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第二章 1 セイルート


 ――やっぱり、慣れないな……。


 《キョウの都》は言わずもがな、セイたちの元いた現実世界でいう京都に位置している。そんな《キョウの都》はこちらの異世界(セルデシア)では《神聖皇国ウェストランデ》率いる《大地人》の貴族が居としている場所だ。

 セイこと僕は今日の今日までそれが何の意味を持っているのか、深く考えもしなかった。しかし、今回の事で思い知る事になる。大地人にも『抗争』というものがある事を。

 さもあれ今の僕は《キョウの都》を隠れて見物する一市民だ。区画整理された都市。緑に覆われながらも、日の光を浴び整然としたその町並みは、まるでインテリアにも似た雰囲気を醸し出していた。レトロというのはこういう感じなのかもしれない。

 それに合わせて個性も変化するようだ。《キョウの都》の住人は非常に落ち着いていた……というより、むやみやたらと騒ぐことははしたない、と言わんばかりだった。活気はあるのに、優美さを優先しておしとやかに振る舞っている。それは大通りでも同じだったらしく、売り子として雇われていたであろう《大地人》は声を張り上げず、通行人にチラシを配っていた。


「いもようかん、あります。よければ見ていってください」


 その目の前を通った僕は、売り子のチラシを手に取った。その姿はタートルネックにジーパンという姿で、加えて、眼鏡をかけ直した僕は居心地が悪そうにため息をはいた。


 ――ミコトに「眼鏡もかけろ」と押し付けられたけど、眼鏡に良い思い出がないからな……。


 そんな普段着慣れない姿の僕は、その後《キョウの都》を通り過ぎ、外へ出て東に進路を取る。やがて《ニオの水海》と呼ばれる淡水湖に行き当たった少年は脇道に入り、茂みへと分け入った。そして、そこでやっと呼び止められる。


「あ、セイさん!」


 そうして僕は呼ばれた方向へ顔を向けた。


「お帰りなさい。都の様子はどうでしたか?」


 そこにはチェックのシャツを着たユキヒコと小さなテントが張られていた。


     ◇


 時は三日前に遡る。

 あの日……《Plant hwyaden》の幹部が襲ってきたあの日、僕たちは《ヤマタノオロチ》の痛い一撃をもらい、水流に攫われて、流れ流れて、最終的に街道の近くまで来ていた。

 そして、暗くなってから僕は目を覚ます。誰よりも水を吸い込んでいたのか、ユキヒコに回復魔法をかけてもらって、やっとのことで気を取り戻した。

 そんなユキヒコに感謝を告げつつ、寝起きの僕に状況を教えてくれたのがミコトだった。


「あれ? ここは……?」

「ここは高台の真下ですね。どうやら、あれから崖に落ちてしまったようですね」


 声のする方へ顔を向ける。すると、どうやら周りの様子を見てきてくれたのか、ミコトは木々の合間から辺りをほんのりと照らす《バグスライト》を連れて現れた。

 崖……僕は首を傾げた。そう、起きかけのせいか、その時の僕は未だに頭が回っていなかった。だけど、ミコトが元いた高台を指さしてくれたおかげで思い出す……《ヤマタノオロチ》の痛い一撃をもらった情景を。ノエルと生き別れになった情景を。


「そうだ! ノエルは!!」


 そう、ノエル……その言葉にミコトは首を横に振った。それだけで僕は完全に行方が知れなくなった事を知った。少しばかりの沈黙が走る。顔をふさげば、夜の帳は足下さえおぼつかなくなるほど暗い。《バグスライト》で照らしてもこうも辺りが……先が見にくいのだろうか?

 すると、一番冷静だったミコトがいち早く言葉を発した。


「……《キョウの都》へ行きましょう。人数は減りましたが、このまま作戦を続けます」


 同時に僕とユキヒコは眼を見開いた。


「ノエルたちは見捨てるっていうのかよ!!」


 もちろん、僕は反対した。事前に逃がしたコールはともかく、ノエルは完全に生き別れてしまった。無事を確認できるまではここを離れるわけにはいかなかった。すぐにでもノエルを探してまわるべきだと判断した。

 だけど、僕は次のミコトの言葉で息をのむ。


「では、あなたがあのナカルナードという《冒険者》に潰されに行くのですか?」

「……」


 その言葉に僕は臆されてしまった。ナカルナードにではなく、ナカルナードに負ける僕が……その言葉でその姿を想像できる未来が怖くなったのだ。


     ◇


 ――たぶん、《アキヅキ》の件で懲りたんだろうな。


 今になって思えば、あの時の『一人で突っ走って仲間に被害を出した』という経験が僕の暴走を止めたのだ。

 ともあれ、一旦落ち着くためにも、もちろん身を隠すためにも、僕たちはひとまず山脈を後にして、目的地にほど近い《ニオの水海》にベースキャンプを作ったのである。街から近ければ、入ってくる情報も早くなる……ノエルたちの情報も手に入ると信じて。

 だが、それまでは作戦を進めておこうという事で、ユキヒコが持っていた魔法の鞄(マジック・バック)からテントを取り出し、それから皆、違う服装に着替えた。

 これは《ウェストランデ》に来る前から決まっていた事で、不名誉にも『お触り禁止』という異名がつけられ、少なからず広まってしまった僕の顔を隠す意味でも、情報収集をするためにも変装が必要という事だった。そのために皆、戦闘服ではなく《大地人》に溶け込めるよう普段着を持参している。今の僕も、軽鎧を外した姿だった。

 そして、変装した後、皆で手分けして都の様子を覗い、人質の居場所を突き止める手はず……だったのだが、ずいぶんと計画が狂ってしまったものだ。


 ――ノエルたち、大丈夫かな?


 そんな中、僕は別れた仲間たちに想いを馳せる。先に避難させたコールはともかく、ノエルはそうではない。《Plant hwyaden》に《ヤマタノオロチ》……遭遇したらまず勝てない相手が盛りだくさんだ。無事に逃げ切れていれば良いのだが……。


「セイさん? セイさーん」

「うわっ!!」


 そんな事を想って突っ立っていたせいか、突如としてユキヒコの言葉が降りかかる。すると、いつの間にかユキヒコは目の前にいて、僕の視界に掌をかざしていた。僕は驚いて、一歩後ろに下がる。そんな僕にユキヒコは「あ、戻ってきた」と掌をどけた。そして、その掌でテントを指さした。


「ミコトさんがテントの中で報告を待っていますよ。行きましょう」


 は、はい……僕は多少間が抜けた声で返事をする。だけど、ユキヒコは非常に落ち着いているのが、ナガレが心配ではないのだろうか? ナガレもまたノエルと一緒の方向に流れたみたいだが……。


「大丈夫ですよ。心配しなくても、ノエルさんが十分強いのはセイさんが一番知っているでしょう」

「……」


 と思っていたのだが、どうやら完全に余計なお世話だったらしい。僕の考えはお見通しで、ユキヒコは軽く微笑んだ。そんなユキヒコの笑顔は、何というかどこか安堵させるような雰囲気をまとっており、見ている人を和ませる……もしかしたらユキヒコは、戦闘面に限らず、精神面でもパーティを支える縁の下の力持ちなのかもしれない。


 ――はぁ……僕もまだまだ未熟だな。


 僕は軽く頭をひっぱたく。確かに暗い顔ばかりしても仕方がない。今は少しでもよくなるように、現状を良くしていくしかなかった。ノエルたちと合流できると信じて。


「よーし! がんばるぞぉぉおおーーーー!!」


 そうして僕は、ユキヒコを追い越して威勢よくテントの中へと入り込む。そんな僕を見てユキヒコはくすっと笑った……ナガレの事でも思い出したのだろうか? 

 だけど、


「……むしろ、ナガレの方が変に抱え込まないといいけど」


 最後にユキヒコは一言だけ不穏な独り言を、わずかに流れていた風に乗せた。


     ◇


 そうとも知らず、僕はテントに入る。

 中は閑散としていた。脇には寝袋、中央には木製の簡易テーブル。そして、ショールを羽織ったミコトがテーブルに広げた《キョウの都》の概要図をじーと眺めていた。

 一応、女子であるミコトを考慮して、極力、僕とユキヒコは外で過ごしているわけだが、作戦会議中はこうしてテントの中で行っているのだ。いつどこで誰が見ているかわからないし、そうでなくても大っぴらにできるほど僕たちの神経は太くなかった。

 それから、あまり時間が経たないうちにユキヒコがテントに入り、テーブルを取り囲むかのように皆、席に着いた。そして、ミコトは僕を一見すると、にやついた顔で嫌みを言う。


「あら、今日はぴーぴー喚かないんですね」


 うるさい……まるで先程のユキヒコとのやりとりを見ていたようなその嫌みに、僕は睨みながら軽く流す。だけど、それで遊びは終わる。


「それで《キョウの都》はどうでしたか?」


 次のミコトの一言で会議は始まり、僕は今日の成果を伝えるために口を開く。

 《弧状列島ヤマト》を分割する勢力、東の《自由都市同盟イースタル》と西の《神聖皇国ウェストランデ》。その中でも《キョウの都》は、西で権力を働かせている《元老院》なるものが取り仕切る巨大都市として有名だった。ちょうどイースタルの……東の《大地人》を取り仕切るコーウェン家がある《マイハマの都》と、対局に値する重要な所だった。

 もちろん他にも勢力はある。

 北……現実世界で言う北海道付近を納める《エッゾ帝国》に、僕たちの本拠地である南の《ナインテイル自治領》。だが、どれも位置的要因と環境条件が悪く、影響力は思いの外、弱い。

 四国に位置する《フォーランド公爵領》もあるが、すでに滅亡……今は名だけを残すモンスターの楽園になっている。

 なので、《大地人》を仕切るコーウェン家と《元老院》は《弧状列島ヤマト》の世情を左右する存在と言ってもいい。

 そして、聞き込みの結果、《元老院》という組織は保守的な集団らしい。ほぼ世襲制の貴族ばかりで、滅多に人前には出ず、『民衆のため』というよりかは『自分たちのため』に動いているようだった。

 『アライアンス第三分室』の事前情報で、《元老院》は《大災害》を機に《Plant hwyaden》の傘下に入ったとは聞いていたが、だからといって《Plant hwyaden》と深く繋がっているわけではなさそうだ。

 人質に関してもあまり良い印象を持っていないらしく、救出の際はあまり気にしなくて良さそうだった。


「……とりあえず聞けたのはここまで。あ、でも一つ気になる情報がある」

「というと?」

「いや、事情はよくわからないんだけど、《Plant hwyaden》の中で緊張が高まっているらしいんだよね……嵐の前の静けさというか、冷戦状態というか」


 ミコトは先を促した。僕は頷きながら思い返す。

 それはいもようかんのチラシを貰う前の出来事だった。情報収集のために、定番である酒場……はさすがに青少年では行けないので、宿舎に行った時の事である。

 宿舎には旅商人が集まりやすい。同時にそこに併設されている食堂はその旅商人たちが情報交換をする場になる。自然とその土地に広まる噂が飛び交うのだ。


「では、そこで何か情報を?」


 話を聞いていたミコトが急かすように相づちを打った。僕は頷き返す。そこの店員に料金の倍のお金(チップ)を握らせた甲斐はあった。


 ――『いやぁ、困った』


 しばらくして、そんな声が食堂に上がったからである。ちらりと視線だけを向けると、ちょうどチェックインした旅商人が疲れた物腰で僕の後ろの席に着いていた。


 ――『おう、そんな辛気くさい顔してどうしたんだ!』


 そんな旅商人に隣に座っていた酒を一杯ひっかけていた同業者が聞いてくる。すると、辛気くさい表情をしていた旅商人が店員に同じものを頼んだ後、愚痴をこぼし始めた。


 ――『いやぁ、最近、また情報規制が厳しくなってさ。おかげで商売交渉がしにくいの何の……』

 ――『ああー、確かに……最近は流民や希望する平民を集めて兵士に仕立ててるって聞いたしな。何や、『赤き夜作戦』だったか……もうそろそろ本当に戦争でもする気なんじゃねぇか?』


 そうして旅商人と同業者は一緒に酒と肴をつまみに盛り上がった。

 今、《Plant hwyaden》は東の《冒険者》組織である《円卓会議》と事を荒立てようとしている事。そのために三月……僕たちが《アキヅキの街》にいたのと同時期に遠征を敢行していた事。

 他にも話題は尽きないようで、めっぽう話し込んでいた。おかげでこちらとしては情報を持ち帰る事ができたというわけだ。


「と、こうして、僕は無事にテントに戻ってきました、とさ」

「なぜ、最後だけおとぎ話風の下りなんですか?」


 そんなユキヒコの突っ込みにも何のその……ミコトは「なるほど」とテーブルに、曰く姉からせしめたという《神聖皇国ウェストランデ》の地図を広げた。そして、指先で街道沿いをなぞると、顎に指先を添えて考え込む。

 僕とユキヒコは顔を見合わせた後、ミコトに続いて地図を覗き込んだ。だけど、僕たちにはそれが何を指し示しているかわからなかった。

 と、その時ミコトの顔がニヤリと緩む。


「何かわかったのか?」

「いいえ。全く、全然、わかりません」


 ガクッ……ミコトがその言葉を言った直後、僕とユキヒコは大げさにバランスを崩した。自信満々げだったのはどこへやら……肩すかしにもほどがある。

 だけど、ミコトは最後まで話を聞けと言わんばかりに首を横に振った。


「……あくまで《Plant hwyaden》の内情については、わからないだけです」

「と、言いますと」

「考えてみてください。今、《Plant hwyaden》の眼は《円卓会議》に向いている。つまりは……」


 僕は首をかしげる。だけど、次の瞬間、ミコトの言いたい事を理解して声を上げた。


「あ、もしかして……」


 そして、ミコトは肯定するように言葉を頷いて、言葉を引き継いだ。


「はい。今が《Plant hwyaden》を出し抜く絶好のチャンスです」


 そう、敵の主力が《円卓会議(あちら)》を向いているという事は、自分たちに割いている戦力も、かまっている暇もないということでもあった。



やっと(第三幕の)大体の構成が決まって、ほっと一息ついている。

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