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ログ・ホライズン二次小説 『お触り禁止と供贄の巫女』  作者: 暇したい猫(桜)
第一幕 『お触り禁止と供贄の巫女』
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第三章 異変

 あれからというもの、〈ナインテイルコロシアム〉のステージでは予選を終え、闘技大会の決勝トーナメントが粛々と行われている。その中で、僕もそこに名を刻んでいる者として戦いに明け暮れていた。

「〈アクセルファング〉!」

 キーンという剣のせめぎ合い、それに伴って司会者の声が耳に張り付く。決勝トーナメントは長きに渡り、その合間に否応なく勝敗がついていく。

 参加者は皆強豪ぞろい。たびたび魔見える接戦に僕は防戦一方だったけど、それでも誰よりも一足先に準決勝まで行きつけた。ノエルがコールの傍にいてくれるという点で、集中できた影響も大きい。

『決まった! 決勝進出はセイ選手!』

 そして、僕は今まさに決勝まで勝ちあがった。


 そうして、その報告をしにエントランスに降りた時だった。

「来たわね、決勝進出者」

 聞き覚えがある声を聞いて僕ははっと顔を上げた。視線の先……エントランスの中央では薄暗闇色のコートを着た少女が目に入る。

「ノエル!?」

 予想は当たり、叫ぶと少女は赤色のおさげを揺らした。その顔は間違いないノエルだ。僕は慌てて近寄る。

「セイ。決勝進出おめでとう」

「あ、ありがとう……って、そうじゃなくて! もしかしてコールの目を覚めたのか!?」

 するとノエルはしっかり頷いた。そして、

「……コールに叱られたわ。『私は大丈夫だからセイさんを支えてください』だって」

 いかにもコールが言いそうだ。僕は少し薄笑みを浮かべた。するとノエルは眉を寄せながらも言った。

「ついでにセイにも『お見舞いするぐらいなら少しでも研鑽を積んでください』だってさ」

 な、何故お見舞いに来るとわかったんだ……言い当てられ、僕は一歩下がりながら青ざめた。だけど、言葉の節々からコールの優しさを感じられて、僕はすぐに微笑む。

「あの子セイよりも優しいのね」

 それが伝わったのか、ノエルは僕に向けて優しく語りかけた。

「で、もちろん次の対戦相手の敵情視察もするんでしょう?」

 僕は頷いた。もちろんだ、コールの心意気に僕が応えないわけにはいかない。これから残りの試合でも見て対策を講じるつもりだ。その事を伝えると「それじゃ、行こうか」とノエルは僕の背中を押して観客席へと駆け上がる。

 その時、ノエルは話を切りかえるように言う。

「ところで、そのコールの事は何かわかったの?」

「え、何かって?」

 すると、ノエルが呆れたように顔をしかめた……え、ああ、コールの素性でしたよね。忘れてませんよ、一応探してたし……だから、そんなうかがわしい表情を向けないで。

 その心情を読み取ったのか、ノエルは大きなため息を吐いて許してくれた。

「まぁ、いいや。それじゃ、私が調べた事を伝えるね」

「調べててくれたのか!?」

「化けの皮はがそうと思っていたからね。それでまず〈大地人〉の事を調べたの」

 今一瞬、『化けの皮』とか凄い事を言った気がしたが、とりあえず聞き流すことにした……って〈大地人〉の事?

 疑問を感じた僕にノエルは首を縦に振る。

「前、セイはコールの異常性をクエストによる特殊なものと判断したでしょ。だから私は前例……というか、そういう特殊な〈大地人〉がいるかどうかを調べた。結果から言えば、セイの考えは当たっていた」

 そうしてノエルは、前に考えを否定した事を謝りながら、調べた事を話しだす。ノエルが言うには特殊な〈大地人〉は実在するらしいのだ。

 その一つは〈古来種〉と呼ばれる〈大地人〉。これは僕でも知っている……確か、〈大地人〉から生まれた高レベル者たち。いわゆる『英雄』と呼ばれる存在だ。この〈エルダーテイル〉がゲーム時代だった頃からも、彼らは伝承やら物語が動く上で重要人物として現れていた。時には〈大地人〉を守るために共に戦ったり、彼らの足跡を追うクエストが発布された事もあったらしい。

 だけど、〈古来種〉は〈大災害〉が起きてから行方不明になったと聞いたことがある。それにいたとしても〈古来種〉は高レベル者しかいない。コールがそうであるならば彼女だって高レベルでないとおかしい。これにはノエルも同意見だった。

 そんなノエルが残り一つの可能性を口にする。それが、

「〈供贄の一族〉? 何、それ?」

 僕は首を傾げた。すると、ノエルも正確には理解していないように言葉を選びながら慎重に呟く。

「えっと……とある友達から聞いたんだけど、ライフラインに深く関わる存在……だっけ。銀行の受付さんとか〈衛兵〉とかも何気にその〈供贄の一族〉なんだって」

 ――え、僕はてっきり〈衛兵〉も〈古来種〉の一種かと思った。

 僕は目を丸くする。どうやらノエルも最初それを聞いた時は驚いたらしい。だが、話しによれば、あれは鎧の方が凄い効果を持っているそうだ……つまりはドーピングに近いのか?

「それでね。なんて言ったらいいのかな……〈供贄の一族〉は〈エルダーテイル〉の世界観に関わる業務は一手に担っているらしいの。モンスターが中に入れないように〈ナカスの街〉に張り巡らされている『結界』も彼らの賜物なんだって」

「へぇ、まるでシステムを管理している人たちみたいだな」

「そう、それ!!」

 ノエルは腑に落ちたように晴れやかな笑顔を作って見せる。

 でもそうか……いろんなところでシステムが干渉してくるってことは、それを管理する者もいるってことか。たぶん『ゾーン』などの〈冒険者〉が関わる金貨の流通、〈冒険者〉が干渉しない部分に至ってはノエルが言っていた『結界』や『モンスターが落とすドロップアイテムの乱数』とかも……。

「……ドロップアイテムの乱数!?」

 その時、僕の頭に電撃のごとくひらめきが降りた。ノエルも同じ答えに至ったのか深く頷く。

 そもそもモンスターを倒すとドロップアイテム――つまり、モンスターからとれる素材はともかくとして、大規模戦闘レイド級のモンスターを倒した際には〈幻想級〉の装備アイテムが現れることがある。それは普段〈冒険者〉である僕たちにとっては当たり前の光景。普通のクエストでもボスから〈秘宝級〉アイテムがとれることだってあった。

 だけどこれらのアイテムはもちろんのことモンスターが持っているわけではない。この〈エルダーテイル〉では理由があって、確か……、

「ボスが現れる部屋には隠された宝物庫があって、倒す事でその扉が開かれる……そして、ボスがまた生まれる頃には再びその宝物庫に金銀財宝が作られる」

 そして何が作られるかは乱数……ランダムなのだ。

 だけど、そのシステムを〈供贄の一族〉が管理していて、なお且つ、コールがその〈供贄の一族〉の一員ならばシステムを利用して意図的に僕たちの前に現れることは可能ではないだろうか?

 財宝がよりよい物になればその鍵であるモンスターも強くなる。僕たちが〈試しの地下遺跡〉で〈狂い立つ悪霊〉と戦った時も、宝物庫に新たな財宝が入ったために一時的に強くなったと考えればつじつまが合う。

「もちろんまだコールが〈供贄の一族〉かどうかはまだ決まっていないけど、一応可能性として心に留めておいてほしいの」

 ノエルが僕の言葉を代弁するかのように呟いた。僕は頷く……しかし、

「僕はここ一週間何もみつけられなかったのに、凄いや」

 僕は純粋にほめたたえた。途端にノエルは一瞬で恥ずかしさに頬を赤らめた。だが、人の素性を調べるということは実際にやると難しい。まずどこから手をつけたらいいかわからないし、いつどこで何が拾えるかわかったものではないのだ。そこから一つずつ拾い上げ、推測を練ったノエルは驚嘆に至るほどの事をしたのだ。

 ――ノエルがいるだけでこんなにも違うんだ。

  僕は改めて仲間のありがたさに気づく。そんな仲間の内の一人であるノエルはそれを隠すように怒鳴った。

「そ、それはもちろんセイとは頭の作りが違うからね! そ、それよりも先に行くわよ! 早くしないと終わっちゃう!!」

 途端にノエルは僕の背中を再び押して前へと進ませる……と同時に歓声が鼓膜を打った。

『おおっとこれは一方的な戦いだぁぁあ!』

 だけど、その瞬間僕たちは凍りついた。僕たちの目の前――もう一方の準決勝試合に見知った〈冒険者〉がいたからだ。それは左肩に外套がある鎧をつけたプレイヤー……そう、その試合には僕たちを助けてくれた青年ホネストが出ていた。


 試合状況は圧倒的。その中で司会が熱狂して雄叫びを上げる。

 それもそのはず、試合開始直後にホネストは対戦相手を挑発するように切り合いを申し出て、これを切り伏せたのだ。

 対戦相手もトーナメントを切りぬけた強豪だ。なのに、たびたび発せられる鋭い斬撃を流れるように捌ききって、見事、観客席にいた僕たちに自身の実力を見せつけた。 そして、ホネストが大剣を収まるのと一緒に対戦者は音を成して倒れる。

『決まったぁぁぁ! 決勝進出はホネスト選手だぁぁ』

 途端に司会者は興奮したように場を盛り上げ、観客は熱狂に浸った。

 その一部始終を目前にし、僕は額に冷や汗を流した……これに僕は勝たないといけないのか。隣にいたノエルは冷静に分析する。

「そういえば参加者だっていっていたものね。やっぱりというか、これは一度憑かれたらおしまい。それより前に仕事をさせない方向へ持っていった方がいいかも」

 仕事をさせないか……僕は深く考え込んだ。

「なるほど……つまり相手を引き剥がすわけですね」

 だけど、途端に背後から声が響いて僕は納得したように頷いた……なるほど引き剥がすか――ん、今誰が言ったんだ?

 僕は振り返る。同じことを思ったのか、ノエルも首を傾げながら振り返った。

 すると、そこには見覚えのある金髪とチュニックを着たまるで街娘のような少女が立っている。

「コール!!」

 僕とノエルは同時に彼女を呼んだ。コールはにっこりほほ笑んで「はい?」と答えた。

「『はい?』じゃないわよ! もう立ち上がって大丈夫なの!? 痛いところはない?」

 途端にノエルがワレモノを扱うかのようにコールの肩を掴んで揺らした。コールが少し困ったように頷く……というか、むしろ肩を掴まれている事に痛がっている気がする。

 僕はコールのHPを確認した……うん、HPゲージは満タン。バッドステイタスもないし、本当に大丈夫みたいだ。僕は慌てているノエルの肩をがんじがらめに掴んで引き剥がす。

「ドウドウ……抑えて抑えて」

「だから、馬みたいに扱うな!!」

 ノエルが腕を上げて叫ぶ……まるで、初めてコールと会ったかのように。

 すると、二人も同じことを想い描いたのか、次の瞬間なぜだか三人とも声を上げて笑った。

「なんといか……いろいろすれ違ったけど、結局また巡り合ったよな」

「本当ね。どうしてこうなったのか……」

「でも素敵な事です」

 僕は開き直って、ノエルはため息を吐いた。その間にコールが微笑む。その巡回がとても心地よく感じる。

 これをなんていうんだっけ……僕は少ないボキャブラリーを開いて探した。

「あ、そうか。仲間だ」

 途端にノエルとコールが目を見開いて振り返った。そして、今度はノエルとコールで向き合う……と同時にノエルは「悪くないわね」と満足そうに頷いた。一方でノエルは何とも言えない表情のまま呟いた。

「仲間……」

 その間にも僕とノエルは話題に花を咲かせた。いっそのことギルドでも作るかとか、あの伝説の〈放蕩者の茶会〉みたいに勝手に名乗ろうかとか……。

 だけど、コールは顔を伏せる。その事に気づいて僕はノエルとの談笑を止めた。もしかして気を遣っているのか……どうしよう。

「……コ-ルは私たちと一緒は嫌?」

 すると、ノエルがそっとコールと目線を合わせて優しく微笑む。さすがは女の子……こういう時の聞き方は心得ている。

 途端にコールは思いっきり首を横に振る。それを確認した上でノエルは僕に顔を向けた。ナイスアシストだ。僕は頷いた。

「それなら、問題ないな」

 とっさにコールが顔を上げた。僕は続ける。

「結局コールがさ、何でも構わないんだよ。僕たちはコールの内面に惹かれたんだから。だから、コールが危ない時には必ず助けに行く」

「セイさん……」

「私たちを振りまわしたんだから、きちんとついてきなさいよ」

「ノエルさん……」

 途端にコールの瞳からボロボロと大粒の涙がこぼれ出す。

「は、はい。頑張ってついていきますから」

「あー、もうほら涙吹いて」

 ノエルがやれやれといった表情で優しく涙を拭う。

 僕はそんな二人を眺めて、温かい気持ちになった……心の奥底がぬくもりに包まれる。その時、僕は思った……この二人を、僕の心を優しく包むこの友人たちを守りたいと、居場所を作っていきたいと。

 そのためにも、まずは僕たちの帰りを待ってくれている人たちへ向けて大手を振って帰らなければ。あのギルドホームへ――。

「優勝しないとな」

 こうして僕は決意を新たに空を仰ぐ。気づけば太陽は沈みかけようとしていた。


「でも、正直どうするかな……」

 だけど、決勝戦へ向かうためノエルたちと別れ、控室への通路を歩いている間、僕はずっと考えに耽っていた。

 決勝で当たるホネストは、流れるような剣筋が特徴……つまりはあの重装甲らしからぬ速度重視のはずだ。一度見たからと言って避けきれるものではない。むしろ対策をしてきた所を突くように相手の意表を逆手に取りそうな戦法に適している。

 そういう相手には間合いの外……弓矢とかの遠距離が有効だけど、

「どう見てもあの恰好からして〈守護戦士〉(ガーディアン)だろうなぁ」

 〈守護戦士〉は〈エルダーテイル〉で一番の防御力を持つ職業だ。今更僕が弓矢を持ったところでどうにかなる相手でもない。そもそも弓系のスキルなんて取ってないから持ったところで何も出来ない。

 もうどうすればいいんだ……抱えきれない問題を抱えて僕の頭は今にも爆発寸前だ。

 その時だった。


『……そうですか。菫星キンジョウ様の方にそれらしい人物はいませんでしたか。ええ、わかりました。では念のため引き続き捜索をよろしくお願いします』


 ひそひそ話が聞こえて僕は振り返る。だけど控室へ向かう通路には僕以外は誰もいない。

「あれ? 確かこっちから聞こえたと思うけど……」

 しばらくの間、僕はきょろきょろと周りを見渡していた。すると、通路の壁の一部が仄かに光り出す。

 あ、そうか……僕はあることを思い出して、壁に手を当て静かに唱える。

「〈トゥームレイダー〉」

 途端に仄かな光が一点に集まり仕掛けの場所を示す。

 〈トゥームレイダー〉は僕の種族〈ハーフアルヴ〉が使える技……というか、特殊能力に近い。アルヴという古き民の血を引き継ぐ〈ハーフアルヴ〉は、ギミックや機械を探知、解明することができると言う。

 しかし正直、僕はこの特殊能力を『ダンジョンの仕掛けを楽しみたいから』という興味本位だけで所得していたのだが、まさか街中で役に立つとは思わなかった。

 僕はその指先……光りが集まった一点に触れる。すると、一点に集まった光は染み入るかのように消えた。途端にガタンと何かのスイッチが発動して、何もなかった壁がモンスターの口のように開いた。そうしてそこにぽつりと別の通路が現れる。

「こんなところに通路なんてあったか」

 僕はその手前で立ち止まった。内部は陰に覆われて覗けない。僕はゴクリと息を呑む。

 このまま無視して渡り廊下を進んでも控室に出るだけ……道中には何もなかったはずだ。だとすれば、

「この先に何かあるのか?」

 決勝までにはまだ時間がある。僕は冷や汗を流しつつも興味本位で夕暮れから暗闇へ一歩踏み込んだ。


『……っ!? 〈アキバの街〉の〈冒険者〉に力を貸した!? 何を考えていらっしゃるのですか!!』


 話声は尚も聞こえた。だけど、しばらくは周りが見えないほどの暗闇が続いた。まるで底なし沼に踏み込んだように段々と血の気が引いていく。

 しかし、壁伝いに歩いていくと淡い光が灯ったのをみつけて僕はその光に縋りつくように一気に走り抜けた。そして、一つの大部屋にたどり着く。

 そこは上から下までびっしりと模様が描かれた反ドーム状の部屋で、天井を覆い尽くすほどの模様が輝いて周りを照らし出す。

「……ふわぁぁぁ!!」

 そして、あまりの広さに僕は感嘆した。まさか〈ナインテイルコロシアム〉の下にこんな地下空洞があるとは思わなかった。

 もしかして〈ナインテイルコロシアム〉はこの空洞と合わせたら球状の形になるのではないだろうか。正五角形の透明な足場があるから大丈夫だが、これは落ちたらひとたまりもないだろう。

 その時、足場の五角形が光りを反射して模様を映しだす。僕は気になって、そんな足場に僕は慎重に足を踏み込んだ……あ、やっぱりうっすらと何か魔法陣が描かれている……。

 その時だった。『声』が聞こえてその方向へ顔を向ける。

「誰です?」

 するとすっと闇から溶けだしたように陰から灰色と鼠色のローブを着た女性が現れる。よく見ると髪までも黒く、唯一赤いメガネをかけた女性だった。その手には資料を抱えている。

「〈ハーフアルヴ〉……なるほどその身に宿す特殊な魔法でここに来たのですね。ですが、ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ」

 そんな彼女は僕を警戒して相手の見定めるようにメガネをかけ直す。僕は素直に頭を下げた。

「すみません。先程話声が聞こえて気になったので」

 すると女性はしばらく物思いにふけていたが、状況を理解して彼女は警戒を解く。だけど、敵意はその声に乗っていた。

「でしたら早くここから出て行ってください」

「でも、なぜこんなところに魔法陣が……」

「……」

「えっと、あ、あの……声が……」

「……」

 あ、だめだ。これは何があっても言わないパターンの人だ。その証拠にメガネの奥では嫌悪の色が渦巻いている。僕はその渦に飲み込まれるのではないかと背筋を凍らせた。 

「ここには僅かな通信装置があるだけです……他に質問がなければ出てください。〈衛兵〉を呼びますよ」

「はい。ただいま出ます!!」

 なんというか、ホネストといい、この女性といい、メガネキャラにはその瞳に何かしらを力でも持っているのだろうか。

 僕は少し項垂れたように踵を返した。

 ――しかし、遠くから子供のような不気味な嘲笑う声が聞こえた気がしたんだけどな。


 その一方で、僕の後ろ姿を赤いメガネをかけた女性は紛らわしく眺めた。そして蒼髪を揺らして〈ナインテイルコロシアム〉の通路へと帰っていく僕を見送ると、ほっと一息ついた。

「あれが〈冒険者〉……薫星様が認めた者たち」

 そうして、わざと灰色と鼠色の制服から伸びた掌でメガネをかけ直した後、赤いメガネをかけた女性は天井を……いやその上にある〈ナインテイルコロシアム〉のステージを見た。

「バカバカしい。自ら傷つけあう存在のどこに『可能性をみつけろ』と言うのですか、薫星様」

 その時だった。

「――――――――――!!!!!!!!!」

 小さいながらも妙な声がして赤いメガネをかけた女性は首を傾げる。歓声ではない……どちらかといえば鳴き声に近い。

 瞬間、彼女の背筋に悪寒が走った。おぞましい何かに背後を撫ぜられる感覚。

 同時にまるで何かが転送されてきたように地面が揺れる。と同時に足場の五角形から魔法陣が浮かび上がった。

「これはまさか……」

 気づけば彼女の額には冷や汗とは違う汗がにじみ出していた。

 ――赤いメガネをかけた女性の瞳に映ったのは歯車が軋む音と機械仕掛けのモンスターだった。


 そして、そうとも知らず僕が再び渡り廊下に出ると夕暮れの光が差し込んだ。気づけば太陽はもう沈みかけていて赤く染まっている。終わりが近づいてきた感じだ。

 でもその時になって彼女の言葉に違和感を覚えた。

 ――あれ、でも彼女はなぜここにいるんだ……それも〈衛兵〉って彼らは『戦闘禁止区域』で戦闘をした場合しか襲ってこないのに……。

 その時、頭の中に電撃が走った。僕はノエルの言葉を思い出す。システムの管理をしている〈大地人〉……そう、〈供贄の一族〉という言葉を。

 そうだ、女性が着ているあの灰色と鼠色のローブはギルド会館にある『銀行』の受付と同じではないか!

 だけど、一瞬で振り向いた時にはもう遅く、振り返ると先程まで開いていた入口がいつの間にかすっかり閉じられていた。

 さすが、システム管理の民〈供贄の一族〉。〈大災害〉があったから大抵のことではもう驚かないつもりだったが、こうやって常識はずれな事を目の当たりにするとその異常性に驚嘆してしまう。念のため〈トゥームレイダー〉を使ってみるが、もう作動しない。これではコールがドロップされた事がかわいく思えてしまう。

 そんな事を思ったせいか……、

「い、いました。セイさん!」

 エントランス方面から響いて僕は振り返った。すると、チェック柄のチュニックを着た少女が金髪を揺らしながら走ってくる。その姿は間違いなくコールだった。僕は慌てて近づいた。

 コールは僕の姿を見ると、間に合った、と言わんばかりに安心した。だけどその肩は上下に振れている。いわゆる『肩で息をしている』ってやつだ。

 僕は慌ててコールに尋ねた。

「こ、コール。こんなところまでどうしたんだよ」

「はい。その渡し損ねた物があったのを思い出して」

 ――渡し損ねた物? 

 僕は首を傾げた。すると、コールは背チュニックのポケットから手を回して僕の前にそれを取り出す。

 それは淡いオレンジ色の髪留め。装飾が何もない事から僕から見ても〈魔法級〉のものだとわかる。

「〈夕霧の守り〉です。何かの足しになればと思って」

「もしかしてまたあの技で作ってくれたのか?」

 僕はその髪留めを大事に掴んで訊いた。そして、そっと背後の曲剣〈迅速豪剣〉に視線を向けた。五日前コールはこの曲剣を作るために特殊な技を使っていた。

 僕は苦虫を噛んだように顔を歪めた。その時の彼女はまるで別人のように見えたからだ。あの時、青白い光りを放つコールはまるで……そう、システム、が動かしているように見えたのだ。

 だけどコールは「いいえ」と首を横に振った。

「それはプリエちゃんからです」

 途端に僕は目を丸くする……プリエがくれた? すると、コールが優しく微笑む。

「お父さんの形見の一つだそうです」

「……」

 僕はそっと掌に掴んだ〈夕霧の守り〉に視線を向ける。途端にそれは夕暮れと重なって風淡い光を反射する。まるでプリエが「がんばれ」と言ってくれているように。

 直後、僕は前髪を手でほぐしながら、髪留めでバツを描くようにつけた。

 そうして髪の毛を揺らすと〈夕霧の守り〉が蒼髪なじむようにその身を鳴らした。その淡い色は夕陽と相重なって色濃くなる……うん、なかなか様になっている。

「似合っていますよ」

 コールが頬笑みながら一言添える。僕は頷いた。

「ありがとう……行ってくるよ」

 その言葉はコールではなくプリエへ。

 そして、僕は振り返る。差し込む夕陽は僕のやる気のように赤く、通路を彩っていた。


     ◇


 そして、僕は決勝の場にやってきた。

「必ず優勝トロフィー取ってくるのよ! セイ!」

「セイさん! 無理だけはしないでください!」

 入場口傍の観客席で僕を応援するノエルとコールが別々の声援を投げかけてくる。その声援を聞いて僕はおかしいなとほくそ笑んだ。

 対戦相手はこれまで以上に屈強。一応控室で作戦も考えたが、正直勝てるかどうかもわからない。なのに、何故か『大丈夫』と思えるのだ。

「だから、もう恐くない」

 一歩進めばステージは赤かった。太陽さえも〈ナインテイルコロシアム〉の熱気に包まれたように観客席の上に居座っている。それを背にして行く先では一人の青年が待ち構えていた。

「やぁ、やっぱり君と戦う事になったね」

 その青年は〈グローリーアーマー〉を装備したホネスト。僕たちを助けてくれた恩人だ。僕は相手に視点を合わせてステータスを読む。


【名前:ホネスト レベル:91 種族:ヒューマン 職業:守護戦士 HP:13377 MP:6643】


「やはり〈ガーディアン〉……それも高レベル者か」

 その左肩に外套をあしらった鎧をきていた事からわかる通り、彼の職業は防御は固い〈守護戦士〉だった。

『さぁ、やってきました! 闘技大会決勝! この戦いで勝った者にはトロフィーと副賞としてグレード高いの素材が贈与されます!』

 瞬間、司会の声が場の注目を集めた。ステージに覆いかぶさるように途出した実況席には白い布にかかったかごが置かれている。と同時に司会は白い布が剥ぎ取り、中から貴重な素材がたくさん現れる。

 観客席から圧巻の声が上がった。『大鯨のウロコ』に『森林王の爪』……うわ、『ケルブの涙』まである。なかなかの品ぞろえに僕までもが息を呑んだ。

「君も素材目当てなのかい?」

 すると、ホネストは問う。そんな彼の瞳はまっすぐ僕の目を捉えて離さない……素材に興味はないということか。僕はそんな彼に対抗するようにゆっくり首を横に振った。

「今はトロフィーの方に用があるので」

 すると、ホネストは「そうか、それはよかった」とゆっくりと外套の下から大剣を抜き出す。

「それなら存分に楽しめそうだ」

 そして、ステージの熱気が高まった頃、司会から闘技大会決勝の火ぶたが降ろされる。

『それでは決勝、無制限一本勝負開始――!!』

 瞬間、視界に閃光が流れた。僕は刹那の際に剣を鞘から抜いて、そのまま何もない目の前の虚空を斬る。すると、まるでそこに透明の壁があるかのように何かにぶつかった。

 次の瞬間、目が状況に追いついてきて、壁だと思っていたそこに鎧姿のホネストが大剣を振りおろしていたことに気づかされる。いや、うまく受け流されたのか!?

 それを証明するかの如く、彼はすでに次の行動を起こしていた。技を出すのに必要な待機状態キャストタイムに入っていたのだ。目の前で交差する剣に光が灯る――やばい。

 僕はすぐさま力を抜いて大きく後ろに跳び退いた。

「〈オンスロート〉!」

 直後、ホネストの大剣に力が込められるのが目に見えた。その大剣が吠えるかのよう空を斬る。その風圧はすさまじく、退いた僕にまで届いて吹き飛ばす。だけどここなら範囲外だ!

 しかし、それだけで終わらない。空を切った大剣は地面に刺さり、ステージに衝撃を走らせたのだ。地面の一部がへこみ、その余波が僕にまで響く。HPゲージが一割減る。

「へぇ……。今の一瞬でよく退きましたね」

 ホネストは感心したように目を輝かせた。そう、まるで戦いを純粋に楽しんでいるかのように……。

 それを知ってか知らずか、彼は品定めするように問う。

「では、次の攻撃どう守るのか見せてもらいましょう!」

 途端にホネストは一歩力強く踏み込んだ。全身鎧フルプレートを着ているのに、彼はそれを感じさせない素早い走りを見せる。それも接近ルートを特定されないようにジグザグに方向を変えてきた。

 『仕事をさせない』……途端に僕の脳裏でノエルの助言が響く

 ――恐れたら駄目だ。むしろ前に出るんだ!

 僕は底なし沼に足を入れるかのように一歩に力を込めた。そして、手に持っていた曲剣を……〈迅速豪剣〉を薙ぎ払うように前に押し出す。

 途端にホネストの歩みはすぐに止まる。そして、その刃を避けるかのごとく距離を取った。やっぱりだ――。

「やっぱりホネストさんは〈迅速豪剣〉の効果を恐れているんですね」

 僕は曲剣を構え直して軽く苦笑いする。すると、ホネストは図星をつかれたというのに、いっそう目を光らせた。


 それから何時間が経ったのだろう……今、〈ナインテイルコロシアム〉のステージでは曲剣と大剣……僕とホネストが何度も交錯していた。あまりに均衡していたのか、僕の目の前で火花が散る。

 おそらく時間は十分と経っていない。だけどその間、それほどまでに緊迫した空気が僕の肩にのしかかる。正直、もうギブアップしたい気分だ。

「セイさん、頑張って!」

 だけどその度に観客席からステージへ雨のごとく歓声が降ってくる。その中でコールの声が響いて、僕は曲剣の柄を力いっぱい突き出した。

 本来、曲剣は突きには向かない斬り専門の剣だが、今は無茶をしてでも前に踏み込まなければならない。確かに実力は均衡していたが曲剣と大剣ではリーチの差があった。だからそれをカバーする何かが必要だった。

 同時にホネストは、サソリの尻尾のように伸びる曲剣の刃に対し一歩引く。鎧をまとっているのだから大してダメージにはならないのは目に見えているのだろうが、彼が恐れているのはダメージではなく〈迅速豪剣〉の『吹き飛ばし効果』……そして、それを持っているのが武器攻撃職で一番高い攻撃力を持つ〈暗殺者〉である事なのだろう。

 つまりはたとえ防御が高い〈守護戦士〉でも、吹き飛ばされた所に強烈な一撃を浴びせられる事を警戒しているのだ。

 だけど、やっぱり現実はそううまくはいかない……もし当たれば、吹き飛ばされている間に特技を当てられたが、ホネストはそうならないように何度も距離を取っていた。

 そんなホネストは額の汗を拭う。嬉しそうに頬笑みながら。だけど、これでやっと彼の俊敏さの秘密がわかった。

「そうか、あなたのその速さの秘訣はその鎧〈グローリーアーマー〉ですね」

 するとホネストは驚きながら一旦大剣を盾にして身を引いた。それはつまり肯定という意味だろう……おそらくあの〈グローリーアーマー〉の効果は、

再起動時間リキャストタイムの短縮」

 ホネストは代弁するように呟いた。

 そう、要は特技の効率を極限にまであげて、使い放題とはいかないまでも圧倒的な戦況でも柔軟に動いて攻撃を防ぐという地味に嫌なビルド構成なのだ。その分敵襲新ヘイトを溜めにくいはずなのだが、そこは一対一なので関係ない。つまりは、

 ――……この人絶対、闘技大会のためにだけに最強装備を集めていたくちだ!!

 僕は納得して、疲れが出たように肩を落とした……ああ、うん。強くなるよ。おそらく一対一なら誰にも負けないよ。

「なるほど、『お触り禁止』の二つ名はその鋭い観察眼の賜物ということですか」

 その疲れの原因であるホネストはまるで胸につかえた骨が取れたかのようにスッキリした表情で笑った。

「って、ちょっと待った! どこからその二つ名を……まさか十日前の飲食店騒ぎに」

「はい、目の前で拝見させていただきました」

 その言葉に僕は半ば納得いかない風に眉を下げた。そうか、だから僕たちに興味を持ってエントランスでの騒ぎの際に目の前に現れたのか。

 ああ、こうして『お触り禁止』なんていう二つ名が広がっていくのか……なんだか頭が痛くなってきた。

「まぁ、そんなに滅入る必要はありませんよ。二つ名は名誉。もらえること自体誉れ高きことです」

「それは、『流星』なんてかっこいい名前を付けられたから言えるんですよ」

 ホネストはやや皮肉を耳にしても大人な余裕を見せて微笑んだ。

 僕は目を細めて頬を膨らます。かっこよく言っている分、余計に嫌になった。その頬笑みが凄くいらつく。

「いいえ、僕はただ防具に頼っているだけですよ」

 だけど、僕はすぐさまその煩悩を捨て去った。次の瞬間、ホネストの手に力が込められたのだ。

「それなら僕もそうですよ」

 そう、実際のところ曲剣を突き出そうが鎧の防御力には勝てない。突進されて袋叩きにされるのがオチだ。そうさせないのは〈迅速豪剣〉の『吹き飛ばし効果』があるおかげである。それを強さとは言おうものなら、ホネストのように、その武器を使い続けた達人に申し訳ない。だけどホネストは首を横に振った。

「いえいえ、思い出しましたよ。とある〈茶会〉でボコボコにされた時の事を!」

 するとホネストはまるで避ける気がないのか、猪突猛進してくる。機を急したか……僕は曲剣を突き出した。案の定、ホネストは避けなかった。だけど彼にとってそれでよかったのだ。

「なっ……」

 叫び声を上げたのは僕だった。なぜなら攻撃が当たったのと同時に大剣を持っていた彼の腕が糸に引かれたように動き出したのだ。そして、大剣はまるで退路を断つように地面に衝撃を走らせる。結果僕は前によろめいた。

 しまった、これは〈フィッシュトゥキャッチ〉……〈守護戦士〉の特技で、敵を自分の方へ引き寄せる数少ない『強制移動』の技だ。これでは〈迅速豪剣〉で吹き飛ばしても意味がない。そして、

「〈オーラセイバー〉」

 先に地面に足がついたホネストがシステムに特技発動の宣言を告げる。途端に大剣が輝きだしても、距離を詰めたホネストが上段に構えて振り下ろす。

 僕は声にならない悲鳴を上げた。その後も何度も流れるような剣戟が襲い、HPの半分が削られた。だけどそこで大剣に定着していた光りが消えて、ホネストは再び僕の間合いから距離を取った。僕は膝をつく。

 さすがに戦い方がうまい。それでいて致命傷はきちんと防ぐところは熟練さを感じさせた。こんな人、どう攻略すれば……、

「しっかりしなさい――――『お触り禁止』!!」

「――――――っ」

 その時、ノエルが言葉を投げかけた。振り返ると入口間際の観客席でノエルとコールがじっと僕を見つめている。その瞳は僕の勝利を信じて疑わない。

 僕はその言葉に口端を吊り上げる。

「そうだよな。攻略するなんて生ぬるい……僕は勝たなければならないんだ」

 僕のために、何より支えてくれる人たちのために……そのために僕は地面に剣を突き立てて立ち上がった。

 ――それにヒントももらったし、負けられないよな。

 そんな僕を見て、途端にホネストはクスクスと笑って剣を構えた。

「あー、楽しい。強敵と相まみえる時が一番楽しい」

 僕もそこそこだけど、この人も結構な戦闘狂だな……ホネストの頬笑みはまるで心身に染みわたる栄養剤のごとく彼に疲れというものを感じさせない。

 僕はその事に呆れ気味になりながらも記憶を掘り起こす。

「〈フィッシュトゥキャッチ〉――確か、攻撃を受ける間際に対象を引き寄せる技、でしたっけ」

 膝を軽くはたき、周りを探る。前方三メートルにはホネストがいる。

「それがどうしました。まさか怖気づいたなんて言わないですよね」

 ホネストは飄々と頬笑みながら告げる。間違いない……彼は僕と同じ強い相手を目の前にするとワクワクするタイプの人だ。そんな彼に僕はひと度礼をした。

「ええ、もちろんです。だけど感謝はしています。おかげで……一か八かの賭けができます!」

 そして、僕は右前方に走り出した。そんな僕に対し、ホネストは油断することなく走り出す。と同時に僕は向きを変えホネストに曲剣を下段に薙ぎ払う。

「〈……〉」

 途端にホネストが機嫌を悪くしたように表情をしかめた。きっと先程と同じ単調な攻撃にがっかりしたのだろう。ホネストは避ける気もなく、また正面から攻撃ごと押し倒そうとする。

 だけどその間際、ホネストは異常に気づいた。一瞬だけだが、攻撃を受けるその間際身体が急停止したように止まったのだ。その隙に僕は胴体に通常攻撃を当てる。途端にホネストの鎧がまるで投げ飛ばされるように宙に浮いた。でも、まだだ!

 僕はホネストの後を追うように跳び付いた。もちろんすぐにホネストの金縛りは解けるがそれでいい。僕は剣を下段に、特技の発動を宣言する。

「〈アクセルファング〉!」

 途端に剣と一心となって音速のごとくホネストの胴体に剣を突き立てた。

「〈キャッスルオブストーン〉!」

 だけど、ホネストもさすがにそう簡単には勝たせてくれなかった。大剣を高く掲げると鎧から眩しい光が発せられホネストの全身を覆った。〈キャッスルオブストーン〉――攻撃を完全防御する技だ。この攻撃は致命傷になりかねないと長年の勘が教えたのだろう。

 その推察は当たっていた。〈アクセルファング〉がヒットしていれば全身全霊の〈アサシネイト〉を発動させる気でいた。しかし、ホネストの鎧にはじかれて攻撃を防がれた今僕はとっさに真横に跳んで距離を置く。

 途端にホネストの鎧に定着していた光りが自然と治まった。ホネストが目をキツネ目のように細くする。おそらく気がついたのだろう自分が追い詰められていることに。

「完全にやられた。これで僕はまともに君の間合いに入るわけにはいかなくなった」

 僕は口元を歪ませて微笑んだ。


     ◇


 そうして戦況は数分間続いた。その様子を私は静かに見守る。

「ノエルさん、これは勝っているんですか?」

 だけど、傍らにいた金髪の少女が私の名を呼びながら首を傾げて訊ねる。その言葉に私は「五分五分ね」と答えた。

 そう、私ことノエルは今、金髪の少女コールと共に入場口間際の観客席で静かに目の前の戦況を眺めていた。目の前では長髪を尻尾のように括った少年……私の相棒であるセイが戦っている。

 今現在ではセイが攻撃を仕掛けているが、対戦相手であるホネストはうまくその立ち回りから逃げている。おそらく〈キャッスルオブストーン〉の再起動時間を稼いでいるのだろう。

「そもそもさっきは何が起きたのですか?」

 だけどコールはさらにわからなくなったのか、目を泳がせた。

「コールは今セイが何の技を出そうとしているかわかる?」

 私はその言葉に問いを重ねる。コールはじっと攻撃を仕掛け続けているセイの背を眺めた。その仕草は幾重もコールを助けて、かつ、セイが『お触り禁止』と言われる由縁となったあの技であるのは明白だろう。案の定コールは、

「初めて会った日に見せてくれた技……えっと〈シャドウバインド〉でしたか?」

 私は首を縦に振る。そして、補足するように呟いた。

「でも、それだけじゃない。確かに〈シャドウバインド〉は相手の動きを封じれる特技だけど、同時に攻撃がおろそかになってしまう……コールでもセイの立場だったら一気に攻撃できる特技で形成逆転したいわよね?」

「は、はい。でも確か同時に二つの特技を発動できないんですよね……あっ!?」

 何度も見てきたコールはとっくに理解していた。私は今も接近戦を仕掛けているセイに視線を向けた。

「そう、確かに同時には出せないけど、あの『強制移動』は 〈迅速豪剣〉の付加効果にすぎない」

 つまり、セイは〈シャドウバインド〉をかける瞬間に逃れようのない隙も作っているのだ。そして、ホネストの隙をついて時々〈アクセルファング〉を繰り出した。

 その時、ホネストのHPがついに半分を切る。そして、ここからが本当に本番――ホネストが距離を取って立ち止まったのだ。〈キャッスルオブストーン〉の準備が整ったらしい。コールが問う。

「それでなぜ五分五分なのです?」

「〈キャッスルオブストーン〉は完全防御の特技。絶妙なタイミングで発動させられたら今度に隙を見せるのはセイの方」

 だけど、もし〈キャッスルオブストーン〉のタイミングが早ければ、セイが気づいて特技をわざと外し、今度こそホネストはジリ貧になる。逆に遅くても、セイの特技はヒットし、連動して〈アサシネイト〉が発動……一気にホネストのHPは尽きる。もちろんこの事はホネストも承知の内だろうが……。

「つまり、ここから先は相手の一手先を読み勝てた者が勝つ」

「……」

 コールが状況を把握したのか心配そうにステージを覗きこんだ。そして、おろおろと挙動不審になっていた。

 私はそんな彼女に掌を立ててチョップする。途端にコールは痛そうに頭を押さえた。

「応援が弱気になってどうするの」

 コールは何とも納得できないように頷いた。でも、そのおかげで挙動不審な動作はあのお人よしの心境に変動を与えるかもしれない。それでは本末転倒だ。

「大丈夫。何を隠そうセイは私に打ち勝ったのよ」

 だから私はそんな彼女に優しく微笑んだ。勝ちなさいよ……静かに曲剣を構えるセイに私は視線を向けながら。


 だけどそんな時、不協和音が鼓膜に鳴り響く。コールも気づいたようで私が首を傾げると彼女と目があった。その間にもガシャン、ガシャン、とまるで機械を動かすような音が聞こえる。そして、その音は大きくなり――刹那、歓声の一部が悲鳴に変わる。

「なぜこんなところにモンスターが!?」

 その言葉に引かれて、私とコールは振り返る。そして、私は畏怖を覚えた。

「えっ?」

 そこには大量の〈時計仕掛クロックワークスコーピオン〉が観客席へ押し寄せてきていた。


     ◇


 太陽が白熱したように赤く火照って、僕たちを見守る。その中で僕は時間が許す限り〈シャドウバインド〉と〈迅速豪剣〉の合わせ攻撃でホネストのHPを削り続けた。だけど、HPを半分削ったほどで時間切れが来たようだ。ホネストが僕から距離を取って腰を落とした。〈キャッスルオブストーン〉の体勢だ。

 すると、ホネストが苦虫をかみつぶすように初めて顔を歪めた。

「武器の付加効果と特技の併用で、直線的な攻撃を当てる。かと思いきや、距離を取れば強力な特技が飛んでくる。防ぎきるのはまず無理か――さすが『お触り禁止』。正直ここまでとは思いませんでした」

「考え過ぎです。〈迅速豪剣〉を手にしたのだってたまたまですから」

 ホネストはいっそ清々しいと言わんばかりに額を拭う。そんな僕も口歪ませたままだが、冷や汗を流し続けている。

 言わなくてもわかる。ホネストは僕の行動を読んでいる。

 そう、僕はこのまま〈シャドウバインド〉を駆使してジリ貧で勝つなんて考えてない。

 そもそも特技を発動させる待機時間キャストタイムの差で勝てるわけがないのだ。先刻、僕が〈アクセルファング〉を出した後で、ホネストは〈キャッスルオブストーン〉を発動させた。この事から〈キャッスルオブストーン〉の待機時間は僕の特技よりも短い事がわかる。意表をついたからよかったものの、僕が一歩踏み出した後から『完全防御』をかける事は可能なのだ。

 だから今度僕が取れる手は一つだけ。次の一手で不意を突き、何があっても〈アサシネイト〉で決めること。

「真っ向から受けましょう」

 ホネストが大剣を前に。刃を立て、防御に徹している。ここから先は純粋に発動までの一秒で勝敗が決まる。

 全神経を前方へ。太陽が緊迫したようにその頬に陰りを見せる。

 その時、夜でもないのに周りが静かになった……刹那、ホネストが一瞬視線を泳がせる。

 今が好機。一足早く踏みしめた。

 

 だけど結局、特技は出せなかった。

 その前にステージが魔法陣を描きながら光り出したからだ。途端にステージ中央が隆起して穴ができる。

 僕とホネストは同時にその中央から距離を取った。

「な、何が起きているんだ!?」

「見たことがあります……これは――『モンスターマッチング』です!」

 慌てる僕とは反対にホネストは冷静に大剣で防御態勢を崩さず叫んだ。

 モンスターマッチング――通称『PvM』機能。言葉通りモンスターを相手にソロ、もしくはパーティーで戦う〈ナインテイルコロシアム〉本来の機能だ。

 僕はもちろん今現在行われている『闘技大会』のように対人戦闘――いわゆる『PvP』にしか興味がなかったのだが、むろんそれが毎日行われるわけではない。〈ナインテイルコロシアム〉は通常そうしたモンスターとの腕試しとして設置された施設なのだ。

 だけど、そう言えば〈大災害〉が起きてからは『モンスターマッチングをした』という噂を聞かなかったな……僕は顔をしかめて首を傾げた。だいたいそんな装置がどこに……。

 ――いや……まさか僕が決勝に行く前にみつけたあの地下空洞が、

「セイ!! 気をつけて!!!!」

 その時上空からノエルの声が響いた。気づけば静かになった観客席から轟音や爆発音が聞こえてくる。慌てて振り返ると、僕はその惨劇に唖然とした。

 観客席がいつの間にか人からモンスターに変わっている……〈大地人〉が時計仕掛けのモンスターに呑みこまれているのだ。数少ない〈冒険者〉がなんとか周りにいる〈大地人〉をかばいながら戦っているが、それもほんの十パーセントのみ。溢れたモンスターは今にもステージに落ちてきそうになっている。

 そんな中でノエルはコールをかばいながらそのモンスターと戦っていた。ノエルはクナイを両手に蠍に投げ放つ。僕はそのクナイが刺さったモンスターの情報を呼び出す。


【モンスター:〈時計仕掛クロックワークスコーピオン)〉 レベル:50 ランク:ノーマル】


 僕はその情報に息を飲んだ。ノーマルランクとは言えレベル【50】はモンスターでも高い方だ。〈アキバ〉と違って〈ナカス〉の冒険者は中レベル者がほとんどだし、ゲーム時代とは違って〈大災害〉後はモンスターにもリアルさがついてくる。レベルが上がればあがるほど迫力があがり、熟練の〈冒険者〉でも畏怖するのだ。レベル【50】以上のモンスターと戦う際には相当な覚悟がいる。戦況が押されているのもそこら辺が影響しているのだろう。

「ノエル、何があったんだ!?」

「そんなのわからないわよ‼ ただ一つ言えることは、このままだと〈大地人〉が危ない……この〈シャドウレスキック〉!」

 〈時計仕掛の蠍〉の尾から発射されたビームをかわし、ノエルは高速の蹴りをその胴体に繰り出す。途端に蹴りを入れられたモンスターが光りとなって消えた。〈シャドウレスキック〉特有の即死効果だ。これによって『モブ』と呼ばれる属性のモンスターは必ずと言っていいほど倒れ、ノエルはなんとかコールを守りきっている。

 だけど、〈シャドウレスキック〉は縦横無尽に走り回る〈武闘家〉の特技。むろん〈武闘家〉ばかりがこの〈ナインテイルコロシアム〉にいるわけではなく、他の〈冒険者〉は〈時計仕掛の蠍〉の遠距離攻撃に苦戦を強いられている。

 いや、それだけじゃない。例え『HP減少抵抗【1】』のゾーン効果があっても〈大地人〉に大怪我でも出たら……例えば〈時計仕掛の蠍〉に片腕でも落とされたら、さすがに回復呪文をかけてもその腕がくっつくことはない。〈冒険者〉であればもう一度〈大神殿〉で復活すればどうにかなるかもしれないが、〈大地人〉にそんな手段は通じない。

「セイさん!!」

 その時、また呼ばれて僕は振り返った。視線の先ではノエルの背に隠れていたコールがこっちをみつめる。

「こちらはどうにかします! だから原因のモンスターを倒してください!!」

「原因……ボスのことか!?」

 そうか……僕は納得して頷き返した。通常、プレイヤーがおびき寄せたりしない限り、ダンジョンでもここまで多くのモンスターと遭遇することはない。だが、例外はある。その一つが、

「ボスモンスターが手下を呼び寄せているのか!?」

 そう、聞いたことがある。ダンジョンの奥にいるボスのなかには手下……つまり『モブ』と呼ばれるモンスターを召喚、もしくは呼び寄せるモンスターがいるらしい。

 〈シャドウレスキック〉がヒットしたことからも〈時計仕掛の蠍〉がモブであることは明白だ。だとすればそれを呼び出した親玉がいる。

 と同時にまた地響きが再び鳴り響く。

「離れてください、『お触り禁止』!!」

 すると、僕たちが話している間にホネストがこちらに走ってきて僕の前を陣取る。と同時に怒号に似たエンジン音が鳴り響く。

 ――刹那、中央の穴から沿うように巨体が飛び出してきた。

 それはオートバイのような自律二輪の装甲車。だけどそれが真上を通り過ぎた時、僕はその大きさに驚愕した。全長約十メートル……まるで巨人の乗り物であるかのようにその装甲車は僕たちの後ろに着地する。


【モンスター:〈蹂躙ホイール・オブ・トランプル)〉 レベル:62 ランク:パーティ】


 僕はその装甲車……〈蹂躙の輪〉のステイタスを呼び出して武器を構えた。

「こいつがボスなのか?」

「まず間違いないでしょう。後ろを見てください」

 そう言われて僕は振り返ると崩落してできた穴から観客席と同じ〈時計仕掛の蠍〉が這い上がってくる。僕とホネストはお互い背後を預けながらたちまわった。

「どうです……どんな理由かは知りませんが、この最高のムードをぶち壊してくれたこの不届き者を一緒に倒しませんか?」

 そんな劣勢な状況でありながら、ホネストは冷静な口調で言った。だが、心底苛立っているのだろう。言葉の節々から溶岩よりも熱く燃えたぎる憤りを感じさせた。

 でもまぁ、その気持ちはわからなくもない……僕は頷いた。

「せっかく楽しい時間を過ごしていたのに、台無しにしてくれたんだ。その報いを受けてもらう!」

 そして、僕とホネストは共に戦場と化したステージに駆けだした。


     ◇


 そうして私はステージを駆けだすセイさんを眺めながら、金髪の髪を揺らした。振り返るとその先では不気味に歯車を軋めかして人造の蠍が突撃している。

 私は知っている……いや、正確には〈もう一人の私〉が知っているのだろう。私は本を読むように彼女から知識を借りているだけ。

 その知識によれば、彼らは昔の古アルヴ族という種族が造りし無人兵器。いくつかの種類が存在していて、その中でも目の前の敵はその尾から光りの矢を撃ってくる一番汎用性のある物。

 ――そして彼らは〈もう一人の私〉によって生み出された最初の化け物……。

「……」

 私はその古に作られた蠍から目を逸らした。なぜなら、それらが急に現れた時、その理由を悟ったからだ……すると、人造の蠍を一体倒したノエルさんが私を心配して振り返った。

「……それで『どうにかする』ってのはどうするの、コール!?」

 名前を呼ばれ再び目の前を向くと、赤色のおさげを揺らしてクナイを放つ〈狐尾族〉の少女、ノエルさんがいた。ノエルさんが視線だけをこちらに集中させた。

「コール?」

「いえ、何でもありません。今は目の前の事に集中することにします」

 そうだ、今はめげている場合ではない。視界に広がる観客席には蠍に踏みつけられ、もしくは傷を受けた〈大地人〉が多く倒れている。早くしないと同じ〈大地人〉の方々が〈私〉のせいで……それこそ取り返しのつかない事になってしまう。

 私は周りに気を配りながらある一点を指さした。そこには闘技場でありながら素材が散らばっている。『大鯨のウロコ』に『森林王の爪』、『ケルブの涙』……それらは全部優勝の副賞として用意されたもの。

「でも、あれだけあれば充分です」

「って、え、まさかセイの言っていた……!?」

 ノエルさんがまた一匹を倒して問い返す。その問いに私は頷いた。そう、私にできることはただ一つしかない。

「はい、アイテムを生成します!」


     ◇


 〈蹂躙の輪〉の攻撃はその巨体で踏みつぶすという単調なものだ。それだけならば普通のノーマルランクと同じ……いや、それ以下の強さだろう。

 だけど、〈蹂躙の輪〉の強みは主にその走行と速さだった。

「そっちにいきましたよ、『お触り禁止』!」

 ステージの真ん中で〈時計仕掛の蠍〉と戦っていた僕は振り返る。すると数匹を引き飛ばしながら〈蹂躙の輪〉はドリフトをかまして僕の正面に突っ込んで来る。

「〈タンクデサント〉!」

 と同時に背後で戦っていたホネストが僕の軽鎧〈試作魔道胸甲〉の首根っこを掴んで移動する。〈タンクデサント〉は仲間と共に移動する技……そのおかげで鎧に包まれたホネストは軽々と僕を持ち上げてステップを踏んでいた。

「というか、いい加減『お触り禁止』呼ばわりはやめません? セイでいいですよ?」

「そんな事を言っていられる余裕があっていいですね……『お触り禁止』」

 やや皮肉じみた言い方をしたホネストは何もない所に着地した。だけど、周りにいた〈時計仕掛の蠍〉が尻尾からビーム砲を撃ってくる。それをホネストは避けるのではなく大剣で受け止める。〈アイアンバウンス〉……〈守護戦士〉特有のダメージ軽減の技だ。

 その隙に僕も一手打つことにした。必要最小限の動作で忍びより周りの〈時計仕掛の蠍〉を掃討する……こっちは〈スウィーパー〉という〈暗殺者〉の技だ。

 そうして再びホネストの背に隠れた僕は曲剣を構え直した。

「だけどこうして〈時計仕掛の蠍〉を先に倒しても、崩落した穴からまた出てくるんだよな」

「ですが、遠距離攻撃が厄介です。ただでさえ〈蹂躙の輪〉は『即時移動』効果を持つ走行に加え、縦横無尽に動き回る。こちらは近づくことさえ重労働です」

 ホネストは盾にした大剣を容易にくるりと回して体勢を整える。だけど、彼の額には冷や汗が浮かんでいた。ホネストも戦況は不利な事を理解しているのだろう。

 そう、今、不利になっている要因は一概に敵の戦力が多勢である事に尽きる。それによりホネストも敵襲新ヘイトを溜める〈守護戦士〉として動けないでいるのだ。もし下手をしてヘイトを集めようものなら〈時計仕掛の蠍〉による一斉照射でこんがり焼かれてしまうだろう。さすがに高レベルだとしても油断はできない。そして、〈守護戦士〉がいない僕はあっという間に〈蹂躙の輪〉に轢かれてしまうだろう。せめて〈蹂躙の輪〉だけになれば何とかなるというのに。

 そうこうしているうちにまた新たな〈時計仕掛の蠍〉が崩落した穴から現れる。

 そして、すぐさま僕たちは包囲される。そんな時だった。

「セイさん! お待たせしました!!」

 突然背後から声が響き、視界を覆い尽くすほど強烈な光が僕たちを襲った……手を翳して振りかえるとそこにはコールがいる。

「古に作られし、人造の蠍よ! 今一度歯車に戻れ!」

 刹那、〈ナインテイルコロシアム〉にいる誰もがコールに視線を向けた。その光を浴びた途端、〈時計仕掛の蠍〉たちが一斉にして悲鳴のように軋んだ音を出し、ただの部品へと成り果てたからだ。

 だけど次第に光りは収まり、彼女の手から一枚の巻物が破れる。

「そうか、〈掃討の巻物〉を持っていたのか!」

 ホネストが好機と言わんばかりに呟いた。〈掃討の巻物〉聞いたことがある……確か範囲内にいるノーマルランクのモブモンスターを排除する強力なマジックアイテムだ。

 だけど、僕たちがそんな高価なものを持っているはずがない……つまり、コールが作ったのか。

「でも、どれだけ上等なものを作ったんだ……」

 僕は唖然として周囲を見回した。

 確かに〈掃討の巻物〉は強力なマジックアイテムだが、範囲はそれほど大きくないし、倒しきれない時もあるって話だった。それなのにコールの作った〈掃討の巻物〉は〈ナインテイルコロシアム〉全体を包み込み、全てを取り除いた。

 視界には〈時計仕掛の蠍〉の姿はない……観客席にも、崩落した穴からさえも。

 気づけば、コールを守るようにたちまわっていたノエルも僕と同じく目を皿のようにして驚いていた。僕の握っている〈迅速豪剣〉といい、コールの作ったものは尋常な威力を持っているようにみえる。

「『お触り禁止』!」

 そんな中、ホネストが叫んだ。僕はとっさに真横に跳ぶ……すると先程いた場所を〈蹂躙の輪〉がものすごい勢いで通過した。

 そうだった、あくまで〈掃討の巻物〉はモブモンスターだけを蹴散らすもの。〈蹂躙の輪〉には効かない。

「ぼさっとしている暇はありません……行きます!」

 途端にホネストが前線に出て攻撃を加える。多くの〈時計仕掛の蠍〉による一斉照射を恐れたせいでなかなか思うように動けなかったが、今なら〈蹂躙の輪〉の攻撃も受け止められると判断したのだろう。そのかいもあって〈蹂躙の輪〉は嘶きのようにエンジンをふかし始めた。

 そうだ、今は何よりも〈蹂躙の輪〉を倒すのが先決。そして、〈時計仕掛の蠍〉が殲滅された今なら僕たちは本来の戦い方ができる……。

「よし! そのまま来るんだ! 〈アンカー……」

「待った!」

 それを理解した時、僕はホネストを止めた。

 刹那、〈蹂躙の輪〉が嘶き、猛スピードで突っ込んで来る。僕とホネストはお互いに背を押して左右に跳んだ。そして、着地した瞬間僕は叫んだ。

「僕がタンクをする!!」

 同じく地面に足がついた途端、ホネストは目を丸くした。

「自分が何を言っているかわかっているんですか!? 〈暗殺者〉は攻撃してこその職業でしょう!!」

「でも、レベルはホネストさんが上です!!」

 その言葉に彼は唾を飲んだ。そう、僕のレベルは六十二……〈蹂躙の輪〉と同等だ。一方でホネストのレベルは九十一。レベル差は二十九もある。

 レベル差は攻撃力と比例している。レベルが上であればあるほど攻撃力は相手の防御力より上回る。僕が攻撃するよりはるかにダメージを与えられる。

 それに僕の会得している〈アクセルファング〉は移動攻撃の代わりに攻撃力は低い。一方ホネストの〈オンスロート〉は〈守護戦士〉には珍しい攻撃特化の技だ。当たれば一気に倒せる。

「……できるんですか?」

 その意をくんだのか、ホネストが大剣を構えて神経をとがらせる。そんな彼に僕は内心冷や汗を流しながらにっこり笑った。

「僕は『お触り禁止』ですよ」

 ホネストはその言葉に意表を突かれ、けれど楽しそうに微笑んで一歩後退する。その間にも〈蹂躙の輪〉はスピンし、こちらに向き直った。さすがに怒りを露わにしたのか、〈蹂躙の輪〉はその巨体をオーバーヒートさせる。明らかに範囲攻撃の大技を出す気だ。

 ――もうこうなったら度胸試しだ……さぁ、ここからが勝負を始めよう。

 その時まるで応えるように〈蹂躙の輪〉がスタートし始める。

 そして、僕も一歩前へ……たった一瞬でもいい、止められれば後はホネストが倒してくれる。

「〈モビリティアタック〉」

 ならば問題になるのはどうやって止めるか――――加速して前へ。

「〈シャドウバインド〉」

 その答えをみせるために僕は準備する――――相手に足枷をつける。


 ――後はもう力比べ。


「いけぇぇぇぇェェェェェェェェェ!!!!!!」

 僕は〈迅速豪剣〉を下段へ。〈蹂躙の輪〉の前輪を真っ正面から斬りあげる……と同時に衝撃波がステージに奔った。重いタイヤが剣に圧し掛かる。

 これが僕の答え。ホネストが〈フィッシュトゥキャッチ〉という技で〈迅速豪剣〉の『吹き飛ばし』効果を無効化した時から考えていた……もしかしたら〈迅速豪剣〉でも同じことができるのではないかと。

 つまりは力の相殺。勢いの乗った攻撃や特技に対して『強制力』をもって止める。

 次の瞬間、僕はありったけの力で〈迅速豪剣〉を押し付けた。目の前では〈迅速豪剣〉がホイールの猛回転に削られるかのごとく火花を散らす。

 ――頼む、うまくいってくれ。

 言葉では簡単だが、実際に成功させるには同じ威力と相手の動きを鈍らせる必要がある。それでもまだ自信には程遠い。

 だけど後ろには僕を信じてくれたホネストがすでに待機状態に入っている。だから、

「負けられないんだ!」

 その時、呼応するかのように何かが光った。淡い色のそれは僕の前髪から発せられる……その源はプリエからもらった〈夕霧の守り〉。僕はとっさに視線を集中させた。


【アイテム名:夕霧の守り 効果:一度だけ幸運を呼び寄せる】


 途端に全身の力がふっと解けて再び戻ってくる。それも前より力がみなぎってくる。まるで『頑張れ』とプリエが手を貸してくれているようだ。

 ――これならいける!

「うりゃゃゃぁぁあああ!」

 僕は再びみなぎった力で刃を立てる……それこそホイールを断ち切るかのごとく曲剣を振り上げる。

 刹那、ホイールの回転が完全に止まった。クリティカルヒットだ。

「〈オンスロート〉!」

 そして同時に、後ろで控えていたホネストが大剣を上段に……肩で支えるように構えたまま猛突進した。通り過ぎる間際に一撃、振り返り二撃、滑り込んで三撃、飛び付いて四撃……そうして〈蹂躙の輪〉の至るところにホネストの斬撃は九連続も続いた。

 そして、十撃目……ホネストが〈蹂躙の輪〉の胴体にその大剣を突き刺した時、〈蹂躙の輪〉はエンストしたように「ボンッ」と音を成して光りと化す。その光景を〈ナインテイルコロシアム〉にいた〈冒険者〉が見ていた。

「終わった……?」

 少しの沈黙。だけど僕がよろめきぺたんと地面に座り込むと歓声が沸き起こった。

「ははは、やった……やったぁぁぁぁぁぁ!! 俺たち生き残ったんだ!!」

 その歓声は僕たちにではなく、皆に向けられたもの。生存したことによる純粋な喜びだった。〈冒険者〉たちはお互いに抱きしめあったり、共に戦った者と握手をしたり……だけど、僕はその声を聞けて何故か心が高鳴った。

 久しぶりだった……こんなに一丸となって事に当たる〈冒険者〉を見たのはいつぶりだっただろう。

「まだ〈ナカスの街〉は死んでなかった……」

 気づけば足も腕もボロボロだったけど、何故か心はワクワクして止まらなかった。手を貸してくれるホネストに支えられ、僕は一粒だけ涙を流した。

 その時〈夕霧の守り〉がまるで成仏すつかのように音を立てて崩れ落ちた。


 だけど、あまり喜んでもいられなかった。その後負傷した〈大地人〉の治療と搬送に手が回り、『闘技大会』どころではなくなったのだ。

 僕とホネスト、ノエルとコールもその片隅で必死に〈大地人〉に声をかけてきた。〈ナインテイルコロシアム〉に突然モンスターが現れた事もあって、歩ける〈大地人〉には先に外に出てもらえるよう誘導もした。

 一方で〈ナインテイルコロシアム〉の外にもどうやらモンスターが進出したようだが、そちらは〈衛兵〉と皮肉にも〈Plant hwyaden〉がうまく立ち回って追っ払ったらしい……もちろん彼らにみつからないように僕たちは隠れたけど。

 そうして、やっと一息つけたのは太陽が沈んで月が東からまで昇ってきた時だった。全ての〈大地人〉の避難を確認し、警戒をかってでた僕たちはひとまわり巡回してからエントランスに戻ってきた。エントランスから覗く月光はあちらこちら汚れた僕たちの服を露わに映しだした。

「まったく、とんでもないバレンタインデーだったわ……」

 その姿を見て、ノエルが軽くふらついた。その肩をコールが後ろから優しく支える。僕もその言葉には同意せざる負えなかったのだが、それよりまずまっすぐ前をみつめて言った。

「でも本当にもらっていいんですか?」

 そして、目の前にいたホネストに両手で抱えたそれを掲げる。それは黄銅で造られた銅像……優勝トロフィーだった。

 結局のところ、『闘技大会』どころではなくなった今では優勝者は僕とホネストの同着という結末で落ちついた。だけど、そうなると怪しいのは優勝トロフィーの所在だった。

 すると、ホネストは軽く首を横に振りながら苦笑いする。

「いや、同着になってしまいましたが一番の好敵手はやはり君ですよ。最後の駆け引きにも負けてしまいましたし」

 それはきっとステージの崩落が始まる前の瞬間を言っているのだろう……あの時、僕は〈アサシネイト〉を、ホネストは〈キャッスルオブストーン〉を発動させる待機時間キャストタイムで競っていた。

 でもあの時いち早く〈ナインテイルコロシアム〉の異常に気づいたのはホネストの方だ。僕はあの時確かに絶妙なタイミングで前へと踏み込めたが、それはむしろ『負け』に等しい気がする。そんな僕の肩にホネストは片手を乗せる。

「そんな顔をするものではない。それでは僕の心の方が傷ついてしまう……それに先に解決すべき問題があるのではないのかい?」

 僕はその言葉に思い当たる節があってとっさに顔をあげた。ホネストはその慌てる動作に苦笑しながら口を開く。

「予選を見れば誰もが思う事だ」

 途端にノエルが沸騰するような恥ずかしさで耳まで赤く染める。これには僕も一端があるので、表情はやかんのように真っ赤になった……つまりずっとお見通しだったということか?

 それを見てさらにホネストは愛玩動物を眺める眼差しを送った。だけど次の瞬間、一気に目元を引き締め雰囲気をがらりと変える。間違いない……この切りかえしは〈念話〉が入った仕草だ。その証拠にホネストは耳に手を当て呟いた。

「――すまない。どうやら仲間が心配してお迎えに来たみたいだ。これで失礼する」

「は、はい! ありがとうございました」

 頭を下げる僕にホネストは微妙な表情になりながら、〈念話〉特有の耳に手を置く仕草をし、〈ナインテイルコロシアム〉を出て行った。

 僕は優勝トロフィーを大切に持ちながら振り返る。

「それじゃ、僕たちも帰ろうか……って、どうかしたのか、コール?」

 僕は首を傾げた。するとコールも「え?」と肩を揺らした。未だ頬を真っ赤に染めていたノエルは気づいていないが、熱から冷めたようにコールは思いつめている。

「なんか表情が暗いけど……何かあった」

「い、いいえ、何も! はい、何もないです!」

 結局どっちなんだ……と言いたいほどコールは挙動不審だ。だけど、つっこまれたくないのか、コールは先導するかのようにたちまわった。

 異様なほどに空回りしながら歩くその姿に、さすがのノエルも瞑想から戻ってきてどうしたんだと言いたげに顔を向けた。僕はその問いに答えず「さぁ」と口走った。

「ほら、早く帰りましょう!」

 そんなコールは僕たちを呼ぶ。その髪は月が浮かぶ空によく映えていた。


     ◇


 こうして僕たちが自分たちのギルドホームへ帰っている最中――僕たちの預かり知らないところでも動き出す。

 そこは〈ナカスの街〉の〈ギルド会館〉……その最下層、『銀行』があるギルドホールで一人の女性が目を覚ます。その女性は黒髪で、灰色と鼠色のローブを着た女性……そう、僕が〈ナインテイルコロシアム〉で会った赤色のメガネをかけた女性だった。

 彼女は見覚えがある場所に首を傾げた。だけど一瞬にして、彼女は上体を起こした。思い出したのだ……自分が倒されてしまうところを。その寸前でなんとか通路を閉じたが、それでも溢れ出る時計仕掛けの蠍に耐えられなくなったことを。

「グレイス様、ご無事でしたか!?」

 すると傍にいたのか、同じ灰色と鼠色のローブを着た男性が近寄った。彼女は彼を『同胞』と呼び、彼は彼女をグレイスと呼んだ。そして、グレイスは黒髪に隠れた顔にあるメガネをかけ直した。

「これはどういう事? 私は〈ナインテイルコロシアム〉で確か……」

 すると、近寄った同胞が一通りの説明をしてくれた。

 〈ナインテイルコロシアム〉の真下から現れたモンスターを〈冒険者〉が退治した事。負傷した〈大地人〉を彼らが一旦このギルド会館に避難させた事。そして、〈冒険者〉が口をそろえて噂していた事を……途端にグレイスは大声を上げた。

「……〈大地人〉の女の子がアイテムを使って追い払った!?」

 刹那、ギルド会館に避難していた〈大地人〉が一斉に彼女を睨んだ……その人数は約一万。

 グレイスはびくりと肩を震わせながら、慌てて頭を下げ彼らから視線を外した。そして、口に手を添えて同胞に囁く。

「それはつまり『巫女様』なのですか?」

「おそらくは」

 その言葉を聞いてグレイスは片膝ついて立ち上がった。途端に身体の節々が軋み、その表情を曇らせながら……同胞は慌てて引き留める。

「いけません! たとえ『HP減少抵抗【1】』という古の盟約のおかげで一命を取り留めていても身体は嘘をつきません」

「それでも、それでもいかなければならないのです。私たちは汚点を残したのだから」

 グレイスは周囲を見回した。ギルド会館は比較的多くの〈冒険者〉に対応できるよう大きく作られている。だが、今は余りあるホールに避難した〈大地人〉がいっぱい連なって、むしろに小さく見えるほどだ。その誰もが元気というわけでもなく、未だ寝込んでいる者もいる。

「〈冒険者〉がいながらこんな被害を出してしまった。いや、いたからこんな被害で済んでいたのかもしれません……どちらにしろこれは〈供贄の一族〉が『巫女様』の監督を怠ったために起こしてしまった災いです」

 傍にいた同胞も同じことを想ったのか、表情を暗くして顔を伏せる。

「今は〈供贄の一族〉総出で一刻も早く『巫女様』を探しだすのです。あなたは私の補佐を」

「了解しました」

 そうして、グレイスは静かにギルド会館を横切って外へ出ると、一瞬だけ視線を感じて振り返った。

 しかし、もうギルド会館の前には私たち以外に誰もいない。そんな私を傍で眺めていた同胞が眺めて呟く。

「……どうかしましたか?」

「物音が……いいえ、何でもありません」

 きっと神経を張り詰めていたせいで勘違いしたのだろう……そう思ったに違いない。グレイスは思考を振り払って今度こそ前へと進んだ。

 だけど、彼女は僕と同様に知らなかった……その時、その視界の端で善悪など関係ないような、子供のような笑い声が風に乗っていたことを――。

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