第二章 2 ダリエラ
だが、問題は『どこから切り崩すか』だった……セイこと僕は、《キョウの都》へ繰り出しながら考える。
今日は四日目。今日も今日とて都の大通りは大忙し。陽が昇り始めると人が溢れ、軒先に店の看板が張り出される。その看板を頼りにたくさんの人が行き交い情報が錯綜する。
とはいえ、それは日常……変わらない日々。逆に変わったところといえば、牛車らしきものを引く商人の姿を見かけたぐらいだろうか……僕は大通りを眺めながら、眼鏡をかけなおす。
――今日も目立った事はなし、か。
僕は深いため息を吐く。
当たり前だ……全体的に情報が不足しているのだ。結局、昨日の作戦会議でも具体的なことは決まらなかった……たとえ、《Plant hwyaden》が本腰を入れていないという事がわかっても、僕らの状況に変化があるわけでもない。加えて、彼らの情報規制は十分に機能していた。
それでもやるしかない。そのために僕たちがやってきたのだから。
だけど、もう少し事態を進展させたいという事で、昨日の作戦会議の際に決まった事が一つあった。
「す、スケッチしたい……」
と、その時、僕の背後から気を引き留めるように青年の声が響いた……そう、何を隠そう四日目の今日はユキヒコが一緒についてきているのだ。
単独行動から団体行動へ。《Plant hwyaden》の漁夫の利を狙うために僕とユキヒコで協力して捜索範囲を広げてみようという事になったのだ。
だけど、僕は目を点にさせてユキヒコを睨む。それというのも《キョウの都》に入ったユキヒコは何かと好奇心を巡らせて、立ち止まってばかりなのだ。ユキヒコは昨日までの三日間、何をしていたのだろうか……今も牛車に興味津々で目を輝かせている。
そんなユキヒコを引きはがすのにも一苦労。なぜか暴れだすユキヒコの襟首を掴んで、必死に裏路地へと連れ出すと、二人そろって息切れを起こす。
「な、何で必死に抵抗したんですか……?」
「ご、ごめんなさい。つい創作欲が出てしまって……」
そんなこんなで《キョウの都》を練り歩いていた僕たちだったが、息が整った頃合いを見計らって僕は本題に入る。
「それよりも人質の居場所です。早く見つけないと」
そうでした……ユキヒコは同調するかのように懐から《キョウの都》の概要図を取り出して広げた……ミコトから預かってきたものだ。そこには都の区画が精巧に描かれていた。そして、その図形は正四角形というべき形をしていた。
言わずもがなこの異世界はゲームの世界観を継承している。そのエルダーテイルは《ハーフガイア・プロジェクト》という『二分の一の地球』をモデルにしたものだ。つまりはその一都市である《キョウの都》も現実世界の京都に似ているのである。
『碁盤の目』と称される道は東西南北に幾重にも直交しており、『大路』と呼ばれる大通りと『小路』と呼ばれる小道で編成されている。特に南北を貫く中央道は『朱雀大路』と呼ばれ、セルデシアではダンジョンと化している『朱雀門』へと続いている。
と、ここまでは現実世界の知識と併せて勉強してきたのだが……。
「まさか一つの通りにさらに『表通り』と『裏通り』……二種類の道が存在するとは」
僕はもうわけがわからなすぎて頭をひねる。
しばらくユキヒコが持っていた概要図を頼りに歩いていたが、どうやら図面にはない細い道が《キョウの都》には張り巡らされているらしい。確かに道で区画整理されていても、あくまで地域であって任意の場所を特定するものではない。
だが、それゆえに迷う……《キョウの都》は思った以上に土地勘が必要らしい。そんな僕を励ますようにユキヒコが肩を軽く叩いた。
「まぁ、こうして概要図があるだけ良かったじゃないですか」
確かにその通りだ……けれど、ふいに疑問が頭をよぎる。
「……あれ、でもこれはどこから手に入れたんですか?」
僕は首を傾げた。
確か地図をメニューから作成できるのは《地図屋》、もしくは《探検家》だけだ。もちろんそんなサブ職業を持った者はパーティメンバーにはいない……だとすればこの概要図はいったい何なのか?
すると、ユキヒコは恥ずかしそうに嘯いた。
「あ、いえ、正確に言えば、この概要図は僕が描いた『スケッチ画』なんですよ」
「……え。えええええええええええ!?」
その時、僕はついに声を張り上げてしまう。つまりはこの図面は直筆……それもかなり精巧に描かれた『絵』ということになる。
た、確かに紙とインクがあれば自ら描くことは可能だが、それを実際にやった者は少ない。そもそも絵がうまい人が少ないからだ。だが、《画家》であるユキヒコさんならば……僕は納得して頷く。いや、それでもまるで上空から見下ろしたかのような概要図に僕は目を丸くする。
「もしかして昨日までの三日間はこれを……」
前にも言った通り《画家》は描いた絵をスタンプとしてアイテム化できるだけのサブ職業だ。決して地図作成に特化した職業ではない。その『絵』だってレベルではなく《冒険者》の実力に左右される。
だというのに、この概要図は全体を捉えていた。デッサンだけではない……構図をしっかり考えていないと紙にうまく収まらなくなる。確かに目をこらせば線が荒い部分はあるが、それでも注視しなければ気づかない。これをユキヒコ一人で描き上げたというのか……だとすれば、すごい技術力と表現力だ。
「下手の横好きで申し訳ありません」
いやいやいや……すぐさま僕は首を横に振った。ユキヒコは恥ずかしそうに頭を下げるが、とても真似できる事ではない。
「ユキヒコさん!!」
そう思っ途端、僕はユキヒコの両手を掴みあげていた。その表情がすごい剣幕だったのか、ユキヒコは一歩退くが、それでも僕は目を輝かせて聞いた。
「ユキヒコさんは将来、絶対『画家』になるべきです!!」
《エルダーテイル》のシステムではなく、現実世界でいう『画家』に……絵を頼りに自分の世界を描く人にユキヒコはなるべきだと思った。僕はユキヒコならばすでにその資格はたり得ると考えている。それほどまでにユキヒコの絵は芸術的だった。
だけど、一瞬ユキヒコの顔が曇る。
――あ、あれ? もしかして僕また余計な事言った?
僕はその感覚を知っていた。《アキヅキの街》でも、ナガレの時にも同じものを感じた。
妙な焦燥感が僕を責め立てる。こうも人の弱みをつけるとは、ある意味才能を感じる。まさか《キョウの都》に来る途中でミコトが言っていたように、僕には本当に『誰かの心にぐさっと触れてしまう』才能があるのだろうか。
――そんな才能、欲しくなかった……。
僕は自分の心の中で叫びながら両手で顔を隠す。途端にユキヒコがそんな喜怒哀楽の激しい僕を見かねて「せ、セイさん? いろんな意味で大丈夫ですか??」と声をかけた……その時だった。
ドンッ……急に背中を押されて、僕は体勢を崩した。ユキヒコが支えてくれたから良かったものの危うくこけるところだった。すぐさま僕は振り返る。
ぶつかってきたのは見窄らしい少年……一言で表せばこうだろう。薄手の服に、靴底と布を縫い合わせただけの靴。《大地人》でもここまで廃れている格好は珍しい。だが、それ以上に印象的だったのが、舌を出して、人差し指で瞼を下げる姿だった。どこをどうみても立派な悪ガキ小僧である。
「どこにでもああいう子供はいるんですね」
「そうですね。少しナガレに似ているというか……」
途端にユキヒコは苦虫を噛みしめたように微笑んだ。僕は頭の中で疑問符を浮かべながら服に付いた埃を払う……ユキヒコは『似ている』というが、容姿から顔立ちまで、何もかも違う。
けれど、それが口に出る事はなかった……その前に目の前にあるはずの物がない事に気づいたからだ。
「あれ? ユキヒコさん、概要図は?」
「え?」
少しばかりの沈黙。同時に両手を握ったり放したり……ユキヒコはそれを繰り返しながら、僕と両手を交互に眺めた。
そして、一言。
「ない、ですね……」
その言葉だけで十分だった。僕は再度遠ざかる少年に視線を向けた。その手には微かに丸めた紙束が見える。
瞬間、僕の闘争心が轟々と燃え上がった。握った拳が音を鳴らす。
「ほほーう……《大地人》で、しかも子供なのに《冒険者》に勝負をふっかけるとは、良い根性してるじゃないか」
勝手に歩き出すわけでもなし、ユキヒコが掴んでいたはずの図面が消えるはずもない。落としても気づくはず……だとすれば、答えは一つしかなかった。
つまりは、盗られた。ちょうど僕が顔を覆っている隙をついてぶつかり、その拍子でユキヒコが手放した概要図を奪ったのである。
「ユキヒコさん待っててください。すぐに取り戻してきますから」
図面がなければ、《ナインテイル九商家》の人質たちが捉えられている場所に当たりをつけられない。僕は準備運動を念入りにする。
そんな燃えさかる僕に一歩引きながらも、ユキヒコは様子を覗うようにそっと肩に手を置いた。
「え? あの……セイさん、心配しなくても大丈夫ですよ……?」
「待てぇぇぇぇどろぼぉぉ―――――!!」
だけど、ユキヒコが僕を止めようとした瞬間、僕は走り出す。《冒険者》の体力と、得意技の一つ《モビリティアタック》を最大限に使って。
「セイさ―――ん!! 聞いてますか―――――――!!!!」
そして、一瞬でいなくなった僕に、ユキヒコは唖然としながら呟く。
「……概要図のスタンプはあるのに」
正直、それを先に言って欲しかった。
◇
そうとは知らず、ユキヒコを置いてきた僕は超突進をしかける。知っているだろうが、《モビリティアタック》は加速をかける技だ。ここで攻撃を仕掛ければ威力を上乗せさせられる技でもあるのだが、今回は移動するだけに留めている。それだけ少年との距離は空いていた。その差を一気に縮めて捕まえるつもりだった。
「やべぇ!!」
だけど、そこで予想外の事が起きた。あと一歩というところで、少年が急に角を曲がったのだ。一方、僕はその手前を通り過ぎる……勢いが良すぎて止まれなかったせいだった。
特技を使ったのがあざになった……僕は何とか地面に手をついて制動をかける。だが、すでに少年は曲がりきっており、僕が後を追いかけた際には、すでに姿を消していた。編め込みのように重なった通路をうまく使って痕跡を隠したのである。
「だが、それで諦める《冒険者》ではないのだよ!!」
難しいほど攻略に燃える……それが《冒険者》の性というもの。姿が見えないとはいえ、まだ遠くまで行ったわけでもなし……しらみつぶしに探せば追いつけるのは確かだった。僕は目を光らせたまま、再び走り出す。
しかし、思いの外、そう都合良く事は進まなかった。少年がみつからなかったわけではない。圧倒的に身体能力はこちらの方が上だったのもあって、何度も少年の姿は視界に捉えていた。
だが、その度に少年は僕の知らない脇道や裏道を通って出し抜いてくる。これが土地勘がある者とない者の差だろうか?
「くっ!? なかなかやるではないか!」
今では、もう《キョウの都》のどこを通っているのかわからない。同じような道も続くから方向感覚も狂ってくる。前後を確認するも、混乱して頭を抱えた。
「えっと、こっちから来たからあっちが北? いや、南なのか!? ええーい、この際、方向はいい!! 後を追いかける事に集中しよう!!」
こうなれば投げやりだ。僕は少年が進んだ方向に向かって一直線に突き進む。
そんな時だった。ちょうど突き当たりの角を曲がろうとした際、反対側から人がやってきたのだ。僕は慌てて制動をかける。それでも間に合わず僕は出会い頭に誰かとぶつかった。
いてて……僕は勢いよく尻餅をついた。そして、その上にひらひらと帽子が落ちて来る。比較的、すっぽりと頭を包み込みそうな大きなサイズ。けれどやんわりとした形は柔らかな印象を相手に与えるものだった。
「大丈夫ですか?」
そんな事を考えていると、奥からやってきた人から手がさしのべられる。
その人はパステルイエローを基調にしたボレロとロングスカートを着た女性。三つ編みに結った髪を肩から下げ、曲線美を描く眉が困ったように垂れる。
「申し訳ありません。まさかこの道を《冒険者》さんが通るとは思わず……お怪我は成されていませんか?」
僕は首を横に振った。だけどそこで言葉を詰まらせた。
「えっと……ごめんなさい。お名前を聞いてもいいですか?」
するとその女性は気前よくおどけた表情でスカートをつまむ。
「これは失礼しました。私は旅をしながら物書きをしております……どうぞ『ダリエラ』とお呼びください」
この時はこれが遠い未来の縁に繋がるとは、到底想像もできていなかった。
今はただ、このダリエラという女性が、《大地人》にはない異様な雰囲気を放っている事だけには気がついていた。
推敲しすぎて、逆にわからなくなってきたからやめておこう。