恐怖を抱くのは普通の事だろう。
いや、でもこれは一種のチャンスでもある。なぜなら『内輪揉め』を起こした時点で……乱戦を起こした時点で戦況はひっくり返ったのも同然だった。
乱戦は戦術としては悪手としか言い様のないもので、敵味方関係なく戦えば戦うほど被害が増していく。つまりは、敵は敵同士でどんどん衰弱していっているのである。だからこの隙に、
「逃げるわよ!!」
たとえ、揉めている隙をついて攻撃できたといえど割り込めるレベルの相手ではない。ここはすぐさま態勢を立て直して撤退するしかない。
けれど、ナガレの考えはそうじゃなかったらしい。身体を低くして刀を脇に添える。《アキヅキの街》で見た事がある……確か《居合いの構え》だったか、繰り出す攻撃をすべて『居合』にする。
「って、何してるの!! 死にたいの!?」
私は喚く。けれど、ナガレは構えを解かなかった。ただでさえ『居合』はサポートがなくてはただの自滅行動にしかならないというのに。
「ノエル! この混乱に乗じて敵を誘い込め!」
何言ってるのよ、このバカ武士は。
実のところ、ナガレはここ四日いつもこんな感じだ……チャンスがあれば戦おうとする。猪突猛進……というわけではないけど、勝てる可能性が少しでもあれば賭けてみようとする博打打ちになっている。いや、四日どころではない。《ウェストランデ》に来る道中からその兆しはあった。
そんなナガレの耳たぶを、私は思いっきり引っ張る……現実に引き戻すかのように。
「って、いててててててて」
まさかこんな所でセイのあしらい方が役立つとは思わなかった。私はため息を吐きながら、急速離脱を試みる。《ファントムステップ》で加速しながら《武闘家》特有の移動能力を最大限に生かして跳躍した。
とっさに「お、おい! なにするんだ!!」とナガレが暴れ出す。だが、そんな事は知った事ではない。今はとにもかくにも捕まらない事。セイに……皆に迷惑がかからないようにしなければならない。
「あっ!? ちょっ、逃げんな!! この腰抜けやろう!!」
その吉兆を悟ったのか、私たちを追ってきていた《暗殺者》が声を上げる。でも、その声さえも剣戟の音が重なって、かき消されていく。
そんな光景をナガレは歯を食いしばりながら、私は逆に何も感じないまま……実際には気にする余裕がないだけなのだが、振り向きもせずその場を風のように後にした。
◇
一時間後、そんな戦場の一報をナカルナードと呼ばれている俺は受けていた。念話による通信網を使って知らせてきてくれた仲間のために労いの言葉をかける。
「そうか……いや、おまえたちのせいじゃねぇ……ああ、そのまま探索を頼む」
ここは《キョウの都》から南西に離れた一角。《キョウの都》を一望できる場所にテントを張り拠点を設置したのはいいのだが、状況は見事にミズファ=トゥルーデに翻弄されているらしい。
――散り散りにされたのがまずかったな。
俺は頭を抱える。戦況は四日前、《サニルーフ山脈》で遭遇戦を仕掛けた時に戻る。
あの後、ミズファの邪魔が入った事でこの件が、敵味方入り乱れた制圧戦になることは予想できた。その時点で俺は数が少ない事が不利になる事を察して、知人に声をかけてたのである。そのほとんどは《ハウリング》からの縁なのだが……まぁそれは置いといて、そうして集まったメンバーを総動員し、そこから戦況の把握に徹したのはいいが、明らかに後手に回ってしまった。
だからこそ今はこの戦いを観察する事……『敵が誰』で、『何を制圧するか』をしっかり確認することが大事だった。
――正直、こういうのは柄でもねぇんだけどな。
こういう戦略を張り巡らせるのが得意なのは……そうだな、《Plant hwyaden》なら《十席会議》第二席インティクス、東の《アキバの街》にいるシロエぐらいだろう。
だが、今回の戦場に二人はいない。必然的に誰かがその役を担わなければならない……結果として言い出した俺が面倒をみなければならなかった。
その上で言わせてもらうと、これは通常の制圧戦とはひと味もふた味も違う。厳密に言えば『制圧点』が『動く』のである。
そう、この制圧戦は《ナインテイル自治領》から送られてきた子供たちを押さえるのが勝利条件になる。《ナインテイル自治領》は、『これは元はといえば《神聖皇国ウェストランデ》がふっかけてきた戦い』だと思っているだろう。だが、厳密に言えばこの戦いに置いてだけは《ナインテイル自治領》の方が『侵略者』なのだ。だからこそ、『守る方』である《Plant hwyaden》はその子供たちを押さえれば勝ちとなる。
だが、そこへミズファ=トゥルーデは手を出してきた……その真意は何か。いや、そもそもミズファ=トゥルーデはそんな事を考えていないのかもしれない。
ミズファはただひたすらに争いを好む。おそらくもっと泥沼化してくれた方が都合が良い、もしくはミズファ的にストレス発散になるのだろう……だからあいつとは反りが合わんのだ。
今回の戦いでいうなれば、唯一の『敵』……無用な争いに群がるただの『狂犬』。
「頭、各方面から定時報告が入りました」
と、その時、現実に引き戻すかのように背後から声が響く。
振り返ると背後には通信網の要になる《冒険者》が三人……そして、その三人を取り纏める副官が側に控えていた。念話による聴取と連絡は彼らが担っている。
そんな通信網を取り纏める副官が声を上げた。その後、報告書を片手にこちらに近づいてくる。俺は静かに頷くと目の前にあった机に目をやった。作戦を指揮する卓上だ。机の上には《神聖皇国ウェストランデ》付近……《ランデ真領》地区の地図が広げられている。
そこに副官は三つの駒を置いた。クイーン、ナイト、ルーク……チェスの駒のようなそれを副官は手に取り、まずクイーンを《サニルーフ山脈》の西に配置。続いてナイトを《キョウの都》に……最後にルークをこの拠点の近くに配する。そして、持っていた報告書をめくると現時点の状況を事細かく説明する。
「まず、《サニルーフ山脈》中間地点にいる観測部隊から……真っ先に逃げ出した《大地人》の少女はあれから観測されておらず、未だに西側に潜伏しているものと思われます。一方《お触り禁止》と思われる少年は未だ《キョウの都》に点在。情報収集を続けているもようです」
おそらくクイーンはジェレド=ガンが言っていた《供贄の巫女》と呼ばれる《大地人》の少女で、ナイトは《お触り禁止》と呼ばれる少年のことを表すのだろう……なるほど、軽く特徴を説明しただけだが、彼らのイメージと合っているかもしれない。
だけど、そうやって表されると俄然、憤りを覚えて歯ぎしりをしてしまう。そんな俺を見て、副官は少し心配するかのように俺の心情を言い当てた。
「頭、本当によろしいのですか? 今回の戦場は侵入者を制圧するのが目的……なら、クイーンとナイト、そちらにも人員を回すべきでは?」
副官の言いたい事はわかる。要は『好き放題暴れてもいいのではないか』と俺の枷を外したがっているのだろう。
確かに俺は大規模戦闘ギルド《Plant hwyaden》の一角だ。けれど、その前にただの《冒険者》でもある。暴れたいという本心を見越して副官は発言したのだろう。
だが、駄目だ……俺はその問いに首を横に振った。ただ副官の考えが間違っているわけではない。ただ単に干渉するのを禁じられているせいだ。
「《大地人》の方はおいぼれ爺……ジェレドの野郎との約束でな。そっちには全面的に不干渉を期さなければならない。とりあえず戦況に邪魔が入らなければそれで良い……ただ、《キョウの都》の方は」
そこまで言って俺は口を閉じる。すると、副官も察して「失言でした」と頭を下げる。
そう、《キョウの都》は今、《Plant hwyaden》にとって公には入りにくい場所になっている。
それというのも先の《赤き夜作戦》……二月後半から三月にかけて行われた東の《自由都市同盟イースタル》へ向けた遠征が失敗に終わった事で《Plant hwyaden》に亀裂が起こり始めたせいだ。
いわば内部分裂と言えば良いのか……今《Plant hwyaden》では《赤き夜作戦》で独断を決めた第一席、リーダーでもある『濡羽』と、事実上、全実権を握っている第二席『インティクス』とで派閥争いが起き始めている。
それは《冒険者》に飽き足らず《大地人》にも波及し、貴族たちもまたそれぞれで切り崩されていっている。結果として《Plant hwyaden》と貴族を取り纏める《元老院》の間は悪化……いや、変に歪んでしまっている。言い換えれば《元老院》は……しいてはその者が住まう《キョウの都》は『戦争を始めます』と言いかねない、いつ爆発してもおかしくない爆弾なのだ。さすがに何が起爆剤となるかわからないこの中で大見得切って探し回るわけにはいかない。
だからこそ最初、《サニルーフ山脈》で待ち伏せをしていたのだが、これも《大地人》を組織に入れた《Plant hwyaden》の弊害というやつだろうか……。
――生き残るためとはいえ、入る所を間違えちまったかな。
そう思わざるを得ないほどに辟易する。
まさか《ナインテイル自治領》のレジスタンス組織『アライアンス第三分室』の奴らはこの機を狙っていたのだろうか?
だとしたら、リーダーが曲者だ……はたまた『誰かさん』の入れ知恵なのかもしれない。
「頭?」
と、さすがに黙りすぎた。副官が本気で心労を患ってないか勘ぐっている。俺は「気にするな。粗末な事だ」と一蹴すると再び地図に食い入る。
だが、これで戦況を見極めるのに必要な情報は出揃っただろう。
「……こう一方的な戦況になれば俺たちの取れる策は一つしかないな」
その言葉に副官はこの拠点の近くに置かれたルークを眺める。
「では、やはり……」
「ああ、散らばっているなら一つにまとめる……こいつらを使ってこの《お触り禁止》を釣るぞ」
刹那、その場にいた誰もが身震いをした。同時に顔をにやつかせる……まるで遠足を待ちわびていた子供のように。そして、その狂乱を解き放つかのように……または自分自身も飛び込むかのように言い放つ。
「準備をしろ、野郎ども!! 戦車を落としに行くぞ!!」
その時、拠点の中がどこよりも猛り狂ったのは言うまでもない。それはまるで俺が好きな《ハウリング》のようだった。
6/5 文章・後半全体を修正(《ハウリング》の間違った解釈を修正、あくまでナカルナードの声掛けに応じたメンバーとして記述)